異譚35 猫、慰める
感想、評価、ブクマ、ありがとうございます。
朱里の過去回が好評で何よりです。
うとうととしていた意識が戻り、ゆっくりと目蓋を上げる。
「……チッ、嫌な夢見た……」
精神的に弱っていたからか、かなり嫌な夢を見る事になった朱里は不機嫌そうに舌打ちをしてから立ち上がる。
「キヒヒ。起きたかい?」
春花と同じベッドで丸くなって寝ていたチェシャ猫が、むくりと顔を上げて朱里の方を見やる。
「ええ。アリ……有栖川は?」
「キヒヒ。一命は取り留めたよ」
チェシャ猫の答えを聞いて、朱里はほっと安堵の息を吐く。
「キヒヒ。まぁ、まだ安心は出来ないけどね」
「そう……」
朱里は春花の元まで行くと、すやすやと眠る春花の顔を見やる。
「街の状況は?」
「キヒヒ。壊滅的さ。まともに避難できるところがありやしない。地下シェルターが満員だから、持てる物だけ持って県外に避難する人が多いね」
「そう……んで、アレなんなの?」
「キヒヒ。アレは星間重巡洋艦だよ。星と星を移動するための宇宙船さ」
「宇宙船……なんだかSFじみてきたわね」
にわかには信じ難い話ではあるけれど、実際にアレは宇宙からやってきた。宇宙船と言われても突拍子が無い訳では無い。
「キヒヒ。アリスの攻撃で大ダメージを受けたみたいだね。今は大人しいもんさ」
「じゃあ、避難してる余裕はある訳ね」
「キヒヒ。そうだね」
朱里はアリスのベッドに腰掛ける。
「キヒヒ。星間重巡洋艦は山間部に落ちたみたいだね。山がぽっかり抉れてるよ」
「状況は最悪だけど、壊滅的って訳じゃ無いのは幸いね……」
「キヒヒ。そうだね」
けれど、アリスが勝てなかったという事実がまだ残っている。英雄ですら勝てなかった相手に、果たして自分達で対処できるかどうか。
「コイツの事、話してくれるんでしょうね?」
「キヒヒ。それを決めるのはアリスさ。それに、君もアリスから話を聞きたいだろう?」
「それは、そうだけど……」
果たして、真っ直ぐに春花の話を受け止められるかどうか、それが分からない。
今は色々あって混乱しているからなのか、それとも自分が思っている以上に衝撃を受けていないのか、春花への気持ちに変化は無い。
朱里の憧れで、ロデスコの先輩で、最強の相棒。
本当は、春花の事を知るのが怖い。朱里の母親と同じで、自分の無い人間かもしれない。異譚にのめり込む事でしか自分を見出せない人間なのかもしれない。
対した理由も無く、自分には異譚しかないからと、異譚に挑むだけの自分の無い英雄なのかもしれない。
それが分かってしまうのが、少し怖い。憧れが消えてしまいそうで、怖いのだ。
朱里は布団から出ていた春花の手を握る。
「……ダメだわ。なんかナーバスになってるかも」
「キヒヒ。ロデスコにしては珍しいね」
「そうね……」
チェシャ猫の軽口にも応じない。軽口で返す元気すらない。
チェシャ猫を押し退けてベッドから落とし、春花の横に寝転がる朱里。
「キヒヒ。酷いや」
「うっさい」
朱里の腰の上に乗っかるチェシャ猫。
春花の横顔を眺めながら、朱里はぽつぽつと語る。
「……アタシは自分が無い人間が嫌い。他人に判断を仰いで、他人の評価を気にして、他人のために生きて……」
そうして、最後には他人に見放される。自分が無い人間に魅力なんて無い。だから、他人にも飽きられる。
童話の全員は自分を持っている者ばかりだ。羨ましいくらいに、キラキラしたモノを持っている。
朱里にはそんな物は無い。魔法少女に成ったのだって、アリスに憧れたからだ。アリスみたいに生きれば、自分は空っぽじゃないと思えたからだ。
今でこそアリスと肩を並べる魔法少女になったと思えるけれど、『じゃあ魔法少女じゃ無くなった朱里に残るモノは何?』と訊かれると、答える事が出来なくなる。
頑張って年頃の少女らしいことをしては見ている。自分を磨くために必死に色々やっている。強い魔法少女であり続けるために、自分の憧れに近付けるように。
強がって先輩っぽく頑張ってはみているけれど、それでも自分が一番空っぽだと自分で分かっている。
一番他人の評価に縋りついて生きているのは、自分自身なのだから。
「あの親にしてこの子有り、か……ざまぁ無いわ、アタシ」
ベクトルは違えど、あれだけ嫌っていた母親と同じように他人を指標にして生きてしまっている。
「……誰かの目を気にして生きて、自分を作ってる。誰かに合わせて自分を作ってるから、誰かの目が無くなると途端に価値が無くなっちゃう……根本的に見たら無価値な人間よね」
「キヒヒ。そんな事無いさ」
「そんな事在るわよ。誰かのために積み上げるより、自分のために積み上げたモノの方が尊いわ」
「キヒヒ。そうかもね。でも、君は自分を良く見せたくて自分を磨いてきた訳じゃないか。そのために磨かれた自分は本当だろ? 今の君が名実共に優れた魔法少女である事は、君がひたむきに走り続けてきた証左さ。そこに他人の評価は介在しないよ。君が磨き続けた君の輝きは、混じり気無しの君そのものさ」
珍しく饒舌に喋るチェシャ猫に、思わず目を見開いてチェシャ猫を見る朱里。
「……驚いた。アンタ、人を慰めるとか出来たのね……」
「キヒヒ。猫は人を慰める事に関しては一家言あるのさ。よしよしもしてあげられるよ」
言って、チェシャ猫は朱里の顔をむにむにと踏む。
「よしよしじゃない! 踏んでんじゃないわよ馬鹿!!」
声を荒げてチェシャ猫を押し退ける朱里。
「キヒヒ。ロデスコは元気な姿が一番さ。それに、自分でした努力は、自分のためのモノさ。近くで見て来た猫には分かるよ。君の努力はいつだって自分のためだった」
「それだとアタシが自己中みたいに聞こえるんだけど……?」
「キヒヒ。それで良いんじゃ無いのかい?」
「むぅ……」
チェシャ猫のズバリ的を射た発言に、ぐうの音も出ない朱里。
「キヒヒ。君は自分で思っているより、自分を持ってるよ。自信をお持ち」
言うだけ言って、チェシャ猫は朱里の腰の上で丸くなる。
「まぁ、猫の言葉だって他人の評価さ。結局は、自分で自分に納得できなくちゃ意味がない。納得できる自分を頑張って見付けるんだね。キヒヒ」
「なっ……最後に突き放すような事言うんじゃないわよ」
「キヒヒ。ナーバスロデスコは嫌いさ。猫はもうひと眠りするよ。起こさないでね」
言って、数秒で鼻提灯を作って爆睡をするチェシャ猫。
「……本当に寝やがった」
爆睡するチェシャ猫を見て、はぁと一つ溜息を吐く朱里。
だが、確かにどれだけ言葉を並べられたところで、自分で納得できる自分を見付けられなければそれ以外は他人の評価に他ならない。
「……」
朱里はチェシャ猫から春花に視線を移す。
他人の評価を軸にしない。誰かや何かに縋らない。そう考えてきたから、異譚にのめり込むアリスを見て嫌だと思った。異譚しかないアリスを見て、不安を覚えたりもした。
異譚以外のナニカを作って上げたくて、アリスを色んな所に引っ張っても行った。
でもそれは結局朱里の我が儘で、朱里から見たアリスの評価を作ろうとしていただけだ。
「はぁ……もー分からん」
考えすぎて頭がぐるぐるする。
結局、嫌な夢を見たからナーバスになってしまっただけなのだろう。普段ならこんな事を考えもしない。
アリスのような英雄になりたいと思った自分の気持ちに嘘は無い。例えそれが虚像だったとしても、そう思った自分の気持ちは本物だ。
だったら、その虚像を自分が実像にすれば良い。
「……寝る」
いつもの結論に落ち着いた朱里は、重たくなってきた目蓋を素直に閉じる。
「……ありがと、バカ猫」
聞こえてはいないだろうけれどお礼を言って、そのまま眠りに落ちた。
「キヒヒ。どういたしましてさ」




