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12 おとぎ話の裏側

「あー……っと」

 レオが弱り切った顔で、髪の毛をがしがしと掻きむしる。ばつが悪いときにする顔で、レオはリンに苦笑してみせた。

「なんつーか、悪い。巻き込む気はなかったんだけど……」

「……なにそれ」


 むかっとした。この流れで、謝るとかないだろう。

 リンはぎっとレオを睨み付け、溜まりに溜まった思いを声にして叩き付ける。


「ふざけんじゃないわよ! 勇者とか、取引とか、勝手に言わせておいて黙ってるんじゃない、へたれレオ!」

「ぐっ」

「こんな綺麗な女の子3人侍らせておいて、お嫁さんは私でどうかーなんて、あんた舐められすぎにも程があるのよ! 仮にもたぶん一応勇者でしょうが!」

「うっ……けど」

「けどじゃない! 聖女様だって教会のしがらみがあるんでしょうに、こうやって私と取引をして自分の恋を貫こうとしてて、あんた何をぼさっとしてるのよ!」

「い、いや……恋っていうか」

「何!? 立場に妥協せず、理想の男性を諦めないで探す聖女様に文句でも──」


「ええ、幾らひっぱたいても笑顔でいてくれる殿方を探しているわ!」


「──なんて?」

 思わずトーンダウンしたリンは、ぐるりとアナスタシアを振り返った。満面の笑みで、アナスタシアがぐっと拳を握りしめる。


「レオ様みたいに、ひっぱたく度に顔を引き攣らせるへたれは面白くないのよ! 私だって、どうせ治療するなら笑顔で治療を受けて欲しいもの!」

「は……え?」


「リン、解説その1。アナスタシア……そこにいる「慈愛の聖女様」は、相手をひっぱたくことで怪我や病気を癒すんだけど、そのひっぱたくって部分に楽しさを見出してるドの付く嗜虐者サディストだ」

「思い切りひっぱたいた時の手の痺れって最高に気分が良いのよ!」

 びしっと凍り付いたリンに構わず、フェリシアが頬に自らの手を当てた。


「わたくしも、素敵なカップルの演出こそに人生の生き甲斐を感じておりますのに……レオ様ときたら、わたくしが薦める衣装の半分も試してくださらないのです。聖女様と並べても、なんだかバランスが悪くて滾りませんし、王女様と男女入れ替えて並べようとしたら、勇者様ときたら逃げてしまいますの。燃えませんわ」


「解説その2。フェリシア……「神託の巫女様」は、外見で気に入った人と、物語のような関係性に目がなくて、衣装を自力で縫い上げちゃう着せ替え大好きな人。更に言うと、おれに女装させてこようとした張本人」

「レオ様は可愛いお顔ですから、きっと似合いますのに」

 拗ねたような顔は可愛らしいが、言ってる事はえぐかった。頬を引き攣らせたリンは、縋るように王女様に目を向ける。


「あ、あの、王女様……」

「うん? その2人は戦闘能力が高くて、私の鍛錬にも良く付き合ってくれる。趣味や性癖など些細なことだし、誰も困らんだろう」

「困らない!?」

「戦いに心の有り様は影響しても、嗜好は全く関係がない。些末なことだ」


「……解説その3。「勇猛の王女様」ジュリアンナ殿下は、戦闘があらゆる判断基準の脳筋だ。より強い相手と鍛錬をして自分を高めることにしか興味が無い」

「そういう意味では、レオは私にとっては常に高い壁であってくれる殿方ではあるがな。鍛錬にだけ貸してくれるのであれば、あとは誰と契ろうと構わぬ」

 堂々と頷くジュリアンナに、リンの顎がとうとうかくんと落ちた。茫然自失したリンに、レオはぽんと肩を叩く。


「リン。……ようこそ、おとぎ話の裏側へ」

 リンが反射的にレオを見ると、レオは悟りの境地に辿り着いたような顔で頷いてきた。

 ぶちん、とリンの中で何かが切れる。ふふふ、と笑って、リンはがっとレオの胸ぐらを掴む。


「こんの……馬鹿レオ! 馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、うっかり引き抜いた聖剣で勇者になったと思えば、なによこの残念ハーレム! 私の夢を返せ! こんな現実つきつけてくんじゃないわよっていうかもうちょっとまともな仲間を探せ!」

「っやかましい! おれだってなぁ、美女には美女らしく淑やかに可愛らしく恋に夢見て欲しかったわ! 誰がこんな残念軍団引き連れて5年間もやってきたと思ってんだ! おれだっていつでもチェンジ希望だっつの!」

「5年も振り回されてるんだったら、少しはこうなることも予測しなさいよ! 私を巻き込むなって言ってんの!」

「無理!」

「断言すんな!」

「するわ! こんな変態じみた連中の矯正とか、勇者業の傍ら出来ると思うなよ!?」

「そもそもあんたが勇者やってる時点で間違ってるのよ馬鹿レオ! 何よりあんたがおとぎ話の裏切り者よ!!」

「それは否定しねーけどっ、何か知らんがなんとかなっちまったんだようっせえな! つーか馬鹿馬鹿いうな馬鹿リン! 馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ!」

「そっくりそのまま返すわよ、このへたれ馬鹿勇者!」


 ぎゃーぎゃーと良く通る声での盛大な怒鳴り合いに、ジュリアンナは我関せずと剣の手入れをし、フェリシアはよだれを垂らしそうな顔で眺め、アナスタシアはぶつぶつと今後の計画を呟いた。


「このまま連れて行って、フェリの服を着せてにこにこしてもらえば、勝手に噂は広まっていくわね。ウィリスに噂の操作をしてもらえば、好意的な印象を抱いてもらえるでしょうよ」

「はあ……、まあ、レオにとっちゃ良いことなんでしょうがね……リンもこれから大変だ」

 呆れ顔で溜息をつくウィリスに、アナスタシアはきょとんと首を傾げた。

「あら、リンにとっても良いことだと思うわよ?」

 アナスタシアの反論に被さるように、リンの威勢の言い啖呵が響く。


「もういいっ! あんたみたいな悪戯しかしないクソガキに、期待した私が馬鹿だったわよ! とっととこんなくっだらないあれこれを解決して、村に戻って平和な生活に戻ってみせるんだから!」

「やれるもんならやってみろよ! リンこそただの村人のくせに!?」

「あんたみたいな馬鹿が勇者やっていけるんだから、何とかなるわよ!!」


「……ね?」

「すげえ、尻に敷かれる未来しか見えない」

「しっかり者で年下の奥様……素敵ですわぁ」

「フェリのツボはよく分からないけど、良いカップルなのは確かよね」

 好き勝手言う外野にはさっぱり気付かず、リンとレオは、日がとっぷりと沈み声が嗄れるまで、延々と、かつては毎日繰り返していた言い合いを続けていた。


***


 魔王を斃した勇者は、各地を回って土地に祝福をもたらす。

 希望の光を運ぶその旅では、常に勇者の側に付きそう仲間が、いた。


 神の声を聞き、旅の行く先を指し示す「神託の巫女」。

 相手に触れるだけで怪我を、病を癒す「慈愛の聖女」。

 自ら先陣を切って強大な敵と戦いぬく「勇猛の王女」。


 そして、──魔物が蔓延る5年間、勇者の無事を祈り続け、魔王なき後は勇者の心の支えとなった、「神の愛娘」。


 彼女達は自らの意思をもって、勇者の行く末を見守り、支え、時に指し示したのだった。


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