そして始まる「(Epi/Puro)rōgu」5
変化は劇的だった。
先ずはこの研究室に仕掛けられた爆薬が爆発する。
轟音と爆風、煙が辺りに立ち込める。
あぁ、これだよこれ...バトルも最高だけどこういうのもやっとかないと......
同時に地下基地全体に大ボリュームのサイレンそしてアナウンスが流れ出す。
『この基地は三百六十秒後に爆発します、中に居る作業員、怪人の皆さんは急ぎ避難をしてください。繰り返します────』
「あ、ちなみにここは警告とは関係なく直ぐに爆発するからね。重要拠点は早めに爆発させとかないといけないから」
話を聞いてくれているかは分からないが一応伝えておく。僕も流石に自爆に巻き込んでヒーロー達を全滅させる気なんて更々無い。
「だから早めにここを──っと!」
爆発の煙に乗じて飛び出してきた『身体加速』が鎌を振るう。
それを辛うじて反応できた腕を押さえる事で防いだ。
やっぱり来たか...1人ぐらいは来ると思って警戒してて正解だった。
「話聞いてる?」
「生憎趣味の悪いサイレンが煩くてな、何か言ってたか?」
「じゃあ、仕方無い。もう一度言うよ、ここは直ぐに」
言葉を言い切る前に今度は逆の手に持つ鎌を振り上げられる。
それを上半身をそれして回避し、サマーソルトの要領で『身体加速』を蹴り飛ばす。
ガードされたかな?光の壁では無いけど感触が鈍い。
『身体加速』が再度煙に消えると同時に僕の足元が爆発を起こす。
『蛇鱗』が無かったら死んでたや、それ込みの自爆だけど。だがその轟音と爆風は部屋一帯に届く。
この中を無事で要られるのは圧倒的な肉体を持つ『巨人』と壁を貼れる『光壁』のみだろう。ヒーローで能力持ちとはいえその肉体は人間の延長線上だ。
「下がれ『身体加速』!」
「ッチ」
更なる追撃を仕掛けようと前のめりになっていた『身体加速』が『監視世界』の指示を受けて下がる。
どうやら乗り切ったらしい。その証拠に先程から体に纏わり付くような停滞の重みが消え去った。
煙の先は見えず、その声もサイレンの音で掻き消されて聞こえない。
元々侵入してきた敵対者の連携を阻害し指揮系統を混乱させる為のこの大ボリュームでそれはしっかりと役目を果たしていると言える。
「さて、僕も早く脱出しないとね...」
後ろを振り向き、緊急脱出装置を起動しようとしたその時だった。
「やはり逃げ道は作ってあったか。だがお前はここで死ぬ」
音は無かった、肌で感じる空気の流れもおかしくはなかった、何より寸前まで煙越しにヒーロー達を見据えていたのにそんな予兆を見逃すはずかない。
だが確かに聞こえた、僕のすぐ後ろから声が聞こえた。
そしてその声を聞き取るのと、僕の腹部から赤い液体と共に鈍い銀の色が飛び出したのは同時だった。
「ぐぅっ、がぁぁぁあああ!!」
「お前のような奴なら必ず逃げ道を用意していると思っていた......『光壁』には反対されたがこの判断は幸を成したようだな───絶対に逃がさんッ」
不味い、痛みで思考が定まらない。
うごけ...ないっ。
「念入りに...仕留める!」
腹部を貫く剣を横向きに振りきられる、肩を斬られた時や腹部を刺された時とは比べ物になら無い程の出血、激痛が脳を焼いていく。
まだだぁっ!
直ぐに傷口を新たに産み出した『蛇鱗』で塞ぎ出血を止める。僕の再生能力じゃ即座に傷を修復することは不可能で、それでも死ぬまで体を動かすために編み出した応急処置だ。
幸いか偶然か背骨を丸ごといかれた訳じゃない、内蔵は手遅れだけどそこは端くれでも怪人スペックだ、即死じゃない。
外側の皮とは完全に別離してることで着ぐるみのように被ったようになっているから中で起きている応急処置には気付かれていない、はずなのだが更に剣を振り上げる『監視世界』の姿が見える。
後十秒、凌げば爆発で『監視世界』はここを離れざるをえなくなる。
「ぁぁあ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
振り向く時間すら惜しい、先程の声と剣の位置呼吸の音から判別し軋む体を無理矢理動かして足刀を繰り出す。
ビンゴだ!
振り向きの回転を組み込んだ回し蹴りのような足刀が剣を振り上げ無防備な『監視世界』の腹部に吸い込まれていく。
これで吹き飛べ!
完全に決まった、確信を得た次の瞬間。
僕は無数の斬撃に刻まれていた。
足刀を繰り出した左足は太ももからバッサリと切断され、顔を守るような構えていた左腕も肘から先が切り落とされていた。
理解出来ない。
強化された痛みよりも、大事な手足を失った喪失感よりも先に頭に浮かんだのはその言葉だった。
有り得ない、僕の基礎スペックは怪人としては低めだがそれでも一般的な人間の二倍はあるのだ、ヒーローである『監視世界』も鍛えているであろうがそれは人間の範疇に収まるようなモノである筈。
剣の達人は目にも留まらない剣閃を繰り出す事が出来るが『監視世界』の腕は綺麗な太刀筋だったがそこまでの気迫、速度、悪辣さを感じる事はなかった。
つまり出来るわけがないんだ、僕の目にも反応できないレベルの剣を振るうことが。
そんな事が出来るなんてまるで、そうまるで時を止めたかのような......。
あっ...。
理解はできたけどそれをやる胆力には脱帽する。
つまりこの『監視世界』は、両目を瞑って力を使い時間を止め、煙の先何処に居るかも分からない僕の位置をどうにかして突き止め、目と鼻の先で能力を解除しそのまま背中を刺したのだ。そして今の斬撃もその応用、最大限僕の位置を目視で把握し位置を特定して目を瞑ったまま剣を振るった、と。さっき片目で効きが悪かったのに良くやるよ、はは!
これは...終わったかな。
右手も右足もあるけど自覚してきた痛みでもう既に全身の感覚が消えてしまったんだよね、生存するための防衛本能ってやつかな?でも体から出る体液も自分の意思で制限できないし手遅れか。
目の前、崩れ行く僕を荒い息をした『監視世界』が見下ろす。そして一際大きな爆発が起き、爆風と破砕片がその額を掠めていった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ......連れていくのは、不可能か」
「『監視世界』ィッ!仕留めたんだろォ!早くしろォ!」
「くっ、今行く!」
斬られた後、全く動かない僕を一瞥し『監視世界』は出口へ走り出す。
このまま放置しても僕は死ぬだろうという判断だろう。
そしてそれは正しい判断だ。どんな怪人もあの剣で幾度と無く刻まれれば痛みと能力阻害効果でどんな能力も再生力も発揮できずに死んでいくだろう。
地面にピタリと付けた耳からヒーロー達であろう足音が遠ざかっていくのが聞こえる。
もう、充分に離れただろうか。
激痛で今にも意識が飛んだり跳ねたりする中、震える手で一つのアンプルを取り出す。
「このままだと...僕は一分も持たず死ぬ、βアンプルの精神保全効果があってさえ、これだ、効果が切れたら、発狂死、かな?......もう、手足を鱗で覆う...余裕すら、無い」
事前に撃ち込んであったβアンプルの効果に感謝しつつ、震える右手で用意していた最後のアンプル、δアンプルをセットする。刺す場所も正確に定められない、仕方無いので足にぶっ刺す。
「ぅぁぁ」
だらしなく垂れる涎と共に小さく声が漏れ出る。
このアンプルの効果は二つある。
一つは体の再構成、薬液に含まれたナノマシンが予め入力された情報通りに再構成する。だがこれは一定時間を過ぎると元有った細胞を元に戻るようになっている。
そしてもう一つの効果が上記の副作用による能力の喪失。つまり、人間と同じに成るのだ。
ヒーローが怪人と能力を持ち得ている人間との区別の付け方に一つスキャンによる肉体情報の変異によって区別するというものがある、しかもそれは大掛かりな装置さえ用意できれば半径数百メートルは余裕で探知できるだろう。
そして用意していたδアンプルはそれをくぐり抜ける為に作っていたんだけど。
「博打、だね」
でもそれは体が万全の状態での話だ。
四肢欠損、それも血液が大量に失われた状態での施行なんて一度も試していない。
理論上は問題ないしなんなら新しく手足を生やすことも可能だがそれはあくまでも机上の空論、もしかしたら体を組み替える前にエネルギーが無くなって死ぬかもしれない。
効果が出切る前に魂玉は取り出しておかないと。
「それにここまで来たら僕の生死なんてどうでもいいんだけどね...ガハッ、ォェ!」
僕の口から拳よりも大きな血の塊が吐き出される。
ゴトリと硬質な音が鳴り響く。
そう、僕は蛇の怪人である特性を生かしてこの魂玉を呑み込んでいた。よって体内に隠していたので腹をぶっ刺された時はかなり焦ったけど見た限り傷もついていないようだし大丈夫だろう。
血を拭い、懐に抱え体を引き摺りながら緊急脱出装置へと落ちるように入り込む。
これが壊されていたら確定でアウトだった事に冷や汗を流しつつ、霞む目でコントロールパネルを操作していく。
近くの街の隠れ家は何処だっけか...。
いやあまりにも近すぎると不味いな、でも離れすぎても帰ってこれなくなるし...それでいてその地に根差すヒーローの質が高くない場所を選ばないと。
あまり多くない非常用の隠れ家を思い出しながら展開されたマップを見ながら選択をする。
ここは、ダメ、ここも、ダメ......よしここだな。
最後の力を振り絞り確定のキーを押す。
それとほぼ同時に僕の意識は限界を迎え、闇へと溶けた。
その日、とある街のとある場所で謎の大爆発が起きた。幸いにもこれによる怪我人はおらず、周囲に重要な物が何もなかったので大事には至らなかったが人々はそれを見て一つの結論に至った。
ヒーローがまたしも世間を騒がす怪人組織を壊滅させた。
それで済むくらいにはありふれた現象で、当たり前に人々は平穏な日常を過ごしていく。