それ以外は何もいらない
麗亜を『ママ』と呼び、穏やかな表情をするようになった璃音は、カタコトながらある程度は会話もできるようになってきていた。元々言葉は話せたけれど、意味のある<会話>というのは殆どできなかったのがいくらかはできるようになったという意味で。
「ママ、おきて」
休日などにゆっくり寝ていたい時でもそう言って起こしに来ることにちょっと困りながらも、一生懸命に起こそうとする様子がまた可愛くて目が覚めてしまう。
「おはよう、璃音」
起きて麗亜がそう声を掛けてくれるとまた、すごく嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せる。それがたまらない。胸がきゅーんとなって涙さえ溢れそうになる。
『ママ』と呼んでくれるようになってから更に半年。ここまで来るのは本当に長かった気もするし、あっという間だった気もする。実際に人間の赤ん坊を育てたりしててもこんな感じなのだろうかとも思う。
穏やかな空気感の中、夢中で朝ご飯を食べる璃音とそれを優しい瞳で見詰める麗亜の姿は、どこからどう見ても親子のそれだっただろう。
更に最近、璃音は鉛筆を使うようになっていた。普通の鉛筆だと彼女には大きすぎるので、クリップペンという、クリップになった細いプラスティック製の本体の先に鉛筆の芯がついたそれを与えると、ちょうどいい感じで使えていた。だからクリップペンをケースでまとめ買いし、璃音がいつでも使えるように綿棒の空きケースに差して置いてあった。
璃音はそれを手に取り、メモ用紙を画用紙代わりにして絵や字を書いていった。最初はそれこそ絵と文字ともつかないただぐりぐりとペンを走らせたものだったのが、最近では少しずつ意味のあるものになってきていた。
そして璃音が最初に書いた文字も『ママ』だった。
その紙を掲げて自慢げに「ママ!」と言った璃音の姿を見た瞬間にも、涙が零れてしまった。
この子がどうしてあんなに怯えていたのかは、今でも分からない。ただ、璃音がもし、<虐待を受けて亡くなった子供が人形の体に生まれ変わった>ということであれば説明がつくような気はした。
その推測が正しいかどうかも璃音が何も覚えていないようなので確かめようもないけれど、それが正しいかどうかなんてどうでもよかった。今、この子が幸せそうならそれ以外は何もいらない。
この暮らしもいつかは終わるのだとしても、少なくともそれまではこの子の笑顔を守ってあげよう。
そう誓うのに、気負いも何も必要なかった。ただただそうしたいという気持ちが勝手に溢れてくる。
いつの間にか、おっぱいも卒業していた。わざと止めさせるように仕向けた訳でもないのに、だんだんとおっぱいを要求しなくなってきて、気が付いたらまったく飲まなくなっていた。すると麗亜の乳房から出ていた母乳もいつしか止まったのだった。




