第五章 決死のスカイダイブ1
「今度は、いったいどこへ連れて行くつもりなの! って、アンタ、人の話を聞いてんの?」
ロープでグルグル巻きにされ、後部座席に放り込まれた智花は光線銃を突きつけるビヂャを横目に、運転席のジャゲに当たり散らした。
「ウヨョョョン! 喚け喚けぇぇえん!」
ジャゲはハンドレバーを巧みに操作し、通行人が行き交う市街地をすり抜けていく。
「どのみちお前はぁん、俺たちの逃亡資金になるんだからぁん、せいぜい今の内、そうやって気が済むまで吠えてろぉん」
「そうちゃん。売り払われた先で調教されてしまえば、好き勝手に騒ぐこともできなくなるちゃんよ」
悪党二人を前にして、智花は泣きたい気持ちを堪えて睨みつけた。
「アンタたちが考えていることなんか、絶対にうまくいきっこないんだから!」
「お前のようなぁん小娘に何が分かるってぇんだぁん? この世はやったもん勝ち、したたもん勝ちだぁん。生き延びるためなら俺様は、なんだってやるぜぇん。まぁ、精々、お前も新しいご主人さまに気に入られるよう媚びることを覚えておくんだなぁん」
「そうちゃんよ。そして金持ちの良いとこへ売られることを祈っておくちゃんよ」
「うっさいっ! バカッ! 死ねっ!」
罵る智花に、ジャゲが笑った。
「ばあぁか! 俺様が死ぬわけねぇだろぉん」
「そうちゃん。ワシらはそう簡単にくたばらんちゃんよ」
アンタたちなんか大っ嫌い。と車窓の外へと視線を反らす智花。そして……
「絶対に、トオルにぃたちが助けに来てくれるんだから」
このまま外宇宙へと連れ出されてしまっては、自力で戻る術がない。
それだけに、智花は絶望の淵から祈るように呟いた。
「この急いでいるときに限って、渋滞とは」
最短距離で駐機場へと向っていた保子莉とトオル。しかし、ごった返す人混みや動かない車列を前にして立ち往生していた。駐機場に隣接する中心街のメインストリート。それだけに人口密度と交通量も多くなっていた。
「保子莉さん、もし智花が駐機場にいなかったらどうするのさ?」
「ディアたちを狙ってミサイルを撃ったのは間違いなくジャゲじゃ。そして会場から逃げ出す際に、スタンド裏で智花と偶然出くわして攫った。と言うのが、わらわの考える筋書きじゃ」
あくまでも智花は人質にすぎない。でも果たして、それだけなのだろうか。
「ただ単に自分たちの身の保証を優先するならば、その程度じゃろう。しかし高飛びをしてクロウディア一派から身を隠すとなると、それなりの逃亡資金が必要となるのは必然。そうなれば、智花はその資金を得るものとして売られる可能性が高いじゃろう」
つまり現在の智花の身柄は、ディアたちに拘束されていたよりも、タチの悪い状況に転んでしまったらしい。
「だ、だったら早く、智花を助け出さないと!」
「そのつもりじゃ!」と保子莉はハンドル中央のスイッチパネルをいじり始めた。
『ブーストモード』
HUDに浮かび上がった銀河標準文字。その項目の制御ゲージを猫娘が指先で跳ね上げた。
「トオルよ。少しばかり無茶をするぞ」
保子莉に言われ、トオルはサイドバーをギュッと握って頷き返した。想像通りならばライドマシンは急加速するはずであり、油断すればあっという間に振り落とされるだろう。
「行くぞ!」
掛け声と同時に垂直に跳ね上がるライドマシン。下からドンッと突き上げをくらう重力変化に、脳みそが胃に落ちたかと思えるほどの衝撃を受けた。高さにして十数メートル。保子莉は隣接する建物の屋根に着地すると、ライドマシンを加速させて屋根伝いを突っ走っていく。
「ほ、保子莉さん! 今、僕たち、空を飛んだよね?」
「ただのジャンプじゃ。流石のアロでも空を自由に飛ばせる機能は装備出来んようじゃったわい」
「でも、こんな風にジャンプできるんだったら、なんでレースの時に使わなかったのさ?」
海賊二人に挟まれ、前後から狙われた窮地。その銃口を思い出しただけでもゾッとする。
「ライドガンナーのレギュレーション上、ブーストの類いは御法度のようじゃったのでな。もし使用して、あやつらに失格宣言でも言い渡されてしまっては、それはそれで腹が立つからのぉ」
あの追い詰められた状況で頑なに使わなかったくらいだ。意地でも相手に弱みを見せたくなかったのだろう。
「見えてきたぞ!」
街中を抜け、眼前に拓けた駐機場に保子莉が声を張り上げる。同時に屋根から道路へと跳ねるように飛び降りると、ゲートをノンストップで突破していく。
「保子莉さん、なんか警備の宇宙人さんが騒いでたけど、もしかして通過審査を受けなきゃいけないんじゃないの?」
後ろを見れば、遥か後方でヘンテコな宇宙人が顔を紫色にして何かを叫んでいた。
「出星するわけでないから問題はない! それよりトオルよ、ジャゲが乗ったと思われる船を探せ!」
「でも、どうやって探せばいいのさ?」
「船の近くに青いライドバンが止まっているとか、発進間際の船とか……とにかく何でも良い! 少しでも様子がおかしい船を見つけたら、すぐに教えろっ!」
広大な駐機場のあちらこちらに点在する宇宙船。ここでジャゲの逃亡を見逃せば、恐らく智花とは今生の別れとなってしまうだろう。すると物騒がしい一隻のスペースクルーザーがトオルの目にとまった。
目測にして約500メートルほどだろうか。乗員たちと思われる宇宙人が船尾下の格納庫ハッチから逃げ惑うように這い出てきている。両手を挙げて駆け出てくる者や腰を抜かしながら転がる者。明らかにただ事ではなかった。そして決定的だったのは、乗り捨てられた青いライドバンの存在だった。
「保子莉さん! あそこ!」
左後方を指差すトオルに、猫の目も目標を捉える。
「でかした、トオル!」
すぐさま保子莉はスペースクルーザーに向けてマシンをバンクさせた。が……
「マズい……あの船、発進直前じゃぞ」
見れば、エンジンから発せらたエネルギー余波により、船底の空間が陽炎のように歪み始めていた。
――せっかく追いついたのに、ここで逃げられるなんて
もうダメだ。とトオルが諦めかけた瞬間
「高飛びなどさせはせぬっ!」
スペースクルーザー目掛けて、ライドマシンが砂塵を上げて加速した。それを知ってか知らずか、目的の船は格納庫を開いたまま、浮上を開始する。
「保子莉さん! もう間に合わないよ!」
「諦めるな! トオル!」
保子莉はスペースクルーザーを睨みつけ、ライドマシンのフロントを持ち上げると、アクセルスロットルを全開にしてブーストモードを作動させた。
「逃すものかっ!」
同時にライドマシンは宙を跳び、スペースクルーザーの格納庫へと滑り込んだ。
ギャリギャリギャリギャリリィッ!
激しい摩擦音と長い火花を床に散らして停止するライドマシン。その反動でトオルはマシンから放り出され、頭から壁に激突した。
「……いたたた」
打ちつけた頭頂部を摩りながら身を起こした。幸いなことにヘッドギアと耐ショックジャケットのおかげで、致命傷を負うことはなかった。
「怪我はないか、トオル?」
見上げればヘッドギアを脱ぎ捨てた保子莉が手を伸ばしていた。どうやら彼女も無傷のようだ。トオルは患部に触れ、出血してないことを確認して頷いた。
「うん、大丈夫だよ」
「ギリギリじゃったのでな、つい強引になってしまった」
「分かってるさ。それより急ごう!」
ヘッドギアを外し、保子莉とともにコックピットへと走り出した。
「そこまでじゃ、ジャゲ!」
「チャ、チャップぅうん?」
突然、操縦室に飛び込んできた猫娘に、星間航路を入力していたジャゲの口触手が激しく絡まった。その足下ではロープで拘束された妹が転がっていた。
「智花っ!」
「トオルにぃ!」
するとジャゲが智花の髪を鷲掴み、強引に立たせた。
「イタイわね! なにすんのよ、バカァっ!」
「うるせぇん! 大人しくしてろぉん!」
「貴様ぁ……」
怒気を発して詰め寄るトオルと保子莉に、ジャゲは腰から下げた銃を取って、智花のこめかみに押し当てた。
「おっと! それ以上、近づくとぉん、こいつの脳みそが頭蓋骨の中でぇん丸焼けになっちまうぜぇん」
最初は誘拐。次にディアたちを狙ってサーキットを炎上させたくらいだ。もし従わなければ、間違いなく智花は殺されるだろう。
「そのままだぁん。そのまま大人しくしてろよぉん」
銃を握りしめて目をギラつかせるジャゲ。それを横目にビヂャが航路入力を続けていた。外界を映し出している半天型外部モニターに目を向ければ、流れる雲の向こう側で地平線が丸みを帯び、あっという間に浮遊島が下へと流れていく。
「ダンナ、ンカレッツア星への座標をセットしたちゃんよ」
「上出来だぁん。じゃあ、次はそこの二人を縛り上げろぉん」
するとビヂャが不貞腐れて言う。
「やれやれ、人使いが荒いちゃんね。そもそも、こいつらを縛ってどうするちゃん?」
「こいつらも俺たちの逃亡資金の足しにするに決まってるじゃんよ!」
「商品価値があるのじゃ猫はともかく、せめてオスの方の血を吸わせろちゃん!」
「今は少しでも金がいるんだぞぉん! 傷モノにはさせんじゃん!」
「少しくらい、いいちゃん! 今日まで報酬なしで働いてる上に、新鮮な生き血を飲んでないから、干からびる寸前ちゃん!」
不満を爆発させ、羽音を気ぜわしく発して飛び回るビヂャを、ジャゲが追い払う。
「うるせぇんー! 一日二日、血が飲めなかったくらいでぇん、ガタガタ騒ぐなぁん!」
言い争いを始めた誘拐犯たち。智花奪回のチャンス。と、隣に目を向ければ示し合わせるように保子莉が小さく頷いた。武器を持つジャゲたちに対抗できるのは、彼女の身体能力と爪だけ。そうなればトオルに出来ることはただひとつ。妹の保護だった。
「しつこいぞぉん!」
ビヂャを追い払うようにジャゲが腕を振った瞬間、保子莉が床を蹴ってジャゲの懐に飛び込んだ。
「こ、このぉん!」と銃を振りかざした時にはすでに遅く、猫娘は伸ばした爪先でジャゲの銃を真っ二つにし、その返しでもって、智花を縛りつけていたロープを切り裂いた。
「な、何ぃぃいんっ?」
悲鳴混じりの奇声を上げて自分の手元を見るジャゲ。同時に猫娘は自由になった智花の背中をトオルの方へと蹴り出し、入れ替わるようにしてジャゲの喉元に手刀を添えた。
「これで形成逆転じゃな」
一瞬の出来事に、誘拐犯たちが面食らっていた。
「さて、このわらわをさんざん振り回してくれたこのお礼、どうしてくれようかのぉ?」
ギロリと睨み据える猫娘に、ジャゲが口の触手を震わせた。
「ほ、ほほ、ほんの軽いお遊びだぁん。だからその危なっかしい爪を引っ込めろぉん!」
その身勝手な言い分に、保子莉が爪先に怒りを灯した。
「お遊びで人質を取ったり、ミサイルを撃ったくらいじゃからのぉ……この爪が貴様の喉元に食い込んだところで文句はあるまい」
二度の誘拐と殺人未遂を重ねたのだ。殺されても文句は言えないだろう。ただ気がかりなのは、保子莉自ら殺人を犯すことだけだった。
止めるるべきか。それとも保子莉の気の済むようにさせるべきなのか。
妹を誘拐した恨みを晴らしたい自身の思いも含め、トオルが葛藤していると、ビヂャが小さな光線銃を保子莉に向けた。
「の、のじゃ猫ぉ! 今すぐダンナを、かか、解放するちゃん!」
「そう言えば、貴様もずいぶん楽しげに、こやつに加担しておったのぉ」
ジロリと睨みつける猫娘に威圧され、ビヂャは慌てて光線銃をトオルたちに向けた。
「ワ、ワシを襲ったら、こいつらの命の保証はないちゃんよ! 分かってるちゃんか?」
小さな銃と言えども、相手を焼き殺すくらいの殺傷能力はあるはずである。それを知りながらも、トオルは両腕を広げて妹を庇った。
自分が傷つくにはいい。だが妹だけは、断じて傷つけさせるわけにはいかなかった。そんな兄の気持ちを知ってか、智花もトオルのジャケットをギュッと掴んでいた。
「ほぉ。どうやら貴様から先に八つ裂きにされたいようじゃのぉ」
不敵に笑って舌舐めずりする猫娘に、ビヂャがブルルッと身を震わせた。
「そ、そんなコケ脅しは通用しないちゃんよ!」
「脅しじゃと? なるほど、貴様にはこれが脅しに見えるのか」
同時にジャゲの喉に鋭い爪先が食い込み、黄緑色の液体が爪に伝っていく。
「のぉ、ジャゲよ。どうじゃ、お遊びで突き刺さる爪の味は?」
顎を上げ、触手を引きつらせながら、声にならない悲鳴をあげるジャゲ。その残忍な行為に、トオルは手のひらでもって智花の視線を遮った。
「ダ、ダンナを人質にしても、むむ、無駄ちゃんよ!」
光線銃をカタカタと震わせるビヂャに、猫娘が手刀を下ろす。
「ふぅ。ならば仕方ない……のぉっ!」
刹那、電光石火の如く吸血宇宙人に猛進する猫娘。予備動作なしで振るわれた爪先に、ビヂャが銃を撃ち放った。
「そんな目くら弾に当たるような、わらわではないわ!」
飛び交う光線をことごとく見切る猫娘に合わせて、銃を左右に振って撃ち続けるビヂャ。だが、それらは猫娘を掠めることすらできず、代わりに操縦室の壁や床を撃ち抜いていく。そして悪いことに、放たれた光線はコントロールパネルを焼き、火花と煙を舞い上がらせた。同時に非常警報が鳴り響き、操縦室のあちらこちらに警告が浮かび上がった。
『制御不能。制御不能』
『本船は航行不能の恐れがあります。乗員は速やかに退船してください。繰り返します。本船は……』
羅列する警告表示と音声案内。トオルはそれらの文字を読み取り、再生体との闘いで体験した火災事故を思い出した。
――まさか、墜落するのか?
出入口を垣間見れば、幸いなことに防壁機能は働いていないらしく開いたままだ。あとは脱出のタイミングだけ。だが……
「トオルにぃ、どうするの?」
兄の腕にしがみついて困惑する妹。自分たちの乗った宇宙船がコントロールを失い、これから墜ちようとしているのだから無理もない。
「智花。大丈夫だから落ち着いて」
そう言って妹の肩を抱いた途端、船が軋むように大きく傾いた。その極めて不安定な状態に、ジャゲが焦りまくるった。
「ビヂャぁん! なんてことをぉん、してくれるんじゃんよぉん!」
「ち、違うちゃん! ワシは悪くないちゃん! 襲ってきたのじゃ猫が悪いちゃんよ!」
ここに至って罪のなすり合いを始める誘拐犯。猫娘はその隙を突いて、ビヂャの手にする光線銃を真っ二つに叩き割った。
「あぁっ! 何てことをしてくれるちゃんよ!」
手元に残ったグリップ部分を見て、ビヂャの目玉が飛び出していた。
「トオル、智花! 脱出するぞっ!」
「行こう、智花!」
妹の手をギュッと握り、操縦室の外へと向かった。
「あっ、大事な人質がぁぁん!」
「ダンナが余計なことを言っているから、逃げられたちゃんよ!」
兄妹を逃がすまいと駈け出すジャゲとビヂャ。……が、猫娘がその行く手を阻んだ。
「どこへ行くつもりじゃ? まだわらわの気は収まってはおらんぞ」
手刀をかざして威圧する猫娘に恐れ、誘拐犯たちは足を止めた。





