闇に消える
「あの、それって…!」
自分の部屋の前で母親らしき女性と何か揉めている感じの女の子が持っていた白い籠が、璃音を入れていたクーハンと同じものだと気付いて、麗亜は思わず声を掛けていた。
それが自分のクーハンだとはまだ分からない。だけど藁にも縋る想いで確かめようとした麗亜を見た二人の表情に、彼女は思わず息を呑んだ。
「あ!」と声を上げて安堵の表情を見せた女の子の方はまだよかった。問題なのは、麗亜の姿を見た瞬間の、女の子の母親らしき女性の表情だった。驚いているという以上に、とても正気とは思えない、どこか常軌を逸したものを、麗亜は感じてしまったのだった。
狂気をはらんだ目というのは、こういうものを言うのだろうかという程に。
「キイィッッ!!」
まるで金属音のような異様な声を発したかと思うとその女性は、クーハンの中に手を突っ込んで、中のものを取り出した。
そして麗亜は見た。その女性が掴んでいたものを。
「璃音!!」
璃音だった。間違いなく璃音だった。思わず彼女の名前を叫んでしまった麗亜の前で、女性は、恐ろしい形相で手摺りから身を乗り出すようにして空中へと向かって思い切り手を伸ばしたのだった。
「!!?」
麗亜も手摺りから身を乗り出して空中に手を伸ばしていた。女性が掴んでいたものが宙を舞ってしまったから。だけど手が届く筈もなかった。
「―――――!!」
声にならない声を上げても、闇に吸い込まれるように落ちていく<それ>を捉まえることはできなかった。
カシャンッ!という音が微かに届いた時、ようやく、麗亜はそれを声にすることができた。
「璃音! 璃音!? いやぁああああ―――――っっ!!」
悲鳴を上げつつ手摺りで辛うじて体を支え、「ああああ…!!」とまた声にならない声を上げつつ、麗亜は階下に降りてしまったエレベーターを待つことができず、階段を駆け下りていった。
『璃音、璃音、璃音、璃音……!!』
それ以外考えることもできないまま一階までたどり着き、ふらふらになりつつ璃音が落ちた辺りへと駆け付けた。
その麗亜の視線の先に、璃音は横たわっていた。右脚がもげ、腕も首もありえない方向に折れ曲がった璃音が。
「やだ…いやだ……璃音…璃音……」
殆ど夢遊病者のようによろよろと歩き、力なく呟きながら璃音の傍へと辿り着くと同時に、麗亜は力尽きてその場に座り込んでいた。
そして、無残な姿に変わり果てた彼女をそっと抱き上げて、ぎゅっと胸に抱き締めた。
もう、声もなくただそうするしかできなかった。
でも、その時―――――
「…ちょっと。苦しいって、麗亜…少しは加減しなさいよ…!」
自分の耳に届いてきた声に、麗亜はハッとなって視線を落とした。
その彼女を、苦笑いを浮かべた璃音が見上げていたのだった。




