溢れだす激情
品性下劣な男が、自分の主人である女性を、怒鳴り、殴り、時には首を絞めさえして屈服させてモノのように組み伏す光景を見て、璃音の心の中にはどす黒いものが渦巻き、満たされていった。
そして、それが遂に<何か>を超えてしまったのだろうか。
その日も、男が女性の髪を掴んで引きずり回し、ベッドに押し付けて服をはぐように脱がせていた。それに対して璃音は、
『やめろやめろやめろやめろ…っっ!』
と、声にならない声を上げていた。だが―――――
「このクソ野郎っっっ!!」
そう叫んだ時、それはいつもとは違っていた。いつもはどんなに叫んでも怒鳴っても璃音の口からは出て行かなかった。なのに、その言葉を吐いた瞬間、自分の口がそう動いたのを璃音は感じたのだった。
「…あ? 誰だ!?」
突然、『クソ野郎』と罵られたことで男が部屋を見回した。だが自分達以外誰もいない。もしかして隣の部屋からかと思いカッとなって、
「誰がクソだって!? ああ!?」
と怒鳴りながら部屋の壁をガツンと激しく蹴りつけた。もちろんそれは隣人の声ではなくとんだとばっちりだった。だから璃音は、
「こっちだ、こっち!! どこ見てんだこのクソが!!」
と続けて罵った。
「―――――え…?」
思いがけない方向から聞こえたそれに、男だけでなく女性も呆然とした顔になった。そんな二人の視線の先に、チェストの上に仁王立ちになり男を睨み付けている璃音の姿があった。
「…は? え? 人形が、動いてる……?」
あまりのことに酷い間抜け面でそう呟いた男に、璃音がさらに罵声を浴びせる。
「クソって言ったらお前しかいないだろがこのクソ!! お前のその頭にはクソしか詰まってないのかクソ頭!!」
クソクソと連呼する人形の姿に、最初は呆然としていた男も何か思い付いたことがあったのか、一気に怒りの形相になり真っ赤になる。
「なんだ!? この人形、ロボットだったのかよ!! ふざけんな!!」
どうやら男は、最近よく見かける喋るロボットの人形版だと思ったらしかった。猛り狂った真っ赤な顔で璃音めがけて手を伸ばす。だが璃音はそれをひょいと躱し、床へと飛び降りた。
「なんだ!! 捕まえることもできないのかよ! さすが頭にクソしか詰まってない奴は動きまでクソだなあ!!」
床から自分のはるか頭上にある男の顔を睨み付けながら璃音はさらに煽るように罵った。
男はさらに逆上し彼女を捕まえようとするが、璃音はひらひらと蝶のように体をひねってことごとく男の手を躱したのだった。




