異譚26 ケーキ屋さん
会議が終わり、春花は残りの授業を真面目に受けた。
会議に出席したからといって、特に何かが変わる訳でも無い。
異譚が起これば出撃。春花がやるべき事と言えばそれだけだ。
授業を終え、春花はアリスのプライベートルームで異譚に備えよう――と思ったのだけれど、春花は財布を持って対策軍を出る。
「キヒヒ。アリス、何処に行くんだい?」
「ケーキ屋さん」
「キヒヒ。それはまたどうしてだい?」
「僕だけ美味しいケーキを食べてたら、猫屋敷さんが可哀想でしょ」
「きひひ。そうだね」
美味しいお菓子が出るよ、と期待をさせてしまうような事を言ってしまったのだ。ケーキバイキングの時にいっぱいケーキを食べていたので、きっとケーキが大好きなはずだ。ケーキが食べられなくて残念に思っているに違いない。
などと春花は思っているのだけれど、実際のところ餡子はお菓子よりも春花の方を心配していた。
会議で偉い人に詰められて泣いてるんじゃないかと心配をしていたのだけれど、けろっとした様子で帰って来て普通に授業を受けていたので密かに安堵していたくらいだ。お菓子の事など頭から抜け落ちていた。
「それに、授業をサボってまで協力してくれたんだ。お礼くらいしないと」
「キヒヒ。偉いよ、アリス」
春花の頭の上に乗りながら、春花の頭を前足で撫でる。
春花はチェシャ猫を頭に乗せたまま、ケーキ屋さんへと向かう。
道中、春花の頭に乗っているチェシャ猫を見て通行人が驚いていたけれど、声をかけて来る者はいなかった。
ケーキ屋さんに着いて、春花はチェシャ猫を頭の上から降ろす。
「良い子で待ってて」
「キヒヒ。了解だよ」
飲食店に猫を入れる訳にはいかないので、チェシャ猫をお店の入り口の横に置いてからお店の中に入る。
お店の中に入り、春花はケーキを買う。
餡子だけに買って行くときっと瑠奈莉愛が羨ましがり、唯と一が悲しむだろうと思い、全員分のケーキを買う。
ケーキを購入してお店を出ると、チェシャ猫が女子高生に囲まれているのに気付く。
「や~、チェシャ猫だ~! 可愛い~!」
「ね、ね。今日アリスと一緒なの?」
「ほんとにお口おっきいね」
パシャパシャと携帯端末でチェシャ猫の写真を撮る女子高生達。
「キヒヒ。今日は別の子と一緒だよ。ほら、来た」
チェシャ猫がまん丸のお目々を春花に向ければ、女子高生達も春花を見やる。
「うわっ……」
「綺麗な子……」
「めっさ美人……」
春花の顔を見て息を呑む女子高生達。
「チェシャ猫、帰るよ」
「キヒヒ。分かったよ」
春花の頭にいつの間にかチェシャ猫が座っており、女子高生達は驚いたようにびくっと身を震わせる。
「キヒヒ。じゃあね」
女子高生達に尻尾をふりふりして別れを告げるチェシャ猫。
春花はぺこりと少しだけ頭を下げた後、対策軍に戻るべく歩みを進める。
「キヒヒ。アリス、モンブランは買ったかい?」
「買ったけど、チェシャ猫の分は無いよ」
「キヒヒ。酷い。どうしてだい? 今すぐ戻ろう。モンブランが食べたいんだ」
てしてしと前足で春花の頭を叩くチェシャ猫。
「さっき僕と一緒に食べたでしょ?」
「キヒヒ。一個を二人で分けただけじゃないか。まるまる一個食べたいんだよ」
「……仕方ないなぁ」
踵を返して、春花はもう一度ケーキ屋さんに戻る。
ケーキ屋さんの前まで行くと、先程の女子高生達はまだきゃっきゃと話し込んでいた。
春花は気にした様子も無く、入り口の前に立つ。
「チェシャ猫、降りて」
「キヒヒ。分かったよ」
チェシャ猫は地面に降りて入り口の横に座る。そうすれば、先程の女子高生達がまたチェシャ猫の周りに群がる。
春花は気にした様子も無くもう一度店内に入る。
「む、春花ちゃん」
「むむ、春花ちゃん先輩」
店内に入ると、不意に声をかけられた。
見やれば、ケーキ屋さんの箱を持った唯と一が居た。
二人は春花に慣れたのか、春花ちゃんだったり春花ちゃん先輩だったり春ちゃん先輩だったりと、統一感無く呼んでくる。
「二人もケーキ買いに来たの?」
「うん。大切な栄養」
「そう。エネルギー源」
二人共、片手に持ったケーキの箱を持ち上げてアピールをする。
「いっぱい買った」
「皆の分も買った」
「そうなの?」
「一人二個」
「一種一個」
「争奪戦にして」
「強奪戦なの」
「強奪は良くないと思うけど……」
早い者勝ちなら分かると思うけれど、奪い合うのは良くない。
「ハルウララはどうした?」
「ケーキドカ食いして気絶したくなった?」
「気絶はしたくないなぁ……。猫屋敷さんに手伝って貰ったから、そのお礼を買いに来たんだ。後、皆の分も買いに」
言って、手に持ったケーキの箱を見せれば、二人はぽんっと春花の肩に手を置く。
「偉い」
「褒めて遣わす」
「あ、ありがとう……」
「けど、買ったならなんで戻って来た?」
「まだまだ買い足りないの?」
「あぁ、いや。チェシャ猫がモンブラン食べたいって言うから、戻って来たんだ」
「なるほど」
「では買うと良い」
言って、道を開ける唯と一。
「ありがとう」
お礼を言って、春花はモンブランを追加で購入する。
購入した後で帰るために振り返れば、二人はじっと春花を見ていた。
「どうしたの? まだ何か買うの?」
春花がそう問えば、二人は首を横に振る。
「待ってた」
「待機児童」
「……先に帰ってて良かったのに」
二人の事が嫌いという訳では無い。けれど、待たせてしまうのも申し訳ない。
そう思って言ったのだけれど、二人はむぅっとちょっとだけ怒ったように眉を寄せる。
「一緒に帰ればよかろう」
「帰る場所は一緒だから」
言って、二人は春花の腕に自身の腕を組ませる。
「帰りましょう、アナタ」
「帰りましょう、ダーリン」
「あ、ああ、うん……。じゃあ、帰ろうか」
二人のノリに付いていけず、戸惑いながら頷く。
二人と一緒にお店を出る。
「キヒヒ。おや、二人も居たんだね」
ぱっと姿を消して、春花の頭の上に移動するチェシャ猫。
女子高生達は入っていった二人には気付かなかったのか、お店から出て来た二人を見てきゃっきゃとはしゃぐ。
「キヒヒ。なんで腕を組んでるんだい?」
「いけずな事を言うから」
「悲しい事を言うから」
「キヒヒ。なら仕方ないね」
「そうかなぁ?」
春花としてはそんなに酷い事を言った覚えは無かった。けれど、二人はむくれっ面をしているので、二人にとっては言われて悲しかった事なのだろう。
けれど、自分の事なんて気にして貰わなくて良いと思ってしまうのだ。春花の事より、自分達の事を優先して欲しいと思ってしまう。
二人と腕を組みながら、春花は対策軍へと向かう。
女子二人と腕を組み、頭の上にチェシャ猫を乗せているのでだいぶ人の目を集めはしたけれど。
「キヒヒ。アリス、両手に華だね」
「そうだね」
「花では無く童話」
「ヘンゼルとグレーテル」
「そっちの花じゃないよ」
ずれた事を言う二人に春花は淡々とツッコミを入れる。
なんとなく分かってはいたけど、二人は適当な事を言ってふざけるのが好きなようで、度々ふざけた事を言うのだ。
チェシャ猫もふざけた事を度々言うので、チェシャ猫みたいだなと密かに思っている。
なので、春花として二人と話すのは少しだけ気持ちが楽ではある。笑良の時のように変に緊張しなくて済む。
二人とお喋りをしながら、春花は対策軍へと向かった。
基本的に一人で居る事が多いから、お喋りをしながら帰るのは少し新鮮で、ちょっとだけ楽しかった。




