野良人形
女性の家を飛び出した璃音は、近くの公園の植え込みの中に隠れて座っていた。恐怖に歪んだ女性の顔を見て、自分が人間からはどう見えるかというのを改めて思い知ってしまった。
人間からすれば人形が動いて喋るなんて異常なことなんだって、分かっているつもりだったけど、やっぱりそうなんだというのを突き付けれられた気がした。
「はあ…これからどうしよ……」
人形なので食べなくても飲まなくても平気なのは今までで分かってる。だからそういう点では何も心配してない。でも行く当てもなくこのまま野良犬や野良猫のように暮らすことになるのかと思うと、途方に暮れるしかなかった。
ましてや自分は人形。他に仲間はいない。こんな風に喋って動く人形なんて他にはいないからこんなことになったのだから。
璃音はまさに唯一無二の存在であり、真に天涯孤独なのだ。
そんな璃音の前に、光るものが見えた。獣の目だった。猫だ。
こちらを見ている。凝視してる。頭は固定されているのに、体がうねうねと動いてる。猫を良く知ってる者ならすぐに分かると思う。獲物に狙いを定めて飛び掛かろうとしている時の動きだ。
璃音は猫のことはあまりよく知らないけれど、それでも何となく察してしまった。
「な、なによ…私はあんたの獲物じゃないわよ…!」
そう言って手を振って追い払おうとする。でもそれは逆効果だった。ひらひらと動く璃音の手の動きに、猫は反射的に反応してしまった。
「うわっ! 来んな!!」
すごいスピードで飛び掛かられて爪を立てられ牙を剥かれて、璃音は咄嗟に猫の顔に一撃を加えていた。
「ギャウッ!!」
悲鳴を上げて一旦は飛び退いた猫も、それだけでは引き下がらなかった。距離を取って再度、狙いを定めてくる。
「しつこい!!」
そう言って迎え撃つ為に構えた璃音の耳に、声が届く。
「なに? アンタレス。何かいるの?」
緊迫した場面には似つかわしくない、間延びした問い掛ける声。<アンタレス>とは猫の名前だろうか。
「もう、アンタレス。イジメちゃダメでしょ」
そんな風に言いながら、璃音に狙いを定めて身構えていた猫の首筋を押さえる者がいた。女性の声だった。
片方の手で猫を押さえながら、もう片方の手で落ち着かせようとするかのように猫の体を撫でる。しゃがみ込んで猫が見ていた植込みの中を覗き込んだその女性と、目が合ってしまった。
「あれ? 人形? ひょっとしてあんたこの人形とケンカしてたの?」
おっとりとした感じの人の良さそうな顔をした、けれど少々派手な服装の女性だった。




