第四十三章 湯浅課長左遷される
愛美は学校で、「覆面パトカーに乗って、私が人殺しを見つけて、母ちゃんが子分に無線で捕まえるように命令したのよ。」と先生や同級生達に自慢していた。
愛美の同級生の結城美千代が、「愛美ちゃんのお母さんは警察の人なの?実は、今日学校にくる時に、変なおじさんにお尻を触られたのよ。払いのけると、“このガキ!ぶっ殺してやる。”とナイフを出したので逃げて、大人の人は入れないような、抜け穴を通って逃げたのよ。帰り道で待ち伏せされていたらどうしよう。」と怖がっていた。
愛美は、「学校をでた所に交番があるから帰りに行こうよ。一緒に行ってあげるから。」と放課後、美千代と交番に行った。
愛美は交番で事情を説明して、美千代の事は警察官に任せて帰った。
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その日、帰宅した広美が愛美から事情を聞いて、念の為に湯浅課長の携帯に連絡した。
湯浅課長は、「そうですか。一緒に来ていた女の子は主任のお嬢さんでしたか。心配しなくても、警察官が送っていきましたので大丈夫でしたよ。」と広美を安心させようとした。
広美は、「それで?」とその後の事を聞こうとした。
湯浅課長は、「それでって、それだけですよ。」と何かあるのか心配した。
広美は、「馬鹿!警察官が送っていけば襲われないのは当然でしょう。明日登校時に襲われたらどうするのよ。犯人を逮捕するまで油断しないで!警察の失態だと報道されても知らないわよ。」と対応するように警告した。
湯浅課長は、「了解しました。」と返答して電話を切った。
「子供には保護者がいるから任せばいいだろう。保護者にもちゃんと説明しておいたから俺達の仕事はここまでだ。そんな細かい対応はしていられない。そんな事を偉そうに他部署に指示しているから鬼軍曹と呼ばれるんだ。自宅にまで電話してきて人を馬鹿呼ばわりして何さまのつもりだ!そんなに鬼軍曹が偉いのか。係長待遇だろう。こっちは課長だぞ。」と返事だけで対応する気はないようでした。
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翌日、広美が心配していたように、結城美千代は登校してきませんでした。
愛美から事情を聞いた担任の先生が、心配して自宅に電話すると、いつものように学校に登校したと聞いて、愛美の話とともに校長先生に報告した。
校長先生の指示で、事務員二人が通学路を自転車で隈なく捜したが発見できませんでした。
事務員から報告を受けた校長先生は、大変な事になったと慌てて警察に通報した。
広美に愛美から休憩時間に着信があり、事情を聞いた為に、通報がなかったか一課長に確認した。
広美は通報を聞いて、湯浅課長が保護していないか期待して確認した。
湯浅課長は、またその話か、五月蠅いなと、うんざりしていた。
「保護していませんが、心配しなくても大丈夫ですよ。」と何も知らない様子でした。
広美は、「馬鹿!昨日忠告したのに何していたのよ!通報があり、少女は行方不明よ!この件は上司に報告します!」と怒鳴り、一課長に報告した。
湯浅課長は上層部から、「捜査一課の主任刑事から護衛の指示があったにも関わらず、君の独断で無視したそうだな。高木君が護衛の指示をしたのには、それなりの理由があったからだ。捜査の経験もない君が勝手に判断するな!少女が殺害されたどうするつもりだ!君は職務怠慢により、来週から所轄署に異動になった。」と命令された。
異動が急に決まったのは、上層部は湯浅課長を、マスコミから遠ざけようとしたようでした。
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捜査一課では、マスコミが気付くのは時間の問題だと判断して、検挙率の高い三係に担当させる事にした。
生活安全課では、「課長が鬼軍曹に口応えしたら、その日にうちに左遷されたそうだ。」と広美を見るとピリピリしていた。
広美は部下に、「一般市民から相談、それも、小学生の少女が助けを求めて来たにも関わらず、警察の対応不足で少女は行方不明です。警察の威信をかけて全力で少女を捜して下さい。少女に万が一の事があれば、警察の失態として大きな社会問題になるわよ。」と指示した。
刑事達は、「了解!」と捜査に出た。
数時間後、前田刑事から、「事件当日から不登校になっている女児がいて、念のために確認すると、結城美千代さんが白の軽ワゴン車に押し込められている現場を目撃したと母親に話したそうです。母親は冗談だと思っていましたが、それ以降、娘が部屋から出て来ないので、娘の話が本当かもしれないと思い、警察に通報しようとしていたそうです。それ以来、怖くて部屋から出られなくなってしまったそうです。少女は、新田千賀子ちゃんで、まだ怯えていて詳しい話は聞けていません。女性が優しく聞いたほうがいいと思いますので、可能であれば、主任か後藤刑事に来て頂けませんか?」と報告があった。
広美は、「了解。後藤刑事に向かわせます。犯人は顔を見られたと思って襲ってくる可能性は否定できません。そこで待機していて下さい。」と指示した。
待機している間に前田刑事は、「千賀子ちゃんは、誘拐事件を目撃して怯えています。犯人を逮捕しないと千賀子ちゃんは怖がって部屋から出て来ないと思います。千賀子ちゃんは怯えている為に、婦人警察官が優しく事情を聴く為にこちらに向かっています。」と説明した。
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やがて後藤刑事が到着して、少女の部屋をノックして、ドア越しに話しかけた。
千賀子は、「美千代ちゃんを自動車に押し込めて連れ去ったおじさんに、私も連れ去られる。」と怖がって、部屋から出ようとしませんでした。
後藤刑事が、千賀子ちゃんの説得を続ける中、広美は、「須藤刑事、他の目撃者を捜して下さい。西田副主任、近くの防犯カメラを再度チェックして、白の軽ワゴン車と被害者の結城美千代ちゃんと目撃者の新田千賀子ちゃんを捜して下さい。」と指示した。
その結果、結城美千代ちゃんを尾行している不信な白の軽ワゴン車を西田副主任が発見した。
拉致現場はカメラの死角になっていて、車両番号は読み取れませんでした。
犯人は映っていませんでしたが、千賀子ちゃんが、拉致の方を向いている様子が、映っていた。
不信な白の軽ワゴン車を捜す一方で、後藤刑事が、目撃者の千賀子ちゃんを説得していた。
後藤刑事の説得に応じて千賀子ちゃんが口を開いた。
この近くでよく見かけるおじさんだと証言した。
後藤刑事は、一刻も早く被害者の結城美千代ちゃんを救出する必要があり、似顔絵やモンタージュ写真を作成している時間がないと判断して、「警察が、その怖いおじさんを捕まえるから一緒に来てくれない?」と説得して、覆面パトカーに乗せて、途中で須藤刑事と合流した。
後藤刑事は、「千賀子ちゃん、このおじさんは格闘技の達人だから、変なおじさんが襲って来ても大丈夫よ。」と安心させて、付近を巡回していた。
千賀子ちゃんが、「あっ、あのおじさんだ!」と指差した。
覆面パトカーに同乗していた前田刑事と須藤刑事が職務質問すると逃げ出した。
容疑者を特定して、容疑者宅に向かっていた広美は、無線で報告を聞いて、逃亡方向に向かった。
やがて逃げ出した容疑者の前に、覆面パトカーで到着して逃亡を阻止した。
容疑者はナイフを取り出して、「退け!」と威嚇して逃亡しようとしていた。
広美は、警棒でナイフを叩き落として、殺人未遂の現行犯で逮捕した。
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容疑者を連行して取り調べると、桐田良蔵六十一歳でした。
前田刑事が結城美千代ちゃんの写真を見せて、「この少女を知っているな。」と誘拐を立証しようとした。
桐田良蔵は、「いいえ、知りません。この少女は誰ですか?」と犯行は否認した。
前田刑事が、「それじゃ、何故逃げたんや?」と逃げた理由を確認した。
桐田は、「追い駆けてきたから逃げただけだ。」とかわした。
前田刑事は、「ナイフで刑事を殺そうとしてまで逃げるには、それだけの理由があるよな!」と追い詰めた。
桐田は、「殺そうとしてない。逃げる為に威嚇しただけだ。」と殺意は否定した。
前田刑事は防犯カメラの映像を見せて、「この少女を尾行しているな。拉致して何処に連れて行ったのだ?」と問い詰めた。
桐田は、「何もしていませんよ。私の運転する車の前を、少女が歩いているだけじゃないですか?それが何故拉致した事になるのですか?」と否認を続けた。
前田刑事は、「お前はいつも、人が歩く程度のスピードで車を運転しているのか?」と供述の不審点を突いた
桐田は、「遅く走行すれば違反になるのか?どんなスピードで走行しようが俺の勝手だ。」と認めようとしませんでした。
前田刑事は、「拉致現場は、カメラの死角になっていて映っていませんでしたが、目撃者がいて、お前が少女を拉致した現場を目撃していたよ。」と追い詰めた。
前田刑事が取り調べしている間に、桐田良蔵の自宅を突きとめた広美の指示で、須藤刑事と後藤刑事が、自宅アパートを調べて、押し入れに、縛られている結城美千代ちゃんを発見して保護した。
後藤刑事が心理ケアーをした。
両親に娘さんを無事保護した事を伝えると、警察まで迎えに来た。
結城美千代ちゃんは幼女の上、今まで拉致されていて怯えている為に、両親立会で、広美が桐田良蔵の写真を結城美千代ちゃんに見せて事情を聞くと、「このおじさんに捕まって縛られて閉じ込められた。」と証言した。
結城美千代ちゃんを保護して証言内容を伝えると、「かわいい女の子だったので一緒にいたかった。」と桐田も諦めて自供した。
結城美千代ちゃんが両親と帰る時に、広美も玄関まで見送り、「警察に相談にきてくれたのに、警察の対応不足で怖い目に合わせてごめんね。犯人は捕まえて犯行を認めたので逮捕しました。安心してね。」と結城美千代ちゃんに謝った。
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事件も無事解決して、刑事達は三係に戻ってきた。
広美は、「最初に防犯カメラの映像はチェックしたのでしょう?この映像を何故見落としたの!」と憤慨していた。
前田刑事が、「軽ワゴン車に乗っているのは一人だから、拉致は無理だと判断しました。申し訳御座いませんでした。」と謝った。
後藤刑事が、「チャイルドロックも知らないの?」と呆れていた。
広美は、「再度、西田副主任がチェックして気付いたから良かったものの、この遅れで被害者に万が一の事があったら、あなた一人の問題ではなく、ただでは済まなかったわよ。恐らく、刑事部長にまで責任が及んだでしょうね。」と前田刑事を睨んだ。
前田刑事が、「今後気を付けます。ところで、主任に口応えすれば左遷させられると皆ピリピリしていますよ。」と都合が悪くなったので話題を変えた。
緒方係長が、「今回は、前田君の失態を西田副主任がフォローして、無事事件が解決してホッとしています。事件解決の打ち上げを、久しぶりに美人芸者の鶴千代さんを呼んで行いたいと思います。高木君、鶴千代さんは、いつ時間が空いているのかな?その日に場所の予約をお願いします。今回は生活安全課にも声を掛けましたが、前田君が言っていたように、高木君を怖がっているようで出席者はいませんでした。主任は私用でこないと伝えて、美人芸者の鶴千代さんを呼んでいると伝えると、都合がつけば数人来るようです。」と笑っていた。
打ち上げ当日、生活安全課の巡査達は、鶴千代と広美が同一人物だとも知らずに広美の悪口を喋っていた。
広美は悪口を喋っている西口道夫巡査の横に行き、体を密着させて、「鬼軍曹って、そんなに怖いのですか?」と自分がどう思われているのか知りたそうでした。
三係の刑事達が笑っている中、西口巡査は、「そりゃ怖いですよ。私の元上司が口応えしたら怒鳴られて、その日の間に左遷だぜ。」と鶴千代と広美が、同一人物だとも知らずに広美の肩を抱いていた。
広美は、“西口巡査が噂の火元か・・”と思っていた。
翌日前田刑事が、「鶴千代さんと高木主任が昵懇の仲だと知っていますか?昨日鶴千代さんに喋っていた悪口は、主任に筒抜けですよ。」と笑っていた。
西口巡査は、「嘘でしょう?たとえ昵懇の間柄でも、芸者は、お座敷での事を他人に喋らないでしょう?驚かせないで下さいよ。」と不安そうでした。
前田刑事は、「確かにそうですが、芸者には医師や弁護士のような守秘義務はありませんよ。」と笑っていた。
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西口巡査は心配でしたが、広美に直接聞くのは怖く、鶴千代の置屋も連絡先も知らなかった為に、それから毎日、勤務終了後、花町に通い鶴千代を捜していると、ある日、鶴千代を見つけた。
西口巡査が鶴千代に声を掛けると、広美は落ち着いて話がしたかったので、「あら、西口巡査、先日はお世話になりました。立ち話もなんですから、喫茶店にでも入りましょうか?」と笑顔で西口巡査を誘った。
喫茶店で雑談していると、やがて西口巡査は、広美の横に座り直して、肩を抱いて、先日前田刑事から聞いた事を確認した。
広美は、「私の本名知っていますか?」と笑顔でヒントを与えた。
西口巡査は、「いえ、知りませんが・・」と高木主任の家族かな?と感じた。
広美は、「高木広美です。あなたが噂の火元だったのね。左遷させられたいの?」と警察手帳を提示し、少し脅かして西口巡査の顔色を窺っていた。
西口巡査の顔色が変わり、「失礼しました!主任!」と敬礼して直立不動になった。
広美は、「これが質問の答えになるかしら?」と伝票を持って喫茶店を出た。
次回投稿予定日は、11月22日を予定しています。