異譚4 食べられた理由
「それで。復帰するんだから全部説明してくれるんでしょ?」
「……そうですね。春花、少し席を外すが、大丈夫か?」
沙友里が春花に訊ねれば、春花はこくりと頷く。
「キヒヒ。猫に任せると良いさ」
「ああ。頼んだぞ、チェシャ猫」
春花の事はチェシャ猫に任せ、二人は沙友里のオフィスへと向かう。会議室は既に別の用事で使用しているのでもう使えない。
初めから沙友里のオフィスでやれば良いとも思うのだけれど、沙友里のオフィスには春花が来てしまう可能性が在ったため、会議室を使用したのだ。まぁ、こうして会ってしまったのであまり意味は無かったけれど。
沙友里のオフィスへと着き、応接用のソファに対面で座れば、二人は早速話を始める。
「それで……あの子、何が特別なの? 見たところ、普通の女の子だけど?」
「まず、そこが違います。あの子は男の子です」
「へ……?」
沙友里の言葉に、思わず呆けた声を出してしまう。
だが、それも無理からぬ事だ。何せ、魔法少女が男の子だと言うのだから。
「あはは、なに~も~冗談? 沙友里ってば、そんな冗談言うようになったんだね~」
「いえ、そう思うのは無理も無いのですが……あの子は、正真正銘男の子です」
「いや、どうして男の子が魔法少女になるわけ!? そんなの前代未聞でしょ! っていうか、あんなに可愛いのに男の子なの?! 服装だってセーラー服だし! 色々どう言う事!?」
魔法少女と言うからには少女が変身するものだ。そこに例外は無いはずだ。
加えて、春花の外見は少年よりも少女に見える。セーラー服を着ている事もあるけれど、そうでなくても少女のように見えた事だろう。それほどまでに、少女的で美しい顔をしていた。
「そうなんですが……どういう訳か、あの子は魔法少女に変身できるんです。それに……」
「それに?」
「……見て貰った方が早いですね」
言って、沙友里はタブレット端末を操作して一つの動画を再生する。
沙友里からタブレット端末を受け取って、再生された動画を見る。
動画内では、空色のエプロンドレスを着た金髪の少女が椅子に座っている。
『それじゃあアリス。魔法を使ってみてくれるか?』
画面外に居るであろう沙友里が言えば、アリスと呼ばれた少女はこくりと頷く。
アリスは剣を生み出す。それだけであれば、どの系統の魔法少女でも出来る芸当だ。
だが、それだけでは終わらなかった。
炎、水、雷――多種多様な属性の魔法を生み出し、更にそこから、椅子、机、ぬいぐるみ、等々、様々な物体を生み出す。
「これって……」
あまりの光景に、思わず絶句する。
通常、魔法少女の魔法には偏りが出るものだ。出来る事にも限界が在る。童話の魔法少女あればある程度の融通は利くかもしれないけれど、それでも此処まで自由に出来るものではない。
彼女の魔法はあまりに常軌を逸している。
「まだ確認段階ですが、アリスの魔法には殆ど制限がありません。バランス型に見受けられる器用貧乏さもありません。片手間に作った剣でさえ異譚生命体を一撃で屠れるほどです」
「因みに、この子が春花ちゃんって事で良いの?」
「はい」
「なるほどね……色んな意味で特別な子、って事ね……。そりゃ、情報統制も必要よね」
魔法少女としての潜在能力が高過ぎる。だが、異例となる男の子が変身する魔法少女。
色々異例過ぎて、慎重に事を運びたいのだろう。
「それで、どうして私に依頼したの? 他の童話の子じゃ駄目なの?」
現在、童話の魔法少女が三人居る事は知っている。現役が居る以上、わざわざ現役を退いた自分を呼び戻す必要も無いように思える。
「三人には任せられる程の実力がありません。それに、恥ずかしい話なのですが、彼女達は色々問題がありまして……」
「それで、沙友里も良く知っていて実力と実績の在る古株の私が選ばれたって事ね」
「そう言う事になります……。後は、あの子の状態もありますけど」
今の春花は誰にでも頼めるような精神状態ではない。その手の経験がある者にしか頼むことが出来ない。
「……そう言えば、どうしてあの子はサンドウィッチを食べられたんですか? 特別な事は、何もしてないのに」
気になっていたのか、沙友里は春花がサンドウィッチを食べられた事について訊ねる。
「多分だけど、あの子いじめられてたと思うのよね。私も経験在るから、そういう子って目を見れば分かるんだけど……あの子、相当酷い目に遭ったと思うのよね」
「酷い目、ですか?」
「うん。例えばだけど、食べ物の中に何か入れられてたりとかね。私の時は……ゴキブリに生ごみ、土とか雑草? ああ、酷い時は使用済みのゴムとか入れられてたわね」
まるで他人事のようにすらすらと凄惨な過去の経験を語る。
使用済みゴムと言うのも、ヘアゴムの類いでない事は想像に難くないだろう。
「だから一時期、他人の作ったモノが食べられなかったのよね。自分で作ってすぐのモノじゃないと食べられなかった。何が入ってるか分からないからね」
「だから一緒に料理を……」
「うん。ま、予想が当たって良かったわ。……いや、良く無いか。予想が当たってたって事は、少なくともいじめられてた可能性が在るって事だものね」
他人をまったく信用していない目。あの頃の自分にそっくりだとも思う。
それに加えて、あの恰好だ。あれは、女性用のセーラー服だ。どういう背景があるか分からないけれど、あの恰好も春花の事情を複雑化しているようにも思う。
春花への対応はより慎重に行わなければいけないだろう。
だからこそ、そういう経験の無い者には任せられないのだ。今の童話の三人にはそういった経験は無い。春花を預けるには経験や度量が足りないのだ。
ちらりと、アリスが魔法を使う動画を見やる。
なんでも出来る万能の魔法少女であり、その潜在能力も現在の実力も相当高い。ともすれば、どんな異譚にも対応出来る英雄にも成れるだろう。
ただ、その英雄の重責に耐えられる程の精神力が今の春花には無い。今の春花にとって、この力は過ぎた力だ。鬱屈した気持ちが爆発して、力の使い方を間違える可能性もある。
人を助ける事に意義を見出せず、異譚を終わらせる事に必要性を見出せず、誰を助ける事も無く、誰を気に掛ける事も無い。むしろ、人を害するために力を使う可能性だってある。何せ、自分も害されたのだから、仕返しをされたところで文句は言えないはずだ。
春花の記憶はないけれど、いつ記憶が戻るかも分からない。力の使い方は慎重に教え込むべきだろう。
戦い方以外にも、春花には色々と教えてあげなければいけない事がたくさんある。
「……そうだ。全部終わったら、私が養子縁組すれば良いじゃない!」
「え? 先輩の子供にするんですか?」
「うん。記憶が無くても、なんとなくだけど嫌な事は覚えてるみたいだしね。沙友里じゃなくて、私が引き取った方が色々カバーできるでしょ? それに、ウチの子は二人ともとっても良い子だから、良い姉弟になれると思うわ。あ、それとも、沙友里が養子縁組するつもりだった?」
「いえ……そこまでは考えてませんでした……。私が引き取ろうとは思っていましたが」
「あー……私、余計な事言った? もう手続き済ませてたりする?」
「いえ。一応の保護責任者になってるだけです。それに、私に子育ての経験はありませんから。先輩さえ良かったら、あの子のお母さんになって上げてください。私が引き取るより、その方が全然良いですから」
「そう。分かったわ。家族とは色々相談する事になると思うけど……」
少し考えた後、曖昧な笑みを浮かべる。
「ま、なんとかするわ」




