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第一章 敷常智花4

「待たせてすまんのぉ」

 丸ちゃぶ台に並べたグラスにオレンジジュースを注いでいると

「アタシのほうこそ押しかけちゃったみたいで、すいませんでした!」

 緊張のせいか、頭を下げた拍子でもってちゃぶ台におでこをぶつけていた。

「赤くなっておるようじゃが、大丈夫か?」

 すると「全然平気です」とおでこをなでる智花。どうやら問題はなさそうだ。

「ならば良いのじゃが。それにしても、智花は若いわりには礼儀正しいのぉ。ちなみに歳はいくつじゃ?」

「はい! 十二歳で、今年、中学生になりました!」

「そうか。しかし中学生ともなれば、そろそろ好きな男子くらいおったりするのではないか?」

 恋愛話でもして、場を和ませようと思っていた保子莉だったが

「同い年の男の子たちは、子供っぽいので恋愛対象にはなりません」

 バッサリと切り捨てられてしまった。

「ま、まぁ、そんなもんじゃろう。わらわも智花くらいの年の頃は男子が幼く見えておったしのぉ」

 とりあえず、智花に共感しておくことにした。

「ところで保子莉お姉さま。ひとつ質問してもいいですか?」

「ひとつと言わず、いくつでも構わんぞ」

 そう言ってオレンジジュースを口にしていると……

「あのぉ、保子莉お姉さまって、もしかしてトオルにぃのカノジョなんですか?」

 唐突な質問に、オレンジジュースが器官に入り、思いっきりむせ返した。

「ケホッ、ケホッ。……まぁ、代理カノジョであることは間違いないがのぉ」

 保子莉はちゃぶ台の上に置いてあったティッシュペーパーを摘まむと、口元を拭った。

「代理カノジョ?」

 不思議そうに小首を傾げる智花を横目に、保子莉はゴミ箱を引き寄せて丸めたティッシュを捨てた。

「いや、こちらの話じゃ。しかし、なぜそのようなことを訊くのじゃ? まさかトオルがそのように吹聴しておったのか?」

 事と次第によっては本人を問い詰めねば。と考えを巡らす保子莉だったが……

「いえ。うちのママが美人ですっごくカワイイ女の子が毎朝、迎えに来るって言ってたんで、もしかしたら保子莉お姉さまのことかな。って思ってたんですけど、やっぱりそうだったんですね」

「いや、そんなことはないとは思うがのぉ」

 同性親からの褒め言葉に、照れまくる保子莉。しかし智花は不満顔をあらわにする。

「それなのにトオルにぃったら、そういう大事なことをアタシに、ちっとも教えてくれないんです。だから今日も寝ているときにスマホ見ようと思ったんですけど……」

「見せてくれなかったのじゃな」

 言い当てた保子莉に、智花が目を丸くした。

「すごぉい! どうしてわかったんですか?」

「わらわに分からぬことなど何ひとつないわ」

 つい先ほどトオルから聞いていた事前情報なのだから当然だった。それを伏せたまま高笑いしていると……

「ところで保子莉お姉さま? この家にはひとりで住んでるんですか?」

 急な話題転換に有頂天という出鼻をくじかれてしまった。

「いや、クレアという同居人と一緒なのじゃが、それがどうかしたのか?」

「そのクレアって人は、どんな人なんですか? さっきもお姉さまの口から、うちのトオルにぃと一緒だと言ってましたけど……」

 面識のない智花にとっては、見知らぬクレアの存在が気になるのは当然のことかもしれない。

「うーん。そうじゃのぉ、一言で言い表すならば、大人のフリをした子供じゃな」と保子莉は呆れ眼で天井を見上げた。



「ヘッ……クチュン!」

 メディカルスーツこと子供用白衣を着用した幼女が、鼻からタレた鼻水をティッシュペーパーで拭った。

「うーん。なんだかぁ良くない噂をされているようなぁ気がしますですぅ」

 移植手術を無事に終え、医療ベッドに横たわる患者を見つめるナースクレア。催眠麻酔により意識は現実から切り離され、安らかに眠っている。あとはトオル本人の意識を覚醒し、身体状況を調べるだけなのだが……しかし、どういうわけかクレアは作業の手を止めたまま一糸纏わぬトオルの全裸を眺めていた。

「んふ♪ ようやく身も心も一緒になれるときがきましたですぅ」

 緩みきった口元からよだれが伝い落ちるその様子は捕らえた獲物を前にした獣に等しいかった。そして被験者の体を撫でたりして裸体鑑賞を満喫すると、今度は診察台の上によじ登り、トオルの体にまたぎ乗った。

「それではぁ、お目覚めの儀式をするですぅ」

 幼女は患者の口元に自分の唇を忍ばせ、トオルの貞操を奪いにかかった。

「いただきまぁすですぅ♪」

 と、そこへ何の脈絡もなく施術室のドアが開き、長二郎が現れた。

「クレアたーん♪ 長二郎だよー……ん?」

 刹那、光の速さで診察台に移動し、ヒョイッと幼女を抱え上げた。

「ダメじゃないか、そんな大人のような真似をして! クレアたんにはまだ早いでしょ!」

 床に降ろされ、不満いっぱいにぷぅっと顔を膨らます幼女。降ろされた弾みでズレたナースキャップが少々マヌケっぽい。

「十八歳なんですからぁ早くありませんですぅ! そもそも長二郎さん。いったい何しにぃ施術室ここにいらっしゃったんですかぁ?」

「もちろん、クレアたんに会いたかったからに決まってんじゃん」

 心を読むまでもない長二郎の本音に、返す言葉もなかった。

「まったくもぉ。それでぇなんでぇ宇宙船に入ってこれたんですかぁ? しかもこの部屋にも難なく入ってこれたようですけれどぉ?」

「それはコイツのおかげだ」

 保子莉から預かった携帯電話を得意げに振って見せる長二郎に、クレアは小さな握りこぶしをプルプル震わせた。

「お嬢さまったらぁ、ハナっからぁ私を信用してなかったんですねぇ」

 信用を得られず悔しがる幼女。その可愛らしい姿を横目に、長二郎は診療台に横たわるトオルを観察する。

「ほぉ、これまた綺麗な体だなぁ。中学ん時に転んだ膝の傷跡も無いし、爪も生まれたての子供のように艶々してやがる」

 するとクレアも大きく頷き……

「なにしろぉ新品のお体ですからぁ当然ですぅ」

「だろうな。男の俺でさえ、思わず触りたくなるくらいスベスベだぜぇ。それでトオルは、いつ目を覚ますんだ?」

「そろそろぉ覚醒するはずなんですけどぉ……一向に目覚める気配がありませんねぇ」

「そりゃ困ったな」と、なぜかほくそ笑んむ二人だった。



「ここはどうだ? 結構、感じるはずなんだが?」

「あーん。長二郎さん、そこはダメですってばぁ……」

 囁く二人の声が耳に入り、同時にくすぐったい感触が足裏から脳神経へと這いずり上がってきた。

「ふひゃひゃひゃひゃ!」

 笑い声を上げ、足を縮めて上半身を跳ね起こせば、なぜか視線の先に見知った顔が並んでいた。

「あぁん、もぉ! 長二郎さぁんが強引に攻めるからぁ、トオルさまが起きちゃったじゃないですかぁ!」

「クレアたんこそ、一点集中でくすぐるからからいけないんだろぉ」

 猫じゃらしのようなモノを手にしている二人。どうやら寝ていることをいいことに、足の裏をくすぐっていたようだ。

「ひ、人の体で遊ばないでよ!」

「遊んでなんかいないぞ。神経がちゃんと繋がっているか試していただけだ」

 白衣を羽織って真面目な顔で術後を語る親友。確か、術式前には長二郎は居合わせていなかったはずなのだが。すると首から聴診器をぶら下げた長二郎がトオルの脇下に猫じゃらしを這わせる。

「ふひゃゃゃ! やめてよ……って、やめろって!」

 エスカレートする親友にマジ切れした。だが長二郎は何食わぬ顔をしてナースクレアに問う。

「この反応だと、特に問題はなさそうだ。ではこれはどうかね、クレアくん?」

 そう言って今度は胸を思いっ切りつねられた。

「痛いって!」

 長二郎の手を叩くトオルを見やりながら、クレアが端末の診断状況を読み上げた。

「はい、痛覚もぉバッチリ正常ですよぉ。長二郎ぉ先生ぇ」

 楽しそうにリアルお医者さんごっこをする二人に、トオルの脳裏に一抹の不安が過ぎった。

 ――まさか、寝ている間に変なことをしたんじゃ

 しかし体のいたるところを見回しても、アニメキャラの刺青などは入ってはいない。

 ――もしかして背中?

 だとすれば最悪だ。と体をよじった瞬間、バランスを崩し、診察台から転げ落ちた。

 ――なんだか体が重い

 お尻を突き上げ、床に這いつくばっていると、幼女が慌ててすっ飛んできた。

「大丈夫ですかぁ、トオルさまぁ!」

 ナースクレアの肩を借り、鉛のような重い体を起こしていると……

「トオル。お前、クックックッ……ケツにアザできてるぜぇ」

「えっ、ウソぉ!」

 首を捻って自分のお尻を見る。……がしかし、どんなに身を捩ってもアザが確認できない。するとクレアがトオルのお尻を撮影し、嬉しそうに画面を見せる。

「可愛らしい蒙古斑ですねぇ」

 手のひらサイズの青紫色のアザ。しかも、お尻の割れ目を中心としたハート型。そのくっきりと浮かぶ模様に、トオルは白衣の親友を睨んだ。

「人が寝ているのをいいことに、なんてことをするんだよ!」

 まさかこんな手の込んだ落書きをされるとは思いもしなかった。

「俺、なんもやってねぇよ! 俺だってやっていいことと、悪いことの分別はできるぞ」

 無罪を主張する長二郎。だとすると、これはいったいなんなのか。するとナースクレアが端末をいじりながら言う。

「長二郎さんは何もしてませんですよぉ」と擁護し……

「遺伝子における培養過程においてぇ蒙古斑はそんなに珍しいことじゃぁありませんですしぃ、そのうちぃ、消えますからぁ、安心してくださいなぁ」

 人の顔も見ず、端末いじりに集中している幼女。こっそりと背後から端末画面を覗き込めば、撮影したばかりの写真に宇宙文字らしきものを書き加えていた。

「何、書いているの? もしかして会社に報告でもするの?」

 すると幼女は顔をニヤつかせたまま……

「これは私の個人的な日記としてぇ保存しておくだけですからぁご安心くださいなぁ」

 事務的に処理するならばともかく、自己の欲求を満たすだけの目的だったとは。

「そんな恥ずかしい写真、今すぐ消してよ!」

「イヤですぅ! だいたい誰かに見せるわけじゃないんですからぁ、恥ずかしくないですぅ!」

「それでも僕は嫌なんだよ!」

 端末を奪おうと幼女に飛びかかった。……が、新しい体は想像以上に動きが鈍く、あっさり幼女にかわされた。それでも諦めることなく診療台の周りをグルグルと執拗に追いかけ続けていると、クレアが長二郎の背中に隠れて眉を吊り上げた。

「もぉ! しつこいですぅ! いい加減やめてくださぁいぃ!」

「そうだぞ、トオル。子供相手に大人げないぞぉ」

「そうですよぉ! 大人げないないですぅ!」と、強力な味方を従えて威張るクレア。トオルより三つも年上のくせに、こういうときは、なぜか子供で主張するのは反則だと思った。

「じゃあ、嫌がっている僕の立場はどうなるのさ!」

「その程度のこと、男なら黙って泣き寝入りするに決まってんだろ!」

 トオルの主張を否定する長二郎に「本当に僕の親友なのか?」と、耳を疑わざるえなかった。

「とりあえず服を着ろ。裸のままだと見ているコッチの方が恥ずかしいぞ」

 言われるまでもなく、トオルは診療台脇にたたまれた服に袖を通した。

「それでぇトオルさまぁ、お体のサイズはどうですかぁ?」

 屈伸させた肘や膝とフィットする服。どうやら体の大きさに関しては問題ないようだ。しかし気になる点もなくはない。

「気のせいか、肌がチクチクして痛いんだけど」

「きっとお洋服の繊維が皮膚を刺激しているんだと思いますですよぉ。培養過程でなんの刺激も受けずに再生されたお体ですからぁ、皮膚に耐性が備わってなくぅ、赤ちゃんのようにデリケートなんですよぉ。被れることもあるでしょうけどぉ、しばらく様子をみましょぉ。ちなみにぃ内臓の方は免疫コーティングしてありますのでぇ、最初からぁ過激な刺激物をお口にしない限りぃ問題はないと思いますのでぇご安心くださいなぁ」

 今夜の夕食に激辛カレーなどが出てこないことを願うしかなかった。

「それでは早速ぅ、地球に戻ってぇ、お嬢さまに新しいお体を見せにいきましょうですぅ」

 と、幼女に手を引かれた途端、足が縺れ、前のめりにスッ転んだ。

「イタタタ……。クレア、そんな力強く引っ張らないでよ」

「ごめんなさいですぅ。怪我とかないですかぁ? でもぉ私ぃ、そんなに強く引っ張ってないですよぉ?」

 指を咥えてシュンと落ち込む幼女に、トオルの胸がチクリと痛んだ。

「あ、いや……ゴメン。きっと、この新しい体にまだ慣れていない僕のせいだから、そんなに気にしないで」

「じゃあ、ゆっくり歩いて帰りましょうね」

 トオルに合わせ、腫れものを扱うように新しい体を支えるクレア。その付き添う様子は、さながら病人の介護そのものだった。

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