異譚52 地球の運命背負って戦え?
時は数分前に遡る。
花の楽園が空間爆発をするその直前――
「遅刻遅刻~」
――突如として時間の進行が緩やかになる。
虚空に穴が空き、ひょっこりと少女が顔を出す。
可愛らしい兎耳の白い少女――レディ・ラビットは花の楽園の様子を窺うと即座にアリスとロデスコの腕を掴む。
「ご案内するます」
レディ・ラビットは二人を引っ張って異次元の中へと引きずり込む。
虚空の穴を閉じた後、レディ・ラビットが持つもう一つの魔法の効果を解除する。
「――っ。はぁ!? 何処此処?!」
「真っ暗……」
急に視界が真っ暗になった事に驚くアリスとロデスコ。
光っているロデスコだけが唯一の光源である異次元。
「お久しぶるな、お二人さん」
困惑する二人に、よっと手を上げて軽く挨拶をするレディ・ラビット。
「げぇっ!? イギリスの発情兎!! なんでアンタが此処に?!」
レディ・ラビットの出現に驚くロデスコ。
「アリスのピンチと聞いた。来るのは当たり前」
「でも、何の知らせも無かった。依頼は出してないはず」
「依頼は出してんのよ、一応。未曽有の大危機だからね。でも、外国に波及するかもしれないからって、増援は出し渋られてたのよ。まぁ、支援物資とかは送ってくれてるらしいけどね」
アリスですら対応出来なかったという事実が、増援を渋らされている原因でもある。
かの英雄が対応出来ないのであれば、アリス程の魔法少女を抱えていない国では完全に対応は不可能である。自国の防衛に精一杯になり、今後の対策を考えるために観察に回るに留まっている。
だから、レディ・ラビットが此処に来るのはおかしいのだ。イギリスは依頼の受理をしていないのだから。
そんな二人の視線を受けて、レディ・ラビットはピースサインを向ける。
「勝手に来ちった」
「命令違反じゃない」
「もーまんたい。少しイギリス人を辞めましたです」
「そんな言い訳で許される訳ないでしょ」
「でも、助かったのは事実。ありがとう、ラビット」
呆れるロデスコと、ちゃんとお礼を言うアリス。
お礼を言うアリスを見て、レディ・ラビットはぴーんっと長耳を伸ばす。
「きゅーん。発情しますた」
言って、アリスを真正面から抱きしめて身体をわさわさと擦り付けるレディ・ラビット。
そう。何を隠そう――隠せてない――レディ・ラビットはアリス大好き人間の一人なのである。部屋一面にアリスのポスターを貼り、自分で作ったアリスの人形、フィギュア、同人誌、Tシャツ等々で部屋を飾っている。
普段着はアリスと同じ空色のエプロンドレスを着ており、アリスの顔をディフォルメしたぬいぐるみバッグを使っている。
因みに、アリスの同人誌は全年齢版と成人版を描いている。勿論、相手はいつだって自分である。
それをアリスにも周囲にも公言しているし、悪びれもせずに創作活動をしている。
アリスは彼女の活動を知っているけれど、『そう』とだけ言って諦めている。
悪い子では無いし、こちらに来るたびにかなり高価なお土産を持って来てくれる。月に一度はアリス宛てにイギリスの紅茶やら何やらを段ボール数箱分送ってきたりと、かなり貢いでいる。
どんな形であれ、好意を向けられているという事実を突っぱねられない。
度を越したアリス好き。手に負えない発情女。瞬間発情期。それが、童話組のレディ・ラビットへの認識である。
「いや場所と状況考えなさいよ!!」
「そ、そそそそそうだよ!! あ、アリスから離れてよぅ!! ぶみゅぅ……わ、わたしも、苦しいから……」
レディ・ラビットをアリスから引き剥がすロデスコと、二人にサンドイッチにされて苦しそうにしながらも抗議をするサンベリーナ。
はがされた後、アリスのポケットから顔を出すサンベリーナを見て驚くレディ・ラビット。
「居たの?」
「い、居たよぅ!!」
両腕を上げて抗議するサンベリーナ。
「じゃあ、そこを退く。ワシもポッケ入るます」
「だ、駄目だよぅ!! そ、それに貴女は入れないでしょ!!」
「頑張るますわ」
「止めてよぅ!! アリスのポッケ壊れちゃうから!!」
「ああもうっ!! アンタらコントしてんじゃ無いわよ!! 今絶賛ピンチなんだから!! 白兎!! 外はどうなってんの?!」
ロデスコがレディ・ラビットの首根っこを掴んで訊ねれば、レディ・ラビットはぴこぴこと長耳を揺らす。
「むむむんむむむん。嫌な音」
異次元の外では星間重巡洋艦が真の姿を見せ、花の楽園を拡張している。
今は異次元だけれど、この場で外に出れば花の楽園の中になってしまう。
「外危険。も少し歩け」
言って、レディ・ラビットは歩き出す。
「あのでっかいの、核と融合した。一面お花畑で、下々眠てる」
「星間重巡洋艦と融合したって事?」
「せーかんじゅーじゅーかん? 知らぬ。でっかいの」
速攻で理解を諦めるレディ・ラビット。
「あれ、倒せる?」
ちらりと振り返って訊ねる。
「デカくなっただけなら倒せるわよ。アタシの最高火力も上がってるからね。余裕よ、余裕」
「そいえば、変わってる。マイナーチェンジ?」
「それを言うならフルモデルチェンジね。見た目以外もがっつり変わってんのよ。ていうか、前より変わってんだから気付きなさいよ」
「アリス以外全部じゃがいも」
「誰が芋よ。アリスの方が芋っぽいっつうの。って、んな事はどうでも良いわ。アリス、アンタはどうなの?」
ロデスコがアリスに水を向ければ、アリスはこくりと頷く。
「私も。あまり使いたく無いけど、あの致命の大剣を使う。体感だけど、後四発は撃てると思うから」
恐らく、余力を残しておいた方が良いという確信はこの時の事だったのだろう。確かに、巨大質量の相手をするのであれば、強大な破壊力を誇る致命の大剣が最適だ。
「わお。びっくらぽんです」
致命の大剣の最大回数が増えている事に驚くレディ・ラビット。
表には出さないけれど、ロデスコもサンベリーナも驚きは在る。けれど、何処か納得するところもある。
アリスのあの姿は、それだけ力に満ち溢れていたのだ。
「魔力切れすんじゃ無いわよ」
「大丈夫。それに、二人なら余裕、でしょ?」
小首を傾げて言うアリスに、ロデスコは一つ鼻で笑う。
「はっ、アタシ一人でも余裕だけどね」
「なら二人なら超余裕」
「勝ち確、とても良い響き。じゃあ、ワシとベリベリで囮する。後はよろしく頼ます」
言って、サンベリーナをアリスのポケットから問答無用に引っこ抜くレディ・ラビット。
「ぎゃぁ!? わ、わたしはアリスと一緒に居るよぅ!!」
「許さぬ。ワシと共に煽りに行く」
「やーだーーーーーー!!」
駄々をこねるサンベリーナを掴んだまま、レディ・ラビットは二人を見る。
「じゃ、作戦開始。地球の運命背負って戦え?」




