師匠! 若返ったからって彼氏探しに行くってお店はどうするんですか!?
短編4作目です。拙い文章ですが、よろしくお願いします!
バン!っと勢いよくお店の扉が開き男性が駆け込んできた。
「惚れ薬を作ってくれないか!」
お店に入るなりにとち狂ったことを言ってきた男性に私はにっこり微笑み返答しました。
「カエレ!」
ここは街外れにある錬金工房『スエテチハル』
錬金工房と言っても歯磨き粉からお薬まで、いろんな物を取り扱っている雑貨屋さんみたいなお店。
1階が店舗で、2階は住居になっていて、地下に工房があります。
お店の主こと『チハル』師匠は御年80歳。
この国では珍しい黒目黒髪に黒のローブを好んで着ているので、街の子供からは魔女と呼ばれてます。
子供に魔女と呼ばれると「食べちゃうぞ~」とか「イーヒッヒッヒッヒ」と奇声を上げ追い掛け回してる。
子供達も「キャーー」と言いながら逃げ回っているけどいつもなんか楽しそう。
歳の割にかなり元気なお婆ちゃんだった師匠だけど、約2年前のある日。
閉店後の後片付けをしていると、地下室から「成功じゃー!」っと聞き慣れない声がしたので見に行ってみると、そこには黒目黒髪の私より小さい少女がいた。
「えっと、……君は誰?」
「イヒヒ、あたしだよ」
「え……。まさか師匠?」
正解じゃっと言わんばかりの笑顔を見せてくる師匠に戸惑っていると、
「研究していた若返りの薬が完成したのじゃ」
「最近コソコソ何かしているかと思えば、そんな物作っていたんですね」
「なんじゃ。驚かんのか?」
「驚いてはいますけど……」
プクーと頬を膨らましている師匠を可愛いと思いつつも、私はそんなに驚いてはいないです。
師匠は凄腕の錬金術師で既に最高峰であるエリクサーの作成も成功しているので、若返りの薬を作ったとしても「師匠だし」って思ってしまう。
そんな師匠は胸の前で手をパンパン打ち鳴らしている。
「またですか?」
「今なら出来ると思ったんじゃがなぁ」
前に、手を合わせることで物を変化させたり、炎を出すことが出来る錬金術があるかもしれないと、年甲斐も無く目をキラキラさせながら言っていた。
流石にキラキラが眩しすぎて突っ込むことは出来なかったけど、それって錬金術じゃなくて魔法じゃない?
ちょっと呆れながらも少女になってしまった師匠を観察すると、元は165cmあった身長は私の目線くらいなので140cmほどかな。
何時ものローブ姿ではなく白のシャツ1枚しか着ていないので気が付いたけど、結構なボリュームがあります。
自分の胸を見ると慎ましい感じな膨らみしかない。
まだ16歳ですしこれから成長しますよね……。
私の目線に気が付いたのか見せつけるように両腕で挟んで寄せて上げてくるし!
「イヒヒ、羨ましいかホレホレ」
「っ、羨ましくなんてありません。それに私はこれからです!」
「揉むと大きくなるというが、どうじゃ?」
「け、結構です。片付けがまだなので戻りますねっ」
「娘の成長を確かめたかったのに残念じゃ」
イヤラシイ感じで手をわきわきさせているので、胸を隠しながら私は逃げるように1階へ。
師匠は私を娘と呼んでくれているけど、本当の母娘ではないです。
私が赤ちゃんの時に、お店の前に捨てられていたらしい。
そんな捨て子だった私を、祖母のように優しく、母のように厳しく、姉のように親しげに接してくれてます。
師匠のことは大好きだけど、過度なスキンシップをする時は恥ずかしいので凄く困る。
はぁー、っと長いため息が自然と出てしまったけど、残りの後片付けをしてその日は寝たけどそれがまずかったかも。
翌朝、何時ものように薄い紫色の髪をゆるく三つ編みにして後ろに垂らし、鏡でチェックしてから向かいの師匠の部屋へ。
ノックするけど反応がなく、まだ寝ているのかな?っと思い部屋を開けたら誰もいません。
え?師匠は?っと部屋を見渡すとベットの上に1枚の封筒が。
手に取ると、宛名が「アネモネへ」っと私の名前が書いてありました。
急いで封を切ると手紙が2枚入っていて1枚目は、
『親愛なる娘アネモネへ
折角若くなったのでちょっと旅行に行ってくる。
何時戻ってくるかは決めてないけど、その間工房のことは任せたよ。
モネには基礎はみっしり教えたから大丈夫だとは思うけど、もし分らないことがあったら金庫にあたしの錬金本があるのでそれを見るように。
これも修行だと思ってラパンと一緒に頑張っておくれ。
追伸:あたしが帰って来た時、工房が無くなってるなんてことがないように。
もし無くなってたら……お仕置きじゃよ?』
師匠~、なんでこんな大事なことを手紙で済ますの!?
手紙の感じだと長いこと戻ってくる気がないみたいだし、いってらっしゃいくらい言いたかったよ。
私は悲しくて涙目になっていたけど、2枚目の手紙でなんでこんな方法を取ったか把握した。
『追伸2:旅行から帰ってきたら彼氏を紹介できると思うのじゃ♡』
……なにが「思うのじゃ♡」よ!
あの色ボケババア、旅行って男漁りか!
彼氏って師匠の今の見た目は11~12歳、それに釣れる男性なんてロリコンだよ!
仮に見た目が同年代だったとしても私より年下じゃない、何考えてるの!?
私に怒られて止められるのが嫌だから逃げるように出て行ったんだ。
悲しかった気持ちは綺麗さっぱりなくなり涙も引っ込むよ。
「はぁ……。お店開けよ」
師匠の奇行は今に始まったことじゃないし、もう旅立っちゃってるしいろいろ諦めるしかなさそう。
生まれ育った思い出がいっぱい詰まっている大切な場所なので、師匠が戻ってくるまでは潰れないように頑張るしかないですね!
そんな訳で私はあの日からお店を切り盛りしています。
お店に出している物は一通り作成することは出来るので問題はないけど、師匠へ直接の依頼をしてた人の対応がすっごい困る。
どれも私からしたら高難易度な依頼ばかりで大変な目に遭うことが多かったんだよね。
「あはは、相変わらずアネモネちゃんはゲーティ様には厳しいね」
「あ、メージャさんすみません。こちらがお薬になります」
「ありがと、本当にここの薬を知ったら他のなんて使えないね。はい、銀貨1枚ね」
「丁度頂きます。毎度有難うございました」
「また今度ウチの店に食べにおいでよ」
「はい! 伺いますね」
メージャさんは街の食堂の女将さんで、街のおっかさんって感じの人。
腰痛や手の皹の薬などを買いに来てくれる常連さんだけど、師匠がいなくなってからは心配してちょくちょく顔を見に来てくれている。
おっかさんありがとう!
メージャさんを見送った後、入り口を見ればゲーティ様は私の「カエレ」発言が効いてるのか項垂れている。
ゲーティ様は領主様の三男です。
師匠と領主様は茶飲み友達でたまに家に来て毎回長く話し込むので、一緒に来ているゲーティ様は暇になるので、同年代だった私が遊び相手になっていました。
私が店番するようになってからはゲーティ様は来なくなっていたけど、ここ2年くらいは頻繁に来るようになって「遊び行こう」だの「◯◯を作ってくれ」だの頼んでくるように……。
領主様の息子とはいえ、基本師匠が認めた人の依頼しか受けていないので、全て丁寧に断っていたのに懲りずに来るので私の堪忍袋の緒が切れた。
特に他のお客様とやり取りしている最中でもお構いなしに話しかけてくるので、流石に領主様にどうにかしてください!って怒りに任せて領主邸に乗り込んで抗議しに行っちゃったよ。
突然の訪問でしかもご子息が迷惑です!などと、今思えば不敬なことをしまくってたのに「工房に迷惑になるようだったら適当にあしらってもいいよ」っと言うお言葉まで貰えたのは運が良かったのかも?
それからはお店に迷惑になる行動を取ってる時はいい加減に扱ってます。
それに師匠も言ってました。
「お客さんは神様だよ。でも店に不利益になるような貧乏神はいらない」っと。
どんなに偉い貴族が来ても、師匠が納得しなければ追い返してましたからいろいろスゴイです。
「ゲーティ様、前も言いましたよね。他のお客様とやり取りしている時に話しかけては駄目ですっと」
「す、すまん。久し振りにモネと会えると思ったら高ぶってしまって……」
久し振りって先週も来てましたよね?
「それになんですか惚れ薬って、薬で誰かを手篭めにする気ですか? 最低ですね」
「ちちち、違う! 僕が欲しいんじゃない。父上の依頼だよ!」
「……本当に?」
かなり慌てた様子で1枚の封筒を渡してきた。
封筒には封蝋に領主家の印が押されているし本物かな、ざっと中身を確認したけど領主様のサインもあるしゲーティ様が用意した偽物ではなさそう。
「確かに領主様の依頼ですね。疑ってごめんね」
「僕はそんな薬でなんて卑怯な真似はしない! しっかり気持ちを伝えてモネと……」
始めは威勢よく言ってたけど、最後の方はゴニョゴニョ言っててよく聞こえなかった。
「依頼は了解しました。けど、蜜蝋までしてある内容を他の人がいるのにその内容を喋るって止めた方がいいですよ」
「うっ……。ごめん」
「私に謝ってどうするんですか」
「アハハハ……」
呆れてため息を付いてるとゲーティ様は乾いた笑いを浮かべている。
この惚れ薬、効果は長くないけど惚れさせてる間に淫らなことも出来てしまうので、取り扱いには注意しないといけないです。
意外と危険な物だけど一部の貴族に有効な使い方があるんだよね。
貴族に自由恋愛は難しく政略的な結婚が多いです。
生まれた時には婚約者が決まっている人もいるくらいですしね。
政略結婚も貴族の務めと割り切って上手くやってる人が多い中、絶望的に馬が合わない婚約者達もいます。
そんな2人に本人了承の下、惚れ薬を使うと関係が良好になることが多いみたい。
師匠が無理やりは嫌いなのでお互いが納得している場合じゃないと薬は作らなかった。
領主様もそこは分かっているので今回も大丈夫なはずです。
他の錬金術士がどう扱っているかは知らないけどね。
でも、そこまでして結婚しないといけないって貴族って大変……。
私は絶対恋愛結婚したいです!
惚れ薬作る為には、まずは材料の在庫を確認かな。
「ラパンくんちょっといいかな?」
「お姉ちゃんな~に~?」
バックヤードからピョコンっと出てきたメイド服姿の子。
真っ白い髪を胸まで伸ばしたストレートロングに、大きな瞳に愛くるしい顔立ち。
頭にはウサギ耳が揺れていて、誰がどう見ても美少女な兔人族です。
前に森で魔物に襲われている所を師匠が助け保護し、身寄りもいないらしくそのまま親代わりをしています。
見た目は美少女だけど、実は男の子!
こんな可愛いのに義妹ではなく義弟!
私見た目負けてそうだよ……。
師匠が冗談半分で「ウチの制服だよ」っとメイド服を着せてから、始めは恥ずかしがっていたのにメイド服を気に入ってしまったみたいで普段もメイド服を着るようになってしまった。
ショートだった髪も伸ばして、姿見の前で「ウフフ、ボクってカワイイ」って呟きながらクルクル回っている姿を目撃してしまった時は居た堪れない気持ちになりましたよ。
ラパンくんの親御さんに師匠が変な扉開けさせてしまったことを土下座したい気分です。
それでも「大きくなったらお姉ちゃんをお嫁さんにするね!」って言っているので女性が好きみたいなのはまだ救いなのかな?
見た目美少女に告白?されて、私もいけない扉を開けそうになったのは秘密です。
本当に危なかったよ。
「ちょっと在庫調べたいから店番代わってもらっていいかな?」
「は~い」
在庫確認の為に地下へ行こうとすると何故か付いてくるゲーティ様。
「あの、ゲーティ様関係以外立ち入り禁止です」
「ダメか?」
「駄目です」
そんな、しゅんとした顔をしても駄目です。
地下には危険な薬品も置いてあるので素人が迂闊に立ち入るだけでも大惨事になりかねいんだから。
惚れ薬の材料は、麝香のエキス、薔薇の花粉、シナモンの粉末、ローレライの鱗、薔薇の種。
在庫を確認したところ、ローレライの鱗が少し足りなさそうかな。
本来ローレライの鱗の確保は難しいのですが、師匠と契約したローレライがいるので入手は比較的簡単です。
道中ちょっと危険な場所を超えなければいけないけど、そこはいつも護衛を頼んでいるので大丈夫。
1階に戻るとラパンくんが「ざまぁ」と煽り、ゲーティ様が「ぐぬぬ」っと悔しがっている。
あの2人なんか仲が悪いんですけど?
「何やってるんですか」
「あ、お姉ちゃんお帰り~。どうだった~?」
「鱗が少し足りないから、ちょっと冒険者ギルドへ行ってくるね」
「は~い」
「店番よろしくね」
護衛を頼みに冒険者ギルドへ向かっているけど、何故か付いて来るゲーティ様。
「お帰りにならないんですか?」
「冒険者ギルドなんて危ないだろ? 僕は護衛さ」
「はぁ……」
冒険者ギルドの何が危ないんだろう。
少し強面な人は多いけど、ギルドで問題を起こせば資格剥奪とかの処罰されるから暴れるなんて人はいません。
話せば気さくでいい人ばかりだよ。
街の中央にある冒険者ギルドに到着して中に入ると、酒場も兼用しているのでなかなかの活気があっていつか私もあそこで飲んでみたいなって思っているんだよね。
喧騒に「うっ」と怯んでいるゲーティ様を置いて受付嬢がいるカウンターまで向かいます。
「リズやっほ~」
「あ、モネ。いらっしゃい~」
受付嬢の彼女リズベットは私の友達で、お休みの日が重なる時はよくスイーツ店巡りなどしています。
この前2人で挑戦したジャンボプリンはかなりの強敵だった!
その後の体重的にも強敵だった!
リズは太らない体質みたいでズルいよ。
プロポーションもさることながら、かなりの美人なのでギルドのアイドル的な存在です。
「それでどうしたの?」
「ドッカ海峡まで行くから護衛を頼みたくてね。アジャンさんいる?」
「アジャンさんなら其処で飲んでるよ」
ニヤニヤしながら指さした方を見ると、大きいジョッキを片手に焼き鳥を頬張っている美丈夫がいます。
アジャンさんは190を超える体躯に、無造作に伸びた青い髪、無精髭を生やしてワイルドな感じ。
いろいろ経験がある頼りになる冒険者で護衛はほとんど彼に頼んでいます。
そしてちょっといいなぁって思っているので、それを知っているリズはニヤニヤしている。
ニヤニヤしている……。
手が届くなら頬を引っ張りたいよ!
「もう! 行ってくるね」
「頑張って~」
リズの揶揄いにほんのり顔を赤くしながらアジャンさんの所へ向かいます。
「アジャンさんこんにちは。今いいですか?」
「お、嬢ちゃんどうした」
「ドッカ海峡まで行くのですが、また護衛をお願いしたいです」
「いいぞ。っで何時だ?」
「早い方がいいのですが、明日でも可能ですか?」
「大丈夫だ」
「それではいつも通り朝5時に貸し馬車屋で集合ということでお願いします」
「了解」
「僕も行く!」
「へ?」
今まで黙っていたゲーティ様が突如叫ばれたことに間抜けな声で反応してしまった。
僕も行くって正気!?
「えっと、遊びに行くわけではないのですが……」
「分かってる! 2人で行くなんて危険だ!」
「アジャンさんは凄腕の冒険者なので危険なんて少ないですよ」
「違う! そういう意味じゃなくて」
そういう意味じゃないってどういう意味なんだろう。
なんで分かってくれないんだって頭を抱えてるけど、訳が分からないことを言われている私が頭を抱えたい!。
「仮に危険だとしてもゲーティ様が行かれるのは領主様が反対するとは思うのですが」
「父上が認めれば行ってもいいのだな?」
「……ええ、まぁ」
「分かった父上に聞いてくる!」
そう言うや否やギルドを飛び出して行ってしまった。
「な、何でしょう……」
「クックック、さぁな」
アジャンさんは「若いな」っと呟き、したり顔で笑っています。
「ないとは思いますが、もしゲーティ様が来るようでしたら彼を主とした護衛でお願いします」
「了解」
そう言うとジョッキを手に取り飲み始めてる。
「それでは明日お願いします」
「おう!」
もう完全に飲食に集中してしまっているアジャンさんに、もう少し構って欲しかったなぁっと思いつつ、リズに軽く挨拶をしてからお店へ戻りました。
「ただいま。店番ありがとね」
「おかえりなさ~い。あれ、どうしたの~」
「明日ドッカ海峡へ行くんだけど、何故かゲーティ様が付いて来るって」
「え~、あのゴミが?」
ゴ、ゴミってラパンくん嫌い過ぎじゃない?
「領主様の許可がなければ駄目とは言ったから大丈夫だとは思うけど……」
「う~ん、自分から危険な場所へ行きたいって言うなら自己責任だし、お姉ちゃんが気に病むことはないと思うよ~」
「まぁ、そうかもしれないけど」
「そんなことよりドッカ海峡ってことはシレネさんの所へ行くんでしょ~」
「うん、そうだよ」
「じゃ~、今回何作るの~?」
いつも作ってあげてるのに毎回期待した目で見てくるんだよね。
「アップルパイでも作って行こうかなって思ってるよ」
「ボクの分は~」
「もちろんあるよ。期待しててね」
「やった~!」
ピョンピョン飛び跳ねて嬉しさを身体全体で表現しているラパンくん。
シレネさんは師匠が契約しているローレライで、鱗を貰う代わりに甘味が報酬なのです。
普通ローレライの鱗なんて金貨1枚以上はすることもあるから師匠様様だよ。
ゲーティ様のことで悩んでいても仕方はないし、アップルパイ作りを始めます。
私がパイ作りで重要視してるのは生地です。
ただ練って折り込むだけでは駄目。
折り込んでから生地を寝かせ、また折り込んでから寝かせ、っと何回も同じ作業をするとサクサクのパイ生地になります。
後は好みの問題だけど、ラム酒ではなくブランデーを使った方が私は好きかな。
生クリームを使う時は泡立ての段階でブランデーを数滴入れるのもオススメですね。
時間は掛かったけど満足行く焼き上がり!
1枚は食後に食べたけど自画自賛してもいい出来です。
ラパンくんも満面の笑みで「おいし~おいし~」言ってくれてましたよ。
頑張って作った物が喜ばれると作った甲斐がありますよね。
流石に食後に1枚は食べきれないので、残りは明日1日店番しなけれないけないラパンくんにどうぞって言ったら、またピョンピョン飛び跳ねて喜んでいます。
私の義妹……違った、義弟は可愛すぎ!
翌朝、集合場所へ向かうとゲーティ様が既にいました。
高そうな剣を腰に挿し、これまた高そうな軽鎧を着ている。
ゲーティ様は180cmくらいの身長に見た目もいいので様になってるけど剣なんて使えるのかな。
「ゲーティ様おはようございます。領主様はお認めになったのでしょうか?」
「おはよう。父上がモネにこれをって」
そう言うと1枚の紙を渡してきました。
いろいろ書いてあったけど、要約すると「行きたいと五月蝿いので行かせることにした、死ななきゃいいので多少の傷くらい負ってもいいよ」っという内容。
……領主様、面倒だから私に押し付けましたね?
はー、行く前から帰りたくなってきた。
「剣をお持ちですが、使えるのですか?」
「ふふん。僕は学園の剣術大会では優勝したほどの腕前だよ!」
おー、それは素直に凄いと思った。
学園の剣術がどの程度なのかは分からないけど、ただの素人って訳ではないだろうし少しは安心してもいいのかも?
「おう、嬢ちゃんわりぃ。遅れたか」
「アジャンさんおはようございます。まだ5時になってないので大丈夫ですよ」
アジャンさん動きやすそうな革鎧に、長さの違う剣を左右の腰に挿しています。
因みに私は腕の部分に凹みがある、ちょっと変わった形のナックルを装備して、動きやすいようにズボン姿です。
「おー、坊主も来たのかよろしくな」
「坊主ではない。僕はゲーティだ!」
「ハハ、冒険もしたことがない小童なんて坊主で十分だよ。俺が認めたら名前で呼んでやるよ」
「クソ! お前になんて負けないからな!」
ゲーティ様はプリプリ怒りながら受付の方へ行っちゃった。
「つまり私は認められてないから嬢ちゃんってことなのかな」
ふと思ったことを何気なく呟いたら、アジャンさんに聞こえてたみたいで、
「ん? あー、嬢ちゃんは十分凄いと思うぞ。嬢ちゃん呼びに慣れちゃってるだけだ。アネモネって呼んだ方がいいか?」
「イイイイ、イイエ。大丈夫でしゅ。嬢ちゃんで大丈夫です」
「お、おう。そうか?」
恥ずかしい噛んだ。
急に名前で呼ぶなんてズルいです。
名前を呼ばれて顔が赤くなったのに、噛んだ恥ずかしさで真っ赤だよ。
アジャンさんは私の狼狽える様子に戸惑いてる感じですし……。
っというか私の馬鹿!
なんで嬢ちゃんで大丈夫なんて言っちゃうかな。
「おーい。モネ何してる!」
「あ、はい。今行きます」
呼ばれたので反射的に急いで向かったのですが、顔が真っ赤なままだったので「アイツに何かされたのか!?」っと問い詰められて誤魔化すのが大変でした。
出発前からこれだと先が思いやられるよ。
ドッカ海峡は街から西へ馬車で半日ほど行った場所にあり、その海峡の入江に洞窟があって、洞窟の奥にある泉が目的地です。
出発前は慌ただしかったですが、今はすんなり洞窟の前まで来ています。
洞窟に入る前に私はナックルの凹みに水色の液体が入った筒をセットし、動作確認の為に軽く手を握ると拳の部分からプシュっと霧状になった液体が吹き出た。
「よし! 動作確認OK。アジャンさんゲーティ様近くに寄ってもらっていいですか?」
「ん、モネどうした?」
「了解」
アジャンさんは毎回のことなので勝手知ったるって感じですが、ゲーティ様は初めてなので不思議がっていますね。
2人が集まったので私は腕を上げ、手を力強く握ると霧状になった液体が噴射された。
「わっ、なんだこれ!?」
「水を弾くコーティング剤です。人体には無害なので安心してください」
「そうなんだ。おっ、凄い弾いてる!」
ゲーティ様は近くの水辺に入り燥いでいます。
師匠印のコーティング剤なので効果は絶大だけど、噴き付けるのに使ったこのナックルはかなりおかしい性能をしてたりします。
昔に、例の師匠が手をパンパン打ち鳴らして錬金術を!っという行為がよく分からない感じで聞いてた私に「疑似体験させてあげるしかなさそうじゃ!」って張り切って作ったのがこのナックル。
師匠本人は「玩具じゃ」って言っていたけど、凶悪な火力が出ます。
セットする筒によって効果が違って、鉄も溶ける炎は出せるし、スパスパ切れる水を噴射させたりと色々おかしいです。
素材がオリハルコンなので普通に殴って使っても一級品なんですよね。
ドヤ顔で「どうじゃ、凄いじゃろ!」っと言われ、ちょっとイラってしたけど、本当に凄いので絶賛しましたよ。
でも、やっぱ錬金術っていうより魔法ですよね。
因みにこのナックルは『しんりくん3号』だそうです。
1号、2号もあるのかな……。
道中腰まで水位がある場所もあったけど、コーティングのおかげで濡れずに快適に進んでいます。
半魚人などの魔物と何回も遭遇してるけど、心配であったゲーティ様のことは杞憂だったみたいで圧倒的な感じで倒してました。
アジャンさんとゲーティ様が競う合うように倒していくので私はちょっと暇だったかも。
「嬢ちゃんそろそろ」
「そうですね。準備します」
私は右手に空色の液体が入った筒を、左に白色の液体が入った筒をセットする。
「今度のはどんな効果なんだ?」
コーティング剤のことがあったからなのか、ゲーティ様はワクワクした感じで聞いてきました。
「この先で発動させますので、見てのお楽しみです」
説明されなかったので「ケチー」っと不満を言ってるけど、こういうのって説明されるより実際に見た方が楽しいと思うのは私だけなのかな。
通路を抜けると目的地の泉に到着しました。
崖の下に泉はあるのですが、手前の砂浜を覆い尽くす感じで蟹の魔物がウジャウジャいます。
「キモ! なんかキモっ!」
鳥肌が出たのか両腕を擦り合わせている。
私も初めて見た時は鳥肌が立ったので気持ちはよく分ります。
何千って数が蠢いてるのはなんか気持ち悪いよね。
「……アレを倒すのか?」
「大丈夫ですよ。見ててください」
私は黄色い玉を崖の下に放り投げると、浜辺にいる蟹の魔物が一斉に玉へと群がってくる。
群がって一箇所に集まったのを確認してから、パンと両手を合わせそのまま横薙ぎに腕を振るうとキン!っと澄んだ音が鳴って魔物の塊を凍らせた。
どうですかって言わんばかりなドヤ顔で振り返るとゲーティ様は微妙そうな顔をしていた。
「凍ったのは凄かったけど、……もっと群れた魔物がキモかった」
あー、なんかすみません。
そのまま凍らせることも出来るけど、そうすると泉まで凍らせてしまうので一箇所に集める必要があったんだよね。
私達のやり取りが可笑しかったのか「クックック」っとアジャンさんは笑っている。
「も、もう大丈夫なので降りますよ!」
ドヤ顔を外したのが恥ずかしくて誤魔化すように走って泉へ向かった。
凍った魔物は元から其処にあったオブジェのようにキラキラ輝いています。
「この魔物は倒したのか?」
「凍らせているだけですよ」
泉の奥にいるローレライ達の防衛も兼ねている魔物なので倒してしまうのも不味いんだよね。
「え? 大丈夫なのか?」
「数時間は大丈夫ですよ。それでは呼びますね」
私はバックから鈴を取り出し泉に浸けて鈴を振ると、水の中に入れた鈴なのにリーンリーンと綺麗な音色が響き渡る。
すると泉から青色の髪の美女が水面から出てきました。
あれ、青色?シレネさんは水色の髪なので別のローレライが出てきたみたい。
「あの……。初めまして、シレネさんはいないのでしょうか?」
「シレネはこの前黒髪の娘が来て連れてったんよ」
え、黒髪ってまさか師匠?
「ほんでな、いないからって無視するのもアレやから姉のウチが来たんや」
「あ、シレネさんのお姉さんなのですね。いつもお世話になってます」
「こちらこそおおきに。んで、何しに来たん?」
「あー、それはですね」
私はシレネさんと度々鱗と甘味の交換取引を行ってることを伝えた。
「ほぉー、シレネはそないなことしとったんやな。せや、その甘味の味次第ではウチの鱗をあげてもええで」
「本当ですか!?」
「ほんまや。ウチの鱗はシレネより上物やから、よほどの味じゃないと鱗は渡せないけどそれでもええか?」
「はい、お願いします」
どうせシレネさんがいないならアップルパイも無駄になっちゃうし試してみるのも悪くないよね。
アップルパイを取り出しお姉さんに渡しました。
「アップルパイです。お口に合うと良いですが」
「美味しそうやな。もぐもぐ……これはまったりとして、しつこくなく……もぐもぐ、シレネの奴1人で良い思いして! 帰ってきたらお仕置きやな、もぐもぐ……これは……林檎とパイの二重奏や!」
なんかよく分からない感想を言いながらぱくついているけど、評価はいい感じに聞こえる。
そこそこの大きさのパイだったのに1人であっという間に平らげちゃってるし!
「ふー。ごちそうさん」
「お粗末様です。それでどうでしょうか?」
「せやなぁ。美味しかったけどウチの鱗を上げるにはまだまだやな!」
「……そうですか。残念ですがしょうがないですね」
もともと鱗と甘味では釣り合った取引じゃないし本当にしょうがないかな。
まぁ、好感触だったしちょっと期待はしてたけど!
「お姉さん、こちらは鱗がどうしても必要なのですが、どうすれば分けてもらえますか?」
「んー、パイは美味しかったには美味しかったしサービスや。そこのお兄ちゃんがウチにキスしてくれたら鱗あげるで」
「へ? 僕?」
「せや、お兄ちゃんや」
「ダ、ダメだ! 初めてのキスは好き人の為に取ってあるんだ!」
「口が嫌なら頬でもええで?」
「うっ、ダ、ダメだ」
ゲーティ様は私をチラチラ見ながら拒否してる。
私がいると恥ずかしいとかあるのかな?
「そっかー。残念やな。ちょっと好みじゃないけど、そっちのお兄ちゃんでもええで」
「あ、俺か? 俺なら別にかま「駄目です」」
「……嬢ちゃん?」
「駄目です」
普段より低い声が出ちゃってる。
アジャンさんにキスなんてさせられないよ!
「なら鱗は諦めるんやな」
「うっ、ゲーティ様! 頬にキスくらい良いじゃないですか! 師匠曰くどこぞの国では頬へのキスは挨拶らしいですよ!」
アジャンさんのキスを阻止する為に必死でゲーティ様の説得をしてるけど、なんかどんどん不機嫌になってる。
「ええい。クソっ、分かったよ! 頬にすればいいんだな! だけど後で僕もモネにしてもらうからな!」
「はぁ!? なんでそうなるんですか!」
「僕ばかりがやるのは不公平だ! それに頬へのキスなんて挨拶なんだろう?」
「うっ」
私にキスなんてされて何が楽しいの!嫌がらせ!?
でもこのままだと鱗が手に入らない……。
「う~~。わ、分かりました」
「いいのか!? 絶対だぞ!」
私がコクンと頷くと、これでもかってくらいの勢いでガッツポーズを取っている。
そんなに嫌がらせをしたいんだ……。
「不公平か、そうすると俺が嬢ちゃんにキスした方がいいのか?」
「はぁぁぁぁぁ!?」
「アジャンさん!?」
アジャンさんのキス!?嬉しいよ!
「お前は関係ないだろう!」
「いやー、パーティーメンバーだし?」
「ダメだ! パーティーメンバーとか関係ないぞ!」
「それなら坊主にするか?」
「お前は何を言っているんだ!」
「クックック、冗談だ」
なんだ冗談なんだ。
残念。
「クソッ、おい女! さっさと済ませるぞ」
女って、ゲーティ様……。
「女やない。ユニフローラや」
「はぁ?」
「ユニフローラ、ウチの名前や」
「ユニフローラ! もうちょっと近くに来てくれ」
水面に浮いていたユニフローラさんは近付いてきて目を閉じ、口にして!って感じで顔をちょっと上げている。
その仕草にゲーティ様は一瞬狼狽えていたけど、右の頬に顔を近づけた。
頬だけど人様のキスシーンって見てる方も恥ずかしくならない?
「えへへ、美少年のキス、役得や。せやけど、口にしてくれへんかったのは残念やった」
「しないと言ったはずだぞ」
「はいはい、ほな鱗取るから待っててーな」
そう言うとブチブチ鱗を毟り取っている。
痛くないのかな。
「お、おい。痛くないのか?」
「大丈夫や、ここはイタない場所やから。お兄ちゃん優しいなぁ」
「抱きつくな!」
なんかいちゃついてるし!私達はお邪魔かも。
「アジャンさん私達は先に戻ってますか?」
「おっ、そうだな。じゃー坊主先行ってるぞ」
「おい! 待て。ちょっ、こら離せ。モネ待って誤解だ!」
すっごい狼狽えてるゲーティ様に吹き出しちゃった。
「アハハハ、冗談ですよ」
「なっ!」
「娘っ子もいい性格してるねぇ」
「あっ、自己紹介がまだでしたね。私はアネモネといいます」
「アネモネね。よろしゅうな」
私達は自然と固い握手を交わしました。
「えっと、鱗はこれくらいでええか?」
鱗を受け取ると10枚もあった。
「はい、十分です。ありがとうございました」
「ほな、ウチは戻るね。お兄ちゃんもまたキスしてなー」
「……ふん!」
さっきのやり取りで不貞腐れて少し離れた場所にいるゲーティ様はそっぽを向いてます。
「あはは、嫌われてもーたな。ほななー」
「はい、また」
軽く手を降ってからユニフローラさんはトプンっと泉へ潜っていった。
「さて、私達も帰りますか」
崖へ上り安全を確保してから解凍薬で蟹の魔物を戻し洞窟を出ました。
帰りの道中も問題はなかったけど、ゲーティ様の機嫌が悪かったくらいが気掛かりだったかな。
街に戻る頃には日も落ち暗くなりつつあったけど、暗くなる前に戻れて良かった。
「お二人とも今日はお疲れ様でした。おかげで無事にアイテムを入手することが出来ました。これで解散になります」
「お疲れさん。さーて、俺は一杯ひっかけてくるよ」
「アジャンさんありがとうございました。今回の護衛費はギルドに入金しておきますね」
「おう!」
こちらを振り向きもしないで手を上げて行ってしまった。
ただの仕事仲間なのだから仕方がないけど、この淡白な感じは寂しくなります。
私なんて眼中にないんだろうなぁ。
「私は帰って依頼品作りを始めますが、ゲーティ様はお帰りになりますか?」
「……送ってく」
「……では、お願いします」
送ってくれるのはいいんだけど、なんか無言なんだよね。
空気が重いです……。
「あ、着きました。送っていただいてありがとうございました」
「……うん」
「えっと、依頼品は完成したら領主邸へお持ちしますね」
「……うん」
「えーっと、ゲーティ様?」
「……約束」
「へ?」
「……頬へのキス」
「あっ」
忘れてた。
これはやらないと駄目な雰囲気……。
辺りを見回すと誰もいません。
誰かに見られたら余計に恥ずかしい思いをしそうだし、さっさと済ませた方がいいよね。
頬へのキスなんて挨拶!挨拶!
そう自分に言い聞かせないとやってられないです。
「わ、分かりました。ちょっと恥ずかしいので目を瞑っていて下さい」
「うん」
目を瞑ったゲーティ様をまじまじ見上げると夕日のせいなのか顔が赤く染まっています。
きっと私の顔も赤くなってそう。
「すみません。少し屈んでもらっていいですか」
2人の身長差だと顔まで届かないよ。
「い、行きますね」
ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。
緊張してるのかな……。
私は顔をゆっくり近付け、もう少しで唇が頬に触れそうになった時。
「死にさらせぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
突如の怒声に私はビックリして声のした方へ振り向くと、巨大な肉切り包丁を振りかぶって突撃してくる人物が!
「ラパンくん!?」
「お姉ちゃんどいて! そいつ殺せない!」
「殺しちゃ駄目だよ!?」
ラパンくんどうしたの!っというか家にそんな大きな肉切り包丁なんてあったっけ!?
「帰ってきたのが見えたのに、なかなか入ってこないからおかしいと思っていたら、お姉ちゃんに何をしたゴミクズ!」
「クソッ! もう少しだったのに邪魔をするなクソウサギ!」
「2人共落ち着いて!」
いつの間にかゲーティ様は剣を抜いているので危ないです。
「いつもいつも邪魔しやがって!」
「お姉ちゃんはボクのだぞ! 手を出す方が悪い!」
私はラパンくんのじゃないよ!?
「それにこんなことしてるとお婆ちゃんが黙ってないよ!」
「はっ、今はあのクソババアはいないじゃないか」
「……誰がクソババアだって?」
かなりの殺気が含まれた声に私とゲーティ様が振り向くと、其処には黒髪の少女と水色髪の少女がお店の前にいた。
って師匠とシレネさん!?
「お嬢ちゃん達脅かさないでくれよ。君達みたいな可愛い娘にクソババアなんて言うはずないじゃないか」
「ゲ、ゲーティ様。……師匠です」
「へ?」
「そちらの黒髪の娘は師匠です」
「モ、モネ。何を言ってるんだ」
「若返りの薬で若返った。……師匠です」
「えっ? えぇぇぇっ!?」
ゲーティ様はお手本のような二度見をして驚いてる。
「死ぬ覚悟は出来ているんじゃろうな?」
「ご、誤解です!」
「しっかりこの耳でビチグソクソババアって聞いたわっ!」
「そこまで言ってな、グハァ!」
師匠がパンと手を打ち鳴らし両手を地面に突けると、ゲーティ様の足元の地面が勢いよく盛り上がり顎に当たった。
「超絶可愛い美少女と言ったことに免じてこれくらいにしてやる」
「そ、そこまで言って……な……い」
あ、気絶した。
「し、師匠?」
「あー。これか? 指輪型『しんりくん28号』じゃ」
違うソレじゃない。
確かにちょっと気になってたけど!
「そうじゃなくて、何時戻ってたんですか!?」
「シレネの案内がてら昼頃じゃ」
「……パイ……美味しかった」
シレネさんがグッっと親指を立てている。
「あ、お粗末様です。って、なんでシレネさんまで此処に!?」
いろいろ訳が分からないので話を聞けば、元々シレネさんを街に案内して甘味をご馳走する約束をしていたけど、すっかり忘れていた師匠だった。
その約束を旅行先でたい焼きを食べている時に、たい焼き→魚人→シレネ→甘味→約束っと連想して思い出して戻って来たとのこと。
たい焼きから魚人の連想っておかしくないですか?って聞いたら「たい焼きに手足が生えて海へ逃げるじゃろ?」っと言っていたけど、何それホラー?
師匠の感性がよく分からないです。
私達が今日ドッカ海峡まで行ったことを大まかに説明すると、
「あ~、なんかタイミングが悪くてすまんかったな」
「……姉が……迷惑かけた」
「そこは仕方がないので気にしてないですよ」
改めて見れば姉妹だけあってユニフローラさんとシレネさんは似てるよね。
性格は全然違うけど。
「師匠は戻ってくる気はないんですよね?」
「まだ彼氏が見つかっておらんしな」
「でも師匠。可愛らしいとは思いますけど、その見た目だと難しいんじゃないんですか?」
「あっ、そうじゃ! いいなって人がいてもお嬢ちゃんにはまだ早いとあしらわれるし、近寄ってくるのはやけにハァハァ言ってるロリコンばかりじゃ。戻りすぎた失敗じゃった……」
師匠はガックシと項垂れている。
「でも今日はもう遅いし泊まっていくんですよね?」
「そのつもりじゃ」
「……甘味……期待してる」
「簡単な物しか出来ないですがいいですか?」
「……よろ」
「それじゃ中に入りましょう」
気絶しているゲーティ様をどうしようかと思っていると、ラパンくんが足を持ってズルズル引きずっていってお店に放り投げていた。
あれ絶対傷だらけだよね……。
後で回復薬掛けておかないとかな。
準備時間がなかったから簡単な物しか作れなかったけど、沢山料理を作って夜遅くまで盛り上がった。
因みにラパンくんが持ってた巨大肉切り包丁は『しんりくん13号バージョンじぇいそん』だそうです。
指輪といいそんなに数があるのか聞いたら、数字はノリで意味はないらしい。
師匠のネーミングセンスもよく分からない。
「ふぁぁぁぁ」
私は寝起きに大きな欠伸をして部屋を見ると、師匠達は思い思いに寝転がっています。
気持ち良さそうに寝ている師匠の頬を突いてみたらプニプニだった。
やだ、超気持ちい!
気持ちがいいのでプニプニし続けていたら師匠を起こしてしまった。
「んーーー、何をしているんじゃ」
「あ、すみません。プニプニだったので……」
「はー、まったく」
プニプニしたの触りだしたら止まらなくなりません?
私だけかな。
「そういえばラパンから聞いたけど、過去にあたしが受けた事がある依頼しか受けていないそうじゃな」
「え、だって師匠のお店ですし」
「うーん、それもそうじゃが新しい客でもモネが大丈夫と判断出来る人だったら依頼を受けていいぞ。っというかそういう判断を出来るようになってほしい」
「私はまだそういうのが分からないです」
「やらねば分からないままじゃよ。貴族相手だったら領主にも相談しながらやるといい。どうじゃ?」
「わ、分かりました。やってみます」
「イヒヒ、いい子じゃ。もしどうしても判断に迷うようなことがあったらコレを使うといい」
師匠は左耳に付けていた赤いイヤリングを外し私に渡した。
「コレは?」
「遠距離でも会話できるアイテムじゃ」
「はー、凄いですね」
「でも本当にどうしても判断できない時だけじゃよ。あたしに聞いているばかりでは成長せんからな」
「はい、分かりました」
「……モネ……ご飯」
「お姉ちゃんお腹空いた」
あっ、シレネさんとラパンくんも起きたっぽい。
「はいはい、今用意しますね」
私は師匠に貰ったイヤリングを左耳に付けて台所へ向かいました。
朝だし軽めの物でいいかな。
朝食を済ませ一息ついてから師匠達はもう出発です。
シレネさんをドッカ海峡に送り届けないといけないのでそこまでのんびり出来ないみたい。
「忘れ物はないですか?」
「大丈夫じゃ」
「たまには帰ってきてくださいね」
「んー、善処する」
「もう!」
「イヒヒ。娘の頼みだし近くまで来たら顔出すよ」
「シレネさんもまたですね」
「……甘味……待ってる」
「ユニフローラさんにもよろしくと伝えておいて下さい」
「……りょ」
「それじゃ行ってくる」
「いってらっしゃい」
「お婆ちゃんまたね~」
よかった今回はお見送りできた。
私達は2人が見えなくなるまで手を振り続けました。
「さて、お店を開ける準備をしようか」
「は~い」
ぴょーんとお店まで駆けていった。
「ラパンくんは元気だなぁ」
「魔女は行ったか?」
「ひゃっ! ゲーティ様!?」
茂みから急に出てきてビックリしたけど、見かけないと思ってたらなんて所にいるんですか!
「そんな所で何してたんですか……」
「魔女が怖くて逃げてたんじゃないぞ」
「逃げてたんですね」
「うっ」
「アハハ、昨日は師匠がごめんなさい。でも悪口を言うゲーティ様が悪いんですからね」
「ごめん」
「私に謝っても駄目ですよ。あ、そうだ朝ご飯まだですよね。食べていかれますか?」
「モネが作るのか?」
「はい、そうですが」
「食べる!」
「は、はい」
食い気味に返事をするから戸惑ってしまった。
なんかすっごいニコニコしてるし。
「えーと、ゲーティ様」
「ん? なに」
「約束のキスなのですが、なんかラパンくんがすっごい怒っていたし、私も恥ずかしいので無しにするのは駄目ですか?」
「あー、そうだよな。……変な約束してごめんな」
すっごいご機嫌だったのに、この世の終わりのような顔になってるし。
あれ?嫌がらせじゃなくて楽しみにしてたのかな……。
アハハ、ナイナイ。
……ないよね。
そんな訳がないだろうけど、あまりのガッカリ具合に罪悪感が生まれてしまった。
う~~~、恥ずかしいけど……。
よし!
「ゲーティ様!」
「……ん?」
私は人差し指と中指を立て、そこにチュッと口付けをして、立てた指をゲーティ様の頬に付けました。
「モ、モネ!?」
「キ、キスは恥ずかしいのでコレじゃ駄目ですか?」
「あははは、全然大丈夫! ありがと! あっ、そうだ僕用事があったんだ行くね!」
「へ? ゲーティ様?……行っちゃった」
な、なんだったんだろう。
ありがとって言ってたし喜ばれはしたのかな?
「……お姉ちゃんナニシテルノ?」
「ひっ」
見られた!?
扉から顔を半分だけ出してこちらを見ているラパンくんの目がなんか怖い。
「な、なんでもないよ!」
「……ふ~ん」
「さ、準備!準備!」
誤魔化すようにお店の中に入っていく。
「あのゴミクズ、次来たらマジで殺らないと駄目だね」
なんかラパンくんがボソボソ言ってる。
「ラパンくん?」
「あ、なんでもないよ~」
良かった。
いつものラパンくんだ。
師匠に新たな課題も出されちゃったし、これからも大変だろうけど頑張っていかないとだね。
カランカランと扉に備え付けられた鈴が鳴り、お客様の入店を知らせてくれる。
「いらっしゃいませ。『スエテチハル』へようこそ!」
数日後、ゲーティ様が来てラパンくんが『しんりくん13号バージョンじぇいそん』を持ち出して斬り合いを始めた時は大変だった。
もう! なんで2人はこんなに仲が悪いの!
読んでくれてありがとうございました。
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18/06/17 文章大幅修正。