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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ほぼオリジナル/謎の二次創作とノーマル二次創作

三月に伝えたい想いがあるから。 〈二次創作1〉

藍上イオタ様作品への長いファンレターです。

(広義ですべてのなろう作品へのファンレターでもあります。)


『私が聖女?いいえ、悪役令嬢です!~生存ルート目指したらなぜか聖女になってしまいそうな件~』のセリフをひとつだけ引用しています。

藍上イオタ様から許可をいただいています。

ネタバレにはなりませんので、既読未読関わらず、今作単独で読めます。


*◆◆◆◆◆の間は三月視点になります。

パワハラの描写があります。鬱々としています。読み飛ばし可能です。





 伝えたい気持ちがあるのに、ぴったりの言葉が出てこない。


 そんな時は、かつて読んだ物語の言葉を口にすれば、君に届くだろうか。



***


 週明けの職場の朝は、気だるい。


 あくびを噛み殺しながら、メールチェックをしていると、隣の席から声が掛かる。


 「千尋(ちひろ)、眠そうだなぁ。飲み過ぎか?」


 「いや。妹が泊まりに来て疲れた。」


 俺は二日酔いではないことを強調するために、強く首を振って答えた。


 まだ高校生の妹が一人暮らしの俺の部屋に週末に遊びに来た。我が妹の性格を考えると、アルコールを見つけたら絶対いたずらで飲むと分かっていたので、この週末は酒類を一切部屋には置いていなかった。


 それじゃあ、なんで寝不足なのかというと、ひたすらスマホで小説を読ませられたからだ。

 好きな作品の閲覧数を増やすために協力してと言っていたが、多分、単純に同じもので盛り上がれる仲間を増やそうとしていただけだ。妹曰く、『布教』というものだろう。

 友達とやれよと断ったが、すでにやり過ぎていたようで、新しい仲間が欲しいのだと言われた。


 下手に遠出したり、買い物の付き合いをねだられるよりは、寝ながらスマホを見て過ごせる休日の方がいいので、俺は文句を言いつつも素直に妹の言う事に従った。


 最初はいまいち気が乗らなかったが、気がつくと色々な人の作品を夢中で読んでいた。

 妹のおすすめなので、恋愛ものばかりだったが、それでも面白いと思った。

 

 -さすが、我が妹。俺がハマりそうなものを的確に薦めてくる。


 その結果、寝不足である。


 特に異世界転生ものが面白かった。設定が現実でない分、話の幅が広くて面白かった。

 そして、仕事に疲れた心には、ハッピーエンドが優しく響いた。


 ご都合主義と言われそうだが、別にそれでいいと思う。世知辛いのは現実だけでいい。


 そして、時々ハッとするセリフにも出会えて、面白かった。

 まぁ、実際に使うことはないだろうが。

 この年で使ってはいけないことくらい分かっている。大人だもの。

 特にヒロインに向けての王子様たちの言葉の数々は、俺が普段駆使する言語表現の領域を軽々と越えていた。本気ですごいと思った。絶対に使ったら死ぬ。精神的に。


 そんなわけで寝不足になっているが、仕事はします。大人だもの。


 メールチェックを終えて、手元の書類を整理していたら、別の課に回す書類があった。

 急ぎの書類でもないが、その課にいる同期入社の女の子に会えるかもしれないと思い、書類を片手に席を立った。


***


 その同期入社の子は、三月(みつき)という名前で、その名の通り3月生まれでもうすぐ誕生日だったりする。

 それにかこつけて、一緒に飲みませんかと先日誘ってみた。

 2人だけでいけるか様子を見ながらの誘いだったが、飲み会をと言っただけで断られた。

 どうもここ半年ほど体調が良くないから、お酒が飲めないらしい。

 実際、以前に比べて顔色が悪く、少し痩せたように思う。それにちょっと笑い方がぎこちない。


 -花のようにふんわりとした笑顔がかわいいんだけどな。


 生真面目で仕事中は真剣な顔をしているのに、変なところで抜けていて、思いがけないところで笑う。


 ふとした時に、笑わせることができると、俺は嬉しくて仕方なくなる。


 それが入社した頃の三月だったのに、最近は無理に笑うようになった。


 けれど、彼氏でもなんでもない、ただの同期としてはあまり踏み込めない。


 だから、会うたびに、


 「体調、大丈夫か?」


と、声を掛けるようにしている。


 すると決まって三月は、


 「うん、大丈夫、大丈夫。」


と、答える。


 全然大丈夫じゃないようなのに。


 三月のことが心配なのに、いつも見えない壁を作られて、関わりたいのにどうにも踏み込めなかった。


 ただ笑った顔が見たいだけなのに。


 けれど、伝える言葉を他に知らない俺は、今日も三月に『大丈夫?』と尋ねてしまうだろう。

 その言葉では、三月に届かないのに。


 思わずため息が出る。


 書類を置きに行ったが、三月は席に居なかった。

 出勤はしているようだが、見回す限り姿は見えなかった。

 少しキョロキョロしていると、三月の所属先の課長に片手で呼ばれる。


 にやにやした顔で見ないで欲しい。


 「なんですか。」

 

 この課長は大酒飲みのザルだ。

 だが、それを知らなかった俺は入社してまだ間もない頃、会社の飲み会の三次会か四次会まで飲み比べをしてしまった。その時、べろべろに酔っ払った俺が話したことをすべて覚えていて、三月に好意を抱いている事やその他諸々の俺の秘密を知っている恐ろしい人である。

 

 その結果、普段からちょっかいをかけられていじられている。


 「まぁまぁ、こっちおいで。」


 その笑顔が怖い。


 でも逆らえないので、眉間に皺を寄せながら、素直に課長席へ向かう。


 「まぁまぁ、そんな怖い顔しないでくれよ。ちょっとお願いがあってさ。」


 笑顔のまま、課長にヘッドロックを軽く決められる。いや、これ訴えますよ。


 抵抗する気もないので、素直に服従していると、課長が耳元で囁く。


 「どうも彼女の様子がおかしい。体調が悪いようだが、必死に仕事をしていて倒れそうで心配なんだ。

 相談にのると言っても大丈夫ですとしか言わない。お前、同期の仲でちょっと話聞いてくれよ。」


 俺は視線を動かさないように気をつけた。

 ここで三月の席を見たら何かあると周りに教えるようなものだ。

 俺は三月を守りたい。


 俺は課長の腕を軽く叩いて、「わかりました。」と小さく答えた。


 その後、まっすぐ自分の席には戻らずに、三月の姿を探すことにした。

 人目がつかないところで会えれば、そのまま相談にのって、早く助けてやりたかった。


 けれど、コピー機やトイレ近くなど目当ての場所にはいなかった。


 あとは、休憩室かなと適当に足を進めることにした。


 廊下を歩いていると、三月と同じ課の女性と会ったので、見かけていないか尋ねたが、知らないようだった。

 

「さぁ。知りません。」


「では、席に戻ったら探していたと伝えてくれませんか?」


「…わかりました。」


 少し渋い顔をされたように感じたが、気のせいだろうか。

 まぁ、気難しそうな人だと以前から思っていたので、仕方のない反応だろう。


 伝言を頼み、少し進むと給湯室があった。

 扉が無い場所なので、室内灯がそのまま廊下を照らしている。


 給湯室を通り過ぎた時に、何か違和感を覚えて、足を止めた。

 灯りがついているのに、人影が無い。

 振り返って給湯室を見ると、床に人が倒れていた。


 廊下側には黒髪が広がり、流しの方にはパンツスタイルの足が力なく床に伸びていた。

 顔は見えないけれど、俺にはすぐ分かった。


 俺の好きな子、三月だ。


 心臓が止まりそうになった。


 慌てて跪くと、肩に手をかけ声をかけた。


 「大丈夫?聞こえる?」


 顔にかかる髪をかき上げると、目を閉じたままの三月が涙を流しながら応えた。


「…だ、だいじょ…」


 どうみても大丈夫ではない。

 それなのに、他の言葉が出てこない。

 何か、違う言葉を。


 -無理なんだね。


 ふと、スマホで読んだ物語の一場面を思い出した。

 

 借り物の言葉だけれど、今、三月を助けたい。


 「三月、大丈夫じゃないね。無理、なんだね?」


 かき上げた髪をこめかみに沿わせながら、声を掛け直した。


 「……!…うん、むり」


 一瞬の間の後、三月はさらに涙を零しながら、応えた。


 「うん、無理だね。だから、休もう。」


 手のひらの温度が少しでも伝わるように、三月の頭を撫でて、これから休憩室のソファに連れて行くことを伝えると、静かな泣き声が給湯室に響いた。


 


◆◆◆◆◆◆◆


 

 

 きっかけはなんだったのだろう。

 

 多分、半年前に、課長のお客様へお茶を出した時だと思う。


 来客用のインスタントコーヒーが無かったから、代わりに顆粒タイプの緑茶を出した時だ。


 その緑茶のスティックが隣の席の先輩の私物だったのだ。


 お客様に出した後に、私物のシールが貼ってある事に気づき、わたしは慌てて謝った。


 そこから、だ。


 それから必要最低限の連絡事項以外での会話がなくなった。


 同じ課にいる女性の先輩は、その人だけで、ちょっとしたことを聞かなければいけないことがある。


 本当にちょっとしたことだ。


 それができなくなった。


 気にしなければいい。業務連絡は課内で行われるから問題はない。

 けれど、電話の取り継ぎや書類の受け渡しの確認、係長からの連絡など、些細な点でのやり取りが以前と同じように出来なかった。


 少しずつ神経がすり減っていった。


 そしてちゃんと仕事ができているのか、自分で分からなくなっていた。


 下っ端のわたしは知らなくてもいいと、勝手に伝達する仕事を判断して、それを実行する先輩が恐ろしかった。

 

 係長に相談しても、わたしの態度が悪いからだろうと言われ、取り合ってもらえなかった。


 わたしが悪いの?


 根拠の無い不安に襲われ、仕事に時間がかかるようになった。

 毎日吐き気を堪え、息が出来ていないような苦しさの中、仕事を続けた。


 時々、同期の千尋くんが声をかけてくれるけれど、何でもないフリをした。


 だって、わたしが悪いと思われているから。

 助けを求めても、信じてもらえないから。

 係長の言葉はわたしを縛りつける。


 目の前で仕事をしている係長ですら、わたしの状況を理解出来ないのだ。

 係長の上にいる課長に相談したところで、どうにもなるわけがない。

 むしろ、係長の管理不足と課長が判断したら、最終的に係長からわたしへ不満をぶつけられそうだ。


 休日にメンタルクリニックへ通い、給湯室で薬を飲みながら、仕事を続けた。


 けれど、もう限界だった。


 不安が抑えられなくなり、給湯室で薬を飲み、また席に戻ろうとした時、急に腰が抜けたようによろよろと床に倒れ込んだ。


 起きあがろうとしても体が動かない。


 薬が作用するにしても早すぎる。


 もう体があの席に戻ることを拒否したのだ。


 最後の気力を振り絞って、廊下側へ顔を向けると、ちょうど人が通りかかった。


 -助けて。


 口を開こうとして、固まる。


 通りかかったのは、隣の席の先輩。


 目が合ったと思う。


 ほんの一瞬足が止まったと思ったら、


 そのまま通り過ぎて行った。



 


 息が苦しい。


 視界が歪む。


 嗚咽を堪えるために顔を給湯室の床に埋めるように首を動かすと、髪が視界を覆ってくれた。

 

 もう何も見たくない。

 

 倒れていても助けてもらえないのだ。


 このまま、息が止まるだろうか。

 

 不安だけが増えていく。


 その時、


 「大丈夫?聞こえる?」


 目蓋の裏に光が当たり、聴き慣れた声がした。

 千尋くんだ。


「…だ、だいじょ…」


 反射的に応えようとして、喉に言葉が詰まる。


 困らせちゃダメだ。

 迷惑かけちゃいけない。


 だって、誰も助けてくれないから。


 これ以上もう心を傷つけられたくなかった。


 だから、助けを期待しちゃいけない。


 そう思ったのに。


 「三月、大丈夫じゃないね。無理、なんだね?」


 こめかみに手の温もりを感じながら、優しい言葉を聞いた。

 

 胸が詰まった。


 そうか、これは無理なんだ。

 大丈夫じゃないんだ。


 今のわたしに正しい言葉だ。


 「……!…うん、むり」


 詰まった喉をこじ開けるようにして応えると、涙が零れた。


 「うん、無理だね。だから、休もう。」


 目が開けられないまま、わたしは千尋くんの優しい声を聞いて、心からほっとした。




◆◆◆◆◆◆◆




 

 三月はまったく体に力が入らないようだった。

 通りかかる人もいないので、三月のぐにゃぐにゃした柔らかい体をなんとか床に座らせてから、俺は背中を向けて三月を背負った。


 -パンツスタイルでよかった…!


 それでも背中にピッタリとくっついた三月の体は、緊急時だというのに余計なことを考えてしまう。


 背中に乗せる時に、三月の口から漏れた


 「…んっ…」


という声もやけに耳に残った。


 -いやいや、それサイテーだから。


 俺は心の中で三月に謝りながら、廊下を進んだ。


***


 三月を休憩室のソファに横たわらせ、室内にある内線電話で三月の所属課へ連絡を入れると、すぐに課長がやって来た。


 給湯室で倒れていた事、意識はあるけれど、動けないくらい無理だという事を伝えた。


 課長は俺にお礼を言うと、三月から話を聞いて対応すると言ってくれた。俺がいない方がいいと思ったので、自分の席に戻ることにした。


 休憩室を出る前に三月に何か声を掛けたかった。

 

 -この課長なら大丈夫だよ。

 -ちゃんと話をしてくれよ。

 -元気になってくれよ。

 -また笑ってくれよ。


 けれど、どれも違う気がした。


 心配しているけれど、負担をかけたいわけじゃないんだ。


 だから、ひとりじゃない、俺もいるよ、と伝えたかった。


 「後で連絡する。けど、返事はいつでもいい。無理すんなよ。」


 結局、三月を安心させたいと思いながら、俺にはありふれた、ごく普通の言葉しか出なかった。

 

 三月は目を閉じたまま僅かに頷いた。


 それがあまりにも頼りなく見えてしまい、俺の右手が三月の頭を撫でようとしていたので、咄嗟に握りしめて誤魔化した。

 課長がいることをすっかり忘れていた。


 安心させたいのに、言葉が出ない。


 言葉が足りない分を触れて伝えたい。



 でも、ただの同期の俺には、触れる権利がなかった。


 そんな当たり前の事が、ひどくもどかしかった。


********


 その後、起き上がれるようになった三月は、課長と一緒に通院しているメンタルクリニックへ行き、しばらく休むことになった。


 復帰後は、別の建物の違う部署に異動して、様子を見るらしい。


 休むことが決まってから、俺は三月とスマホの画面だけでのやり取りを始めた。

 たまに画像を送ったりするけれど、ほとんどは文章でのやりとりだ。


 音の強さも温度も伝わらない純粋に言葉だけでの応答。


 ちゃんと伝わってるかな。


 ちゃんと応えられているかな。


 声で伝えるとすぐに消えてしまう言葉が、スマホの画面に残って、何度も読んでしまう。


 顔を見ていないのに、前よりも近い。


 そう感じるのは俺だけだろうか。

 三月も同じだといいな。


 そうだ。

 三月にも異世界転生の恋愛ものを薦めてみようか。

 もしかすると、俺の借りた言葉のある物語を見つけてしまうかもしれない。


 それもいいかな、と思う。


 2人だけで通じる言葉がきっと増えるから。


 そして、いつか言葉だけでなく、触れて伝えたい。


 その日のために、今はスマホ画面から想いを込めて、君に言葉を紡ごう。

 借り物ではない不器用な自分だけの言葉で。


 君に伝えたい想いがあるから。








 

こちらの作品の二次創作になります。

未読の方、ぜひ!↓


https://ncode.syosetu.com/n2382gd/


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