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6 再会

 あれからリンは直ぐに村長に呼び出され、激しく叱咤された。

「勇者様になんて口を聞くんだ! 我が村の復興を見捨てられたらどうする!?」

「お前の命は誰に救われた!? 勇者様だろうが!」

 怒鳴られ、頬を打たれ、それでもリンはそっぽを向いて。無言のままでいるリンに音を上げて村長が解放したのは、もう日も沈もうとする時間だった。


 食事を作る為に火をおこすにも、洗濯物を取り込むにも、日が暮れてから外へ出るのは若い娘には危険すぎる。魔物が消えたとは言え、まだまだ不安定なこの世界には、ならず者が多くいるのだ。

 そんなならず者にリンがならなかったのは、勇者がこの世界を救ってくれたからだけれど、だからどうした。その勇者のせいで、今リンは食いっぱぐれたし、折角洗って干した洗濯物が夜気を含んで湿ってしまう。また、明日、洗いに行かなければならない。


「勇者なんて、大嫌い」


 小さな声で吐き捨てて、リンは家の門を開けた。死んだ両親が残してくれた平屋は、リンが懸命に手入れしたから、何とか昔のままの姿を保っている。

 部屋に戻って部屋着に着替え、さて、保存食だけでも口にするか……とリンが部屋を出ようとした時、コツン、と窓が音を立てた。


「…………」

 ぎゅっと、手を握りしめた。リンは、リンが待ち侘びたその音が、もう1度コツン、と聞こえる。

 窓に掛けよって、勢いよく開ける。顔を突き出すと、下から笑みを含んだ声が聞こえてきた。

「外にいる人を吹っ飛ばしそうなその開け方、直せって言ったじゃん」

 窓の枠の下、壁に背を預けて座るのは、生成りのシャツに作業ズボンをはいた男の子。赤い髪が暗闇でもはっきりと見て取れる。


 その姿を見た瞬間、リンは、窓枠にしがみつくようにもたれた。脚が震えて、へたり込んで、こいつの姿を見失うのはいやだったから。

「……おそい」

「……ごめん」

「おそい。おそすぎる。……罰として、あっちに干してる洗濯物、持って来い」

「はいはい」

 笑みを含んだ声が応じて、男の子が立ち上がる。物干しの位置なんて、こいつはとっくに把握している。悪戯をしてはリンの母親に怒られて、リンと一緒に洗濯物を干したり片付けたり、何度も家事をやらされた。


 だから、リンに物干しの場所を確認しようともせず歩き出そうとした男の子は、くいと背中を引っ張られて足を止めた。建物を腕の一振りで吹き飛ばす魔物の攻撃をやすやすといなせる男の子は、けれど、指先でつまむように服を掴む少女の力には、抗えない。


「…………おかえり、レオ」

 消え入りそうな声に、男の子の顔がほころんだ。

「ただいま、リン」


 勇者として旅立ち、5年間1度も帰ってこれなかった幼馴染みを、リンはようやく迎えてやることが出来た。


***


「……おじさんとおばさん、亡くなったんだってな」

「……うん。2年前に」


 魔物の侵攻が一時期勇者を苦しめていた。知性を持った魔物が、魔物を従えて軍として人間を襲ったからだ。新たな戦闘スタイルに勇者が手こずっている時、リンの家族は死んだ。

 リンの両親は、織物を売る仕事をしていた。どんな状況下でも、衣類は必要とされるのだと言って、両親は織物を作り、街に売りに行っていた。道中は必ず、指定された時間帯に、騎士団の護衛付きで安全に移動していた両親が死んだのは、街そのものを襲われ、全滅したのだ。


「あの時か……」

 その地獄を、きっとリンよりもまざまざと目の当たりにしてきたレオは、それだけ言って溜息をついた。相変わらず窓の外で壁に背を預けて座ったまま、頭上のリンと会話をしている。


「その後は、織物作って生活してたんだな?」

「そう」

「村長の家、扉の飾り布変わってたよな。あれ、リンが?」

「そうよ」

「すげー綺麗だった。流石」


 他愛のない会話をして、リンの近況を聞いて。レオは、自分の事なんて1つも語らずに、リンがこの5年間何を見て、聞いて、どんな生活を送っていたのかを知りたがった。


「当たり前。私はレオと違って、ずっと母さんの手伝いしてたもの」

「ははっ、そうだな」

「……おじさんとおばさんは?」

「会ったよ、一応」

「……」

「聖母扱いされて、めちゃくちゃ居心地悪そうだった。周囲が拝むもんだから、2人とも恐縮しきってさ」

「……目に浮かぶよ」

 慎ましくも村人らしい豪快さで生活していた2人が、崇め奉られておろおろするのが目に浮かぶ。そんな2人と、家族水入らずで過ごす事は、叶わなかったのか。


「ねえ、レオ」

「うん?」

「……また、行っちゃうの?」

「……そうだな」

 リンの問いかけに、レオは苦い笑みを滲ませて答えた。

「勇者は世界中で必要とされていて、勇者は人類に希望を与えるのが仕事だから」

「いつまで?」

「……」

「いつまで、必要とされるの?」


 リンの問いかけに、直ぐには答えが返ってこなかった。とうに真っ暗になった外で地べたに直接座り込んだまま、レオはぽつりと答える。

「勇者はさ、魔王を斃してお終いじゃないんだ」

「……」

「勇者は死ぬまで、勇者なんだ」


 空気に溶けるようなレオの言葉に、リンは固く目を閉じた。

 ああ、本当に。


「……勇者なんて、大嫌い」


 長く長く、沈黙して。レオはぽつりと言った。


「うん。俺も嫌い」


 リンが目を開けると、レオは悪戯が見つかって母親に叱られる時の顔で、笑った。

「ありがとう、リン」


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