異譚48 下の下
ヴルトゥームの周囲を浮遊する花が、回転をしながら襲い掛かる。
アリスとロデスコは反対方向に散開する。
花達はアリスとロデスコを分散して追尾する。
高速で迫る花達を、アリスは周囲に展開した剣で迎撃し、ロデスコは高速移動をしながら器用に蹴り倒して迎撃をする。
アリスは回転する花を迎撃しつつ、炎雷の大剣を振るい炎雷の熱線を飛ばす。
しかし、熱線はヴルトゥームに届く事は無く、ヴルトゥームに当たる前に見えない壁に阻まれて四方八方に散っていった。
分かっていた事だけれど、ヴルトゥーム本人にも耐衝撃シールドが備わっていた。それも、人型に備わっているよりも強力な耐衝撃シールドだ。人型であれば致命の剣列の一本で突破出来たけれど、ヴルトゥームの耐衝撃シールドは二剣でも突破が出来ない。
三剣にしても、恐らくは純粋な威力だけでは耐衝撃シールドは破れないだろう。漁港の異譚支配者を倒した五剣でも同じだ。
耐衝撃シールドの効果は変わらない。一番簡単に倒すのであれば、星間重巡洋艦の耐衝撃シールドを破壊した『実在』という属性を持った大剣を使う事だ。
だが、『実在』にはメリットも在ればデメリットも在る。
虚構の中に実在を与えて満たす事で耐衝撃シールドを相殺していた訳だけれども、実在が在る物に実在を与えれば実在性を底上げしてしまう結果となる。耐衝撃シールド以外に当たれば、相手を強化してしまう結果となってしまうのだ。
進化した致命の大剣でけりを付ければ良いのだろうけれど、今になって致命の大剣を使う事に違和感を覚えている。
いつもと違う致命の大剣。自身の姿すら変えたその大剣を安易に使ってはいけない。今になって、致命の大剣を使う事に忌避感らしき感情を抱き始めた。
いざとなれば使うけれど、そのいざはきっと今では無い。
「小回り利かせる」
アリスは右手に炎雷の大剣を持ち、左手に実在の大剣を持つ。
実在の大剣から斬撃を飛ばした後、炎雷の大剣から熱線を放つ。
『それはもう見ましたよ。ネタが分かれば、さして恐ろしくも在りません』
実在の大剣から放たれた斬撃に花を直撃させるヴルトゥーム。実在の斬撃に斬られた花は、花弁を散らすどころかより強固に、より大きく成長をし、存在性を増す。
だが、その直後に炎雷の熱線に焼かれて消し炭となる。
互いに、それは予想の範疇ではあった。
であれば、実在の大剣と炎雷の大剣を複合すれば良いだけかとも思うけれど、今と同じ事が起こるだけだ。
致命複合・五剣にしても、恐らく同じように防がれる事だろう。それくらい、ヴルトゥームの周囲を浮遊する花は硬い。
いや、花だけではないだろう。ヴルトゥーム本体ですら、炎雷の大剣で焼けない程の強度を誇っているはずだ。
だが、違和感が在る。
目の前に居るヴルトゥームからは在り得ない程強大な魔力を感じる。だが、空で対峙した時に感じた程の魔力は感じない。
加えて言うのであれば、星間重巡洋艦の中ではまったくヴルトゥームの魔力を感じる事が出来なかった。
アリスとロデスコが感知出来なかっただけで、サンベリーナは少しは感じる事が出来たようだけれど、それでもおかしな話だ。目の前に居るヴルトゥームからはしっかりと魔力を感じる事が出来るのだから。
「致命複合・十剣」
色々考えが浮かぶけれど、考えを改める。
どんな裏が在ろうとも、どんな思惑が在ろうとも、そこに辿り着く前に全て潰してしまえば何も問題は無い。
十剣を使い、連続で剣を振るう。
十の属性を持った斬撃がヴルトゥームに迫る。
だが、十剣の斬撃がヴルトゥームに届く前に、地面から突如として生えた巨大な蔦が斬撃を受け止める。
斬撃を受け止めた巨大な蔦は、体積の半分を消失しているけれど、それでもアリスの十剣を防ぎ切る事が出来た。
面倒なくらい、存在としての強度が高い。
十もあれば大抵の異譚支配者を倒す事が可能だ。実在の属性が加わっているとはいえ、それを上回る致命の属性が含まれている。
致命すら通じない程の強度。
「っだぁもう!! めっちゃ堅い!!」
ロデスコの蹴撃でも蔦を全損させる事は出来ない。植物にとっての弱点である炎属性かつ、高威力を誇るロデスコの蹴撃ですらその体たらく。
『愚かですね。下の下とは言え、私も神の一柱。魔法を使えるとは言え、人間が勝てる相手では無いのですよ』
神。間違い無く、ヴルトゥームは自身を神と呼称した。
チェシャ猫の説明を聞いていたので驚きは無かったけれど、まさか自分の口からそう告げて来るとは思わなかった。
つまり、自称も他称される程に、純然たる事実として、ヴルトゥームは神様だと言う事だ。
自身を神の中でも下の下と評価するヴルトゥーム。
しかし、その下の下の存在であるヴルトゥームにすら、二人の刃は届いていない。
その事実に、ロデスコは――
「ふ、ふふっ」
不敵に、笑って見せる。
『何がおかしいと言うのです?』
「いや、お誂え向き過ぎて笑っちゃっただけよ」
言いながら、ロデスコの蹴りが炸裂する。
ロデスコの蹴りは巨大な蔦に直撃し、その大半を消し飛ばした。
『……』
明らかに上昇した威力に、ヴルトゥームは静かに警戒を強める。
めらめら、めらめら。ロデスコの周囲の空気を歪ませる程の炎が、ロデスコの具足から発せられる。
「アタシ、世界最強になりたいのよ。ま、つまり英雄よ、英雄」
熱で花がしぼむ。
風が起き、しぼんだ花びらが宙を舞う。
「アンタみたいな奴が裏に居るっていうのはつい最近知ったわ。それが途轍もなく強いって事も、最近知った」
青天井の如く上がる火力。熱風は暴風となり吹きすさぶ。
『何が言いたいのです?』
「最初に言ったわよ。お誂え向きだって。下の下ですって? はっ、丁度良い事この上ないわよ。わざわざ一番下からやってきてくれるなんてね!」
心底から強気で笑う。
「挑戦者ってのは、下から上に上がってくもんなのよ。わざわざアタシの踏み台になりに来てくれたなんて、随分と親切な神様じゃない!」
一人でちゃんと背負える人間になりたいと思った。朱里はそのために強くなってきた。そのために戦ってきた。
口から文句も出る。嫌になって舌打ちだってする。たまに、弱音も吐いたりする。
でも、こんなもの、逆境じゃない。こんなもの、諦める理由にはならない。
「アンタも、他の神様って奴も、全部アタシが倒す。そのための第一歩に、下の下がお誂え向きだっつってんのよ!!」
爆発的に火力が上昇する。
変化が在ったのは、火力だけでは無い。
ロデスコの長い髪は途中から炎となり、非実体の髪となって風になびく。
フリルの施された口の広い袖から出ている手には、赤熱色の籠手が装着される。籠手は具足と同じように炎を纏い、周囲の空気を歪めている。
元々赤かった瞳は燃える炎のように色彩を変え続ける。
まるで生ける炎の如き様相。
『■■■■■? まさか、在り得ない……』
ヴルトゥームが何かを言った。誰かの名前のようだったけれど、アリスにもロデスコにもサンベリーナにも、聞き取る事は出来なかった。
けれど、ヴルトゥームがロデスコを警戒し始めたと言う事は確かであった。
「アンタは多くを知ってるんでしょうけど、一つだけ知らない事が在るわ。それはね――」
ロデスコは悠然と構える。
そして、勝気に溢れたその双眸でヴルトゥームを見据える。
「逆境程、燃え上がる人間が居るって事よ」
ロデスコの方が主人公してる感