異譚14 ノンストップ
「どうだった?」
降りて来たアリスにスノーホワイトが訊ねれば、アリスは面倒臭そうな顔で返す。
「人型が居る。それに、見つかって何体かこっちに来てる」
人型という言葉を聞いて、ヴォルフ以外の全員に緊張が走る。
ヴォルフ以外の全員が完全に人型の異譚生命体と相対した事がある。なので、その厄介さは理解している。
「ちっ、面倒ね……」
「あの、人型ってなんッスか? 人が異譚生命体になるって事ッスか?」
事情を分かっていないヴォルフが訊ねれば、スノーホワイトが丁寧に説明をする。
「人型、文字通り私達と同じ人の姿をした異譚生命体の事よ。厄介な事に知能が高くて、私達と同じように魔法を使う上に言葉だって通じる時が多い。見た目は完全に人と変わらない。けど、内に秘める悪辣さは化物と相違無いわ」
「同意。あいつら、ふっつうにえげつない事考えたり、なんの躊躇も無しに実行したりするからね……今回もろくな事考えて無いわ、きっと」
「面倒になる前に叩きたい。ただ、核の周囲には他の異端生命体も居る」
「数は?」
「ショッピングモールの時より多い」
「無策で突っ込むのは危険ね……」
正直な話をすれば、アリス一人であれば数は問題にならない。ショッピングモールの時より多かろうと、あれ以上増えようと関係無い。あの程度の攻撃を避けられないような相手であれば、幾ら増えようと物の数ではない。
アリスの魔法、『不思議の国のアリス』は、なんでもできると思われる程自由度の高い魔法だけれど、完全に何でもかんでも出来る訳では無い。
例えば、生命に直接干渉する事は出来ない。なんでも出来るのであれば、一撃で相手の心臓を破裂させれば終わりだ。わざわざ大量の剣を生み出す必要が無い。
対象の捕捉、剣の生成、剣の射出と三段階を経る必要があるために、攻撃までに時間差が発生する。
極小さなラグだけれど、例えばロデスコであればそのラグの時間さえあれば避けるなり迎撃するなり可能だ。
つまり、あの戦い方は雑魚専用なのだ。雑魚を殲滅するのには丁度良い魔法。雑魚か強者か見分けるための魔法という事でもある。
その雑魚が何体集まろうとも、アリスに敵うはずもない。アリスの攻撃は剣の生成と射出だけでは無いのだから。
ただ、今までの経験で言えば核と人型が雑魚であった事は無い。それに、何が起きるか分からないのが異譚だ。甘く見て良い相手では無い。
「他の魔法少女にも伝えるべき。総力戦の必要は無いけど、警戒は必要」
「そうね」
頷いて、スノーホワイトが無線にて人型の存在を知らせる。
「んで、アタシ達はどーすんの?」
「このまま戦う。人型が現れた以上、悠長にしてはいられない」
「ま、そうなるわよね」
ガンガンっと具足を鳴らして調子を確かめるロデスコ。
「サンベリーナはヴォルフに付いてあげて。スノーホワイトはヴォルフのカバー。ロデスコは核と戦って欲しい」
「はっ、分かってんじゃない。まぁ? アタシの火力があればどんな相手だってサシで余裕で倒せますけど?」
得意げに髪をかき上げるロデスコに、アリスは淡々とした口調で言う。
「だって、ロデスコ突撃しか出来ないでしょ?」
「出来ますけど!? アンタ達アタシの事なんだと思ってんの本当に?!」
「そ、それで。アリスはどうするの?」
怒るロデスコを尻目に、サンベリーナがアリスに問う。
「私は人型を警戒しながら他の全部やる」
しれっと答えるアリスに、ヴォルフが愕然とした面持ちをする。
他の全部。今アリスが指示した事の全てを一人で行うという事だ。
アリスの能力を考えれば可能かもしれないけれど、言うは易く行うは難しである。アリスと同じくバランス型であるスノーホワイトが同じ事をやれと言われても、無理だと答えるだろう。アリスだけが出来る、力技でもあるのだから。
「厄介な事になる前に行こう」
言って、アリスはチェシャ猫に瓶を飲ませる。
大きくなったチェシャ猫に跨り、ふかふかの毛をむんずと掴む。
「……なんか、さっきよりデカくない?」
「全員乗れるようにした。乗って」
「い、いいんスか? 自分乗ってみたかったんッス!」
アリスの後ろに回り込み、ヴォルフがチェシャ猫に跨る。
アリスの後ろを取られて不満げな顔をするスノーホワイトだったけれど、そんな事を言っている場合ではないので大人しくチェシャ猫に乗る。
「スマートじゃないけど、まぁ文句も言ってられな――」
「遅い。チェシャ猫、銜えて」
「分かったよ。キヒヒ」
「は?! なんでアタシだけ!? ちょ、本当に銜えるなバカ猫!!」
アリスの言う通りにロデスコを銜えるチェシャ猫。
「出発」
「キヒヒ」
アリスの掛け声でチェシャ猫はぼふぼふと走り出す。
「マジでこのまま行くつもり?! アタシもちゃんと乗せなさいよ!!」
チェシャ猫の髭を引っ張るロデスコだけれど、チェシャ猫は構う事無く走り続ける。
「ロデスコ」
「なによ!!」
「うるさい」
「ぶっ飛ばすわよアンタ!?」
「……場所が割れた」
アリスが溜息交じりに漏らした直後、建物の陰や屋根の上から原始獣人が現れる。
原始獣人は獣である。ロデスコの声を聞いてアリス達の位置を特定したのだ。
わざわざチェシャ猫を足に使ったのも、極力音を消して走れるからであり、接敵する機会を減らすためのものだった。
「ロデスコのせい……」
「アンタもでしょーが!!」
迫る原始獣人にアリスは魔法を放つ。
屋根から落ちてくる原始獣人は、何処から出て来たのか木製バットがひとりでに動き出してフルスイングで吹き飛ばし、物陰から迫る原始獣人は雑草に足を取られて転倒しそのまま雑草に絞殺される。
「なんでバット?」
「イメージしやすいから」
チェシャ猫の周囲を浮遊する木製バット達はぶんぶんと風切り音を立てながら、相手を挑発するようにスイングを繰り返す。
「ガラの悪いバットね……」
「ヴォルフ。スポーツの道具はこんな風に使っちゃ駄目よ?」
「は、はいッス!」
「使わないでしょふつー」
因みに、イメージのしやすさも在るけれど、返り血を嫌ったという理由もある。
剣を使って斬っても良いのだけれど、カウンターともなれば距離も近くなる。臭い返り血を浴びたくなかったのだ。
攻撃力と返り血の事を加味して、更に即座に出せる物と考えた時にバットだっただけである。棍棒や金棒に代えても良いけれど、無駄な魔力の浪費になるので代えはしない。
それに、核の方に向かうにつれて敵の数も増えていく。否応無しに位置を捕捉され、アリス達に向かって来る。
「チェシャ猫、ぺってして」
「アタシの扱い酷くないマジで!?」
「ぺっ」
「本当にぺってすんなクソ猫!!」
ぺっとロデスコを吐き出したチェシャ猫の口の中に、小さくなる瓶を放り込むアリス。
「全員降りて。ここからは突貫になる」
「了解」
「了解ッス!!」
チェシャ猫から飛び降りる三人。
みるみるうちに小さくなるチェシャ猫はアリスの肩に飛び乗る。
迫る原始獣人や蟇蛙の異譚生命体を、ロデスコが華麗な足捌きで吹き飛ばす。
「ヴォルフ!! アンタも前衛!! 全部蹴散らすわよ!!」
「はいッス!!」
「サンベリーナは魔法で援護!! アリスとスノーホワイトは目的にたどり着くまで援護!!」
「了解」
「意外ね。ちゃんと指示できるだなんて」
「アンタより経験豊富で先輩なのよ!! 頭が高いのよ後輩共!!」
「私は先輩」
「なら先輩らしい振る舞いも憶えて欲しいわね!!」
「むぅ……」
ぐうの音も出ない正論を言われ、アリスは少しだけむくれる。
しかし、むくれながらも自分の仕事はきっちりこなす。
バットが原始獣人を叩きのめし、剣が蟇蛙の異譚生命体に突き刺さる。
スノーホワイトも氷の礫を飛ばして異譚生命体を穿ち潰す。
「核までノンストップで行くわよ、アンタ達!!」