異譚54 wish upon a star
眼下で極光が凍るのを見届けるアリス。
仲間達が日に一、二度しか使えない魔法を行使する。それほどまでの局面。それほどまでの相手。
アリスもその局面をただ黙って見ていた訳では無い。
時間にしてたった数分。その数分がアリスには重要だった。
「見えた」
閉じていた右目を開ける。
この形態のアリスの左目は真実を見通す事が出来る。
この目の前では、全ての欺瞞は意味をなさない。
例え巨大な身体の奥底に隠していようとも、アリスの目の前には意味をなさない。
アリスは致命の大剣を構えながら降下する。
抑えていた魔力を解放し、大剣に魔力を込める。
アリスの魔力を感知したヴルトゥームは、大輪の花と化した両手をアリスへと向ける。
人型や寄生植物体もアリスへと殺到する。
『私の邪魔をするな。私の夢を奪うな。私の緑を奪うな。人間なんて、汚すばかりの惑星の冒涜者の癖に』
極光が放たれる。
放たれる極光に対し、アリスも大剣を振るう。
花の極光と致命の極光が衝突する。
しかし、純粋な力勝負であれば致命の右に出るモノは無い。
花の極光は致命の極光に飲み込まれ、ヴルトゥームへと直撃する。
『ぐっ……』
アリスに迫る人型や寄生植物体は、極光の余波によって全て吹き飛ばされる。
『まだ、まだ……』
致命の極光で身体の半分を破壊されたヴルトゥーム。しかし、ヴルトゥームは死に絶えない。こんな事で死ねる程、神は生温くはないのだ。
地面から幾つもの巨大な花が咲く。
巨大な花は眩い光を放ち、極光をアリスへ放つ。
確かに、一撃の威力はアリスの方が高いだろう。けれど絶対数はヴルトゥームの方が多い。
「馬鹿正直に撃ち合うつもりはない」
アリスは放たれた極光の数々を華麗な身のこなしで避ける。
相手は地に根を張っていて、防ぐか相殺するかしかないけれど、アリスは自由に空を飛ぶことが出来る。馬鹿正直に戦う必要は無いのだ。
全てを躱しながら降下し、アリスは大剣を構える。
「自分のエゴを惑星に押し付ける貴方も、惑星の冒涜者」
『ですが惑星は生きる。貴方達のようにいたずらに死に向かう事は無い。永久に続く楽園になるだけです』
「独り善がりの楽園は誰かにとっての地獄にしかならない。私はそんな地獄で生きるつもりは無い」
言いながら大剣を振り降ろす。
放たれる致命の極光を相殺するように、花々から極光が放たれる。
しかし、致命の極光はその全てを飲み込む。
二度目の極光もヴルトゥームの身体を消し飛ばす。最早美しさの欠片も無い花の残骸。それでも、ヴルトゥームが死ぬことは無い。
それでも大きな損傷を受けているのは確かだ。思念で語りかける声も電波の弱いラジオのように聞き取り辛い。
『こ、の先、が……生き、地獄……だと、しても……?』
「その未来を決めるのは貴女じゃない」
残り少し。最後の一撃を放つべく、アリスは大剣を振りかざす。
しかし、ヴルトゥームもただでやられるつもりは無い。
『わ、たし……の、楽園の方が、まだ、優しい。……アレが、居る以上……それは、変わらない……』
残った片腕を上げる。割れた花が輝き、極光を放つ。
地面に生える花々も一斉に極光を放つ。
『その、幸福が……どうして分からない……!! 私、で、地獄を……止めようと、いうのに……!!』
「異譚支配者も貴方も、私達からすれば地獄の顕現者。お呼びでないのは、言わなくても分かるでしょ」
致命の大剣を振り下ろす。
致命の極光は全てを飲み込み、ヴルトゥームをも飲み込む。
致命の極光に身体を焼かれ、最早原型すら残らない程にぼろぼろになる。
それでも、まだ息が在る。
進化した致命の大剣の三連撃ですら、ヴルトゥームを完全に倒す事が出来なかった。
それほどまでの強度。それほどまでの存在。
アリスは致命の大剣を消し、姿を元に戻す。
もう致命の大剣を撃てない。限度である四回目を撃てば、アリスの変身は解けてしまうから。
『ま、だ…………あ……たも、……も……限界、の……はず……』
「うん、限界。でも、それは私に限った話」
アリスは人差し指を立てて、空を指差す。
アリスの指差す先では、一つの恒星が煌めく。
「言ったでしょう? 手柄を譲る程、優しい子じゃないって」
直後、恒星は急速に降下する。
全てを焼き尽くす破滅の凶星。
「星に願いを」
ぼそりとアリスが呟く。
その横を、流星が通り過ぎる。
自らに落ちる死の流星を前に、ヴルトゥームは全てを諦める。
『……愚、か……ですね……人類……』
流星はヴルトゥームを飲み込み、全てを焼き尽くす。
衝撃波と共に熱波が広がる。街一面を埋め尽くす花は散り、空へ舞う。しかし、それは非戦闘区域に限った話しだ。
流星が落ちた周囲は陥没し、周囲一帯を燃やし尽くしている。
燃ゆる荒れ地に立つのはたった一人の魔法少女。
「ふんっ、愚か上等。地獄だろうがなんだろうが、アタシが全部蹴り殺してやるっつうの」
半分炎となった髪をかき上げるロデスコ。
「てか、全然一瞬で終わんなかったわね。かっこつかないわ、ほんと」
ロデスコは上空から降りて来るアリスを見上げる。
「もっと鍛えないとね。今の攻撃を素で撃てるくらいに、ね」
とんでもない事を言い出すロデスコだけれど、それに突っ込む者はいない。
「大丈夫?」
ロデスコの元へと降りて来たアリスが、ロデスコを気遣うように言う。
「ええ、全然」
ふっと余裕綽々の様子で髪をかき上げるロデスコ。
「良かった」
アリスは安堵したように息を漏らす。
「……勝った」
「ええ、勝ったわね」
周囲に散るヴルトゥームの燃え屑を見る。
「……全部燃えたわよね?」
「うん、全部燃えた。跡形も無く木っ端微塵」
「そ。なら、悪用はされないわね」
ヴルトゥームの持つ科学力は今の人類の手には余る。痕跡すら残さずに消し去るのが得策だった。
「……いや、人型が居るわね。面倒だけど、あれも始末しないと」
「ロデスコは休んでても良い。後片付けは私がやる」
「アンタも限界近いでしょ。それに、二人でやった方が早いわ」
ヴルトゥームには勝った。けれど、戦いはそれで終わりではない。人型や寄生植物体はまだ残っている。
「それじゃ、さっさと終わらせましょ」
「うん」
頷き、空に飛び上がろうとするアリス。
「あ、ちょっと待った」
しかし、ロデスコはアリスを止める。
「なに?」
小首を傾げるアリスを見て、ロデスコは悪い笑みを浮かべる。
「しっかりディナーの予約しときなさいよね」
「分かった。ビュッフェ、ちゃんと予約しとく」
「良いとこよ、良いとこ。安いとこは許さないから」
「分かった」
「言質取ったわよ。さて、それじゃあ後始末しますか」
勝負に勝っても戦いが終わった訳では無い。
この戦いを終わらせるために、二人は駆け出した。




