起こってしまった事件
厳しい寒さが緩んでようやく日差しが暖かくなり始めた中を、璃音を入れたクーハンを持った麗亜が歩いていた。出勤前に真尋のところに璃音を送り届ける為だ。
けれどその時、彼女の耳にガシャン!という異様な音が届いてきた。普段は決して聞くことのない嫌な音だった。それと同時に、「キャーッ!!」「イヤーッ!!」と悲鳴が届く。
「!?」
音と悲鳴のした方にふり返ると、彼女の目に、信じられない、信じたくない光景が飛び込んできた。歩道に何人もの人が倒れていて、自動車が店に突っ込んでいたのだ。
これがもし、反対側の歩道だったらさすがに駆け付けるところまではしなかったかもしれない。でも自分がさっきまで歩いていたところで、しかも本当に目の前でのことだったから、咄嗟に駆け寄ってしまったのだった。
「ごめん! ちょっと待ってて!!」
クーハンの中に隠れた璃音にそう声を掛けて、璃音は歩道の端にそれを置いて現場へと赴いた。
「自動車の下に人が!!」
そう言いながら自動車を押そうとしてる人がいるのを見て、麗亜も女性ながら一緒に自動車を押した。他にも通りがかった人達が協力して自動車を押し退け、下敷きになった高校生くらいの男の子を引きずり出した。
その頃にはパトカーも駆けつけ、近所の病院から看護師なども駆けつけ、怪我をした人達の応急手当てが始まった。更には救急隊員も駆けつけたところで、麗亜はもう自分にできることはないと思い、その場を立ち去ろうと、璃音を入れたクーハンの方を振り返った。
「……え…? え…!?」
だけど、確かにクーハンを置いたはずのところに、それは見当たらなかった。思い違いかと思って辺りを見回してみたけど、やはりどこにもなかった。
「え…やだ……うそ……」
麗亜は、自分の体の中の血が、ざーっと音を立てて引いていくのを感じていた。事故を目撃した時以上に背筋が凍るのを感じた。
『璃音…! 璃音……!!』
心の中で何度も彼女の名前を呼びながら探したけど、やっぱり見付からない。
「そ…そんな……」
震える指で携帯電話を操作して真尋に電話を掛けた。
「璃音が…璃音がいなくなっちゃった……!!」
「…は…?」
うろたえて要領を得ない麗亜に真尋が「落ち着け!」と声を掛け、
「私も行く!」
と、部屋着代わりのジャージの上にブルゾンを羽織っただけの姿で部屋を飛び出した。
事故現場で救急活動が行われているのが見えるところに呆然と立ち尽くしていた彼女の下に真尋が駆けつけた時には、麗亜はボロボロと涙を流していたのだった。




