7,魔術教授シェリル。
(いよいよ、次に殺されるのは、あたしたち──)
アリスがそう覚悟を決めたとき。
ふいに反骨精神のようなものが沸き起こった。
こんなところで、殺されてたまるか。
呆然としているトーマスに飛びつき、押し倒す。
さらに近くに転がっていた騎士団員の死体を引っ張ってきて、自分たちの上に覆いかぶせた。
(魔人も、騎士団員ではない一般市民のあたしたちへの関心は、もともと薄かったはず。それなら──)
トーマスの耳元で強く囁く。
「トーマス。ぴくりとも動かないで。死んだふりよ。息もするな」
長い、長いあいだ。周囲では、首を刎ねられた騎士団員が倒れる音だけがしていた。
やがてそれもなくなり、静寂。
それでも数分待ってから、アリスは死体から這い出した。ウルガラも、もう一体の魔人も、姿はなくなっていた。他の獲物を探しにいったのだろう。
なぜなら。この場には、生きているのはアリスとトーマスだけ。あとは死屍累々。騎士団一個中隊が、あっけなく全滅だ。
「トーマス。行くわよ。トーマス?」
呼吸を止めていたトーマスが気絶していた。
アリスが呆れながらビンタしていると、ようやく目覚める。
「ほら立って」
やがて市街地から出る避難民の一群に、行き当たった。
トーマスはなんの疑いもせず、その流れに加わった。
アリスも仕方なく加わりつつも、これでは魔人から目立つだけでは、とも思う。しかし襲撃は行われず、郊外の軍事要塞へと行きつく。
戦争がなくなったあと、新たな要塞が造られることはなかった。だからこの要塞は【変革】前からの代物。ただし、一応はちゃんと維持されており、常駐の騎士団員もいた。
避難民たちは、この要塞に入っていく。
アリスとトーマスも要塞の中庭に行き、そこで一息ついた。
だが休んでいる暇はない。けが人の手当などで、人でが必要。手伝っているうちに、アリスはトーマスとはぐれていることに気づいた。
そのかわり、一人の知り合いを見つける。桜色の髪を短く切りそろえ、白衣をきた女性。従姉であり、魔術学院の若き教授でもあるシェリルだ。
「お姉さん。こっちに避難していたのね」
シェリルには実の妹のように可愛がってもらっていた。とはいえ、アリスを見つけても喜んだ顔を見せないあたり、シェリルは平常運転のようだが。
「やぁ、アリス。無事だったんだね。それはなにより。心配だったよー」
「本当に心配だったの?」
どうもシェリルの反応が軽すぎる。いつものことだが。
「もちろんだって。で、君のボーイフレンドはどこに? トーマンといったっけ?」
「トーマスね。そして断じて、ボーイフレンドではないので」
「はい、はい」
「ねぇお姉さん。彼ら──魔人について、何か掴んでいるの?」
【変革】以降、ヒーリング系以外の魔法は封じられた。ただし研究することまでは禁じられていなかった。
魔術学院では、禁忌の魔法も含めて、体系的な研究がなされている。【裏次元】についても、シェリルは詳しいだろう。
だがシェリルは、彼女にしては珍しく、驚いた様子だった。
「おや? 政府の機密情報である『魔人』を、わが従妹はどうして知っているのかな?」
「機密情報なの? 知らなかったわ。触れ回ってはいないけれど」
「誰から聞いたの?」
「誰と言われると──7大家がひとつアブサロチ家の当主ウルガラの部下、と答えるしかないわね」
ウルガラを「閣下」と呼び跪いていた魔人(アリスが初めて遭遇した魔人)が、はじめに「自分は魔人」と名乗ったので。
さらに驚き顔のシェリルを見て、アリスは妙な胸騒ぎを覚えた。
「7大家? アブサロチ家? それ、本当なのかな?」
「嘘なんかついてどうするのよ?」
「まぁそうだろね。テキトー言ったら、偶然にも、禁断の書の単語と同じものが出てきたりはしないだろうし」
「禁断の書?」
「どこの学術世界にもあるわけだよ。専門家しか閲覧してはいけない、そんなマル秘の本というものが。しかしアリスは、わたしの可愛い妹だ。それにアブサロチ家の当主と遭遇して生き残るという、稀有な体験もした」
「えーと、つまり?」
「特別に禁断の書を見せてあげよう」
「……まって。なぜお姉さんが持っているの? そういう禁断の書って、門外不出では?」
するとシェリルはにっこり笑って、
「それはね、どさくさに紛れて、こっそり持ち出したからだよ」
「……」