異譚53 絶対零度
レディ・ラビットに上空で異次元から出してもらい、二人は準備に入る。
「感知されるから、一瞬で決めるわよ」
「分かってる」
ヴルトゥームが何処までの範囲を感知可能なのかは分からないけれど、感知されて対応されると面倒である。
それに、下の状況も最悪である。
街中が花に包まれ、戦っていた魔法少女達は戦意を削がれているのか地面に膝をついてしまっている。
レディ・ラビットとサンベリーナが下で注意を引いてくれている隙を突いて、一撃で葬るのが最前策だ。
ロデスコの火力が上がる。
「さっさと倒して美味しい夕食でも食べに行きましょ。そうね……今度はビュッフェとかどうかしら? 皆も戦闘食糧には飽き飽きでしょうからね」
「賛成」
流石のアリスも不味い戦闘食糧にはうんざりしていたところだ。
アリスは致命の大剣を顕現させる。
そして、致命の大剣の古代的な意匠がほんのりと光を放つ。
瞬く間にアリスの姿が変化し、エジプトのファラオのような見た目へと変化を遂げる。
「じゃ、お先に」
ロデスコは爆発的な加速で地上に落ちる。
流星もかくやの速度と熱量をもってして地上へと落ちるロデスコを見送りながら、アリスは右目を閉じて左目だけでヴルトゥームを見やる。
やはり、ヴルトゥームは星間重巡洋艦と完全に融合を果たしている。いや、そもそも花の楽園で戦ったヴルトゥームは本体では無い。
ヴルトゥームの本体は星間重巡洋艦であり、花の楽園に居たのは子機のようなものだ。
子機の戦闘ではなく、本体での戦闘に移行したと言う事になる。アリスを誘い出し、空間爆発で仕留めるために子機だけで戦っていたのだろう。
事実、アリスはまんまと騙され誘導された。外から星間重巡洋艦を破壊するという手もあったけれど、実行するには手が足りなかった。アリスだけでは、どうしようも出来ない。
例えアリスの致命の大剣の威力が上がり、最大回数が上がろうとも、ヴルトゥームを完全に消し去るのは不可能だ。それほど、ヴルトゥームは耐久力に優れている。
惑星と惑星を行き来するのだ。耐衝撃シールドを含め、防御力が優れているのは当たり前と言えるだろう。
また、広がり続ける花園は異譚と同じ効果を持っており、ヴルトゥームが存在し続ける限り地球を侵食し続ける。
花々はヴルトゥームと同じく幻惑の効果が有り、魔法少女であれば立っていられない程の酩酊感で済むけれど、一般人であれば幻覚を見たり異常に脳内麻薬が分泌されたりなど、様々な異常を引き起こす。
地に伏している魔法少女達は最早戦力としてカウント出来ない――
「うん。流石だね」
――という訳ではない。ただでやられる程、魔法少女達は諦めが良くない。
ロデスコがヴルトゥームを直撃する。つまり、ロデスコが耐衝撃シールドに穴を開けるという事だ。
その穴からイェーガーは銀の弾丸を撃ち込む。
街が花に覆われた直後、イェーガーも酩酊感に襲われた。
地に伏した後、地面に縫い付けるようにイェーガーの身体を貫く植物達になすすべも無かった。それは、花園の中にいる全員がそうだろう。
しかし、即座にイェーガーの傍にマーメイドが泳ぎ寄り、歌で酩酊感を相殺した。
身体中穴だらけになっているイェーガーを上空まで運び、二人はじっと機を窺っていたところロデスコが耐衝撃シールドに穴を空けたので、即座に銀の弾列を撃ち込んだという所だ。
弾丸の効果は炎。致命の一撃となる弾丸はヴルトゥームを蝕み、その炎の魔の手を広げていく。
「身体穴だらけにしやがって……!! 同じ目に遭わせてやるこんちくしょう!!」
イェーガーは歯を食いしばりながら、連続で弾丸を撃ち込む。
「……除草剤、撒こうぜ。いえー……」
イェーガーを背中に乗せながら、マーメイドは敵の攻撃を回避する。
「一転攻勢」
「ガンガン行こうぜ」
ヘンゼルとグレーテルもこの機を逃さずに爆弾を投下する。
「良いじゃないアンタ達!! どんどんやんなさい!!」
笑いながら、ロデスコは縦横無尽に駆け巡り、何度も何度もヴルトゥームの身体を貫く。
何度も耐衝撃シールドを破壊できる訳では無い。耐衝撃シールド内で攻撃をし続ける必要が在るけれど、子機の時よりも距離が在るので自由に動き回る事が出来る。
確かに、ヴルトゥームは堅い。けれど、壊せない訳では無い。
更に言えば、こうして大きくなってしまえばただの的でしかない。
『猪口才な……』
ヴルトゥームの人型の部分が両手を前にかざす。
前にかざされた両手は巨大な一輪の花へと変化する。巨大な花は眩い光を発し、直後に極光を街へと放つ。
極光の向かう先は異譚対策軍本部。
面倒なので、護るべき人々を殺して戦意を削ぐ事にした。
「無駄無駄の無駄」
しかして、ヴルトゥームの放った極光は対策軍本部に到達する事も無く、空間に空いた穴へと吸い込まれていった。
そして、ヴルトゥームの頭上に空いた穴から先程放ったばかりの極光が降り注ぐ。
『面倒な……』
自身の極光で身体の半分を焼き焦がされるヴルトゥーム。
だが、即座にヴルトゥームの身体は再生していく。
「ケロリとしとる。腹立つ」
鼻血を乱暴に拭い、レディ・ラビットは眉を寄せる。
異次元の穴を目一杯開き過ぎた。異次元の穴は大きければ大きい程制御が難しいし、使用者の負担が大きくなる。
まだ継戦は可能だけれど、極光を防ぐのは後二回が限度だろう。
『今ので底は知れましたね。では、もう一度です』
「ばっきゃろい。もちっと休め、こんにゃろう」
即座に極光を放つヴルトゥームへ文句を言うレディ・ラビット。
「ラビット!! ビルの上に運んで!!」
極光が放たれた直後に聞こえて来た声。
レディ・ラビットは即座に自身の二つ目の魔法を使用する。
レディ・ラビットの二つ目の魔法は時間操作だ。手に持った懐中時計のストップウォッチを起動させると、世界の時間の進行を遅らせる事が出来る。
一日に二回しか使えない魔法であり、また遅延させる事の出来る時間も五秒間とかなり短い。レディ・ラビットの切り札的魔法だ。
先程三人を助けるために一回使ったので、今日は後一回しか使えない。けれど、迷いは無かった。
レディ・ラビットは遅延させた時間の中で、即座に声の主――スノーホワイトのところへと異次元を通って向かう。
スノーホワイトを引っ掴んで異次元の穴へ放り込み、極光の通過位置であるビルの屋上へと移動する。
そこへスノーホワイトを放り出したところで、時間が正常に動き出した。
放たれる極光。
一瞬で目前に迫る極光を前に、スノーホワイトは臆する事無く魔法を行使する。
「絶対零度」
極光がスノーホワイトの指先に触れる。
その瞬間、極光が一瞬で凍り付く。
『……』
あまりの出来事に、ヴルトゥームでさえも言葉を失う。
絶対零度。それが何であれ、全てを凍らせる永久凍結の魔法。
制御が難しく、凍結させる範囲が広くなりすぎてしまうため滅多に使う事が無い。それに、一撃必殺であればアリスやロデスコに任せればいいと思っている。
手柄に執心する事も無いので、特に使う機会の無い魔法だった。初めてまともに役に立ったなと、少しだけ感慨深い気持ちがある。
凍り付いた極光は地面へと落ち、ガラガラと音を立てて崩れる。
「知ってた? 私って、結構強いのよ」
疲弊しきった顔に気丈に笑みを浮かべて見せ、そのまま地面に倒れ込む。
幻惑の効果で地面に伏した時に植物に貫かれ、身体は既に穴だらけだ。それに、絶対零度は消費魔力が多すぎる。
継戦は最早不可能だ。
けれど、きっと大丈夫だ。
「後は任せたわ……皆……」
だって、この戦場には頼れる仲間達が居るのだから。




