異譚12 先輩
みのりは気が弱い。アリス相手にぐいぐいと行くけれど、他の人に対してはあまり積極的には話せない。特に、気が強そうな相手、きらきらと輝いて見える魅力的な相手などは自分から話しかける事はあまりしない。
仲の良い相手――白奈や朱里――には声をかけられるし、普通に会話も出来る。後、調子に乗った時は饒舌である。
なので、みのりはあまり先輩として見られる事が少ない。
瑠奈莉愛のようにみのりを先輩扱いしてくれる者は童話の魔法少女の中にはいない。
因みに、年齢で言えば笑良と詩が最年長であり、春花、白奈、朱里、みのりが同学年。菓子谷姉妹が中学三年生であり、珠緒が中学二年生。瑠奈莉愛と餡子が中学一年生だ。
新人二人が来る前でもみのりの下には三人も居たのに誰も先輩扱いしてくれなかった。
なので、瑠奈莉愛の先輩呼びをみのりはいたく気に入った。それはもうルンルン気分で有頂天になるくらいに。
「ま、魔法少女にはね、三つの区分け以外にも種類があるんだよ!」
「へぇ、そうなんッスね」
サンベリーナはヴォルフの頭の上に乗り、上機嫌でぺらぺらと講義をしていた。
「わ、わたしみたいに戦闘は出来ないけど、補助が得意なサポート型に、ロデスコみたいな近接攻撃が得意なアタック型。遠距離攻撃が得意なロングレンジ型。スノーホワイトみたいに全部満遍なくこなせるバランス型。ヴォルフちゃんはアタック型だね!」
「そうッスね! 自分、遠距離は車ぶん投げるくらいしか出来ないッスから!」
言って、車を投げるモーションを取るヴォルフ。
「そういや、やっぱりアリスさんって、バランスなんッスか?」
「うーん……た、多分そうだと思うんだけど……」
歯切れの悪いサンベリーナ。
確かに、大抵の事を高水準で成し遂げられるアリスはバランス型なのだろう。けれど、バランス型にしてはロングレンジ型並みの威力と範囲を持っており、アタック型と競り合えるだけの戦闘センスと身体能力を持っている。
その他にもアリスは出来ない事が無いくらいに戦いの範囲が広いのだ。
バランス型の範囲を超えているために、それに頷く事が出来ないのだ。
「た、多分バランスなんだろうけど……威力も精度も凄いから……」
「なるほどッス。きっと、枠に収まらないから英雄なんッスね!」
「そ、そうだね! ヴォルフちゃん良い事言うね!」
良い子良い子と頭を撫でるサンベリーナ。
先輩に頭を撫でられて嬉しそうに耳をぴこぴこと動かすヴォルフ。
頭上のサンベリーナに気を取られていたからか、足元の異譚生命体の死体に躓いてしまう。
「っとと……うぅっ、やっぱり異譚生命体ってぐろいッスね……」
言って、蛙頭の人型異端生命体を足で突っつく。
「こ、こらぁっ、だ、ダメだよ!」
「え、な、なんッスか?」
ぷうっと頬を膨らませながら、みのりは先輩の威厳たっぷりに胸を張って言う。
「そ、その異端生命体は元々は人間なんだよ? ちゃ、ちゃんと哀悼の心を持って――」
「え、ちょ、ちょっと待って欲しいッス!」
「ん、ど、どうしたの?」
「この蛙頭の異譚生命体が人って……」
「え、うん、そうだよ。あ、あれ? 気付いてなかった?」
異譚では人も変質してしまう。それは、薄っすらと分かっていた事だ。講習でも例外なく変質すると聞いた事があるし、なんとなく人も例外ではないのだと分かっていた。
けれど、それが敵対するとは思っていなかった。そうして、こんな風に醜く変質し、それをまさか人と気付かずに自分が手にかけてしまったとは、思いもしなかったのだ。
先程の戦闘で、蛙頭の身体を鉤爪で引き裂いた時の感触を思い出す。肉を裂く、嫌な感触。
「う、ぅぉえぇッ……!!」
口元を抑え、柱の影に走ってびちゃびちゃと嘔吐した。言いようの無い気持ち悪さが、ヴォルフの胃の中で渦巻いた。
長椅子の上で正座をしているサンベリーナはしゅんっと肩を落として反省している。
「まったく。調子に乗って先輩面するからこうなんのよ」
「う、うぅ……ごめんなしゃぁい……」
「だ、大丈夫ッス……自分の覚悟が足りなかっただけッスから……」
謝るサンベリーナに、ヴォルフは顔を青くしながらも気遣うように返す。
未だに気分が悪そうにしているので、その背中をスノーホワイトがさすっている。
「でもま、そう言う事なのよ。アタシ達の敵は異譚だけじゃない。異譚に居る人間も敵に成り得るのよ」
「う、うッス……! まだ、ちょっと割り切れそうにないッスけど、頑張るッス……」
パシパシっと気合を入れるために頬を叩くヴォルフ。
そんなヴォルフに、アリスは静かな声音で言う。
「無理をする必要は無い。無理なら今回は撤退して。いざって時に戦えない人は足手纏いだから」
「アンタねぇ、そんな言い方しなくても良いんじゃないの?」
「でも事実。異譚では一瞬の躊躇が命取りになる」
「アンタの言ってる事は正しいけど、言い方ってもんがあるでしょうが。それが正しい事だとしても、伝え方一つ間違えれば不愉快になんのよ! アンタの言い方だとかなり高圧的に感じんのよ! アンタ自分の立場分かってる? 英雄様にそんな事言われて気にしない新人いないっての!」
「別に、高圧的になんかしてない……」
「アンタにその気が無くともそう感じんのよ! アタシが新人の時そうだったんだから!」
因みに、ロデスコの育成担当がアリスだった。なので、アリスの教え方の下手さ加減やぶっきらぼうさは一番理解しているし、一番身に染みている。
「だ、大丈夫ッス! い、いずれは直面する事態ッス! 本当に、覚悟を決めるッス!」
「大丈夫? 無理しなくても大丈夫よ? 最初は気分悪くなって離脱する子も珍しく無いから」
「薄々分かってた事ッス。自分、まだ異譚に居るって自覚が足りなかったッス」
ヴォルフは周囲を見渡す。
異譚生命体の死体。様式の変わった建物。薄暗い街の空気。
そう。ここは異譚なのだ。
「……大丈夫ッス。自分、行けるッス!」
「そう。なら頑張って」
「アンタさっきアタシの言った事分かってる?」
「頑張ってって言った」
「言い方が上からなのよ!」
「そう思ってるのはロデスコだけ」
「百人中百人が上からって言うわよ! アンタ自分が英雄だって事もっと自覚して発言なさいよね!!」
言い合いをするアリスとロデスコ。
因みに、アリスに好意のメーターを全振りしているスノーホワイトとサンベリーナはアリスは褒められてちゃんと偉いと思っている。
珍しく、しゅんっと落ち込んだように視線を落とすアリス。
アリスとしては情を移されないように冷たく、けれど、相手を傷つけないように、偉そうにならないように言っているつもりだった。だというのに、上から目線だと言われてしまい、少しだけ落ち込んでしまう。
アリスは他人を遠ざけたいとは思っているけれど、嫌われたいわけではないのだ。
珍しく落ち込んだ様子を見せるアリスに、ロデスコも調子を狂わせる。
「と、とにかく! アンタはもうちょっと相手の事を考えて言う事! いい?」
「……うん」
こくりとしおらしく頷くアリス。こんなにしおらしいアリスは珍しい。
「アリス、元気を出し。キヒヒ」
「別に、元気だけど」
「キヒヒ。強がってるアリスは可愛いね。キヒヒ」
「うるさい」
チェシャ猫の頭をぐりぐりと撫でる。
アリスに撫でられキヒヒと笑うチェシャ猫を、スノーホワイトとサンベリーナは羨ましそうに見ていた。




