異譚42 ドッグファイト
アリスの背後にぴたりと位置付けし、アリスに向けて光線を放つ人型。
アリスは巧みに飛行して光線を回避する。
「……増えてく……」
「あ、アリス! 囲まれてるよ!!」
「分かってる」
時間が経つにつれて、アリスを追う人型の数が増えていく。
その分、下の敵が減っていると考えれば良い囮になっているのだろうけれど、だからと言って下での戦闘が楽になっている訳では無さそうだけれど。
なにせ、相手は身体に風穴を開けられても動けるのだ。総合的に見れば、敵戦力は減っていないと言う事になる。酷く厄介極まり無い相手である。
戦闘機では考えられない程の急激な軌道変更を行いながら飛行し、敵の射線に入らないようにしているけれど、敵の光線も追尾機能が付いているのか、無理矢理な軌道変更をするアリスに追従してくる。
「あ、アリス! 追ってきてるよぉ!!」
「問題無い。千切れば良いだけ。しっかり掴まってて」
「わ、分かったよぉ!!」
ひしっとアリスにしがみつくサンベリーナ。
アリスは更に速度を上げながら、人型を撒くように飛行する。
しかし、向こうもアリスが速度を上げれば、更に速度を上げて追従する。
アリスは貫通力の高い剣槍――では無く、致命の剣列の貫通の大剣を生成する。
「……?」
致命の剣列を展開してみたけれど、以前よりも魔力の負担が少なく感じた。気のせいの範疇では無く、確実に魔力の負担が減っているのだ。
しかし、致命の剣列の威力は変わらない。それどころから、以前にも増して強くなってさえいる。
それに、貫通の大剣の意匠も若干だが変わっている。
致命の大剣や致命の剣列は全て飾り気のない無骨なデザインをしている。けれど、今手元に在る貫通の大剣には以前には無かった意匠が施されている。
自分が知らない内に起こっている変化に違和感を覚える。
だが、今はそんな事を考えている場合ではない。
アリスは光線を避けながら、貫通の大剣を振るう。
貫通の斬撃は狙い違わず人型を貫く。
致命の剣列は致命の攻撃。当たれば相手は命を落とす魔法。
「……これでもダメ」
致命の剣列の貫通は直撃していた。それでも、人型は平気で行動している。
「ぞ、ゾンビかなっ!?」
「なら頭を潰す」
致命の剣列を打撃に変更する。
先程と同じ要領で、アリスは打撃の大剣を振るって耐衝撃シールドごと頭を叩き潰す。
「……これでもダメ」
頭を叩き潰しても、人型は何事も無かったかのように動作し続ける。
「ぞ、ぞぞぞゾンビ以上って事かな!? ど、どどどどうしようアリス!?」
あわわと慌てるサンベリーナ。
しかし、アリスは至って冷静である。
「消去法でプチプチ潰してく」
アリスは致命の剣列の属性を炎に替える。
「燃やし尽くす」
轟々と燃え盛る炎の大剣。刀身や柄が見えない程の炎に包まれた大剣を、アリスは熱さなど感じていない様子で炎の大剣を振るう。
「あちちっ」
「我慢して」
「が、我慢するよぅ!!」
ポケットの中に潜り込んで直接来る熱を遮断する。
ポケットの中は甘くて良い匂いがしました。とはサンベリーナの談である。
アリスは炎の大剣で人型の一体を切り捨てる。炎は人型の身体を包み込み、瞬く間にその身体を焼き尽くす。
もう燃えるモノの無くなった炎はやがて鎮火し、残ったのは元の形も分からぬ程に炭化したナニカだった。
その光景を目にしたサンベリーナは、ぞくりと背筋を凍らせる。
アリスの炎が一瞬にして相手を物言わぬ消し炭にしたから――では無い。
「あ、アリス……い、今の、見た……?」
「見た。でも、今更でしょ」
「そ、そうだけど……!! み、身動ぎ一つしないって、お、おかしいよ!!」
アリスの炎に焼かれた人型は身動ぎ一つしなかった。それどころか、戸惑う事も、躊躇する事も無く、燃え盛ったままアリスへと攻撃を仕掛け続けたのだ。
敵に攻撃している時に違和感は在った。
心臓付近を貫かれても、頭を潰されても、人型は怯んだ様子も無くアリスに攻撃を仕掛け続けている。
文字通り、身を焦がすほどの炎に包まれてなお人型は動き続けた。
斬った感覚は機械のそれでは無い。肉を切ったような、植物を切ったような、そんな感覚だった。
相手が生物である以上、そこに意志が介在してしかるべきだ。
けれど、人型達に意志は無く、在るのは命令を実行する機構のみ。アリスはそう感じた。
生物であるのに、反応があまりにも非生物的。それが、サンベリーナには酷く恐ろしく見えた。
しかし、アリスには関係の無い事だ。
立ちはだかるのであれば、何であれ倒す。相手が何処の誰で、どういった生物だろうと関係無い。
全て受け止めた上で、魔法少女としての責務を果たす。
「おかしくてもなんでも、敵なら倒す。倒し方ももう分かった」
アリスは躊躇いなく人型を燃やす。
無駄の無い動き、躊躇の無い剣捌きで、淡々と敵を斬り捨てていく。
「全員に通達。灰になるまで燃やせば動かなくなる」
『そんなん誰だってそうでしょうが!!』
アリスの通達にロデスコがツッコミを入れる。
ツッコミを入れられて、アリスは数秒固まった後に当たり前の事を言っていた事に気付く。
「確かに……」
『ボケてんのアンタ!?』
「ボケてない。これが一番有効的。燃やせば解決」
『身体の芯まで凍らせるのも有効的よ、アリス』
燃やせば良いと言うアリスに、スノーホワイトが別の解決策を提示する。
『粉微塵にするのも有り』
『木っ端微塵とも言う』
追従するように、ヘンゼルとグレーテルが言う。
『四肢ふっとばしゃ良いだけの話だろ』
と、ぶっきらぼうにイェーガーも言う。
結論。
「じゃあ好きにして」
それだけ言って、アリスは自身の敵に集中する。
極論、倒せればそれで良い。各々がやりやすい方法が在るのであれば、アリスの倒し方を強要する訳にはいかない。
「サンプルはスノーホワイトが確保してくれる。それなら……」
アリスは炎の大剣を右手に持ち、雷の大剣を左手に生成する。
「全て焼き尽くす」
追って来る人型に、今度はこちらから迫る。
右手の剣で身体の芯まで燃やし尽くし、左手の剣で身体の芯まで焼き焦がす。
「……面倒」
斬っても斬ってもキリが無い。
何処からともなく、現れては何度も何度も襲って来る。
数が減った様子も無ければ、向こうに疲労をした様子も無い。
前線で留めておくよりも、危険でも直接本丸を叩いた方が賢明だろう。
試しに、アリスは一本の剣を星間重巡洋艦へと飛ばす。
しかし、予想通り星間重巡洋艦への周囲は耐衝撃シールドに護られている。
確かに、衝撃は在った。けれど、思っていた程の衝撃では無かった。だが、無理矢理こじ開けるのも難しいだろう。
本丸を攻めようにも、耐衝撃シールドをどうにか出来ない限り難しいだろう。
こんなに面倒なのは、異譚侵度Sの異譚支配者と相対した時以来だ。
だが、あの時とは状況が違う。今は、一人じゃない。
ちょっとだけ面倒なことは仲間に任せて、すごく面倒なことは自分が請け負えば良い。
「ロデスコ。前線の維持お願い」
『アンタはどーすんの!!』
「事態を進展させる。イェーガー。届く?」
『誰に言ってんだよ』
アリスが訊ねた直後、アリスの背後を飛んでいた人型の腕が吹き飛ぶ。
超々遠距離からの狙撃。魔法の有効射程距離だけで言えば、イェーガーの方が広く精確だ。
「そのままお願い」
『りょ。自由に飛びな』
「分かった」
アリスはそのままの速度を維持して星間重巡洋艦へと向かう。




