異譚30 戦闘、それぞれ
急直下で異譚へと降下するアリスは、即座に致命の剣列を展開する。
異譚と現実を隔てる暗幕を潜り抜ける。
異譚の中心地点で降下したので、今まで通りであればアリスの真下に異譚支配者が存在する事になる。
アリスの予想通り、アリスの真下に異譚支配者の姿を確認する。
異譚支配者も異譚へ侵入してきたアリスに気付く。だが、気付いたところでそれは自身の死の運命を明確に理解するための行為に過ぎない。
超高速で異譚支配者に迫り、斬撃の大剣によって異譚支配者を一刀両断にする。
たった数秒で異譚支配者を倒したアリスは、直下から急転換して次の異譚へと向かう。
しかし、次の異譚に向かう最中に違和感を覚える。
「……弱すぎる……?」
先程倒した異譚支配者が弱すぎたような気がしたのだ。
異譚支配者が他の異譚支配者よりも弱い事は既に理解している。が、一刀両断で倒せる程の弱さだったかと言われれば、決してそんな事は無い。
ロデスコのように超火力で全てを押し切るのであれば一撃だろうけれど、アリスのように攻撃に対処しながら致命の一撃を与えるのであれば、数回の攻撃を要する。
けれど、先程の異譚支配者は反撃する素振りすら見せなかった。手応えも、以前の異譚支配者よりも無かったように思う。
アリスは急上昇し、異譚を一望できる高度まで上がる。
「小さい……」
異譚を一望してみて分かる。何度も出撃した異譚よりも規模が小さかった。
異譚支配者の向こうに居る者の力が弱まっているのか、何がしかの思惑が在るのか。
「考えるのは後」
アリスは即座に思考に見切りをつけて次の異譚へと向かった。
「マーメイド! ヴォルフに防御のバフ! あたしには攻撃のバフ!」
「りょ~」
イェーガーは異譚支配者の蔦の攻撃を避けながら、両手に持った短銃で蔦の隙間から異譚支配者を撃ち抜き続ける。
「ガルルルッ!! 自分もやるッスよぉッ!!」
ヴォルフは力尽くで巨木を引っこ抜き、異譚支配者へとぶん投げる。
轟音を上げて異譚支配者に迫る巨木。しかし、異譚支配者は地面から生やした蔦で巨木を弾き飛ばす。
その直後、異譚支配者の胸部を強烈な衝撃が襲う。勢いそのままに仰け反る異譚支配者。
いったい何が起こったのかと異譚支配者が自身の胸元を見やれば、そこには爪を立てて異譚支配者の胸部に着地しているヴォルフの姿が在った。
自身で投げた巨木の影に潜んでいたヴォルフが、強烈に踏み込んで異譚支配者に肉薄したのだ。
ヴォルフは拳を力一杯握り締め、大振りに異譚支配者の顔面を殴り付ける。
獣の膂力によって殴り付けられた顔面は、首と胴体がぶちぶちと痛々しい音を立てながら分断される。
「下がれヴォルフ!!」
「―-ッ!! 了解ッス!!」
異譚支配者の身体を蹴りつけ、大きく背後に飛び退くヴォルフ。その直後、数瞬前までヴォルフの居た場所に鋭い刺を持った茨の蔦が殺到する。
「ひゃっ……!! 間一髪ッス!! てか、首吹っ飛ばしたッスよ自分!?」
「核が首飛ばされたくらいで死ぬ訳ねぇだろ!! 全身満遍なく殺すんだよ!!」
「りょ、了解ッス!!」
「……ふぁいとだぞー……。……ヴォルフつぁんに、超パワーの、お・ま・じ・な・い……」
「うぉー!! モリモリパワー全開ッス!!」
ヴォルフが俊敏に動き回って異譚支配者の注意を引き付けつつ、異譚支配者と言えども食らったらただでは済まない程の膂力を持って攻撃を仕掛け続ける。
「良い囮じゃない。流石ワン公」
気配を消し、異譚支配者の死角へと移動するイェーガー。
長銃を構え、しっかりと照準を合わせる。
「出し惜しみはもうしねぇんだわ」
イェーガーは迷いなく引き金を引く。
蔦の間。親指程の太さの隙間を通って、異譚支配者に弾丸が直撃する。
直後、異譚支配者が爆発的に炎上する。
放たれたのは一撃必殺の弾。炎の属性を持つ銀の弾列。
轟々と燃え盛りながら、あっという間に灰になる異譚支配者。
「……べりーじーにあす、イェーガー……。……針の穴を通す、神業射撃……」
イェーガーの肩に両手を置いてにぱぱっと笑みを浮かべながらイェーガーを褒めるマーメイド。
マーメイドに褒められるも、照れた様子も無く異譚支配者の最後を見届ける事も無く踵を返すイェーガー。
「ふんっ、当然。ヴォルフ、次行くわよ!!」
「はいッス!! どんどん行くッスよ!!」
三人は直ぐに別の異譚へと向かう。悠長に留まっている時間は無いのだ。
鳴り響く爆音。密林に広がる爆風。
爆熱は木々を焦がし、衝撃は地面を抉る。
「「ぼんぼんぼ~ん!!」」
巨大な飴玉の雨を降らせるヘンゼルとグレーテル。落ちて来た飴玉はカッと瞬く閃光と共に爆発し、異譚支配者を苛める。
遠くからずっと爆弾によって爆発を浴びせられる異譚支配者。
「あ、あわわ……い、一方的だよぉ……」
見ているこっちが可哀想に思えてくる程、一方的に爆撃される異譚支配者。
「相手に遠距離が無い」
「相手が動けない」
「つまり、近付く必要が無い」
「遠くからチクチク」
「と、遠くからバクハツだよ!? 全然チクチクしてないよ!?」
言いながら、異譚支配者の射程外から爆弾の雨を降らせるヘンゼルとグレーテル。
特に見所も無いまま、異譚支配者は爆発に呑まれて力尽きた。
「ガンガン行こう」
「ドンドン行こう」
異譚支配者の消滅を確認した後、踵を返す爆弾魔姉妹とサンベリーナ。
「こ、これ、わたし要るかなぁ……?」
「要る要る」
「ナビナビ」
「わ、わたしナビ扱い!?」
ぞんざいな扱いにぴぃんと鳴くサンベリーナ。
そんなサンベリーナをよすよすと撫でながらも速度を落とす事無く次の異譚へと向かった。
「うわぁ……」
「まさか一撃とはねぇ……」
目前に建つ氷の彫像に、思わずドン引きするシュティーフェルとアシェンプテル。
「時間はかけてられないもの。一撃で倒すのがベストよ」
言って、こつんっと氷漬けになった異譚支配者を叩けば、ガラガラと音を立てて氷の彫像が崩れ落ちる。
シュティーフェルが囮としてうろちょろしている間に、スノーホワイトは異譚支配者に肉薄して一瞬で異譚支配者を氷漬けにしたのだ。
表面だけでは無く、体内まで侵食する程の冷気に数秒で完全に氷漬けにされたのだ。
今回の異譚支配者はそう大きい訳では無い。少し触って氷で覆ってやれば、簡単に氷漬けにする事が出来た。
スノーホワイトはバランス型だけれど、決して器用貧乏で止まる実力では無い。
威力、範囲、汎用性の高さはバランス型の中でもピカイチである。アリスの様な規格外の影に隠れてはいるけれど、その実力は童話の中でもトップクラスだ。
基本的にアリスの補助に回りたがるので、あまり目立った功績は無いのだけれど。
「シュティーフェルが囮で、私が留めで行きましょう。アシェンプテルは都度補助魔法をお願い」
「了解です!」
「分かったわ。ワタシ、今回はあんまり出番無さそ~」
「補助魔法も重要よ。きりきり働いて貰うから」
「頼りにしてます、アシェンプテル先輩!!」
「ふふっ、後輩に頼られちゃったら頑張るしか無いわよねぇ」
にこにこと笑みを浮かべながらシュティーフェルの頭を撫でるアシェンプテル。
「さ、次に行きましょう。アリスとロデスコばかりに良い恰好させられないわ」
「そうね。さ、頑張りましょ、シュティーフェルちゃん」
「はい!!」




