第2話「人格」
暫くして自宅のある駅に着く。俺が降りようと出入り口へ向かえば、淡い香水が鼻孔を擽った。
老婆はとうに電車を降り、今は彼女一人である。目の前を戦ぐ黒髪を追い掛け、俺は慌てて口を開いた。
「あの!」
彼女の背に言葉は届かなかったらしい。数人が振り向く中、目当ての人は、どんどん遠ざかる。俺は焦燥を携え、スクールバックを掛け直しながら走った。
「あの! そこの……えっと……お姉さん!」
反応はない。他にどう声を掛ければいいのだ。そろそろ周りの目が痛い。
「あの! ちょっといいですか!?」
やはり無視である。段々、苛々してきた俺は眉根を寄せ、彼女の行先を阻むように目の前に立った。
「なんで無視するんですか!?」
「私?」
「どう考えても、そうじゃないですか!」
「ごめんなさい。イヤフォンしてたから聞こえなくて」
そう言って耳に手を掛けた彼女がイヤフォンを外す。その瞬間、俺の頬には朱が走った。
勝手に無視されたと思い込んで声を張ったのだ。羞恥以外の何物でもない。
「あ、いや、俺の方こそ、すみません」
「私、何かした?」
「いえ……」
胡乱な目に気圧される。瞬きを繰り返す眼力に心が折れそうになった俺は「落ち着け、落ち着け」と繰り返し、少しばかり低い目線の彼女を見据えた。
「あ、あの! よければお茶しませんか!?」
「……ナンパ?」
「違います!」
どうやら俺は落ち着いてなどいなかったらしい。誘う気も無かったお茶会に思わず眉を顰める。彼女はと言えば後ずさり、険しい顔をしていた。
「じゃあなに? 文句?」
「え?」
「さっきのが気にいらなかったならハッキリ言えばいいじゃん」
「そんなことありません! 俺はお礼を!」
「……礼?」
「はい。俺は出来なかったので……」
「そこの公園でいい?」
「え?」
「何か思い悩んでるみたいな顔してるから。お茶したいなら自販機で買ってあげる」
「そ、そんな、悪いです!」
「放課後でしょ? 時間あるなら行くよ」
「え? ちょ、待ってください!」
アスファルトを踏み鳴らすヒールが劈くような音色でリズムを奏でる。近くの公園のベンチに腰掛けるように言われた俺は言われるがままの行動を取った。
「いつも何を飲むの?」
「え? いつもはカフェオレですけど……」
あまりにも唐突過ぎる質問に慌てて答える。そうすれば電子音と共に自販機がカフェオレを排出した。
「どうぞ」
「あ、ありがとうござ……お金……! 今……」
「いらない」
「でも……」
「間違って買ったの。コーヒー嫌いだからあげる」
「そうなんですか?」
「うん。私はココアを飲みたかったから」
絶対嘘だ。と心の中でぼやくも声には出さない。ココアを手に持った彼女は口を開けると、一口嚥下してからペットボトルの蓋を閉めた。
「それで、どうしたの?」