3,天が裂ける。
アリスは近くの出入り口から、図書館の外に飛び出した。激しい揺れの中、素早く動いたのだ。相当なバランス感覚が必要だった。
(あたし、体育の授業は得意なのよね──)
外から振り返ると、ついに図書館が崩れ落ちるところだった。
やがて地震もおさまる。すると倒壊した瓦礫の下から、逃げ遅れた人たちの声が漏れ聞こえてきた。
「大変だわ!」
しばらくのあいだアリスは微力ながら、下敷きの人たちの救出に手を貸した。
やがて、周囲の人たちのざわつきに気づき、空を見上げる。
すると天が割れていることに、遅ればせながら気づく。
文字通り、ぱっくりと割れている。裂け目からは、黒い渦が顔をのぞかせていた。
ふとアリスは、自分が一冊の書物を所持していることに気づいた。こんな異様な事態のときに、気にするのも変な話だが──
(返却するつもりだった書物ね。〖次元の狭間〗への追放、について記されている──)
返却するはずの図書館は崩壊したので、この書物をどうするか困った。返却不可だったので、貴重なものだろうが。
「おーい、アリス!」
ふいに名を呼ばれて、アリスはビクッとする。
駆けてきたのはトーマスだ。アリスのそばまで走ってきて、呼吸を整える。
「やっぱり、図書館にいたんだね」
「ええ、論文のために。あら。あたしのこと心配してきてくれたの?」
「まぁね。無事で良かった」
「危機一髪だったけれどね。そんなことより、あれは何事なの?」
と言って、天の裂け目を指さす。
博識なトーマスなら、何か知っているかもしれない。
だがトーマスも、青ざめた顔を横に振るだけだった。
「分かるはずがないよ。天変地異、というやつかな?」
「さっきの大地震と関係はある?」
「あるだろうね。僕はちょうど屋外にいたんだけどね。あの地震は、天が割れることで起きたようなんだよ」
「そうなの?」
地震だというのに、天空の異状現象と連動していたなんて。どういう原理なのか、まったく理解できない。
「それで、これからどうするの?」
「僕は、いったん家に帰るべきだと思うよ。なに心配することはないよ。何か起きたとしても、王国騎士団が守ってくれる」
戦争がないのに、なぜ騎士団が必要なのか。アリスは子供のころから疑問だったが、こんなときのためだったのだろう。
だが騎士団が守ってくれるというは──
「何から守ってくれるというのよ? 何かが襲ってくるわけ?」
もちろん人類同士の争いがなくとも、人々を襲う存在はある。
たとえば野生の獣。そんな獣を狩ることが許されているのが、《狩人》と呼称される仕事人たち。
《狩人》や騎士団員は、訓練によって、暴力への嫌悪感が弱まっているそうだ。耐性ができる、と。
それでも人間同士で、殺し合うことはできない。ただ模擬戦闘くらいなら可能とか。
「何が襲ってきても、騎士団の人たちが守ってくれる」
トーマスが同じようなことを繰り返す。
アリスはハッとした。トーマスも何ら事態を理解できてはいないのだ。だからこそ、とにかく騎士団がいれば安心と、まず自分に言い聞かせている。
「家に戻りましょう」
自宅のある市街地へと向かう途中──
「ねぇ何か、光るものが──」
天の裂け目から、複数の光源が降り注いできた。
そしてアリスはゾッとした。
それらの光源が、どうしてもヒト型に見えるのだ。