異譚37 軍用糧食
レーション、食べてみたいですよね。
ちょっと憧れます。
星間重巡洋艦は山間部に墜落した後、本来であれば即座に攻勢に出る事が出来た。
アリスが与えたダメージは確かに甚大だけれども、戦闘と修復で分けて行動する事は出来たのだ。
しかし、何も行動が出来なかった。
全ての機能が停止しており、全ての眷属も動きを止めていた。
『何故……邪魔をするのです?』
機関部にてヴルトゥームは目の前に立つ赤いドレスの女を睨みつける。
『貴方が誘ったのでしょう? この盤上遊戯に』
「そうさ。けどね。私達はあくまで盤上の外から手を打つプレイヤーさ。直接盤上を荒らすだなんてルール違反だよ」
『そのようなルールは聞いておりません。そもそも、ルールが在るのなら事前説明をしておくのが普通でしょう?』
「君なら言わずとも分かるだろうに。……まぁ、私の目的の一つも達成できたから、今回は良しとしようか。ペナルティも科した事だしね」
ペナルティの内容は言わない。けれど、言われずとも分かる。
ヴルトゥーム以外の全てが稼働していない現状が、赤い女の言うペナルティなのだ。
「一週間、君を此処に縛り付ける。良いね?」
『ええ、良いでしょう。千年の眠りに比べれば、瞬きの時間に等しいのですから』
「では、一週間後。愉快なゲームを期待しているよ」
一瞬の内に姿を消す赤い女。
『……まったく、科学の粋を詰め込んだこの戦艦を、たった一人で機能停止させるだなんて』
赤い女が言うのであれば、確実に一週間はこの星間重巡洋艦は動けないのだろう。
星々を渡るための高度な科学技術によって造られたこの星間重巡洋艦。この船を造るのには長い年月と膨大な物資を必要とした。
今の地球の科学では理解できない機構と物質も使われている。誰も知らない、ヴルトゥームだけの知識で造られた星間重巡洋艦。つまり、ヴルトゥーム独自の科学しか使われていない。
にもかかわらず、赤い女は完全に星間重巡洋艦を掌握しているのだ。
『相も変わらず規格外ですね……。私も同じ規格に組み込まれていると思うと、荷が重いです』
苛立ちも驚きも無い。そこに在るのは、ただの事実として再認識のみだ。アレはそういう者だ。考えるだけ無駄なのだから。
星間重巡洋艦が襲来してから丸一日が経過した頃、ようやく春花は目を覚ました。と言っても、二度寝から目覚めただけであり、春花が無事だと言う事はみのり達も既に知っている。
ずっと寝ていたので身体中が痛く、起き上がってから手足を伸ばして身体中の筋肉をほぐしていく。
「ようやく起きたのね、この寝坊助」
春花が体中の筋肉を伸ばしていると、アリスのプライベートルームに朱里が入って来る。
朱里はアリスのプライベートルームのパスワードを知っているので、自由に出入りする事が出来る。
朱里は手に軍用糧食を持っている。衝撃波と熱波によってあまりまともな食糧が残っておらず、倉庫に完備していた軍用糧食や缶詰しか残っていないのだ。
「お腹空いてる?」
朱里が問えば、春花のお腹がぐぅっと鳴って主張する。
「良い返事じゃない」
言って、朱里は春花の方に軍用糧食を投げ渡す。
投げ渡された軍用糧食を見事キャッチして、袋を開ける。中には色々入っており、春花は固まる。
袋の中にぎちぎちに入った食糧やらなにやらが入っているけれど、何が何だかまったく分からない。袋の中に入っているけれど、どうやって食べるのかがさっぱり分からない。
袋の中身と睨めっこしていると、朱里がさっと春花の手から袋を奪う。
「なに睨めっこしてんのよ」
春花の手から奪った後、いつの間にか用意していた仕切り皿の上に食料を乗せて行く。
同封されていた食料を温めるための過熱パックを使って、ミートボールを温める。
その間に、パンを開け、パンの近くにペースト状のチーズを乗せる。別の場所にこれまたペースト状の卵を乗せ、十分に温まったミートボールを入れる。
「ほら」
「ありがとう」
朱里から仕切り皿とスプーンを受け取って、さっそく一口食べる。
「…………味がしない」
「これ、なんか味薄いみたいなのよねぇ。塩かけなさい、塩」
「うん」
ぱっぱっと塩をかけて食べれば、驚くほどに料理として完成した味が口内に広がる。
「うん、美味しい」
「そ。なら良かったわ」
言いながら、いつの間にか同封されていたコーヒーを用意していた朱里は、サイドテーブルにコーヒーを二つ置いてから春花の隣に座る。
朱里はスプーンでミートボールを掬って口へ運ぶ。
「……やっぱあんまし美味しくないわね」
「そう? 結構美味しいと思うけど」
「アンタ、あんな菓子パンしか食べてないから舌が貧相…………いや、結構良いの食べに行ってるわね、アンタとアタシ」
「そうだね。僕の奢りで」
「英雄なんだから懐温かいんでしょ? 良いじゃない別に。アタシだって奢ったんだし」
平べったいパンを口に運び、眉を寄せる朱里。
春花も平べったいパンを食べてみれば、確かに眉を寄せる程に味がしない。
「ん」
紙コップに入ったコーヒーを春花に渡す朱里。
「ありがとう」
紙コップを受け取り、温かいコーヒーを飲む。
ふうっと一息付いた春花は、隣で味の薄い軍用糧食を食べる朱里を見やる。
「なんか、意外」
「何が?」
「東雲さんは僕……というより、アリスの事嫌いなんだと思ってた」
「ええ、嫌いよ」
春花の言葉に躊躇いなく朱里は頷く。
「アタシは誰かに縋らなきゃ生きていけない人間が嫌い。誰かに縋らなきゃいけないって事は、自分を持って無いって事よ。自分で立てもしない人間が死ぬ程嫌い」
「それ、僕当てはまってる……?」
「ぜつみょーに、当てはまってるわ。アンタ、異譚を中心に生きてるでしょ。異譚が無くなった時にアンタに残るものって言える?」
「それは……」
何も残らない。異譚が終わった後に残るのはかつて英雄だったアリスの抜け殻だ。
もし仮に異譚が終わらなくて、春花が魔法少女を引退する事になってもそれは変わらない。春花に残る物など過去の栄光だけなのだ。
「アタシの母さん、異譚で父さんが死んでから宗教にハマっちゃってさ」
何でも無いように言って、ずずっとコーヒーを飲む朱里。
「母さん、自分が無かったのよ。考えるのも何するのも他人を基準にしてさ。知識とか何も無いから人の事簡単に信じちゃうし……。まぁ、馬鹿だったのよね、端的に言うと」
朱里は今も母親と暮らしている。母親は仕事を始めていて、以前よりは物を考えるようになったけれど、二人の距離が改善される事は無かった。今も、二人の仲はよそよそしいままである。
「ふわふわと周りに流されるまま生きてきたのよ。自分で何も考えてこなかった結果、宗教にハマっちゃって、アタシも酷い目に遭いそうになったり…………。ま、とにかく、自分を持って無い人間って奴が嫌いなのよ、アタシは」
じっと春花の目を見やる。
「だから、アリスが嫌い。異譚に振り回されてるアンタが嫌い」
「僕だって、別に振り回されてる訳じゃ……」
「振り回されてるわよ。文句があるなら、異譚以外に打ち込めるものを見付けてからにしなさい」
「むぅ……」
自身の母親とは違う。縋っている訳では無いし、アリスが弱い訳でも無い。しっかりと物も考えられている。けれど、異譚にのめり込んでいる姿には不安があるのだ。
本人的には振り回されているつもりはないのだろう。けれど、異譚が中心となっているのは間違いない。
それが、朱里には心底面白く無いのだ。
「異譚だけじゃないのよ。アタシ達が生きる意味って」
まるで叱るように言う朱里に、春花は何も言えなかった。
「あ、口の端にミートソース付いてるよ」
「このタイミングで言う事じゃないでしょ?!」
が、余計な事は言えた。
 




