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魔王「その剣、ちょーだい」

魔王「その剣、ちょーだい」-6-

 


 気が付くと、そこは白一辺の世界だった。




 私は少し意識を失っていたようだ。


 そういう類の気怠さを覚えている。




(ここは、いったい何処なんだろう)



 視界に白しか無いため、この場所がどのくらい広いのか、高いのか……さっぱり分からない。





 暫くじっとしていると視界のはずれに小さな黒い点が浮かび上がった。




(なんだろう、これは)



 それは、徐々に大きさを増し、黒い靄のようになった。



 その靄はやがて、この空間の至る所に突如ぽつぽつと出現しだした。


 それは、白一色のこの空間において、よく映えて見えた。




 クルクルと回転しながら、じわりじわりと拡大していく”それ”は、

 拳くらいの大きさになったところで、一気に大きくなった。



「うわ、びっくりした」


 突然、音もなく大きくなったので私は思わず、たじろいだ。




 それの高さは私の上半身ほど、幅は私が寝転がったくらいになった。

 奥行はまったくと言っていいほどなく、薄っぺらで紙のようだ。



 最初はおぼろげに――だが徐々に鮮明にその黒い靄の中に、何かが見えだす。


 それは、やがて映像となった。






 ――そこに映るのは、私と彼女だった。





 私と彼女が、一緒にホットケーキを作っている。


 彼女は、鼻頭に白いクリームを付けながら、真剣にホットケーキをひっくり返そうと奮闘していた。




 私が、その様子を彼女の背後で微笑ましそうに見ていた。




(こんなこともあったな)



 私は、懐かしくなって思わず笑みをこぼした。


 そこに写るのは、どうやら私たちの"思い出" らしかった。




(結局、魔王様は上手くひっくり返せなくってぐちゃぐちゃにしちゃったんだよな……)



(それで、私が魔王様がぐちゃぐちゃにしちゃった方を食べて、魔王様は私がつくった綺麗な方―)



(あれ――?)



 映像の彼女は上手くそれをひっくり返すことが出来ていた。





 見渡すと、沢山の映像が私の周りを囲んでいた。




 全ての映像が、私と彼女を映し出している。


 しかし、懐かしい映像もあれば、私が経験をしていない体験を映し出したものも、ここにはあった。




 私が困惑していると、後ろから声がかかった。




「お久しぶりね、勇者様」



 私が振り返ると、そこには見知った顔があった。




 漆黒の礼装に、銀色の剣を腰に差している。

 まだ幼さを残す顔立ちは、私よりも幾分か若いのだろう。



 私は、ため息を吐きたくなるくらいの――その純朴な笑顔に向けて、声を放った。



「あら、久しぶりね―――調停者」




 調停者は、こちらにニコリと首を傾げて笑いかけてくる。

 その姿は――閉鎖時空の中で、何度も思い返しては憎しみを覚えた”それ”に相違なかった。




「私が用意して差し上げた、閉鎖時空はお気に召さなかったかしら?」



 調停者は無邪気な様子で、そんなことを聞いてくる。




「いや、思った以上に気に入ってたよ。あんたじゃなかったら、お礼を言ってるくらい」



「まあ、相変わらず皮肉が得意ですのね、貴女」




 調停者はくすくすと可笑しそうにしている。






 私は直ぐにでもこの女を切り殺してやりたい衝動に駆られた。




「で、この宙に浮いてる映像はなに?思い出話でもさせようってこと?」



 私が不機嫌にそう言うと、調停者は近くにあった映像の一つに触れた。




「これは、この閉鎖時空での”記憶の残骸”ですの。」



「”記憶の残骸”……?」




 調停者が映像の中央に手をゆっくりと伸ばし入れる。


 すると彼女の指先を起点に、映像が波打つように乱れた。


 まるで、それは水面のようだ。





「これは、貴女と彼女が過ごした記憶を切り取ったもの」




「それにしては、私の知らないのも混じってるけど」




 調停者は映像から手を離した。


 映像は徐々に元の鮮明さを取り戻していく。



「ここには、貴女と彼女が過ごした”可能性世界”のものが含まれているからです」



「なによ、その”可能性世界”って」




 私がそう聞くと、突如目の前から彼女が消えた。


 私が驚いていると、頭上から声が響く。



「閉鎖時空というものは、通常の私たちが生きる世界とは異なります。


 永久に拡大する私たちが住む時空とは違って、


 そこから切り取って生まれた この場所は、言わば"死んでいる"のです。



 ですから、本来ならば無限に増殖されていくはずの――貴女方の選択によって生まれる

 なり得た”可能性”の全てを内包することが出来なかったのです」



 逆さに宙を浮きながら、調停者は空中を散歩している。



「なので、このように選ばれなかった可能性の世界

 ――貴女方が選ばなかった世界――本当にはなり得ない記憶――はゴミとなって

 ここに捨てられてくるのです」



 私は眩暈を覚える。

 元から何を言っているのか分からない女だったが、ここまで分からないとは思わなかった。




「つまりさ、 ここはどこなの?」


「ここは、”時空の狭間”。 私たち ”調停者”が生きる世界――」



 調停者は私の目の前にふわりと降り立った。



 漆黒に青い縦縞のデザインのスカートの端と端を摘まむと、

 それをほんの少しだけ、たくし上げ、上品に首を傾げた。



「ようこそ、勇者様―――そして、間もなく”さようなら”、ですわ」











魔王「その剣、ちょーだい」-6- -終-





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