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8 別れの朝

 魔王を斃した勇者は、各地を回り、土地に祝福をもたらしていった。

 希望の光を運ぶその旅では、常に勇者の側に付きそう仲間が、いた。


***


 朝起きて、顔を洗って。ぼんやりとした頭で、リンは綺麗な青空を見上げた。

(あー……光が目に染みる……)


 昨日の「祝福」のあと、リンはひとり、部屋でぼろ泣きしていた。これまで、独りでも生きていくために張り詰めさせていた糸が、ぷつんと切れてしまったようだった。

 レオの両親は何かと世話を焼いてくれたが、ひとり息子を国にとられ、心配で痩せていくおばさんに、必要以上に心配を掛けたくなくて。一生懸命に背筋を伸ばして肩肘張って、平気な振りをしていた。だから、レオがわざわざ昼間に声をかけてくれた時も、必要以上に冷たく当たってしまったのだろう。


(うん、謝れなかったけど。……「だれ」は酷かったか)

 幼馴染みのリンの目には、レオが割と本気でショックを受けているのは見て取れた。レオだって5年ぶりの再会だ、そんな冷めきった対応をされるとは思うまい。


(頑張ってきたのは……レオだもんなあ)

 ただの悪ガキが世界の救世主になるだなんて、そうそう簡単な事じゃない。きっと、沢山頑張って、沢山歯を食いしばって、嫌なものも沢山乗り越えてきたはずだ。魔王による侵攻は、伝え聞くだけでも悪夢のような地獄だったのだから。

 勇者みたいにひとりじゃ戦えない、と冷静に判断していたレオが、剣を振るって魔法を振るって、魔王を倒すまでどれだけの努力をしてきたか……いつか、聞いてやりたいと思うけれど。


「また、会えるかなぁ……」

 らしくもなく気弱な声が漏れて、リンは慌てて背中をしゃんとさせた。


 今日は勇者が次の訪問地へ向けて出発する日だ。通常は1日2日しか滞在しないと聞いていたが、流石にレオの出身地だと言うことで、配慮してくれたのだろう。4日目にしての出発だった。

 次にいつ帰ってくるのかも、帰って来られるのかすらも、分からない。もし王女と婚姻ともなれば、そのまま王宮に骨を埋めることになるだろう。そうすれば本当に、リンのような庶民が会える人ではなくなってしまう。

 なら、せめて。幼馴染みとして、今度こそ旅立ちを見送ってやろう。


「……うん」

 胸の中に残る靄は無視して、リンは朝食の支度に入った。


***


 案の定というか、勇者の出立は溢れんばかりの人が集まっていた。みんな仕事は大丈夫なんだろうかと、リンは少し気になる。


(例えばほら、バノンさん、最近日照り続きだからこまめな水やりが欠かせないって言ってたのに……ああほら、奥さんが物凄い顔で睨んで畑に行ってる……)

 はらはらしながら暢気な顔をした小太りの中年男性を眺めていると、リンは横からぽんと肩を叩かれた。


「おはよう、リンちゃん」

「あっ、おじさん。おはようございます」

 レオの父親だった。食糧難に悩まされたせいか心労のせいか少し痩せたものの、相変わらず逞しい体格のおじさんは、目を細めてリンを見下ろしていた。

「うちの馬鹿息子には会えたみたいだね。ゆっくり話せた?」

「え? えっと……まあ、それなりに」

 その辺はあまり、触れられたくない。曖昧に笑って、リンは話を変えた。

「おじさん、見送りこんなとこでいいの?」


 話題を変える目的もあったが、実際気になってもいた。息子の見送りなのだから、こんな一般大衆の人混みに紛れていないで、先頭に立って見送れば良いのに。


 リンの問いかけに、レオの父親は静かに苦笑を浮かべた。

「……あれはうちの馬鹿息子じゃなくて、勇者様だからね。俺が気安く拳骨を落としてやれるような立場じゃなくなってしまったようだ」

 寂しそうな顔で呟くように返された答えに、リンはぐっと唇を引き結び、レオの父親の腕をとってずんずんと歩き出した。

「リンちゃん?」

「おじさん、駄目です。ちゃんといってらっしゃいって言ってあげて。……次、お帰りなさいが言えるとは限らないんだよ」

「……」

 レオの父親が黙り込んだ。リンの言葉の重みは、彼には伝わるだろう。だからこそ、リンは迷わず人混みをかき分けて、前へ前へと進んでいく。途中で、目を丸くしていたレオの母親も捕まえて連れて行った。


「君、何だそんな格好で」

 ようやく人混みが途切れて、先頭に出たリンは、即座に投げ掛けられた声に顔を顰めた。

 リンはこれでも、リンが用意出来る最も綺麗な服を選んで纏ってきた。スカートにエプロンが掛かったようなデザインのワンピースは、エプロン部分はリン自身が織り上げた生地を使っている。

 大体、今は魔王との戦いからの復興中で、食べ物にこそ困っていないが、色々な物資が不足している時期だ。お洒落や嗜好品なんて、こんな外れの村まで届くはずがないだろう。それを、ものに溢れている王都の基準でケチを付けられる謂われはない。

 私の織った布に文句あるのかコノヤロウ、と喧嘩を売ってやりたくなったが、相手は勇者様のお付きを許される文官様だ。喧嘩なんて売ろうものなら、あっという間にリンは両親の元へと送られてしまうだろう。それは困る。

 よって、リンは迷わずその場で両膝を付いて、上目遣いに文官を見上げる。


「申し訳ありません。ですが、勇者様のご両親が皆様や村の方々に遠慮して、見送りを遠くからでも構わないと仰っていましたので。血を分けた親子の別れくらい、近くでさせてあげたくて、つい体が動きました……っ」

 心優しい村娘感を全面に押し出し、切々と訴える。どこからか「ごふっ」という声が聞こえたが無視だ。胸の前で手を組み合わせて、目を潤ませて文官を見上げた。

「私の無礼は謝罪致します。ですが、どうか……、勇者様のお父様とお母様には、こちらから見送りをさせてあげてください」

 文官は忌々しそうに顔を歪め、吐き捨てるように答える。

「好きにしろ」

「あ……ありがとうございます!」


 勿論リンだって、文官が絆されるなんぞ思っちゃいない。が、リンの声は良く通るのだ。村人に一切のやりとりを聞かれてしまっては、ここで駄目というのは心証が悪すぎる。村人如き……というには、「勇者の故郷」という肩書きは重いのだ。

 内心であっかんべえをしながら、リンはレオの両親を振り返ろうとして……肩に置かれた手に嫌に力が籠もっているのに気付き、微妙に頬を引き攣らせた。


「ありがとう、リンちゃん。せっかくだから、リンちゃんもここにいなさい」

「そうよ、リンちゃん。レオの幼馴染みとして、見送ってあげて」

 ぎしぎしと振り返れば、レオの両親は若干目が笑っていなかった。


(……お、おじさんー!? どういうこと!?)

(こんな衆目監視に晒させておいて、おれたちだけ置いて行くと!?)

(そうだよリンちゃん! 見捨てるなんて許さないよ!)

 どうやら、リンが思う以上に2人は腰が引けていたらしい。2人だけ村人の代表のようにここにいるのは、胃の腑に厳しすぎたようだ。


(うう……)

 リンだって視線は痛い。というか、肉親でない上に年頃の娘である分だけ、主に同世代の少女達の視線が突き刺さるのだ。正直、辛い。

(けど……そうね)

 見送りたい、とリンだって思う。声をかけるのは無理でも、近くで見送ることを認めて貰えるなら、その方が嬉しい。

 そう結論づけて、リンは恐る恐る、文官を振り返った。


「え、えっと……私も、良いですか……?」

「……好きにしろっ」

 赤い顔をした文官が、苛立ったように喚いた。

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