第五章 決死のスカイダイブ3
「まったく、あのちっこいのがむやみやたらに撃つもんじゃから、制御パネルがメチャクチャじゃわい」
そう呟きながら通路を歩く猫娘。操縦系統の復旧を試みようと、操縦室に戻ってはみたものの、想像以上の破損状況にまったく手がつけられなかった。
「まぁ、仕方あるまい」と潔く諦めて格納庫に戻ってみれば、開け放たれているハッチから下界を見下ろすジャゲの姿が。
「何じゃ、身投げでもするのか? まぁ止めはせんが、地上の者まで巻き込んで迷惑をかけるでないぞ」
するとジャゲが恨めしそうにギョロリと目をひん剥いた。
「投身自殺なんかするかぁん、ボケがぁぁぁん! そもそも迷惑なのはお前のほうだぁん! お前と出くわしてからロクなことがねぇん!」
「その言葉、そっくり貴様にお返してくれるわ」
と睨みを効かす猫娘。それでもジャゲは怯みもせずに愚痴を続ける。
「なんでぇん、俺様がお前のような猫に振り回されなければならんのだぁん? おかげで俺様の人生は滅茶苦茶だぁん!」
「貴様のほうが遥かに滅茶苦茶じゃわい。まぁ、そうまで言うならば、このわらわ自ら引導を渡してやっても良いぞ」
冷厳な目を向ける猫娘に、ジャゲが本能的に慄いた。
「な、何を考えてやがるぅん?」
「知れたことよ。その性根の腐った人生を終わらせるのじゃ。それで貴様もスッキリするじゃろうてッ!」
刹那、猫娘はジャゲの首元目掛けてラリアートを食らわし、その勢いでもってジャゲもろとも船外へと跳んだ。
「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいんっ!」
高度三〇〇〇メートルからのダイブに、背面体制のまま絶叫を上げるジャゲ。その首根っこを羽交い締めしたまま猫娘が叫んだ。
「この高さじゃ! 地上に落ちるまでの間、今までやってきた己の悪行を懺悔するが良い!」
「アホかぁぁぁぁぁぁぁあん! 何様だぁぁん、てめえんはぁぁん! 離せぇぇえん! 離さんかぁぁあん!」
「冥府まで迷わず行けるよう、このわらわが見届けてやるから遠慮するでない!」
引き裂くような冷気に身を委ね、地上を見下ろす猫娘。一方、ジャゲは助からないことを悟ったのか、涎に濡れた触手を風に靡かせていた。
「ほれ、人生最後に見る風景じゃ! 冥土の土産にしっかりと眼に焼き付けておけ!」
猫娘はそう言ってジャゲを地上面にひっくり返した。その反転行為にジャゲが目をつむって泣き叫ぶ。
「やめろぉぉおん! 死ぬ間際までそんなことを言えるお前は悪魔かぁぁぁあん!」
「貴様のような悪党はこれくらいしておかないと、来世でも同じことをしでかさないのでなっ!」
猫娘の指が、閉じたジャゲの瞼を無理矢理こじ開けた。
「わらわのせっかくの行為をムダにするでないっ! 遠慮などせんで目を開けんかいっ!」
「やめろぉぉぉぉおん! 死ぬ時くらいは俺様の好きにさせろ……ぉん」
死に対しての恐怖からなのか、ジャゲが白目をむいて気絶した。
「このくらいで失神するとは、だらしないヤツじゃのぉ」
そして息を飲み
「間に合うと良いのじゃが」
と、凍てつく大気に身を任せる猫娘だった。
――また高度が下がってる
目を凝らして空を振り仰げば、星粒くらいだったはずの宇宙船がハッキリ分かるほどまで高度を下げていた。
――予想してたよりも落ちるのが早い
浮力を保つ推進力が低下したのか、それとも目の錯覚なのか。いずれにしても墜落するまでの時間は限られていた。
――このままだと保子莉さんが死んでしまう
ヤスリで擦られるような乾いた痛みが、胸中でざわめく。智花に委ねたはずの救援や、救助活動が行われる気配は、いまだもってないのだ。
――ダメだ……待っていられない!
居ても立ってもいられず、トオルはライドマシンを加速させた。目指すは上空を漂うスペースクルーザー。
――僕が助けるしかない!
安易な考えの末、向かった先はトオルたちが連泊していた観光客御用達のホテルだった。標高二〇〇〇メートルから高いものでは四〇〇〇メートル級のコロセウム・キャニオン。その山頂には浮遊島もあるのだ。見れば、宇宙船は浮遊島の間近を飛んでいる。
――船に取り付くにはあの場所しかない!
山の麓に辿り着き、くり抜かれたホテルの玄関前から今一度、頭上を見上げた。
「もうあんなところまで」
さらに高度を落としていた銀色の宇宙船。もうなりふり構ってなどいられなかった。トオルはライドマシンのリアクターエンジンを吹かすと、威勢任せにホテル内に飛び込んだ。
「くそっ! くそっ! くそぉぉぉっ! どけっ! どけっ! どいてくれぇぇっ!」
突然施設内に現れたライドマシンに、エントランスホールでくつろいでいた宇宙人たちが悲鳴をあげて逃げ惑っていく。ハンドル操作をひとつ間違えれば引きかねない状況。それでもトオルは懸命にハンドルを操り、マシンごと転移エレベーターに飛び込むと、階層パネルを操作した。
指定階数は浮遊島。
次の瞬間、目的階数に到着していた。同時にトオルはバックギアに入れてマシンを後退させた。
ヒゥゥゥゥウン!
視界に広がるタルタル星の地平線を掠め見ながら、浮遊島の大地へと躍り出る。そして全天を振り仰いで銀色のスペースクルーザーを探す。
「どこだ? 保子莉さんは、いったいどこを飛んでいるんだ!」
吹き荒れる冷気と、突き刺すような耳鳴りの痛みがトオルを苛立たせた。
「いない? いや、そんなはずはないだろ!」
必死だった。しかし、どこを見渡しても該当する宇宙船は見当たらない。当てが外れたのか。しかし太陽の位置から考えるに、この方角で間違いはないはず。
「まさかっ!」と、トオルはライドマシンを浮遊島の淵まで寄せて眼下に視線を走らせた。
「いたっ!」
その距離、わずか数十メートル。
陽光を反射させる銀色の宇宙船は、飛行船のようにゆっくり静かに沈んでいた。
――どうすれば、いいんだ?
ライドマシンで船の上面に飛び乗るべきなのか。考えるまでもない。そのつもりで浮遊島まで上がってきたのだ。だが船と接触したまではいいものの、いったいどうやって保子莉とコンタクトを取れば良いのだろうか。宇宙船の船尾下にある格納庫に入るとしても、その形状からして成功する確率は極めて低い。
しかも最初で最後の一発勝負。
二度目にチャレンジしようと再び浮遊島に上がった頃には、宇宙船と地上の差はほとんどないと言っていいだろう。と、救出手段を考察していたその時だった。後方ハッチから地上に向かって何者かが飛び出した。
「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいん!」
宙を舞う猫娘とジャゲ。しかも驚いたことに二人とも救命具など一切身につけていない生身だった。
――なんで、なんでそうなるんだよ!
生存する選択の余地がなく、彼女に死を選ばせてしまったのだろうか。
――どうする? どうする? どうするんだよっ!
保子莉を助けたい。それがためだけに、自分は浮遊島まで上がってきたのだ。ならばやることはひとつ。トオルはリアクターエンジンを唸らせると、落下防止の柵を突き破り、保子莉を追うように地上へとダイブした。
――クソッ! クソッ! クソぉぉぉぉぉッ!
決死のスカイダイビング。
一度目の体験でその感覚を得ていたが、その恐怖は何度やっても心臓を縮こませるものだった。保子莉たちの降下速度を見極めたトオルはライドマシンの鼻先を真下へと向けた。空気抵抗を減らしての急降下。前傾姿勢を保ったまま猛スピードで猫娘の背中を追いかけ、そしてついに
「保子莉さんっ!」
彼女の真横を掠め、同時にマシンの姿勢を平行に戻し、空気抵抗を稼いで降下速度を落とす。
「ト、トオルッ! どうしてこんなところに!」
頭上から降ってきたトオルの姿に、保子莉が猫目を見開いていた。
「って、おぬし! 智花はどうしたのじゃ! 智花がおらぬではないか! まさか、落ちたのか! 落としたのかっ!」
怒りと驚きが入り混じる声。しかし今は一刻も早くライドマシンに乗って欲しいかった。
「そんなことより、早く後ろに乗れって!」
らしからぬ命令口調に、保子莉は猫目をパチクリさせながら手繰り寄せるようにライドマシンに捕まり、気絶したジャゲの首根っこを掴んだまま後部シートに跨った。
「おぬし、地上に降りたのではなかったのか? 智花はどうした? まさか落ちていくのを、見てるだけで見殺しにしたのではあるまいな!」
耳元で錯乱する保子莉に、トオルも負けじと怒鳴り返した。
「そんなことするはずないだろ! ちゃんと地上に降ろしてきたよ! それよりも、この後どうするのさ!」
「はぁ? 何を言っておるのじゃ?」
風音に遮られ、上手く伝わっていないようだった。
「だから、どうやって降りればいいのか聞いてんだよ! これは三人だと重量オーバーなんだろ!」
「そうじゃ! って、まさかおぬし、それを知っていながらわらわを助けに来たのか? 呆れたヤツじゃのぉ」
迫る大地を目の前にして、トオルは苛立ち紛れに言葉を突き返した。
「命懸けで飛び降りて来たのに、何だよ、その言い草は!」
――しまった、言いすぎたっ!
きっと後ろで不貞腐れ……いやもしかしたら尻尾を立てて鬼のような顔をして睨んでいるかもしれない。そんなつもりじゃなかったんだ。……と、言い訳を考えていると、トオルの首に保子莉の細腕が絡みついた。
――絞め殺されるッ!
だが予想に反し、暖かい吐息が耳に触れた。
「わらわのために命を投げ捨てるとは、何とも嬉しいことをしてくれる男じゃわい」
甘い声音と共にクスッと笑う保子莉。
「こんな時に何、わけのわからないことを言ってるのさ!」
すると保子莉が耳元でため息を吐いた。
「ふぅ、急につまらん男になりおったわい。まぁ良い。どれ、わらわにハンドルを貸してみよ」
保子莉は一旦、マシンから離れ、泳ぐように空中へと浮き上がり、トオルもシート伝いに後ろへと下がる。そして保子莉が屍同然のジャゲをトオルに委ね、前のシートへと着地した。
「それで、どうやって地上に降りるのさ?」
定員通りの二人なら問題ないが、三人では軟着陸どころか地上に激突することは免れない。
「心配せずとも良い。後はわらわに任せておけ」
保子莉はそう言って、耐ショックパンツの後ろポケットに左手を伸ばし、携帯電話を取り出した。
「あー、クレアか。今しがたトオルとライドマシンが加わったからのぉ。上手く拾ってくれ」
用件を伝え終えた保子莉はパタンと携帯のフリップを閉じた。
「と、言うわけじゃ」
振り返る彼女のドヤ顔に、トオルは全てを把握した。こうなることを事前に予測し、携帯を使ってクレアに救助要請していたのだ。
「いつの間にそんな段取りを」
「おぬしらを降ろして、しばらくしてからかのぉ。操縦室の無線で管制塔に連絡しようと思ったのじゃが、壊れておってのぉ、ゆえに携帯電話を使ってクレアに救援要請を求めたまでじゃ」
ごく当たり前の連絡手段に、空いた口がふさがらなかった。
「ちなみにこやつも同じことを考えておったようじゃが、人望が薄いせいか、頼れる者が誰ひとりいなかったようじゃ」
保子莉は、トオルの掴む誘拐犯を垣間見てフンッと鼻を鳴らす。
だが彼女は言っていた。
『トオル、智花……生き延びるのじゃぞ』と。
「じゃあ、あの時、保子莉さんが言ったことは最初から嘘だったのかよっ! 智花だって泣いてたんだぞっ!」
何しろ目の前の彼女が残した言葉は、紛れもなく『今生の別れ』そのものだったのだ。すると保子莉が猫耳を垂らして言う。
「心配をかけてすまんかった。ただ……」
「ただ?」
「ただ、どうしてもこの悪党に一矢報いたかったのでな。そのために、こやつの前で助かる道を絶つ演技をせざる得なかったのじゃ」
つまり最初から死ぬ気はなかったということらしい。
「敵を騙すにはまず味方からと言うじゃろ。多少オーバーではあったが、見事なまでにこやつは取り乱しておったわい」
「しかし、何も飛び降りなくても良かったんじゃ」
「普通ならばな。しかし性根の腐ったこやつを死の淵まで追い込まんことには、わらわの気が収まらなくてのぉ。道連れ同然に飛び降りたまでじゃ」
平然と言ってのける保子莉に、トオルは震撼した。とは言え、騙された立場としては笑って済まされることではなかった。何しろ保子莉を助けようと、決死の覚悟で浮遊島から飛び降りたのだから。
「そうだとしても、もう少し何か別の方法があったはずじゃないか! 今はこうやって僕と話をすることができているから良いけど、一歩、間違えば死んでもおかしくないんだぞ!」
「そうじゃな。おぬしの言うとおりじゃな。これからは良く考えてから行動することにする」
そう言って彼女はハンドルから両手を離して半身を捩ると、トオルの頬にキスをした。
「っ!」
柔らかく暖かい唇の感触に、トオルが顔を真っ赤にして惚けていると
「これは心配をかけさせてしまった、お詫びじゃ」
クルッと背中を向けてハンドルを握り直す猫娘。他愛もないキス。だが……
――もしかして保子莉さんは僕のことが好きなのだろうか?
と、彼女の胸中が気になり始めるトオル。
――確かに保子莉さんは可愛いし美人だ。それにいつだって僕を第一に考えてくれる
だけどそれだけ? と、斜め後ろから彼女の表情を伺おうとしたときだった。突如、眼下に滑り込んできた銀色の物体に、保子莉が歓喜の声を張り上げた。
「おおっ! 待ちくたびれたぞ、クレア!」
上空で漂う制御不能のスペースクルーザーとは異なる小型船。察するに、どうやらクレアが用意した救助艇のようだ。せり上がるようにして近づくその船に、保子莉も慎重にアクセル操作を繰り返し、ゆっくりと救助艇の上甲板に着地する。
「すべて予定通りじゃな」
得意顔で鼻を鳴らす保子莉。甲板から眼下を見れば、街並みや道路が認識できる高度まで下がっていた。もし救助艇が現れることなく、ライドマシンだけだったならば、息を整える暇もないまま即死していただろう。
――考えただけでもゾッとする
ジャゲを抱えたまま、悲惨な結末を想像していると、甲板上に丸いハッチが開き、チアリーダー姿の幼女が飛び出してきた。
「お嬢さまぁ! トオルさまぁ! ご無事ですかぁ?」
「あぁ、ご覧のとおりじゃ」
するとクレアに続いて、智花もハッチから這い出てきた。
「トオルにぃ! やったね!」
満面な笑顔を向ける妹に、親指を立てて応えた。保子莉の段取りにより、何も出来なかったとは言え、勇気ある決断をして行動に移したのだ。トオルにとって、それだけで充分だった。
――これで全てが終わった
上空を見上げれば、コントロールを失った宇宙船が曳船の牽引ビームによって曳航されようとしていた。
やがて救助艇が駐機場へと着陸し、ライドマシンでもって甲板上から降りるトオルたち。……が、地面に足をつけた途端、トオルはヘナヘナとその場に座り込んでしまった。緊張の連続だったからか、張り詰めていた気持ちが一気にが途切れてしまったようだ。
「大丈夫か、トオル?」
「うん。ちょっと腰が抜けちゃったよ」
我ながらだらしないと思っていると、保子莉の横で智花が笑っていた。
「みっともないなぁ。ところでトオルにぃ。バイクで助けに行っちゃたけどさぁ、そんなにアタシのことが信じられなかったの?」
兄が無事であることよりも、自分に信用が無かったことが不満のようだ。
「信じていたさ。だから、こうして一緒にいられるんだろ」
どういう経緯でクレアと救助艇に搭乗したのかは定かでは無いものの、きっとそこに至るまで必死になってレース会場を駆けずり回ったに違いない。そんなことを想像して妹の働きを労うと、智花はVサインを向けてニッと笑った。不思議とそれがたまらなく可笑しく、トオルは声を出して笑ってしまった。
「とりあえず、気分が落ち着くまでここで休んでおると良い」
兄妹二人をその場に残し、クレアと共に海賊たちのもとへと向かう保子莉。救助艇の船尾下で袋叩きされているジャゲを横目に、海賊頭首であるディアとの交渉が始まった。医務室で治療を受けているエテルカの代行者としてクレアが保子莉とギンツォにディアの言葉を伝えている。詳しい内容は遠くて判然としないものの、彼女とディアのやり取りからして勝負は保子莉の無条件勝利となったようだ。
その和解の様子を見届け、トオルは空を見上げた。抜けるような青空だった。それが、やり遂げた充実感によるものなのか、それとも満足感から得られる景色なのか。いずれにしても、この星の空の色は一生忘れることはないだろう。同時に故郷の青空を懐かしく思った。
――夏は、まだ先かな
きっと今も、まだ晴れぬ梅雨空に満たされているに違いない。だが夏はすぐそこまで来ているはず。それを思うと、居ても立ってもいられなくなった。
「智花。地球に帰ろうか?」
「うん!」と元気に頷く妹に、トオルも砂埃まみれの顔で笑った。





