第四十二章 愛美、殺人犯を目撃する
消防から、「昨日の火災現場から、焼死体が二体発見されました。焼死かどうか確認する為に行政解剖した結果、二体とも、遺体に傷があるなど、焼死にしては不信な点がありました。」と三係に連絡があった。
広美は司法解剖に切り替えて、後藤刑事が解剖医に確認して広美に報告した。
「二体とも傷には生活反応があり、刺殺されたあとに遺体が焼かれたと判明しました。死亡推定時刻は、昨日二十時三十分ごろだそうです。裏道で人通りは少ないですが、その時間ですと目撃者がいる可能性があります。」と捜査本部を出ていこうとした。
広美は、「娘の愛美が塾の帰りに、そのころにその場所を通るわ。愛美が通った直後火事があったと愛美から聞いたわ。」と学校に電話して愛美に確認すると、犯人らしき人物とすれ違っていたが顔は見ていなかった。
広美は、愛美が殺人犯を目撃している可能性がある事を学校に説明して、刑事に向かわせるので、目撃者の愛美が襲われる可能性は否定できない為に、不審人物には充分注意するように警告した。
後藤刑事が、「主任、愛美ちゃんが犯人を目撃していたのですか?」と確認した。
広美は、「顔は見ていませんでしたが、犯人はそうは思っていないかもしれないわ。後藤刑事、学校へ行って犯人の特徴など、娘の愛美から詳しい話を聞いてきて下さい。犯人が襲ってくる可能性もあるので須藤刑事と向かって下さい。西田副主任、被害者の身元を確認して下さい。前田刑事、現場付近の聞き込みをして下さい。」と指示した。
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正子たちが学校に到着すると、教室の前で二人の教師がさすまたを持って待機しているのを見て思わず吹き出して、その後必死に笑いをこらえていた。
愛美は後藤刑事に、「正子おばさん。」と駆け寄った。
後藤刑事は、「おばさんではなく、お姉さんでしょう。」と不満そうでした。
須藤刑事が、「そんな事より、犯人の事を聞きましょう、“おばさん。”」と笑った。
後藤刑事は、「おばさんを強調しないでよ。」と不満そうに、愛美から昨日の事を聞いて、広美に報告した。
「路地からでてきた人物が急にフードを被ったので気になったようでしたが、愛美ちゃんが見た時はフードを被った後だったらしいので、顔は見てなく、男性か女性かも不明です。顔を隠した事を考えると犯人の可能性が高いです。犯人は、愛美ちゃんに顔を見られたと慌ててフードを被ったようでした。その後、愛美ちゃんを襲おうと近づいたらしいのですが、丁度後ろから自転車が来たので走り去ったとの事でした。愛美ちゃんが襲われる可能性がある為に、須藤刑事が校門の外で待機しています。」と説明した。
広美は、「自転車の人物の特徴は?」と確認した。
後藤刑事は、「後ろからきたので顔は見てないと判断して特に聞いてないです。」と不思議そうでした。
広美は、「顔は見てなくても、体格など特徴が判明する可能性があるわ。もっと犯人を逮捕する意欲を持ちなさい!今晩にでも愛美に聞くわ。」と須藤君もいながら何をしていたのかしら、とため息を吐いていた。
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翌日広美は、「犯人と思われる人物の背後からきた自転車は赤色でセーラー服の女性が乗っていたそうよ。犯人の特徴が判明するかも知れないので捜して下さい。」と指示した。
夕方、隆一の担任の先生から電話があり、「隆一君の同級生の萩原裕子さんが下校途中に暴漢に襲われました。近くにいた隆一君が助けようとして怪我して二人とも堀川病院に搬送されました。」と連絡があった。
広美は緒方係長に、「襲われた事を考えると、萩原裕子さんが、今探しているセーラー服の女性の可能性があります。」と事情を説明して堀川病院に向かった。
隆一の様子をみて事情を聞くと、たまたま襲われたのではなく、待ち伏せしていたらしいと聞いた。
その後萩原裕子さんの病室に向かった。
広美は警察手帳を提示し、「京都府警の高木です。暴漢の事で何か気付いた事はありませんか?」と職務質問した。
裕子さんは警察手帳を見て、「高木広美さんですか?隆一のお母さんと同じ名前ですが、まさか・・」と隆一の母親だと直感した。
広美は、「ええ、私は隆一の母です。」と自己紹介した。
その後話を聞くと、殺人放火犯とすれ違った女子中学生だと判明した。
広美は緒方係長に、「彼女も犯人の顔は確認していませんでしたが、女性のような体つきにしては顎鬚が生えていたので、アンバランスでよく覚えていました。」と報告した。
広美は、「二人の護衛をしていると捜査に支障をきたします。護衛は生活安全課に事情を説明して依頼しました。」と捜査に専念するように指示した。
西田副主任が、「歯の治療痕から被害者の一人は、政治家、丸井健太議員の秘書だと判明しました。丸井議員に秘書の死を伝え、何か心当たりがないか確認しましたが、特にないそうです。」と報告した。
広美は、「あっても言わないでしょう。丸井議員とその秘書と被害者の事を調べて下さい。それと、丸井議員に顎鬚の生えた秘書はいないか調べて下さい。」と指示した。
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しばらくして、「広美、俺の同業者でフリールポライター、城島陽介の事を何か知らないか?」と隆が入ってきた。
広美は、「何しに来たのよ。ここは関係者以外立ち入り禁止よ。」と隆を追い出そうとした。
そこへ西田副主任から電話があり、前田刑事が、「主任、お取り込み中の所、申し訳御座いませんが、西田副主任からお電話が入っています。」と伝えた。
広美は、「別に取り込んでないわよ。」と電話に出た。
西田副主任が、「もう一人の被害者の身元が判明しました。フリールポライターの城島陽介で、主任のご主人様の知り合いだそうです。」と報告した。
広美は、「了解。隆に聞いてみるわ。」と伝えた。
広美は、「隆、城島陽介さんが亡くなりました。彼は、今何を調べていたの?」と隆から情報を聞き出そうとした。
隆は、「えっ!?城島が死んだ?捜査一課が動いているという事は、城島は殺されたのか?」と信じられない様子でした。
広美は、「ノーコメントよ。何を調べていたのよ!」と再度確認した。
隆は、「大物政治家のスキャンダルを追っていた。あの野郎!」と怒っていた。
広美は、「大物政治家って誰?」と隆を問い詰めた。
隆は、「交換条件だ。事件の事を教えろ。」と広美を睨んだ。
広美は、「もういいわ。こちらで調べるからキョロキョロしないで出て行って!」と隆を追い出そうとした。
隆は、「白板などに、事件の概要を書いてないのか?」と不思議そうでした。
広美は、「そんな事は、どこの警察もしてないわよ。ドラマの場合、視聴者に事件の事が解りやすいように書いているだけよ。」と隆を追いだした。
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広美は、「城島陽介が、どこかに丸井議員のスキャンダルの証拠を隠している可能性があるわ。捜して下さい。」と指示した。
後藤刑事が、「丸井議員は芸者遊びが好きだったそうです。スキャンダルは芸者との女性問題の可能性があります。主任、丸井議員が、ひいきにしていた芸者を調べられませんか?」と広美に期待した。
広美は、「芸者仲間に確認します。」と調べる事にした。
広美が芸者仲間に確認すると前田刑事が、「主任、判明しましたか?私が事情を聞いてきます。」と立候補した。
広美は、「あなたは鼻の下を伸ばすだけだから後藤刑事に依頼するわ。誰かさんと違い、冷静に事情を聞けるわ。今晩、新都ホテルで京都織物の社員慰労会があり、コンパニオンとして、丸井議員がひいきにしていた芸者の春千代が来ます。事件の事を何か知っているかもしれませんので事情を聞いて下さい。」と指示した。
後藤刑事がコンパニオンにきた春千代を呼びとめて、警察手帳を提示し、丸井議員との事を確認した。
春千代は、「へえ、丸井さんには公私ともにお世話になっています。丸井さんに何かあったのですか?先日、ルポライターの城島さんにも、丸井さんの事を色々と聞かれましたが・・・」と丸井議員に何かあったのかと心配していた。
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後藤刑事が春千代から話を聞いて、広美に報告した。
「確かに春千代さんは、丸井議員とは、お座敷以外にもプライベートでも付き合いがあったそうです。春千代さんは、それも芸者の仕事の一部だと考えていて、周囲には特に隠している様子はありませんでした。それでルポライターの城島陽介さんが気付いたようです。」と報告した。
広美は捜査員に説明して、「春千代さんは気にしてない様子ですが、丸井議員にとってはスキャンダルになる為に、城島陽介さんを殺害した可能性があります。丸井議員の秘書に顎鬚の生えた人物はいませんでした。丸井議員の周辺に顎鬚の生えた人物を捜して下さい。」と指示した。
顎鬚の生えた人物が見つからない中、広美は春千代の事で思い出した事があった。
「後藤刑事、春千代さんは本当に丸井議員との事を隠している様子はなかったの?私の芸者仲間に確認しましたが、一部の親しい芸者しか知りませんでしたよ。それと、去年のお化けで春千代が顎鬚の若武者に仮装していました。」と説明した。
西田副主任が、「お化け?何故、ここで非科学的なお化けの話がでてくるのですか?」と不思議そうでした。
広美は、「二月三日の節分に、厄除けに芸者が花町で仮装します。それをお化けと言います。」と芸者の行事を説明した。
前田刑事が、「今年も、顎鬚の若武者に仮装するかどうか不明ですが、明日は節分なので萩原裕子さんに花町に御足労願えませんかね?」と提案した。
広美は、「そうね、私が依頼して同行します。近くで待機していて下さい。」と指示した。
前田刑事は、「鶴千代さんは何に仮装するのですか?」と興味本位で確認した。
広美は、「覆面パトカーに乗って刑事に仮装するわ。」と簡単にかわされた。
後藤刑事が、「残念だったわね。」と笑っていた。
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当日広美は、萩原さん以外に、愛美も覆面パトカーに乗せて待機していた。
萩原さんは、仮装した春千代を見て、「感じは似ていますが断言できません。」と事件の日に会った人物の事を思い出していた。
仮装した春千代が覆面パトカーの近くを通った時に愛美が、「あっ、手の黒い痣、先日すれ違った人が、フードを被った時に見えた痣と同じ。」と指差して母に教えた。
広美は無線で、「右手の甲の痣、犯人と思われる人物の痣と同じだそうよ。任意同行を求めて下さい。」と指示した。
西田副主任が、目撃者の証言、変装していた事などから問い詰めると自供した。
「丸井議員には結婚を断られ、会社社長から縁談話があった為に別れ話をしましたが、別れるのだったら、今まで、私に使った金を返せ、と愛人を続けるように強要され平行線でした。秘書に私を見張らせていたので、廃工場に行くと逢引きすると思ったらしく、秘書もついてきました。そこをルポライターに写真を取られ秘書と争いになりました。ルポライターが刃物で刺されました。目撃者の私も殺そうとしていると、ルポライターはまだ生きていて、秘書の足を捕まえて、“辞めろ。”と止めようとして、秘書がルポライターと再び争っていたので、私も殺されると思って、護身用に持っていたナイフで秘書を背後から刺すと二人とも死んだので、火を着けて証拠隠滅を図り逃亡しました。」と泣き崩れた。
刑事は、「縁談があった会社社長は、君が政治家の愛人だと知っていたが、どうしても君と結婚したかったそうだ。君に使った金を返せと言っているのだったら私に相談してほしかった。君の為なら、私がそのお金を返したのにと残念そうでした。君が出所するまで待っているそうだ。」と待っている人がいると伝え、希望を捨てないように説明した。
裁判では、「状況から秘書を刺した事は許される事ではありませんが理解できます。しかし、火を着けて証拠隠滅を図った事、目撃者を襲った事は見逃せません。」と実刑判決が下された。
次回投稿予定日は、11月16日を予定しています。