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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第3章 眠れる■星の■

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異譚20 うんざり

 リモート授業が終わり、放課後。


 魔法少女達はこのままカフェテリアに残るか、訓練に行くかだろう。


 が、春花はカフェテリアに用は無い。荷物をまとめて帰ろうとする。


「ばいば~い、春花ちゃん。また明日~」


 笑良がひらひらと手を振れば、春花はぺこりとお辞儀をするだけでそそくさと出て行ってしまう。


「ありゃりゃ。嫌われちゃったかな?」


「シャイなだけよ。私が挨拶してもあんな感じだもの」


 白奈が家を出た時にたまたま会った時も、春花はぺこりと頭を下げて挨拶をするだけの時が多い。


「つまり平常運転ね」


「……私と、同じ……」


「アンタは別にシャイじゃないでしょ」


 だらだらとお喋りを続ける少女達。


 本日の異譚は一度きり。だからといって油断をしている訳では無い。彼女達は経験で理解しているのだ。休める時に休むべきだと。


 だからこそ、こうしてだらだらしている。


 そんな中、朱里は制服を脱いでジャージ姿になる。


「訓練?」


「日課を済ませるだけよ」


 朱里は日課として10Kmのランニングを行っている。時間が在れば、対策軍の訓練室にて体幹トレーニングや加重トレーニングなどのトレーニングも行う。


 本当ならそのまま戦闘訓練に移りたいところだけれど、流石に異譚が控えていると分かっていながら訓練は出来ない。


 朱里は荷物を置いて、音楽プレーヤーと経口補水液だけ持って訓練室へと向かった。





 春花はカフェテリアを後にし、アリスのプライベートルームへと向かう。


 プライベートルームでジャージに着替えた後、春花は訓練室へと向かう。


 生身での身体能力は魔法少女になった時の身体能力に大きく影響する。家に居てもやる事は無いし、そもそも今日も帰るつもりは無い。


 無駄に時間を使うくらいならば、トレーニングに時間を割いた方が有効的だ。


 春花は手ぶらで訓練室へと向かう。


 対策軍の訓練室は事務員でも利用が出来る。流石に、魔法をドンパチ使うような施設の使用は出来ないけれど、トレーニング機材を使う事は許されている。たまに、健康を気にしている職員が使ったりしている姿も見受けられる。


 けれど、男性職員が使っているところはあまり見た事が無い。理由は、訓練室に入れば一目瞭然である。


 春花が訓練室に入れば、自然と視線が集まる。が、春花が訓練室に来るのはいつもの事なので、誰も警戒した様子も無く自身のトレーニングに戻る。


 此処は魔法少女の訓練施設。つまり、基本的に少女しか利用しないのだ。


 女性しか居ない空間に男性は入り辛いし、入ったとしても居心地が悪い。それに、少女達も少女達で男性を警戒している節がある。


 以前、トレーニング中の少女達を口説(くど)こうとした職員が居た。最初はあまり気にしていなかったけれど、男性の行為がエスカレートし、やり口が強引になって来た。


最終的にその職員は訓練室への出入りが禁止となり、男性職員は訓練室を使う事を遠慮(・・)するようにとの通達があった。公的な通達ではなく、上司から口頭で伝えられたものだったので強制力は無いけれど、要らぬ騒ぎを起こしたくない者が多いのか男性職員は訓練室に近付かなくなった。


 そんな経緯もあって、少女達は男性が訓練室に入る事に対して警戒心をむき出しにしている。


 だが、春花はその騒ぎがある前から利用しており、誰とも話す事無く淡々とトレーニングを行っているので、少女達からは無害判定を貰っている。


 だからといって、積極的に関わろうとしてくる少女はいないけれど。


 春花も少女達に興味は無い。そそくさと貸し出しされているタオルを持って、端っこのランニングマシンまで歩く。ここが春花の定位置だ。


 音楽を聴く事も無く、誰かの会話を盗み聞くでも無く、淡々と走る春花。


 走っている春花の隣のマシンに誰かがやって来る。


「毎度思うけど、アンタよく居づらく無いわね」


 呆れたような顔で朱里が言う。


 春花は朱里をちらりと見た後、視線を前方に戻す。


「やましい事なんて一つもしてないからね」


「そういう事じゃないでしょ。女だらけの中によく入って来れるわねって話よ」


 言いながら、朱里は春花の隣でランニングを始める。


「僕は彼女達よりもずっと前からここを利用してるからね。まぁ、僕より長い人も居るけど」


「後から来た奴に文句を言われる筋合いはないって事ね」


「そこまでは言ってない」


「同じようなもんでしょ。てか、女だらけの場所に入って来られる理由にはならなくない?」


「うーん……」


 春花は考えるように間を置く。


 確かに、前から使っていたとはいえ、女子の中に入れる理由にはならない。そもそも、此処を使い始めた時だって少女しかいなかったのだ。春花一人だったら、決して入ろうとは思わないだろう。


『あはは、流石に居づらいよね。端っこ行こ、端っこ』


 不意に思い起こされる声。


 思わず隣を見やれば、そこを走るのはあの人(・・・)ではない。当たり前の事だけれど、その当たり前が凄く悲しい。


「なによ」


「……前に、僕を此処に連れて来てくれた人が居るんだ。その人との思い出はそんなに多く無いから……だから……」


「だから意地でも使い続ける、って事ね」


「うん。多分そう」


「ふんっ。多分も何も、アンタが此処に居る事がその証明じゃない」


 少しだけ腹立たしそうに鼻を鳴らす朱里。


「自分の心の内訳くらいしっかりしなさいよ」


「……そうだね」


 怒ったように言う朱里。


 好きか嫌いか。それはきっと単純な事なのだろうけれど、感情の起伏の乏しい春花にとっては考えるのが難しい事でもある。


 怒る時は怒る。嫌だと思った時は嫌だと言う。悲しい時は悲しい。


 単純な感情の発露こそあるものの、あまりそういった感情を持つ事は無い。考えてみれば、春花である(・・・・・)時は特にそうかもしれない。逆に、アリスに変身すれば、微小ながらも感情の起伏は豊かになっているようにも思える。


 ほんのりと気持ちを理解は出来るけれど、その気持ちがどこから来て、何が起因となっているのかまでは理解が出来ない。


 それはきっと、春花にとっての経験(・・)がこの二年間しか無いからだろう。


 まだ手探りで感情を探している状態。それが春花なのだ。と、今の自分は考えている。


 本当のところは良く分からない。自分の事は自分も良く分からないのだ。


 十四年の空白はあまりにも大きい。


「アンタ、明日もちゃんとカフェに来なさいよ。一回だけしか来なかったら、形だけ誘ったみたいで気分が悪いから。まぁ、居心地が悪くなければの話だけど」


「居心地は悪いよ。男は僕だけだし」


「なら来なくても良いわよ。言質は取ったから」


 本人が来たく無いと言うのであれば仕方が無い。無理強いするような事でも無いのだから。


「いや、行くよ」


「どうして?」


「また明日って言われたから」


 笑良に言われたのだ。また明日、と。


 春花は気にしていないけれど、笑良はきっと春花が記憶喪失である事に触れてしまった事を気にしているだろう。


 これで行かなかったら、笑良は春花に対して申し訳なく思うはずだ。流石の春花もそれは分かる。なにせ、もう何十回と経験した事なのだから。


「アンタ……」


 ポジティブな発言が出た事に驚いた様子の朱里。


 しかして、解釈が同じという訳では無かった。


「アンタ、笑良を狙ってんのね」


「違うよ」


「あの子、人気だから競争率高いわよ?」


「だから違うって」


「それに、アンタ今日ろくに会話して無いでしょ? 記憶喪失の事だってろくにフォローして無いし、趣味だって無いんだから。だいたい魔法少女ってのはね、恋愛禁止とまではいかないけど――」


 走りながら、朱里は延々と見当違いな事を語り続ける。


 朱里の話は目標の距離を走り終わるまで続き、走り終わった後も続いた。


 シャワーを浴び終わるまで待たされ、その後共同カフェで延々お説教に近い話を聞かされた。


 感情の乏しい春花でも理解できた。これが、うんざりする、という奴である事を。


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― 新着の感想 ―
[一言] 不定期アップデートになるのか
[一言] ロデスコもそろそろ気付きそうだなぁ サンベリーナと協力して幸せにしてあげてくれ...頼む、頼むよ...
[一言] 思わず隣を見やれば、そこを走るのはあの人・・・ではない。当たり前の事だけれど、その当たり前が凄く悲しい。 見やれば→見れば
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