異譚18 リモート授業
祝、100話目
こんなに続けられてるのは皆様のお陰です。
ありがとうございます。
チェシャ猫の提案を対策軍の上層部は許諾した。
その施策は瞬く間に魔法少女達に知らされた。童話、花、星、全ての魔法少女に。
「で、これか……」
朝。登校時間にカフェテリアに集まる魔法少女達。
全員制服姿であり、鞄を持っている。登校前に寄ったという訳では無い。
ちらりと童話組のカフェテリアを外から覗き見れば、少女達はローテーブルに端末を設置しており、それぞれ学年別に座っていた。
距離を取って端末の音が被らないようにしている。
「キヒヒ。リモート授業さ。便利だろう?」
肩の上に乗っているチェシャ猫が得意げに言う。
異譚が頻発している中、何度も授業を抜け出すのは他の生徒に申し訳が無い。それに、他の組もローテーションを組んでいるとは言え、戦況によっては援軍を送る必要がある。
戦況は、自身の端末にも送られてくるし授業中に確認する事も許されている。だが、異譚が気になって気が気でない生徒が居ると、他の生徒も教師もやりにくいだろう。
「そうだね」
そう返し、春花は童話組のカフェテリアではなく、共同カフェテリアへと向かう。
「キヒヒ。皆と一緒に勉強しないのかい?」
「女の園に入る勇気は無いよ」
「キヒヒ。いつも入ってるのに」
「いつも入ってるのは僕じゃない」
「ちょっと」
童話組のカフェテリアを後にしようとすれば、背後から鋭い声がかけられる。
振り返れば、そこには朱里が不機嫌そうに腕組みをして立っていた。
「おはよう、東雲さん」
「おはよ。アンタ、どこ行くつもり?」
「どこって、共同カフェだけど……」
「アンタ、アリスの担当官なんでしょ? なら童話で授業受けてけば良いじゃない」
朱里の提案に春花は即座に言葉を返す。
「遠慮しておくよ。何かあった時、共同カフェの方が事務室が近いんだ」
「出撃まで時間があるんだから誤差でしょそんなの。それに、童話だったら機材ほったらかしにして行っても誰にも迷惑かけないわよ。共同カフェだったら迷惑かけると思うけど」
「それはそうだけど……」
緊急事態ともなれば、端末やらノートやらを片付ける暇は無いだろう。朱里の言う通り、共同カフェでほったらかしには出来ない。あそこは全員が使う場所だ。
「なら童話で良いじゃない。クラスも一緒なんだし。そもそも、道下さんから童話で一緒に受けるようにって通達来てるはずだけど? それとも、アンタ道下さんの管轄外?」
「いや、来てたよ。それに、僕の直属の上司は道下さんだ。君達と同じ」
「なら、命令には従う事ね。ほら、来なさい。誰も嫌がったりなんかしないから」
言って、朱里は春花の手を取ってカフェテリアへと歩く。
「キヒヒ。良かったじゃないか」
チェシャ猫がからかうように言えば、春花は不満そうな目でチェシャ猫を見る。
朱里が春花の手を引いてカフェテリアへ入れば、当然全員の視線が春花に集まる。
このカフェテリアに男性が入るのはかなり久方振りであり、頻度として見てもとても珍しい事だ。
それに、春花と面識が在るのは同じクラスの三人だけだ。それ以外は初対面という事になる。
三年も魔法少女をしているけれど、春花として童話組のカフェテリアに入ったのは初めての事だ。
「あら? 誰、その子?」
「アリスの担当官。アタシ達のクラスメイト」
笑良の問いに、朱里が淡々と答える。
「……拉致ったか……」
「拉致っとらんわ。クラス同じだし、ウチで一緒に授業受ければって言っただけよ。アンタここね」
座布団を用意して座らせる朱里。その行動に、全員が意外感を含んだ眼で朱里を見る。
朱里が他人をここまで気に掛けるのは珍しい。基本、自分中心であり、後輩に良くする事はあっても誰かに気をきかせる事は滅多に無い。
「ありがとう」
お礼を言って、春花は用意された座布団の上に座る。
だが、いつもと違って気まずい。いつもはアリスに変身しているから、少なくとも同性同士という認識だ。それでも、本当は異性という事もあって接触は避けている。
けれど、今は完全に異性だ。周りには少女ばかりで男子は一人。かなり気まずいし、肩身が狭い。
自身の端末を準備し、ノートと教科書を広げる。
「アンタ自己紹介くらいしたら?」
「え……」
朱里の言葉に、春花は戸惑ったように声を漏らす。
だが、当たり前の事だ。春花は皆の事を知っていても、皆は春花の事を知らないのだから。一名ほど春花の事情を知り尽くしている変態はいるけれど、そんな事情を春花が知るよしも無い。
「えっと……有栖川春花です。よろしくお願いします……」
ぽそぽそと言って、小さくぺこりと頭を下げる。
みのりがぺちぺちと拍手をするが、他の誰も拍手はしない。拍手をしても反応に困るのは春花の方なのだから。
「よろしく、有栖川君。ワタシは新田笑良。三年生だから有栖川君の先輩になるね。因みに、あそこの小っちゃい子もワタシと同学年の先輩だよ。名前は魚海詩ちゃん」
「……敬いたまへ、後輩よ……」
小っちゃい子と言われても事実なので気にしない詩。
「で、こっちの双子が菓子谷姉妹。姉が唯ちゃんで妹が一ちゃん。中学三年生」
「「どうぞよろしく」」
「あっちのツンツンしてる子が中学二年生の赤羽珠緒ちゃん。ツンツンしてるけど、噛み付いて来ないから安心して」
紹介されても、珠緒は春花の方をちらりと見るだけで挨拶をしようともしない。
「最後に、あっちの背の高い女の子が上狼塚瑠奈莉愛ちゃん。小っちゃい子が猫屋敷餡子ちゃん。二人共中学一年生だよ」
「よろしくお願いしますッス!!」
「よろしくおねがいします!」
最年少二人組は元気よく挨拶をする。
そんな二人に、春花はぺこりと頭を下げる。
「この異譚が終息するまで、よろしくね。あ、勉強で分からないところとかあったら訊いてね。ワタシ、こう見えて勉強得意だから」
「あ、はい……よろしくお願いします」
「キヒヒ。心配無用だよ。アリスも勉強は得意だから」
テーブルの上で丸くなっていたチェシャ猫が言えば、笑良がきょとんとした顔をする。
「アリス?」
「こいつ有栖川でしょ? だからアリスって呼ばれてんの」
朱里が注釈を付ければ、笑良は納得したように頷く。
「ああ、そうなんだ。でも、童話にはアリスはもういるから、春花ちゃんって呼んで良いかな?」
「え、あ……お、お好きに……」
「ありがとう、春花ちゃん」
にこっと人好きのする笑みを浮かべる笑良。
「……コミュ力、オバケ……こあい……」
がくがくぶるぶるとわざとらしく震える詩。
「春花ちゃんって何が好きなの? 読書? それともゲーム?」
言われ、少し考えてみる。
けれど、春花に趣味と呼ばれるようなものは無い。読書だって、必要だからしているだけだ。
休日はアリスの報告書を作成しているし、それも終わったら事務室で事務員のお茶を淹れたり、事務室を掃除しているだけだ。
「えっと……特に、何も」
「え、無いの?」
「はい」
こくりと頷けば、笑良は困ったように笑みを浮かべた。
趣味から話を広げようとしたのだろうけれど、その肝心の趣味が無いのであればお手上げである。
「……コミュ力オバケ、破れたり……」
いらない事を言う詩の頭をがっしり掴む笑良。
詩は『あ”あ”あ”あ”』と悲痛な声を上げる。
「つまんない奴……」
ぼそっと珠緒が刺のある言葉を零すけれど、春花は特に気にした様子も無く返す。
「そうだね」
自分でも分かっている事だ。アリスという仮面が外れれば、自分には何も無い。何も残らない。ただの何処にでも居る、つまらないだけの人間なのだ。
「余計な事言うなパジャマ女」
「ぐぅっ……」
朱里が言葉で刺せば、珠緒はバツが悪そうな顔をする。
未だにダメージとして残っているのか、指摘されるととても辛そうな顔をするのだ。
「アンタ、趣味とか作れば? 今の時代、無趣味だと色々キツイわよ」
「そう言われても……」
「何か、小っちゃい頃から続けてる事とか無いの?」
「分からないです。二年より前の記憶は無いので……」
「え?」
衝撃の発言に、笑良が笑顔を浮かべたまま固まる。
「キヒヒ。そろそろホームルームが始まるよ」
「そうだね」
春花はチェシャ猫の頭をひと撫でしてから、端末と向き合う。
思い切り地雷を踏み抜いた笑良は、意気消沈したままホームルームを受けた。