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水面が揺らぐ、人魚の恋  作者: 椎葉 空月
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1.運命の人に出会ってしまいました



むかしむかしのおとぎ話の様に恋に落ちることが出来たのなら良かった。


人生で死んでもいいと思える燃えるような劣情を抱いて泡として消えていけるお姫様が羨ましかった。


大層な理由などない、主人公になれるのはワタシじゃなかった。ただそれだけだから平凡で変哲もない平和を過ごせていた。そうだったはずなのに。






今目の前に広がるのは見たことの無いチカチカと光る白い物体に、兄姉たちから危険だからと避けてきた数人のニンゲンたち。会話の内容も聞こえないためわからない。こちらを見ながら薄っぺらい板のようなものを持ってそれに細長い棒で押し付けるように細かい作業をしている。アレは文字だろうか。仲間たちから日本語なるものが面白いと聞いたことがある。



何をしているか全くわからない上にワタシは何故か身幅3つ分しかない透明なカゴの中に閉じ込められて底から伸びる螺旋状の長いもので多少の不便が感じられる程度に腰と手首を拘束されていた。海底で見たことがあるがこれは鎖というもので、非常に不快だ。

閉じ込められているが上から響く気泡のお陰か苦しさは感じない。ワタシとて酸素がなければ生きていけない。


だけど下半身を見れば傷一つ付いている様子はない。今のところワタシを殺す意思は今のところないのだろう。安易な判断だが食われるならすでに殺されているはずだ。

少し染みる気がするが海の中とは違う黄緑に近い液体が気泡と共に生温く身体を撫でる。


そうしてもう一度周囲を見渡してみるがやはり何も思い当たる節はない。クジラたちと遊んでいただけ。

ふと眠たくなった記憶があるがそれ以降は視界が暗くなり何も覚えていない。


姉のフレデリカと「水温が下がってきたら光が波に逆らった方向で待ち合わせだからね」口酸っぱく言われたことだけは覚えている。

でも、そこからだ。


今は見渡す限りのニンゲンと白い箱とチカチカ光る明かり。これでは水温が下がったことも光が消えていくこともわかりはしない。






そもそも、ーーーーどうしてワタシはこの中にいるんだ?


記憶がない。覚えがない。

寝ている間に捕まってしまったなどと間抜けなことをするのかと言われればそんなはずがない。顔馴染みの意地悪なサメの人魚達には危機管理能力がムラサキウニと似ているなどと嘲笑混じりに言われたことがあるが、そもそも棘にかまけて動けない彼らと一括りにしないで欲しいものである。

これでも人魚の中では有数の美しいヒレを持っていて、それこそ泳ぐのに長けている形をしている。


などと考えていてもこの状況は変わらずである。困った。これならば必要ないからと仲間達の反対を押し切らずに真面目にニンゲンの言語を習得しておくべきだったと反省する。


多少なりとも文字は読めるからとたかを括っていたけれど、ニンゲンが持っている薄い板は見えても読めないのである。




………5…12……

…………に……を……

……し、……を…める。……



3行ほどで読むのを諦めた。

今ほど勉強が恋しいものはない。


退屈さにあくびが出る。

その仕草一つに視線が集まりとても居心地が悪い。そうしているうちにニンゲン達が減っていることに気づいた。また1人、また1人と居なくなっている中で熱心に文字を書く1人の男が残り続けていることに気が付いた。人魚ではなかなか見かけない黒髪。ずっと下を向いているのでつむじばかりが見える。



ふ、と。

ぼんやりしていた。焦点が定まっていなかったというのに。

やけにクリアな世界に見えた。


海の中で見る太陽の白さみたいな肌。ほんのり茶色がかかった砂浜みたいな瞳。鋭く貫くような視線にワタシは。



「っ、」



コポッ、と口から泡が漏れる。

呼吸なんて稚魚の頃に覚えて失敗なんてすることがなかったのに。

微笑まれただけで。穏やかな、海で見たことのない慈愛の顔だ。


目が離せなかった。薄い唇がうっすらと開く。


心地良くて優しい声色。心臓が波に乗せられて揺れている気がする。水温は変わっていないはずなのになんだか真夏の水温くらい暖かい気がしてきた。




『ここで一生、飼い殺してあげるからね』



どうやらワタシ、一目惚れしてしまったようです。





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