第五章 決死のスカイダイブ2
――確か、この辺りの角を曲がってきたはずなんだけど
特徴のない白壁に囲まれ、格納庫への戻る道順が分らなくなってしまった。指標も目印も無い船内。闇雲に動いて道順を間違えれば、それこそ脱出できる確率が減るだろう。
――どっちに行けばいい?
判断に迷ってT字路で立ち往生していると、智花が不安な面持ちをして手を握りしめてきた。
「トオルにぃ……」
「大丈夫、僕に任せて」
そして左側へと一歩足を踏み出した時だった。
「トオル! 右じゃ! そこを右に曲がれ!」
背中越しから響く声。振り向けば、走る猫娘と、距離をおくようにして誘拐犯がついてきていた。
――なんで、あいつらまでが?
確か保子莉が足留めをしていたはず。だがそれは、いつまでも宇宙船に留まっていられるほど時間に猶予が無いことを意味していた。
――急がなきゃ!
憎々しげにジャゲたちを睨みつつ、トオルは智花の手を引いて保子莉と併走した。
「この先にある脱出ポッドに乗って脱出するぞ!」
その指示に従い、脱出ポッドが設置されている区画に辿り着くと、保子莉がコントロールパネルに飛びついて指を弾く。あとは彼女次第。トオルは妹の手を握り締め、壁からせり出している4基の搭乗ハッチを見つめていた。だが、いつまで経っても脱出ポッドのハッチは開かなかった。
「なせじゃ? なぜ動かんのじゃ!」
苛立ち露わに両拳をパネルに打ちつけ、整列しているポッドのハッチを蹴飛ばす猫娘。すると通路脇で身を隠していたジャゲとビヂャが見かねて区画内に飛び込んできた。
「のじゃ猫、何をモタモタしてるちゃん!」
「早くぅん、ここから逃げるだぁん!」
我先にとばかりに脱出ポッドの搭乗口に飛びつく二人。
「のじゃ猫! 早く開けろちゃん!」
「そうだぁん! さも無いとぉん、全員あの世行きだぁん!」
泡食って取り乱す誘拐犯たちに、トオルたちは眉をしかめた。
「ほとほと貴様らは身勝手な連中じゃな。言っておくが、そのちっこいのが壊した操縦室の影響で、ここの制御は完全に死んでおるぞ」
諦め顔を見せる猫娘に、ジャゲが目玉をギョロつかせて触手を掻き回した。
「だったら何とかしろぉぉん!」
その自分本位な言い草に、保子莉がジャゲを憐れみた。
「死に際こそ本性を現すと言うが、貴様たちほど本質が変わらないのも珍しいわい」
「うるせぇん! 今は、お前の説教を聞いている暇などないんだぁん!」
ジャゲは猫娘を突き飛ばし、制御の効かなくなったコントロールパネルを弄り始めた。
「こんなところでぇん死ねるかぁぁん!」
「まぁ、その点、ワシは自力で空を飛べるからお気楽ちゃん」
「この裏切り者ぉん! お前だけぇん、生き延びるつもりかぁん!」
誘拐犯たちの醜いやり取り。とてもじゃないが、見るに堪えられなかった。
「どこまで腐ってるんだ、この宇宙人たちは……」
「放っておけ。それよりもトオルよ。格納庫へ戻るぞ」
そう囁いて駆け出す猫娘に、トオルたちも遅れをとるまいと走った。
「保子莉さん、もしかしてライドマシンで脱出するつもりなの?」
「そうじゃ!」
的を得た解答に満足げに笑う猫娘。そして格納庫に辿り着くや否や、トオルは開きっ放しの後方ハッチを見てゾッとした。
「こんな状態で宇宙に出てたら、船の酸素が無くなって、僕らみんな窒息してたんじゃないの?」
その疑問に、保子莉は横倒しになっているライドマシンの損傷具合を確かめながら応える。
「安全装置が働いて、自動的に隔壁が下りるようになっておるから、そのような心配はない。それに今から脱出することを考えれば、開いていただけでも、運が良いと考えるべきじゃろう。良し、問題無さそうじゃ」
HUDに浮かび上がった情報を読み取り、ライドマシンのリアクターエンジンを掛ける保子莉。同時に車体がフワリと直立に浮き上がった。
「トオル、おぬしが運転しろ。智花はその後ろじゃ」
彼女の指示に従い、トオルはヘッドギアを装着してライドマシンに搭乗した。しかし当の保子莉はどうするのだろうか。とても一緒に乗って行くといった雰囲気ではないのだが。そんな疑問を代弁するように、後部シートに跨る智花が心細い面持ちをして問う。
「保子莉お姉さまはどうするの?」
保子莉は自分の着ていた耐ショックジャケットの上着を智花に着させ、床に転がっているヘッドギアを拾い上げて智花の頭に被せた。
「今は余計なことは考えんで、自分のことだけを考えておれば良い」
保子莉はそう応え、ハンドルを握るトオルに向き直った。
「トオルよ。ある程度の高さまではエンジンを回し続けよ。それで地上表面が目視で確認できるようになったら、焦らず、アクセルを緩めてゆっくり降りるんじゃぞ。さも無くばコントロールを失って転げ落ちることになるから、くれぐれも慎重にな」
差し迫るタイムリミットに、保子莉は手短に説明すると、ハッチから外界へと視線を移した。
「高度は約四〇〇〇メートルを切ったと言ったところかのぉ。智花、寒いじゃろうが少しの辛抱じゃからな。それまでトオルにしがみ付いておるのじゃぞ。さすれば必ず助かるはずじゃ」
二人だけが脱出できる前提で話を進める彼女に、トオルは目を見開いた。
「ちょ、ちょっと、保子莉さんはいったいどうするつもりなのさ? 僕らと一緒に脱出するんじゃないの?」
「妾の心配などせず、智花と先に地上に戻っておれ」
「そんなことできるわけが……」
と言い掛けた時だった。
「お前らだけでぇん助かろうなんて思うなよぉん! 俺たちもそのオンボロマシンに乗せろぉん!」
格納庫に雪崩れ込むや否や、トオルの跨るライドマシンに飛びかかるジャゲ。だが猫娘に手刀を突きつけられて動きを止めた。
「これは二人乗りじゃ。少しでも重量負荷が掛かれば、浮力を失い、地上への着地は困難じゃ。ゆえに貴様らを乗せる余裕など一片たりともないわ!」
その事実にトオルは耳を疑った。二人以上の搭乗ができないとなると、必然的に誰かが船内にその身を留めなければならないのだ。そのことを知っていた彼女は、鼻っから脱出するつもりなど毛頭もなかったと言うことになる。
――どう言うつもりなんだ、保子莉さん
きっと彼女なりに策を考え、別の脱出方法を知っているに違いない。ただ、それがどのような手段なのか、皆目見当がつかなかった。
そんな中、ビヂャが悠々とハッチの外へと羽ばたいていく。
「じゃあ、ダンナ。ワシは一足先に地上に戻ってるちゃんよ」
「ま、待てぇん!」
制する声を振り切って流れる雲の中へと消えていくビヂャに、ジャゲが膝を折った。
「貴様も不甲斐ない仲間を持ったばかりに憐れよのぉ」
「お前の同情などいらぁん! それよりも早く、そのマシンを俺様によこせぇぇえん!」
身勝手な要求を続けるジャゲに、猫娘が睨みを利かした。
「残念じゃが、それは出来ん相談じゃな」
猫娘はそう言って、足でもってライドマシン外へと押し出した。
「保子莉さんっ!」
「保子莉お姉さまぁぁ!」
船外の吹き荒れる気流に吸い寄せられるライドマシンに、慌てふためくトオルと智花。そしてジャゲが手を伸ばして絶叫する。
「ああああああっ! 唯一の脱出手段がぁぁあん!」
――なんだって?
後ろを振り返れば、保子莉が手を振って叫んでいた。
「トオル! 智花! 必ず生きて地球へ帰るのじゃぞ!」
何かの間違いだと思った。
「そんな……嘘だろ」
「お姉さまぁぁっ!」
呆然とハンドルを握るトオルと、遠ざかる宇宙船に手を伸ばす智花。しかしライドマシンは浮上することなく地上へと降下していく。
「トオルにぃ! 保子莉お姉さまがぁぁあ! 保子莉お姉さまがぁあ!」
「言われなくたって分かってるさっ!」
悲鳴交じりに叫ぶ妹に、トオルはスロットルを回し、ブーストモードを使ってエンジン出力を上げた。高高度で唸るリアクターエンジン。しかしどんなに必死なっても上昇するような兆しはみせない。
――くそっ! どうにかならないのかよ!
やるせない思いでハンドルを握るトオルの背中で、智花が遠退いていく宇宙船を悲し気に見上げていた。
「保子莉お姉さま……」
その沈む声が、トオルを愁嘆させた。
――僕ら兄妹だけが助かっても、意味ないじゃないか
とは言え、宇宙船が地上に落ちるにはまだ余裕があるはず。ならば、それまでに救援要請をすれば良いのでは。
――だけど、誰に助けを求めればいいんだ
これまで幾度となく保子莉に助けられてきた窮地。だが離れ離れとなってしまった今では頼ることもままならず、同時に己の不甲斐なさに歯噛みした。保子莉を助けたい。そんな強い執念が、トオルの思考をフル回転させた。
――今は、僕にできることを最大限に尽くすべきじゃないのか!
そして閃く頼みの綱。
――そうだ! クレアがいるじゃないかっ!
迷うことなく辿りついた結論。もう迷っている暇なんかない。
「智花! しっかり掴まってて!」
薄い大気の中で叫ぶと、智花がトオルの腰にしがみついて言う。
「いったい、どうすんの?」
「クレアに協力してもらう!」
それしか方法はないのだ。と、トオルはライドマシンの鼻先を地上へと向けた。
――一秒でも早く!
体を縛りつけるような凍てつく大気に、ギリリと奥歯を噛みしめた。極度の寒さから手先はかじかみ痺れ、感覚が奪われていく。だが薄着に耐ショックジャケット一枚だけの妹は、もっと寒いはずだ。
「智花! もう少し、もう少しだけ我慢してて!」
激しい風切り音が妨げとなって「うん」と言ったかどうかは聞こえなかった。その代わりに妹の両腕がギュッとトオルの腰を締め付けていた。
目指すはレース会場。
目印となる巨大サンゴ樹を見つけ、そちらにハンドルを切れば、ライドマシンが思い通りの方向へと向きを変えた。きっとアロが施した強化スタビライザーが効いているのだろう。
――これならいける!
やがて地上で動く車両や人影が認識できるほどの高度まで下がると、寒さも和らぎ呼吸も楽になっていく。これで妹の身を案じることもなく運転に集中できる。と、トオルはレース会場に狙いを定めて慎重に降下した。
――焦るな、焦るな。焦らずゆっくりと
ここで墜落などしてしまえば元も子もないのだ。するとトオルの声に応えるように、重力反発の手応えと共に降下スピードが落ち始めた。そして無事に着地するとレース関係者が集うパドックへとハンドルを切った。
「トオルにぃ! 早く早くぅ!」
「言われなくても、分かってるよ!」
兄の両肩に手を乗せて立ち乗りする妹。混雑する人混みをすり抜けながら空を仰ぎみれば、銀色に輝く小さな点が見えた。誰もが気づくことのない微かで儚い存在。まさかそんな宇宙船に保子莉が取り残されているとは誰ひとり思わないだろう。
――くそっ!
言い知れぬ苛立ちが心を急かした。
そして自分たちの活動拠点であるピットガレージに到着した途端、ダリアックの子供たち二人が、揃ってトオルを指差した。
「あっ、ねこみみおねぇちゃんのカレシくん!」
誰にそんなことを吹き込まれたんだ。だが、今はそんなことを訊ねている時ではない。しかし、ピット内を見渡しても頼れる大人が誰一人いない。
「君たち! アロさん、知らない?」
「もしかしてヒゲもじゃのおいちゃん? ううん。しらな~い」
てっきり自分の仕上げたマシンの活躍を観ているものだと思っていたのだが。
「じゃあ、お父さんは?」
「キーくんがおしっこしたいっていうから、いっしょにトイレにいってるよ」
どうやら子供の付き添いで、この場を離れているらしい。
「じゃあクレアは? クレアを知らないかい?」
「クレアちゃん? クレアちゃんなら、さっき、どっかにいっちゃったよ」
「どこに行ったか、知らないかい?」
「ううん、しらない」と口を揃えて首を振る子供たち。
――この大変な時に、みんなしてどこに行っちゃったんだよ
こうしているうちにも、上空では制御を失った宇宙船が刻一刻と墜落へのカウントダウンを刻んでいるのだ。頼みの綱はただひとつ。智花をこの場に残し、戻ってきたダリアックに救助要請をするしかなさそうだ。その旨を妹に伝えると
「任せて!」とマシンから飛び降りる智花。助けてもらった保子莉への恩返しをしたいのだろう。その瞳は使命感に燃えていた。
「それでトオルにぃは、どうするの?」
「僕は船を見失わないように追いかける! だから後のことを頼んだよ!」
「分かった!」と頼もしい返事をする智花だったが……果たして、この判断が正しいのかどうか。いや、そんなことはどうでも良かった。とにかく今は時間が惜しい。トオルはその場に智花を残すと、市街地へとライドマシンを走らせた。





