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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第3章 眠れる■星の■

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異譚28 激情

 用事が在ると言って抜け出しては来たけれど、特に外せない用事が在った訳では無い。


 春花はアリスのプライベートルームへと向かいアリスへ変身すると、そのまま訓練室へと向かう。


 童話の魔法少女達は異譚支配者の向こうに誰が居るのかまでは知らない。異譚支配者が人間で在る事だけは通達されたけれど、それ以上の情報は秘匿されている。


 だから、魔法少女の中で異譚支配者の向こうの存在を知っているのはアリスだけだ。


 訓練室にて、様々な魔法を行使するアリス。


 炎、水、雷、風、土――思い当たる限りの想像力(イマジネーション)を持って魔法を創造していく。


 もっと、もっと強くならなければいけない。もっともっと、今よりもずっと、強くならなければいけないのだ。


 自身が戦ってきた中で一番の強敵だったのは、異譚侵度Sの異譚支配者だ。魔法少女に成りたてとはいえ、あの異譚支配者にはかなりの苦戦を強いられた。


 アレが異譚支配者の向こうに居る存在の力を数段落とした存在であれば、今のアリスでさえ勝てる見込みは少ないだろう。いくら一撃必殺である致命の大剣(ヴォーパルソード)が在るとは言え、当てなければ意味が無いのだ。


 そのためには、地力を鍛える必要が在る。


 もっと強く、もっと速く、もっと苛烈な魔法が必要だ。


 もっと、もっと、もっと――


 炎の球体を生み出し、その球体から高圧力の炎がレーザーの如く照射される。


 水は天に昇り酸性の雨を降らせる。


 雷が獣の形を形成し、紫電を迸らせながら疾走する。


 暴風が常に吹き荒れてアリスの周囲で盾の役割を果たす。


 土は形を変え、地形を変化させる。


 攻撃、防御、妨害、遅延。全てに対応出来るように魔法を構成する。


「……ダメ。この程度じゃ、きっと……」


 届かない。雑魚には通じるだろうけれど、それ以上にはきっと何の役にも立たない。


「キヒヒ。アリス、精が出るね」


 いつの間にか頭の上に乗っていたチェシャ猫が、アリスのおでこをてしてしと前足で叩きながら顔を覗き込む。


「キヒヒ。休憩したら?」


「しない。まだ疲れてない」


「キヒヒ。でも、異譚が起きた時に消耗してたら話にならないよ?」


 チェシャ猫が正論を言えば、アリスはむぅっと口を噤んで訓練室の壁際へと歩き出す。


「チェシャ猫。魔法の威力を上げる方法って知ってる?」


「キヒヒ。魔法は想像力がモノを言うよ」


「それは知ってる。それ以外で何か無いの?」


「キヒヒ。そうだねぇ……」


 考え込むように尻尾をふりふりと揺らすチェシャ猫。


 暫く尻尾を振って、アリスが壁際に座り込むくらいにようやっと口を開く。


「キヒヒ。他の要因が在るとすれば、感情かな?」


「感情?」


「キヒヒ。そうさ。激しい感情さ」


「激しい感情……」


 例えば、激情によって芽から蕾に成長した美奈。


 例えば、怒りの感情で火力を上げるロデスコ。


 激情によって自身のポテンシャルを超える力を発揮できる者は多い。


「キヒヒ。アリスに足りないものだね」


 容赦無く事実を告げるチェシャ猫。


 自分の感情の起伏が弱い事をアリスもよく分かっている。


 一度、かなりの激情を覚えた事は在るけれど、それもただの一度きり。加えて、他人に貰った激情だ。自分の中から生まれた激情では無い。


 この間、白奈と一緒に泣いてしまった。あの時もきっと激しい感情が溢れてしまったのだろうけれど、悲しみは力にはならない。自分を弱くするだけだ。


 実力と潜在能力は備わっているのに、それ以外がアリスには足りないのだ。


「……私はこれ以上強くなれないかもしれない」


 膝を抱えてアリスが言えば、チェシャ猫は前足でアリスの頬をムニムニと揉む。


「キヒヒ。そんな事は無いさ。アリスは感情を育んでいる最中なのさ。もっと強くなれるとも」


「そうかな……」


「キヒヒ。そうだよ」


 チェシャ猫はアリスの頬をずっとムニムニと揉む。


「キヒヒ。まずは、笑顔の練習だね」


「……うん」





 その日の夜中。警報が鳴り響き、眠っていた童話の少女達は跳び起きる。


「キヒヒ。アリスが行ったよ」


 が、いつの間にかその場に居たチェシャ猫が、いつも通りの口調で跳び起きた少女達に言う。


 だが、眠たげな眼を擦りながら瑠奈莉愛が驚いたように言う。


「え、次は自分達の番ッスよね?」


「……うむ……」


「チッ……んで勝手に行くんだよ」


 ローテーションの順番だと、次は瑠奈莉愛、詩、珠緒の三人一組(チーム)だったはずだ。それはアリスも承知しているはずだ。でなければチェシャ猫を伝言役(メッセンジャー)として使わない。


 分かった上で、独断で出撃をしたのだ。


「ど、どうしようか?」


 みのりが全員の顔色を窺う。


 真っ先に動いたのは朱里だった。


 一つ溜息を吐いて、朱里は布団に横になって毛布を被る。


「寝る……」


「え、ええ? どうして?」


「うるさい」


 不機嫌そうに言って、完全に眠る態勢に入る朱里。


「……入眠……」


 詩も電池の切れた玩具のようにぐしゃっと崩れながら眠る。綺麗に鼻提灯が出来る程の見事な睡眠である。


「そうね。皆、アリスちゃんに甘えて寝ちゃいましょう」


「え、良いんですか?」


「うん。この中で唯一アリスちゃんに追い付ける朱里ちゃんが寝ちゃうんじゃ、ワタシ達が行っても徒労に終わっちゃうだけだからね」


 苦笑交じりに言う笑良。


「寝る子は育つ」


「明日の自分が強くなる」


 唯と一はばたんっと勢いよく背後に倒れ込んで眠る。


「……チッ、起きて損した」


 舌打ちをしながら、珠緒が苛立ったように乱暴に布団に潜る。因みに、心中ではアリスを案じているけれど、そんな心中はおくびにも出さない。が、布団の中に隠しているアリスのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめている。


「二人も寝ちゃいなさい。アリスの事は気にしなくても良いから」


「りょ、了解ッス……」


「分かりました……」


 白奈が瑠奈莉愛と餡子に言えば、申し訳なさそうな顔をしながらも二人は横になった。


「わ、わたしは起きてるよ。アリスが戻って来たら飲み物くらいは用意してあげないと」


「そう。じゃあ、お出迎えお願いね」


「ワタシも寝るね。みのりちゃん、後お願い」


「う、うん。任せて」


 白奈も笑良も布団に横になる。


 みのりは布団の上に座りながらアリスを待つ。が、次第にうとうとしはじめ、ついにはぐうっと健やかな眠りについてしまった。


 眠ってしまってぐらぐらと揺れるみのり。


 そのまま倒れ込みそうになるけれど、すっと静かに誰かがみのりの身体を支えてゆっくり布団に寝かせる。


「ったく、起きるんならちゃんと起きてなさいよね」


 言って、朱里はみのりに掛け布団を優しくかける。


 朱里はそのままカフェテリアを出て、アリスのプライベートルームへ続く通路でアリスが来るのを待つ。


 暫く待っていると、無傷で帰還したアリスが悠々と歩いて来た。


「ロデスコ、起きてたの?」


 廊下で待っていた朱里を見て、アリスは驚いたように目を見開く。


 朱里は半目でアリスを見やりながら、つまらなそうに鼻を鳴らす。


「ローテーション無視すんな。アンタが勝手なことすると、アタシ達はともかく下二人が気にするでしょうが」


「気にしなくて良いと伝えておいて。新人なんだから、休める時に休まないと」


 アリスとしても、新人を慮っての行動だ。アリスであれば、一瞬で異譚を終わらせる事が出来る。他の者が出撃しなくて済むので、その分だけ休む時間が増えるのだから。


 だが、朱里は苛立った様子でアリスを睨み付ける。


「ふざけんな、自分で言いなさいよそんな事。ていうか、アンタそれだけじゃ無いでしょ」


 カツカツと足音荒くアリスに近寄り――


「餡子の事気にしてるんでしょ。あの異譚の被害者が異譚支配者に成ってるっていうんだからね。餡子としてはやり辛いものね」


 ――がっと片手でアリスの頬を潰すように掴む。


「勝手に分かった気になって、勝手に行動してんじゃ無いわよ。心配なら自分で言葉を交わして、ちゃんとアイツの言葉を聞いてやんなさいよ」


 それだけ言って、朱里は乱暴にアリスの頬を放してカフェテリアへと戻っていく。


 朱里に掴まれた頬をムニムニと手でほぐしながら、アリスは朱里の背中を見送る。


「怒られちゃった……」


 しょんぼりとした声音でこぼすアリス。図星だったために、それ以上の言葉は無かった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 記憶喪失のせいかまだまだ幼くてこれから情緒が育まれていく気がする つまり今のアリスは発展途上?
[良い点] チェシャ猫にむにむにされるのかわいい [一言] アリスは攻撃範囲も射程も攻撃力もずば抜けてるけど防御力はどうなんだろう?そんなにな気がするけど
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