異譚22 合致
泊まり込みをしても、異譚が終わる訳では無い。
毎日、毎日、毎日。複数回に及び異譚が発生する。
そのたびに、魔法少女達は駆り出され、徐々に魔法少女達の気力と体力を削っていく。
最初はお泊りだ合宿だと騒いでいた瑠奈莉愛と餡子も、徐々に徐々に元気がなくなっていった。
春花とは違い、全員がカフェテリアに雑魚寝している。アリスが超ふかふかの布団を用意したとはいえ、慣れない環境での寝食は体力を使う。それにプライベート空間が無いと言うのもストレスになる。
特に、そもそも集団行動が苦手な人間にとってはこういった集団行動はストレスそのもの。
朝起きて、布団をどかして、お化粧をして身だしなみを整える。その間に異譚が発生する事もあれば、発生しない時もある。それも、彼女達にとってはストレスの原因になる。
日常生活を送れないという事は、人間にとっての大きなストレスだ。
「キヒヒ。皆酷い顔だねぇ」
疲れ切った顔をする少女達を見て、チェシャ猫がにんまり笑顔で余計な事を言う。
「うるさいクソ猫。お前よりはマシだ」
珠緒が今にもくびり殺しかねない程の表情でチェシャ猫を睨みつける。
「余計な事言わない」
春花が注意をしても、チェシャ猫は悪びれた様子も無くキヒヒと笑う。
皆、リモート授業にも慣れた様子であり、春花も有栖川春花としてカフェテリアに居る事にも慣れてきた。少女達も、春花が居るという状況に慣れてきていた。
「もう、マジで異譚強化週間長すぎ……」
「嫌な週間ね……」
ホームルーム前の穏やかな時間。人の目が無いために、少女達はとてもだらけた調子でホームルームが始まるのを待っていた。
「な、なにか、打開策とか無いのかな?」
「そんなんが在ったら苦労しないだろ」
「でも、何も考えないよりマシよね……とか言っても、なーんにも思い浮かばないけど」
「思案大事」
「思案大臣」
考え込むような仕草を見せる唯と一。
春花は自身の端末で異譚の情報に目を通している。もう何度も目を通している情報だけれど、目を通している内に何か思い浮かぶかもしれないと暇が在れば目を通している。
「何見てんの?」
隣に座る朱里が春花の見ている端末の画面を覗き込む。
「異譚の記録」
「へぇ~……」
「……真面目ちゃん……」
いつの間にか春花の背後に移動してきた詩が、春花の頭上から画面を覗き込む。春花のつむじに顎を乗せているので地味に痛い。
「……スンスン……フローラルなかほり……」
「変態行為は慎みなさい。みのり、撤収させて」
「りょ、了解だよ!」
春花の頭の匂いを嗅ぐ詩を引き剥がすみのり。
そんな二人を気にした様子も無く、春花は食い入るように画面を見つめる。
「いや、ちょっとは気にしなさいよ」
「あ、ああ、うん……そうだね」
最近、いじられ過ぎていて動じなくなってきてしまったらしい。
「あ、これって……」
不意に、春花の背後から声が聞こえてくる。
「なんでアンタ達はコイツの背後を取るのよ」
「えへへ、猫なので」
呆れたように朱里が言えば、照れたように餡子が笑う。
「どうかしたの?」
春花が振り返って訊ねれば、餡子は悲し気な表情で画面を指差した。
「この方とこの方、以前の異譚で異譚支配者の被害にあった方です」
「被害っていうと、植物状態になった人って事?」
隣で聞いていた笑良が訊ねれば、餡子はこくりと頷いた。
前回の異譚支配者は鎌による攻撃で相手の魂を刈り取るという能力を持っていた。その鎌で魂を刈り取られた対象は、身体のみ生きている状態にされてしまう。簡単に言えば、植物状態のような状態になる。
「よく憶えてたわね」
「最初の異譚なので、よく目を通してるんです」
「そう。……あまり気負い過ぎない方が良いわよ。助けられなくて当り前とは言わないけど、全員を助けられる訳じゃないんだから」
「えへへ……分かってはいるんですけど」
全員助けられない事は分かっている。それでも、餡子にとっては助けられなかった特別な人がいるのだ。思い入れというのはおかしな話だけれど、簡単に割り切れない異譚である事は間違いない。
「植物……もしかして……」
何かに気付いた様子の春花は、端末を操作して一度目の異譚の死亡者リストを開く。そして、植物状態になった人間のリストを開く。
「ねぇ、この中で植物状態になった人分かる?」
「アンタなんて事訊くのよ」
無神経な春花の問いに、朱里が怒ったように眉尻を吊り上げる。
「大丈夫です。有栖川先輩、私分かりますよ」
春花の問いに、餡子は気にした様子も無く真剣な顔で答える。
「この方は見覚えがあります」
餡子が指差した名前を、植物状態になった物のリストで検索をかける。
検索にヒットしたのを確認すれば、春花は二回目の異譚の死亡者リストを餡子に見せる。
「この中には居る?」
春花が問えば、餡子はリストにさっと目を通して画面を指差す。
「この人です」
餡子が指差した人物を春花が植物状態になった者のリストで検索をする。そうすれば、餡子が指差した名前は検索にヒットした。
そうして、春花は餡子と一緒にリストの照合を行っていく。
ホームルームが始まっても、授業が始まっても、二人はリストの照合を行った。真面目な餡子がホームルームや授業をそっちのけでリストの照合を行うのは、餡子にも春花が言わんとしている事が途中で理解できたからだ。
二人が夢中になって照合をしているのを、授業を受けながらちらちらと様子を窺う少女達。彼女達は二人が何をそんなに夢中になっているのかが分からないので、気になって仕方が無いのだ。
やがて、二人で全てのリストの照合を終えると、餡子は感嘆の声を漏らす。
「これ……偶然じゃ無いですよね?」
「多分。異譚の分布も確認してみる」
端末を操作し、地図に異譚の発生した個所を表示する。
「それと、この人達の所在地を入力して……」
地図に映し出された情報を目にし、二人は息を呑む。
「凄い。ドンピシャです……」
今まで発生した異譚には、必ず前回の異譚で植物状態になった人間が巻き込まれていた。そして、植物状態になった人間は必ず死亡している。植物状態では逃げられないので死亡率が上がるのは理解が出来る。けれど、毎回被害に遭うのはあまりにも確率が高過ぎる。
毎回、必ず一人の植物状態になった人間が巻き込まれている。
その者の所在地を地図上に表示し、異譚の発生した範囲を表示した。
結果、その者の所在地と異譚の中心地点が一致したのだ。
異譚は中心地点から円状に拡大する。しかし、広がった異譚を見ればその形は歪そのもの。
異譚は、異譚支配者が核となり異譚を広げる。異譚支配者が異譚の中心であり、動き回る異譚支配者であれば中心が随時動き回っているという事になるのだ。だからこそ、異譚は歪に広がる。
けれど、今回の異譚支配者は動き回らない。そのため、異譚の中心はずっと変わらない。
中心地から一歩も動いていないのであれば、そこに居た者が異譚支配者と成った可能性が高い。
人が異譚支配者になると知っているのは、実際に異譚支配者の記憶を覗いた春花だけだ。春花の報告を聞いた者は半信半疑であり、確証の無い情報として取り扱っている。
いたずらに確証の無い情報を流布する訳にもいかないので、その情報は対策軍の上層部で止まっている。
人が異譚支配者になると知っている春花だからこそ気付けたと言っても過言では無いだろう。まぁ、きっかけをくれたのは餡子だけれど。
「確定では無いかもしれないけど、偶然の一致にしては出来過ぎてる……よね?」
「はい! こんなに情報が合致してるんですから、この線は濃厚ですよ! 凄いです有栖川先輩!」
「ううん。猫屋敷さんが気付かなかったら、僕も気付けなかった。ありがとう、猫屋敷さん」
微妙に口角を上げて笑みを浮かべる春花。
儚げで浮世離れした笑みに、餡子の胸が一瞬どきりと脈打つ。
「い、いえ! 私なんて微力です、微力!」
「ううん、超強力だよ。この推察が間違って無かったら、次の異譚の発生場所の予測が出来る」
だが、それだけではない。この情報が正しければ、異譚支配者は人が変成するものだという情報も確定的になる。
そうなれば、異譚解明の糸口になるだろう。対策軍にとって、いや、人類にとってかなり有益な情報である事は間違い無いだろう。
「キヒヒ」
喜ぶ二人を見て、チェシャ猫は笑う。
ただただ、笑うのみだった。
 




