異譚40 警戒態勢
住民達の避難誘導を進めながら、魔法少女達は山間部に屹立する星間重巡洋艦を警戒する。
アリス達警戒班も手近な建物の屋上で警戒にあたる。
「う、動かないね」
「うん」
サンベリーナを頭の上に乗せて、アリスはじっと星間重巡洋艦を眺める。
真正面から相対したので全容を見る事が出来なかった。真正面から見ても大きかったけれど、こうして遠くから眺めるとその大きさが際立つ。
山間部に直立している星間重巡洋艦は山頂まで届く程に大きい。
「サンベリーナ。あの山の標高っていくつ?」
「え、ええ!? えっと、ええっとぉ……!!」
アリスに訊ねられ、サンベリーナは突然の事にあわわと慌てる。
「わ、分かんなぁい……」
最終的に分からないと素直に告げるサンベリーナ。
「そう」
しかして、アリスは特に気にした様子も無い。知ってるかなと思って聞いてみただけだ。
しょんぼりと凹むサンベリーナを気にした様子も無く、アリスは星間重巡洋艦を眺める。
戦艦とは言うけれど、その見た目はアリスの知っている戦艦とは大きくかけ離れている。
全体の形状としては、下の方が太く、上に行くにつれて細くなっていっている。例えるならば雫の形である。
根本は新緑色になっており、段々とてっぺんにかけて桃色に色付いていっている。
雫というよりそれはまるで花の蕾の様だった。
「あれ、本当に耐衝撃シールドってやつが動作してんのかね?」
屋上の出入り口付近の壁に座るイェーガーが何ともなしに言えば、近くで準備体操をしていたヘンゼルとグレーテルが答える。
「ちょっかいかけてみる?」
「つんつんしてみる?」
「止めて。何かあっても困る」
しゅっしゅっと二人揃ってシャドーボクシングをするヘンゼルとグレーテルを諫めるアリス。
攻撃を仕掛けて反撃があった場合、まだ避難をしている住民達に被害が及ぶ。余計な事をせずに、警戒をしているだけが最良なのだ。
「あ、アリス」
「なに?」
「さ、さっきは明言して無かったけど……勝算って、あるの?」
頭の上からアリスの顔を覗き込むサンベリーナ。その顔はいつもより不安そうである。
「まだ分からない」
正直、勝てるかどうかは分からない。勝つつもりで戦うけれど、相手の能力がどれほどなのかも分からない以上、適当な事は言えない。
「でも、私が引き分けたのが確かなら勝算はある」
正直言えば、アリスはその引き分けた時のことをまったく憶えていない。
けれど、耐衝撃シールドに打ち勝ったのは事実だ。拮抗したけれど、耐衝撃シールドにアリスの致命の大剣は競り勝てるのだ。
一応、奥の手としては通用するだろう。それでも油断が出来ない相手で在る事には違いないけれど。
「つっても相手の戦力も分からない訳でしょ? 防御はともかく、攻撃力がずば抜けてる可能性だってあるんじゃないの?」
「なら、それを上回れば良いだけ」
「そんな簡単な話じゃないでしょ」
「簡単な話」
後ろで座るイェーガーを少しだけ振り返りながらアリスは言う。
「科学の進歩は一筋縄ではいかないけれど、魔法の進歩は気持ち次第だから」
それだけ言って、アリスは視線を星間重巡洋艦へと戻す。
因みに、チェシャ猫の受け売りである。アリスはその受け売りを流し売りしただけだ。
しかし、それを知らないイェーガーはきりっと決めたように見えたアリスを見て『やばっ、あたしの天使かっこよすぎじゃね?』と思っている。
結局、避難中に星間重巡洋艦が動きを見せる事は無かった。
アリス達が知る事は無いけれど、赤い女によって星間重巡洋艦は一週間の行動禁止となっている。
そういう経緯もあって、住民達の避難は滞りなく終了した。
安全は確保された訳だけれど、それは逆に本腰を入れた戦う準備が整ったという事に他ならない。
この町は完全に戦場と化してしまったのだ。
星間重巡洋艦に動きが無いまま、一週間が経過した。
一週間も在れば魔法少女達の態勢も万全となり、いつでも戦闘行動に移れる。
まさに臨戦態勢。前代未聞の事態に世界中の注目と警戒を集める町は、嵐の前の静けさに包まれている。
対策軍の屋上。そこで、アリスは質素な一人掛けのソファに座り、星間重巡洋艦の様子を窺っている。
この一週間、アリスは殆どずっと屋上で生活をしていた。
「アンタ、変身解かなくて大丈夫なわけ?」
仕分け皿に軍用糧食を乗せたロデスコが屋上にやって来た。
それに、やって来たのはロデスコだけでは無かった。
「アリス、見張りお疲れ様」
「み、見張りも良いけど、い、一緒にご飯食べよ?」
「……アリスも、腹ペコリンヌだろう……」
童話の魔法少女達全員が軍用糧食の乗った仕分け皿を持って、わらわらとアリスの周りを囲む。
「アリス、絨毯とクッション。あとテーブル」
「分かった」
アリスを中心に、全員が座れるほどの絨毯を生成する。その上にクッションとローテーブルを用意する。
「なんでアンタだけソファなのよ」
「消すのも面倒だから」
「ああそう」
言いながら、ロデスコはアリスに仕分け皿を渡す。
「ありがとう」
「どういたしまして」
アリスはロデスコから仕分け皿を受け取り、あまり美味しくない軍用糧食を口に運ぶ。
「大丈夫」
「何が?」
「何度か変身解いてるから」
「ああ……まぁ、休める時にちゃんと休みなさいよ。いくらアンタでも、ずっとはきついでしょ」
「……そう、なのかな……?」
朱里の言葉にアリスは小首を傾げる。
アリスは何度か変身を解いた。けれど、それはアリスに限界が来たからではない。
魔力の温存をしておいた方が良いなと思ったから変身を解いただけであり、実際にはまだまだ変身を継続する事は出来たのだ。
とまぁ、それはいつもの事でもある。アリスの魔力量は常人のそれを遥かに超えているのだから、常人では考えられない程に変身の継続を出来るのは当たり前だ。
これまでの経験則でアリスは何度か変身を解いたのだけれど、変身による疲労感はまったくといっていいほどなかった。ずっと変身が出来るのではないのかと思えるくらいに疲労感が無かった。
自分の感覚が、いつもと違う。具体的に何がとは言えないけれど、なんだか違和感があるのだ。
「なんかあったの?」
「分からない。でも、ちょっといつもと違う気がする」
「不調?」
「ではない。むしろ、気持ち悪いくらいに絶好調」
魔法を使う時の負担もいつものより小さい。
考え込むアリスを見て、朱里はふんっと一つ鼻を鳴らす。
「ま、アンタが不調じゃないなら良いわ。難しく考えるのは、今回の事が終わってからでも良いんじゃ無いの?」
「……そうかも」
朱里の言葉にアリスは素直に頷く。
朱里の言う通り、絶好調であるのなら何も問題は無い。気になる事が在るのなら、この戦いが終わってからでも良いはずだ。
考える事を止め、アリスは食事を再開する。
「……やっぱり美味しくない」
「これが終わったら、なんか美味しいの食べに行きましょ。勿論、アンタの奢りで」
「分かった。私も、この味には飽き飽きだから」
「……」
頷くアリスを見て、朱里は目をぱちくりさせる。
「驚いた。偉く素直じゃない」
「私だって、味の薄い食事が続けば飽きる」
「いつも同じようなの――」
そこまで行って、朱里は言葉を止める。
言葉を止めた朱里を見て、アリスは小首を傾げる。
いつも同じような食べ物ばかり食べてるだろうと、朱里は言おうとした。けれど、それは春花の事であってアリスの事では無い。
アリスの正体が春花である事を知っているのはこの場で朱里だけだ。
アリスの正体に繋がるような事を言うのは極力避けるべきだし、自分がアリスの正体を知っている事を知られるのも良くないだろう。
「何でも無いわ。行くなら美味しいとんかつ屋ね」
「そう。分かった」
誤魔化す朱里に、アリスは疑う様子も無くこくりと頷いた。




