異譚51 眠れる火星の神
星間重巡洋艦の中心に立つ、雌しべのような塔。
その先端――花の楽園が振動する。
外に居る魔法少女達が異変を察知した時には既に遅かった。
花の楽園は甲高い音を上げて爆発する。
しかし、爆発の衝撃が街に広がる事はなかった。
爆発は球状の見えない壁のようなものに阻まれる。音も、衝撃波も漏れる事は無い。
「クソ触手の爆発じゃねぇか!!」
イェーガーにはその爆発に覚えが在った。
前回の異譚支配者である半透明の狩人が起こした空間爆発。その爆発とまったく同じ代物。
いったい中で何が起こっているのか。突入した三人は無事なのか。嫌な想像ばかりが頭を駆け巡る。
嫌な想像に拍車をかけるように、事態は急速に変化する。
「――っ、何これ?!」
星間重巡洋艦の根元から花々が広がる。
大小様々色とりどりの花が咲き乱れる。戦場を駆け、人の居ない街を覆う。
木々は華やぎ、建物は色めき、下水は浄化され優しくせせらぎ、ゴミは塵と消える。
『英雄は死にました。今此処に神である私を阻む者は潰えました』
星間重巡洋艦から声が響くと同時に、星間重巡洋艦から放たれる魔力量が急激に上昇する。それは、最初に星間重巡洋艦を感知した時の魔力量と同等の魔力量。
雌しべの塔が形を変える。
ただの塔が枝分かれし、膨らみ、曲線が出来る。
花の中心。そこに現れたのは巨大な女性の上半身だった。
美しい顔。花々の咲き乱れる髪。誰もが羨み、欲情をもよおす身体。その瞳一つで人々を魅了し、その吐息一つで人々を虜にする。
巨大な花の女神。彼女を見た誰もが、直感的にそう思った。
『平伏しなさい、人類。従属なさい、人類。私が、私こそが花と科学の神。幾星霜も遠き宇宙の彼方から来し、知恵と美の化身』
花と科学の神は鷹揚に両腕を広げる。
『枯れた大地に眠る日々は終わりました。眠れる火星の神は終わり、今からは、永劫続く花の楽園の主神となりましょう』
優しい風が吹き、花々の甘い香りを運ぶ。
甘い香りに誘われて、魔法少女達の意識が朦朧とする。
全てがどうでも良いような、ささくれ立った心が安らぐような、感情の全てが薄くなっていくような、そんな感覚。
『さぁ、私に身を委ねなさい。永劫続く花の楽園で、美しく咲き続けましょう』
戦意が抜け落ちる。
誰もがその場に膝を突き、地に伏さんとする。
「不味い不味い」
「良くない良くない」
しかして、上空で戦闘を繰り広げていたヘンゼルとグレーテルには香りは届いていなかった。
異常事態に戸惑いながらも、二人は空中戦を継続する。そうしないと、次にやられるのは自分達なのだから。
下に降りれば香りにやられ、かといって上空に留まり続ける事も出来ない。
星間重巡洋艦の耐衝撃シールドは健在であり、二人の最高火力を持ってしても破壊には至らない。
どうしようもない。たった二人で出来る事など高が知れている。
焦燥に駆られる二人を余所に、ヴルトゥームの領域は広がりを見せる。
徐々に、けれど確実にこの惑星を侵食しようと花々は根を張る。
『広がりなさい、花々よ。私の世界を広げなさい。花の惑星へ、絶世の楽園へ、宇宙に二つとない世界へ創り変えるのです』
「あぁ、それは御免被りマス。何故ならワシ、花粉症デス」
突如として声が聞こえてくる。
何処からともなく聞こえる声では無い。その声は、ヴルトゥームの頭上から突如として聞こえて来た。
『何者です?』
巨大なヴルトゥームの頭の上に立つ人物は、その誰何にぺこりと頭を下げて答える。
「お答えしまショ。ワシ、白兎デス。以後、お見知りおけよ?」
ぺこりと頭を下げたのは、ふわふわと可愛らしい見た目の少女だった。
白い髪、長い耳。服の至る所に縫い付けられた懐中時計。ふわふわ伸びた髪は風に揺らぎ、衣服から飛び出た丸い尻尾はぴこぴこと揺れている。
「それと、英雄死なぬ。いささか浅はか」
とことことヴルトゥームの頭の上を歩き回るレディ・ラビット。
『不敬です。下がりなさい』
ヴルトゥームの髪から花が浮き上がり、レディ・ラビットに殺到する。
レディ・ラビットは慌てた様子も無く突如として虚空に空いた穴に入り込む。レディ・ラビットの入り込んだ穴は消え、花達は目標を見失う。
『何処に……』
消えたのか。その答えは、直ぐ目の前に現れた。
ヴルトゥームの目前。そこに、ぽっかりと小さな穴が空いた。
小窓の様な小さな穴から顔を出し、両肘をついて掌に顎を乗せるレディ・ラビット。
「お馬鹿さん。サンベリーナも言ってやるとよろしい」
レディ・ラビットがそう言えば、ふわふわの髪の毛の中からサンベリーナが顔を出す。
「や、やーい! あ、頭の中お花畑ー!」
頑張って悪口を言うサンベリーナ。
しかし、ヴルトゥームはサンベリーナの悪口に反応しなかった。
サンベリーナは爆発に巻き込まれたはずだ。アリスとロデスコと一緒に居たのを確認している。
事態を即座に理解したヴルトゥームは目の前の二人から意識を外し、索敵範囲を広げる。
「遅いっつーの雑草女神!!」
上空から流星が落ちる。
空気を焼き、耐衝撃シールドを破壊し、ヴルトゥームの身体を突き抜ける。
爆速で突き抜けた流星に身を焦がされるヴルトゥーム。
『……っ、何故……』
「何故も無い。ワシが答え。すなわち、レディ・アンサー」
にっこし笑うレディ・ラビット。
『……なるほど。そこは異次元なのですね』
「その通り」
ぱちぱちと拍手をするレディ・ラビットと、合わせてぺちぺちと拍手をするサンベリーナ。
レディ・ラビットの魔法は異次元を移動できるというものだ。ただ、移動できる最大人数が決まっているので大人数での移動が出来ない。
それでも、異次元の移動は現実世界の移動よりも早い。異次元での移動距離よりも現実世界での移動距離の方が長くなっているのだ。
アリスと同じく、二人と居ない特有の魔法を持っている魔法少女だ。
まぁ、レディ・ラビットの魔法はそれだけでは無いのだけれど。
ともあれ、形勢逆転だなんて早とちりも良いところだ。
ふわふわ笑顔で、レディ・ラビットは宣告する。
「つまり、あなた今、大ピンチ」
新キャラ




