第6話「人綱」
「……死ぬことは無かったんじゃないかと……周りの人にちゃんと相談して対策を……」
「じゃあ、やってみたら?」
「え?」
「イジメられてる女の子に、それを言ってあげたら?」
「そんなことしたら!」
「したら? 〝俺がイジメられる〟? それとも〝意味がない〟?」
ハッとした。そうだ。俺が言ったことは結果論でしかなく意味などない。
「隼君は所詮、舞台の観客でしかないんだよ。誰もが知ってるその方法を、誰もしないのは何故か。
皆、知ってるからだよね。意味がないって。生きている間は何を言っても耳を傾けてはくれないものなんだよ。イジメは犯罪じゃないし、どこにでもあるものだから。
だから死んで口を噤むんだ。死者に口なし。残した手紙は重要な証拠となり、少なくとも生きている時より効力を発揮する。抗議をするには〝死〟で言外に告げるのが効果的だ。〝私は死ぬほど苦しかったのよ〟ってね」
背筋が粟立つ。今にもクラスメートが自殺を図るかもしれないという現実が恐ろしかった。
「隼君は私に死にたいと思ったことはある? って聞いたよね?」
「……はい……」
「あるよ。というか現在進行形」
「え……?」
「人は罪悪なんだよ。生とは罪で、生きていくということは罪を重ねることに他ならない。何故なら人は命を刈り取って、誰かの心を踏み躙って生きているから」
表情が消えた彼女は造りもののように美しい。蒼白い顔に俺は一瞬、幽霊かなにかじゃないかと思った。
こんなに美しい貌で毒を吐き、哲学的な言葉を連ねる彼女は人の在り方としておかしい。
「私は自殺した中学生に、よくやったって褒めてあげたい。イジメをする人間なんて皆、死刑になってしまえばいいんだ。捕まってしまえってね。それでも、きっとなくならないだろうけど、これで彼女達の死は無駄にはならない。命を賭して残したメッセージを私は誇りに思うよ」
ドーナツ屋で過ごす時間はカフェオレのようだった。甘い菓子に、苦い言葉。ふわりと漂う仄暗い過去は今の彼女によって掻き消される。薄い茶となったコップを傾ける俺は、チカさんの言葉をどれくらい理解出来たのだろう。
少なくとも、今すぐイジメられていた子を助けたい、とならないあたり〝理解できた〟と言うには程遠いような気がした。
言葉は滲む。氷と混じって不味くなる甘い飲み物のように、透き通っていくのだ。それでも完璧なる透明にならないあたり、性質が悪い。生半可に残る傷跡は胸糞悪くてしょうがなかった。
「もしも三回目があったら結果を教えて。君がどうしたかを聞いてみたい」
彼女はきっと分かっている。俺が何も出来ない男だと。千円札を置き去りにして店を出て行く彼女の背を目で追う。相変わらずヒールの音を響かせているチカさんは、自分の人生を歩んでいるように見えた。
——この時、俺は三度目の邂逅を確信していた。