異譚24 上位存在
その日の内に幹部による緊急会議が開かれた。
会議に参加しているのは、春花を含めた六人。
今回の推測をまとめた春花。
童話組の最高責任者である沙友里。
星組の最高責任者である男――大河原天盟。
花組の最高責任者である男――原田草太。
情報統制部の最高責任者である女――真壁メアリ。
最後に対策軍最高司令官である桜小路綾乃。見た目は完全に少女ではあるけれど、その実この場に居る誰よりも年上だ。
広報部、商品部、復興対策部等々、他にも部署はあり部署の分だけ最高責任者、つまり幹部がいるのだけれど、今回はこの五人のみの参加となる。
五人だけとはいえ、対策軍の要所を担う幹部が揃っているのだ。彼等よりも下の立場の者であれば緊張で落ち着かない事だろう。
しかし、春花はなんら緊張した様子も気負った様子も無い。チェシャ猫を頭に乗せているので、むしろふざけているようにさえ見える。
「すまないね、春花。まだ授業中だったんだろう?」
孫を見る様な優しい面差しで綾乃が言うが、春花は特に表情を動かす事も無く返す。
「こっちの方が大事ですので」
春花の返答を聞いて、綾乃は少しだけ困ったように眉を下げる。
「そうか。では、早速だが初めてくれたまえ」
綾乃が春花を促せば、春花はこくりと頷いてから端末を操作する。
春花が端末を操作すればプロジェクターがスクリーンに地図を映す。
「今回の異譚。毎回必ず前回の異譚の被害者が死亡しています」
「前回の異譚の被害者というと、植物状態になっている者の事か?」
「はい」
頷き、端末を操作して各異譚ごとに死亡した植物状態になった者の名前を表示する。
「各異譚ごとに植物状態の人が死亡しています。必ず、例外無くです」
今までに発生した異譚の範囲を地図上に表示する。
「植物状態の人間は移動できません。なので、最終的な所在地は病院や自宅になります」
植物状態になった人間の所在地を地図上に表示する。所在地は全て異譚の中心に表示された。
スクリーンを見て幹部全員が息を呑む。
異譚の情報には全員目を通している。そして、異譚の特性も全員よく理解している。だからこそ、春花の言いたい事が理解できた。
「異譚の中心部に植物状態になった人間の所在地が一致します。偶然の一致にしては出来過ぎているように思います」
「確かに……一個二個一致しているならともかく、全部一致しているなら、ね……」
「人間が異譚支配者に成る。その可能性に現実味が出て来た訳だ」
「それどころか、この推察が本当であるなら次の異譚の発生地点を読む事が出来るという訳だ。何時が分からないにしても、何処でが分かるのは大きいだろう」
偶然の一致にしては出来過ぎている情報に、幹部達は思い思いに考えを述べる。
しばし思案した後、綾乃は春花の頭上に視線を向ける。
「仮に、人間が異譚支配者に成っているとしよう。だが、全員が全員異譚支配者になる訳ではないだろう? もし誰でも彼でも異譚支配者に成れるのであれば、我々は今日を迎える事が出来なかっただろうからね。そこのところ、君は何か知らないのかね、チェシャ猫?」
チェシャ猫は知っている事は在るけれど、知らない事の方が多い。それは綾乃も知っている事だ。
だから、あまり期待しないでチェシャ猫に訊いてみた。知っていたとするならば、早々に話しているような重要な内容だ。人類にとっても、春花にとってもだ。
だから、次の言葉は驚きの一言に尽きた。
「キヒヒ。知っているよ」
その言葉に、会議室の時間が一瞬止まった。
春花はチェシャ猫を頭からどかして、じっとその顔を見やる。
「知ってたの?」
「キヒヒ。知ってたよ」
悪びれた様子も無くチェシャ猫は返す。
「ならどうして教えなかったんだ!!」
悪びれないチェシャ猫に天盟が声を荒げる。怒鳴ったのは天盟だけだけれど、その怒りは全員同じなのかチェシャ猫を見る目は厳しい。
しかし、チェシャ猫は臆した様子も無くぐりんっと首だけで振り返って幹部達を見やる。
「キヒヒ。アリスが真実に気付けないと猫は何も言えないんだ。猫はただの案内役だからね。いきなり答えを教える事はできないのさ」
「ふざけるな!! 遊びでは無いんだぞ!!
「キヒヒ。いたって大真面目さ。猫の知識の大半はアリスの学びと共に解放されるのさ。元々知っている事でも、アリスが気付けなかったら猫も忘れているのさ。猫はね、君達が思っている以上に不便な生き物なんだよ」
チェシャ猫が言っている事が本当なのか嘘なのか、にんまり笑顔の奥を窺う事は出来ない。
だが、思う所は在る。例え今は思い出せないのだとしても、何故誰も知らないような事を知っているのか。そして、何処でそれを知る事が出来たのか。
可愛い見た目をしてはいるけれど、異譚と同じくらい謎の多き生き物だ。
だが、今はチェシャ猫よりも優先するべき事が在る。
「色々言いたい事はあるけれど、今は異譚支配者の仕組みを教えて貰おうか」
綾乃が冷静になって言えば、チェシャ猫はにんまり笑顔で返す。
「キヒヒ。良いとも」
春花の手からチェシャ猫の姿が消え、春花の頭の上に現れる。
「キヒヒ。まず、人間が異譚支配者に成るというのは事実だよ。彼等は自分にとって相性の良い人間を選んで異譚支配者に仕立て上げる」
「彼等? 彼等とはいった誰なんだ?」
「キヒヒ。それは分からないよ。まだ思い出せないんだ」
かなり重要そうな単語が出て来たけれど、チェシャ猫にも分からないと言うのであれば今は気にしても仕方が無いだろう。心の内に留めておく他無い。
「それで、その相性とは?」
「キヒヒ。魔力適性、状態、本人も知らないような資質。ありとあらゆる項目に当てはまった人間だけが異譚支配者に成れる」
「つまり、今までの異譚支配者にも魔力適性が在ったという事?」
「キヒヒ。そうなるね」
「なら、全国民の魔力適性を調べれば、誰が異譚支配者に成るのか見当が付くという事か?」
「キヒヒ。そうはならないよ。さっきも言った通り、魔力適性が在ったところでその他の項目が合致しない限りは異譚支配者にはなれない。まぁ、異譚支配者に成った時の強さには影響するかもしれないけれどね」
「相当えり好みしている、という訳か……」
誰でも異譚支配者に成れる訳では無い。それどころか、異譚支配者に成るための条件はかなり厳しいと見て間違い無いだろう。それこそ、余程相性が良くない限り異譚支配者には成れないのだろう。
「キヒヒ。猫らよりも上位の存在が、下位の存在に自らの規格を落とし込むんだ。少しでも相性が悪いと出来損ないしか生まれないからね。えり好みもするだろうさ」
「待て。上位の存在とはどういう事だ?」
「キヒヒ。言葉通りさ。猫らでは推し量れない程の上位の存在。それが異譚支配者を作り上げ、この惑星を狙っているのさ」
この惑星の生態系の頂点は正しく人間だろう。人間よりも強い動物は存在するけれど、武器を使えば殺す事さえ出来る。
文明を発展させ、高度で理知的な暮らしをしている人間こそ、この惑星の頂点に君臨すると言っても過言ではない。
生態系の頂点たる人間を上回る上位存在。
「何者なの、それは……」
メアリがぽつりと漏らせば、チェシャ猫はキヒヒと笑う。
「キヒヒ。さぁ、知らないね。でも、安直に言葉にするのなら――」
――神様、かな。




