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第二章 智花サプライズ1

 週明け。

 先日、気象庁から『梅雨入り宣言』が発表され、今日も朝から雨が降り続いていた。

「今日はまた一段と疲れておるようじゃが、大丈夫か?」

 下校途中の遊歩道。赤い傘の下でトオルの具合を気にする保子莉。その隣でトオルは重い足を引きずり、鉛のように重たい傘をフラつかせていた。

 ――地獄のような一日だった……

 本日、行われた体育の授業。400mトラックが設けられた第二体育館の屋内で走らされた長距離走が、貧弱な生身に苦痛を負わせたのだ。健康優良児の長二郎でさえ眉を顰めるハードな内容だけに、移植したばかりの虚弱体にとっては、拷問以外何ものでもなかった。

「もう全身筋肉痛だよ」

「まぁ、無理もないのぉ」

 宇宙総合保険会社『コスモ・ダイレクト社』の見解によれば、筋繊維量はあるもののトオルの脳と実際の運動における情報伝達に誤差が生じ、運動能力に筋力回復が追いついてないというのだ。

「そこでじゃ、トオルよ。取っておきの妙案を思いついたのじゃが?」

「みょうあん?」

 傘の下で、トオルは重い鞄を担ぎ直して眉をひそめた。

「うむ。筋トレに相応しい惑星があるのじゃが、リハビリとして今週末にわらわとその星へ出掛けてはみぬか?」

 きっと地球を始めとする星々のことを言っているのだろう。

「行くっ!」

 迷わず即答した。何しろ他の惑星を目にすることができる上に、基礎体力が戻るのだから、断る理由などあるはずがない。しかし……

「おいおい。ちょっと待てよ、トオル。地球人が行ったこともない未知の星へ行くのに、なんでそんな簡単に返事ができんだよ。もっと慎重に考えろよ。そもそも俺たち地球人にとって適応出来る星かどうかも分からないんだぞ」

 疑って掛かる長二郎に、保子莉も当然とばかりに頷いた。

「おぬしの意見はもっともじゃ。そんなこともあろうかと、すでに調査済みじゃから安心せい。酸素から水質、土壌形成などは地球とほぼ同じ環境惑星じゃ。まぁ相違点があるとするならば、生命進化と重力だけじゃ」

 もしかして地球に比べて重力が軽いのだろうか。引力に捕らわれず飛び跳ねる自分の姿を想像していると、保子莉が苦笑した。

「それでは筋トレにならんじゃろ。むしろその逆じゃ。その星の周りにはいくつもの衛星が存在しておってな、重力が常に変動しておるのじゃ」

「どういうこと?」とトオルが重い頭を傾げていると、すぐに長二郎が察した。

「つまり、その惑星の重力変動を利用して、トオルの筋トレをおこなおうって魂胆か」

「おぬしにしては察しが早いのぉ」

 すると長二郎はビニール傘を天高く掲げて胸を張った。

「この程度のこと、漫画とアニメで培った知識と想像力を駆使すれば造作もないことだぜぇ」

「二次元知識もたまには役に立つもんじゃな。長二郎の言う通り、その惑星の特徴は重力が軽くなる場所と地球の二倍近くまで重たい場所があるそうじゃ。軽い場所から重い場所へと移動を繰り返し、体を慣らしていけば、自ずと脳と筋力のシンクロ率も上がるのではないか、と言うのがわらわの考えじゃ」

 延河原駅に着き、保子莉は傘を折りたたむと制服についた雨雫をハンカチで払った。

「ちなみにその惑星なのじゃが、この時期、数百年に一度しかお目見えすることのできない絶景が見れるらしく、ゆえに今シーズンを逃すと、凍原と砂漠の狭間をウロウロすることになるのじゃが……」

もう聞くまでもない。

「絶対に行く!」

 期間限定なら、それこそ迷うはずがない。

「正気かよ、トオル。マジで宇宙へ行くつもりなのかよ?」

「もちろんだよ! 早く体力を取り戻したいし、それに地球以外の文明をこの目で見れるチャンスなんだよ!」

 しかも星々を渡り歩いてきた宇宙人ガイドが同行するのだから、不安などあるわけがない。それなのに長二郎はこの世の終わりとばかりに嘆いている。

「もう勝手にしろ。言っておくがな、俺はお前に忠告したかんな。帰って来てから、あぁ、やっぱり行くんじゃなかったとか愚痴をこぼして後悔すんなよ。……って、それ以前に地球に帰ってこれるかも分からねぇかもしれねぇんだぞ」

 たたんだビニール傘を握りしめながら引き止める長二郎に、保子莉がICカードの乗車券を出しながら言う。

「何を言っておる? おぬしも行くんじゃぞ」

「はぁぁあっ?」

 改札を横切る保子莉の背中に向かって、長二郎が大声で叫んだ。

「バカ言ってんじゃねえよ! なんで俺がそんな知らない惑星なんかに行かなきゃなんねぇんだよっ!」

 不参加表明をする長二郎に対し、保子莉が人差し指を口元に立てた。

「馬鹿者、声が大きい! 周りの者に気づかれでもしたらどうする。そもそもおぬしはトオルの親友であろう。親友ならば付き添ってサポートをするのが当然であろう? それとも何か、他の星に行くのが怖いのか? そんなに大きな図体をしていながら小心者なのか?」

「いや、そうじゃねぇけどよぉ……そのぉ、なんだ、えーとぉ……そう! 学校とかどうすんだよ? 日帰りとかそこらの二日程度じゃリハビリにならんだろ?」

 言われてみればその通りだった。行き先が宇宙では日程的に容易なはずがない。

「一週間を予定しておるから大丈夫じゃ。もちろん、その間における周囲の者たちの記憶も随時コントロールするつもりじゃから余計な心配は無用じゃ」

 その用意周到な段取りに、反論の余地を失う長二郎。

「ちなみにクレアたんも一緒なんだろうな?」

「仕事が忙しいらしく、同行予定はないぞ」

「なら俺は行かん! それに俺、深夜アニメ観るし、一週間も録画任せなんかできねぇよ」

 真っ向から拒否する親友に、トオルが一抹の寂しさを覚えていると……

「それは残念じゃのぉ。その惑星にはクレア並みに可愛いおなごたちがいっぱいおるのにのぉ。おぬしを喜ばせようとサプライズとして伏せておいたのじゃが。そうか……ならば、いたし方ないのぉ。いやぁ、まったくもって残念じゃ」

 もったいぶってチラリと長二郎を垣間見る保子莉に、長二郎は難しい顔して腕組みをし始めた。

「クレアたんキャラがいっぱいだと? でもよぉ深夜アニメはどうすりゃいいんだ? いやいや、それ以前に俺はクレアたん一筋なわけであってだなぁ……」

 どうやら親友の頭の中では、幾数人もの長二郎たちが集まって会議を始めたようである。

 やがてホームに電車が到着し、揃って乗車する三人。トオルと保子莉はシートに腰掛け、長二郎は座ることなくつり革を掴んだまま苦悩していた。

「まぁ、返事は今すぐでなくても良いぞ。人生において最初で最後かも知れぬリアルハーレムと深夜アニメを天秤にかけて、ゆっくり考えることじゃな」

 すると長二郎は保子莉を見下ろしながら、神妙な面持ちをして人差し指を立てた。

「ひとつだけ訊きたいことがある」

「なんじゃ?」

「パスポートとかは要らねぇのか?」

「入星審査に必要な物はわらわの方で用意するし、もちろん費用の心配はいらん。なので持っていくとすれば、自分の必要な物だけ持ってくれば良い」

 惑星旅行のわりにはずいぶんお手軽の内容だった。

「出立は金曜の夜じゃから、それまでに返事を聞かせてもらえば良い。トオルもそれまでに旅支度をしておくように。良いな」

 彼女は二人にそう告げると、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「実のところ、今回は仕事抜きの旅行じゃから、わらわも楽しみなんじゃ」

 何の企てもない本音丸出しの言葉に、トオルは苦笑せずにはいられなかった。



 そして出発前日の夜のこと。

 降りしきる雨の中、長二郎が予告なしにトオルの部屋に押し掛けてきた。

「俺も行くことにしたぞ! だからコレを一晩ここに置かせてくれ!」

 ドラム缶サイズほどナイロン製リュックに、トオルは目を丸くした。

「こんな大きいリュック、僕、見たことがないよ」

 長二郎は背負っていた荷物を降ろし、部屋の隅に寄せて言う。

「俺も初めてだ。ネット通販で売っていたから『特急便』で取り寄せたんだ。しかも聞いて驚け。何と、この中に二〇〇リットルの荷物が入るんだぜぇ」

 きっとキャンプ道具やサバイバル道具が詰め込まれているに違いない。流石、やる事に抜かりがないと、トオルが中身を訊ねれば……

「えーと、お気に入りアニメベスト3のブルーレイボックスだろぉ。んで、それを観るためのポータブルデッキとぉ、読み掛けの漫画五〇冊だろぉ。それからやりかけのギャルゲーと24インチ液晶テレビと、予備バッテリーと発電機かな」

 指折り数えてリストアップをする親友。根本的に何かが違うような気がするのだが。

「それって、どうしても必要な物なの?」

「知らない星に行くんだから、心の支えは必要だろ」

「ちなみに着替えは?」

「余裕が無かったから、とりあえず一着分だけは用意した。まぁ、洗濯して使いまわせば何とかなるだろ」

 どうやら衣食住よりも、娯楽が最優先らしい。

「まぁ、荷物はともかく、長二郎と一緒に宇宙に行けるのは、僕としても嬉しいよ」

「そうか? 俺としてはどんな女の子が俺を出迎えてくれるの楽しみなんだが?」

 そこは嘘でもいいから、お前のためだと言って欲しかった。だが夢描くハーレムに水を差すのも悪いと思ったトオルは、それを口に出すことをしなかった。

 地球とは違う外惑星。

 いったい、どんなところなのか。と2人は明け方近くまで話をしていたのだった。

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