異譚31 宇宙より来たり
そらより来たりです。
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同じ異譚を潰して回るというのは、戦闘面で言えばそう難しい事ではない。同じ状況、同じ異譚支配者であれば、何度も戦っていれば経験は蓄積され、戦う事にも慣れが出てくる。
そして、異譚支配者の場所に変化も無い。異譚の中心に向かえば必然的に異譚支配者と接敵出来るのでわざわざ探し回る必要も無い。
異譚の攻略が徐々に最適化され、スムーズに異譚を攻略する事が出来るようになってきた。
だが、異譚の攻略が速くはなっても、異譚と異譚を梯子する際の移動時間に変化は無い。
一番近い異譚に向かいはするけれど、その間の移動は装甲車になる。装甲車では変身を解いて魔力を温存し、少しでも身体を休めるように努める。
それはどの魔法少女でも同じである。最適化されてきてはいるとはいえ、それでも異譚は異譚だ。一筋縄ではいかない。
発生した異譚の数は全部で五十二。それが、町中に分布されている。
魔法少女達が必死に飛び回ってはいるけれど、それでも間に合わない。被害は刻一刻と広がっている。
そんな中、疲労の色を見せもせずに空を飛び回るアリス。
攻略の最適化をしているのはアリスも同じだ。
最低限の時間と魔力のみで異譚を攻略する方法を編み出していた。
異譚の上空を飛び、致命の剣列を展開する。
選んだのは貫通の剣。だが、通常の貫通の剣とは形状が異なる。
切っ先はより鋭利に、刀身はより細身に。まさに貫く事だけに特化したような刀身に加え、槍のように長く伸びた柄。
異譚の中心地点の真上で止まり、貫通の槍を逆手に持つ。
「致命複合・貫通・雷」
貫通の槍が紫電を迸らせる。
アリスは無慈悲に、無感情に、貫通の槍を投擲する。
轟音と閃光。
常人に認識できるのはありふれた二つだけだろう。いや、異譚支配者でもその二つしか認識出来なかったに違いない。
雷鳴が轟いた数瞬後には異譚支配者を貫き、その身を雷で焼き焦がしている。
都合十秒程度の攻略。異譚支配者の場所が割れているのであれば、異譚に入る必要は無い。
アリスは異譚を覆う暗幕が晴れていくのを確認すると、即座に次の異譚へと向かう。
そうして、アリスは次々に異譚を攻略していく。
万能にして最強。アリスにのみ許された異譚の攻略方法。
しかしてこの攻略方に問題が無い訳では無い。
致命の剣列は致命の大剣に比べて魔力消費が少ないけれど、それでも通常の魔法少女であれば一発で魔力切れになる程の魔力消費量である。
それを二本だけとはいえ、致命複合もしているのだ。さしものアリスとはいえ、魔力消費はバカにならない。
それでも魔力消費を気にしている場合ではない。
五十二も在る異譚を早急に終わらせるにはこの方法が一番速い。
幾つも、幾つも、異譚を終わらせて回る。
遠くの空で何度も恒星のような光が瞬く。
ロデスコが爆発的加速で異譚を真上から貫いているのだろうと、なんとなく理解する。
ロデスコの魔法は強力だけれど単純だ。アリスのように万能では無いけれど、その万能さが無かったとしてもロデスコは強い。万能を捨てた最強。それがロデスコだとアリスは思っている。
「爆発大魔神」
なんてぼそっとこぼしながら、アリスはロデスコを視界から外す。
派手に爆発しているけれど、威力や魔力量の調整はしているだろう。最適な威力と魔力量を持って一撃で片を付けることが出来るくらいにはロデスコは器用だ。
全員の動きが最適化されれば、それだけ一つの異譚にかける時間は減っていく。
徐々に、だが確実に異譚の数は減っていく。
そうして、街が夕日に照らされる程に時間が経過した頃、ようやく最後の異譚が終結した。
全ての異譚を終結させた魔法少女達は疲労と安堵の溜息を吐く。
アリスも一息ついたように息を吐く。
そんなアリスの横に爆速で接近したロデスコは疲れた顔をしながらも、自身の終結させた異譚の数を告げる。
「十二!! アンタは!?」
「十七。私の勝ち」
「くっ……!! ……っはぁ……まぁ、数じゃアンタに勝てる訳無いわよね」
落胆したように肩を落とすロデスコ。
しかし、チーム単位で対処するべき異譚を二人だけで半分以上も終わらせたのだ。落胆するような事では決してない。むしろ、誇っても良いくらいの成果だ。
「……まぁ良いわ。また別の方法で勝負しましょう」
「嫌」
「アンタの意見は聞いてなーい。さぁ、後詰に行くわよ。もう少し気張りなさい」
「分かった」
異譚が終わっても、異譚生命体はまだ存在する。全て片付けなくては本当の終わりとは言えない。
疲労は在るけれど、体力的にも魔力的にもまだ余裕がある。二人が後詰めに向かおうとしたその刹那、アリスの動きが止まる。
「どしたの?」
急に動きを止めたアリスを不審に思ったロデスコが問えば、アリスはゆっくりと顔を上げた。しかし、視線はロデスコを通り過ぎ、上空へと向けられる。
空を見上げるアリスにつられてロデスコも空を見上げる。
そこで、ようやくロデスコも気付いた。
「…………は?」
遥か上空。夕闇の中に燦々と輝く星々の中に、在り得ない程の光を放つ星が在った。
それを認識した直後に感じる、在り得ない程強力な魔力反応。それこそ、アリスが本気を出した以上の魔力反応だ。
二人がそれを認識したその数秒後に町中に避難警報が鳴り響く。
『こ、高魔力反応感知!! は、遥か上空……う、嘘……地球と宇宙の境界線よりも向こう……? 外気圏の向こうから来てる……』
カーマン・ラインとは平たく言えば人類が定義した地球と宇宙の境界線の事だ。その境界線の向こうは宇宙空間である。そして、外気圏より向こうともなれば、地表からの距離は一万キロメートル以上も先に在るという事になる。
宇宙空間に在っても感知出来る程の強烈な魔力反応。自身の存在を知らしめるように、惜しげも無く魔力を放出しているのだ。
呆然とした声を漏らすオペレーター。
今まで観測された事が無い程の魔力量。それこそ、異譚侵度Sを超える程の魔力量。
それは有り得ない速度を持って地球へと侵入する。
「進路は!!」
アリスが声を荒げて問うけれど、オペレーターは口籠るばかりで答えられない。
「んな事より、どーすんのよアレ!! アタシとアンタで止められる!?」
「止める!!」
言って、アリスは上空へと急上昇する。
「あ、ちょっと!!」
最早問答すら惜しい。なりふり構っている場合でも無い。
それに、止める他無い。止めなければ、考えられないくらい大きな被害が出る事は目に見えているのだから。
それが何なのかは分からないけれど、止めるしかない。
何が何でも。絶対に。
上空にてそれを迎え撃とうとするアリスを遥か遠くで見守る一人の人影。
赤いドレスを身に纏った女は地球と宇宙の境界線で悠然とそれを眺める。
「まったく。プレイヤーが直接盤面に手を出すなんてね……。場所が場所なら出禁だよ、まったく」
赤いドレスの女は地球に迫り来るそれを見上げる。
「まぁ、君の悲願だものね。頑張りたまえよ、ヴルトゥーム」
いつの間にか出て来た一人掛けのソファに座り、優雅に脚を組むドレスの女。
「雑魚の雑魚。とはいえ神は神。さぁ、どうする。アリス」




