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第四章 ライドガンナーレース3

「おい、これも洗っておけ」

 そう言って、汚れた衣類を洗濯場に放り投げる元子分。その折り重なる洗濯物の山を前に、ジャゲが口から生えた触手を震わせた。

「おのれぇん、いい気になりやがってぇん」

 すると外で洗濯物を干し終えたばかりのビチャが洗濯カゴをぶら下げて戻ってきた。

「ダンナぁ……。なんでワシまで、こんなことせにゃならんのちゃん」

「うっせぇぇえん! そんなこと俺が知るかぁん!」

 鼻先で浮遊する小さな吸血宇宙人に、ジャゲが八つ当たりをしていると、見慣れた獣人たちが慌ただしく洗濯場を横切っていく。

「おいおい、聞いたか? なんでもウチのディアさまたちが、ライドガンナーで一位争いしているらしいぜ」

「本当かよ! なら、俺らもディアさまの活躍を観に行かなきゃならんぞ」

 通りすがりの仲間たちの談話に、ジャゲの目つきが険しくなった。

「ディアのやろう。俺様が手に泡を作って雑用仕事をしているときにぃぃん、楽しそうにレースだとぉぉん」

 ウニョウニョと歯軋りならぬ触手軋りするジャゲに、ビチャが訂正する。

「ダンナ、別に連中は楽しそうとかは言ってないちゃんよ」

 するとジャゲは、泡まみれの握り拳をワナワナ振るわせた。

「うっせぇぇん! ライドガンナーに参加している時点でお遊びじゃねぇかぁん! くそぉ……あの小娘どもぉぉ、俺様をコケにしたことを後悔させてやるじゃんよ!」

「で、どうするちゃん?」とビヂャがくたびれた口調で問うと……

「邪魔しに行くに決まってんだろぉん! それ以外に何があるってんだぁん?」

「おおっ! それは面白そうちゃんね。ワシもダンナに着いていくちゃん!」

「おう、来い来い! こんなところでチマチマと洗濯なんかしてられるかってんだぁぁん!」

 ウヨヨヨォンと笑い声を上げるジャゲに、ビヂャが顔をしかめた。

「ダンナ、どうでもいいけど……まずはその被っている汚いパンツを取ったほうがいいちゃんよ」

 しかしジャゲは気にすることもなくビヂャを掴んで無理矢理肩に乗せた。

「これから楽しいことをするんだからぁん、細けぇんことなんかぁん気にするなぁん」

「ダンナはいいかもしれんけど、ワシは気にするちゃん!」

 鼻をつまんで訴えるビヂャに目もくれず、洗濯場を後にするジャゲだった。



 両脇にそびえ立つ崖からの最終コーナーを立ち上がれば、観客スタンドである巨大サンゴ樹が見えてくる。長い長いホームストレート。その一直線に伸びる直線コースに対し、砂塵を巻きあげて加速する二台のライドマシン。

「ディア! そんなポンコツライド相手に、なに手間取ってんだ! 一気にやっちまえっ!」

「猫のネーちゃん! そんな金色ハリボテマシンなんか、ブッ潰してしまえやっ!」

 配当金目当ての賭けレースだけに、観客たちが総立ちで物騒な野次を飛ばしていた。

 同時にコースを挟んだ反対側に目を向ければ……チアリーダーの衣装を着た幼女がピットロードを飛び跳ねていた。

「トオルさまぁぁぁぁあ! 頑張ってくだぁぁぁぁ…………ぃぃ…………」

 猛スピードで突っ走るライドマシン。当然のことながらポンポンを振り回す幼女の姿と声はドップラー効果と共に視界後方へと流れ去っていった。

「保子莉さん! 今のクレアじゃなかった?」

「クーデターツアーの一件が片付いて出星してきたのじゃろ。そんなことよりトオル、わらわと運転を代われ!」

「ぼ、僕が運転するのっ?」

「そうじゃ、選手交代じゃ! おぬしが運転をし、わらわがガンナーを務める!」

 確かに運転はできる。だが問題なのはエンジン出力におけるコントロールだった。アロがチューンナップしたエンジンだ。先日乗ったポンコツライドマシンとは操作感覚も違ってくるだろうし、しかも銃撃戦をかねた実戦となれば、下手くそな運転などできやしないのだが。

「案ずることはない。ダリアックに装備させた走行学習機能がある。今しがたの周回でコース状況とわらわの操縦パターンを記憶させたから、ハンドルを握ってアクセルを回せば自動的にアシストしてくれる!」

 早くハンドルを握れとトオルの右手を引く保子莉。どうやら走ったままで座席のポジションを交代するつもりらしい。だが高速走行中でライダーとガンナーが入れ替わるなど、危険極まりない行為であり、もし落下でもしようものならば、大怪我どころでの騒ぎではない。

「だ、だったら一度、ピットに入ってから交代しようよ」

「そんなことをして順位を下げたら、後続連中の格好の的になるだけじゃ! とりあえず補助運転アシストモードに切り換えるから、後ろから手を伸ばしてハンドルを握れ!」

 保子莉の指示に、トオルが戸惑っていると

「智花を救うのに、何を迷うことがあるのじゃ!」

 ――そうだ、智花と約束したんだ

 ――必ず迎えに行くと

 ――そのためには怖がっている場合じゃない!

 彼女の強い言葉に突き動かされ、トオルは覚悟を決めた。

「保子莉さん、交代しよう!」

「うむ!」

 煽られる強風の中、トオルは前に詰め寄り、保子莉の小さな体を抱え込むようにして両腕を伸ばした。そしてハンドルに手を掛けたその瞬間

「ちょっと待てっ! トオルっ!」

 トオルの手の甲を押さえたまま制する猫娘。どうやらディアたちの妙な動きを察知したらしい。後方を走る金色マシン上で、ディアがウィンチアームを立ち上げ、ウィンチワイヤーの先端を腰のベルトに引っ掛けていた。そして背中に生やした黒い羽を大きく広げ、ガトリング砲を抱えたまま、凧のように大空へと舞い上がったのだ。

「上から狙い撃ちしようという魂胆か……」

 後方上空を振り仰ぎ、睨みを利かす猫娘。しかし、それだけではなかった。ディアに気を取られている隙に金色マシンはなおも加速し、トオルたちを追い越していく。と思いきや、車体をドリフトさせ、クルリと180度反転してトオルたちの行く手を遮ったのだ。

 正面衝突!

 トオル、そして保子莉も咄嗟にハンドルを左に切ろうとしていた。だが回避する必要はなかった。なぜなら金色マシンはオンボロマシンに接触することなく、向かい合わせのまま走り続けていたからだ。

「背走じゃとぉぉぉぉおっ!」

 タイヤの付いた二輪車の常識では到底、真似のできない型破りな走り。それはまるで新幹線の先端連結器を思わせるような光景だった。

「どうです、このスーパーテクニック。貴女に真似ができますか?」

 鼻先で向かい合う二台のライドマシン。まるで金色マシンが保子莉たちのマシンを牽引しているかのような錯覚さえ思えてならない。保子莉の運転技術も凄いが、目の前の相手はさらに上手だった。エテルカは高速バック走法のまま両脚の靴底をハンドルに乗せるとレッグホルスターから二丁のハンドガンを抜き取り、それぞれの銃口をトオルと保子莉に向けた。

「チェックメイト」

 海賊二人の声がハモった。後方上空からはガトリング砲。眼前ではエテルカのハンドガンが睨みを効かしている。文字通りの挟み撃ち。ブレーキを掛けて回避しようものならば、ディアとエテルカは躊躇なく発砲するだろう。

 ――いったい、どうすればいいんだ?

 排除できるリスクは払わなければならない。トオルは身をよじって上空に向けて引き金を引いた。海賊頭首か、もしくは手にしている銃器を落とせればいいのだ。だがしかし、会心の思いで撃ち放ったゴム弾はディアを掠めることはできなかった。

「無駄な抵抗を。それから猫の人、貴女もライドマシンのフロントを持ち上げて、私の弾を防ごうとしても無駄ですよ」

 どうやら保子莉は保子莉で車体をウイリーさせ、車体底面を盾にしようと考えていたらしい。

「見たところ、お二人ともギブアップする気がないようなので、このあたりで終止符を打たせて頂きます」

 ハンドガンをグイッと握りしめるエテルカと、重々しいガトリング砲をジャキッと構えるディア。その進退両難にハンドルを握る猫娘の尻尾が萎えていた。

 ――このまま、ここで終わってしまうのか

 完走すら果たせず終了するレース。その呆気ない幕引きに、トオルは自分の不甲斐なさを悔やんだ。

「すまん、トオル」

 保子莉も項垂れたまま苦悶の呻きを漏らしていた。トオルの手を静かに払い、速度を緩めて降参の意思を示そうとする保子莉。が……

「愛してるよぉ! エテルカぁぁぁ!」

 聞き覚えのある声援が耳をかすめた。過ぎ行く観客スタンドを見れば、投げキッスを振りまく親友の姿が。

「長二郎っ!」

「あやつは、このピンチなときに何をしておるのじゃ!」

 と、そこへ

「チョージロー! 私も愛してますよぉぉぉぉ!」

 両手を振って、去りゆく彼のラブコールに応じるエテルカ。同時に二丁のハンドガンが両手からすっぽ抜けた。

「あっ」

 跳ねるようにコース上に転がり去っていくふたつのハンドガン。そのマヌケな顛末に、トオルと保子莉は一瞬だけ状況を見失い、そして……

「ぷ、ぷ……ぶぁはははははっ! ひ、ひとつのことに気を取られると……ぷぷっ……他が疎かになるとは……ぷっ……まさにクレハ星人の象徴じゃな!」

 猛スピードで駆けるマシンの上で、保子莉は涙を流して笑い続ける。

「お腹が……お腹が……痛すぎる……」

「ぷっ。わ、笑っちゃダメだよ、保子莉さん」

 小刻みに震える保子莉の肩に手をかけて注意するトオルだったか、やはり笑いを抑えることができなかった。

 一方、当人と言えば、犯してしまった自身の失態を恥じていた。顔を真っ赤に染め、歯ぎしりをして二人を睨むものの、その仕草がかえってトオルたちの笑いを誘ったのは言うまでもない。

 ただ、この状況を面白く思わない人物がひとり。言わずと知れた海賊頭首のディアである。金髪を逆立たせ、物騒な砲身をカクカク震わせていた。きっと誰よりも憤慨し、誰よりもやるせなさを感じていたに違いない。その怒りを察知した保子莉は、即座にライドマシンを急加速させ、逃げるように金色マシンの横を駆け抜けた。

「…………エテルカ、ダメな子」

 抑揚のない低い声に、トオルが振り返ればガトリング砲を金色の車両に向けていた。

「ひぃっ! ごめんなさぁぁぃぃ!」

 エテルカは慌てふためきながら、すぐさまマシンを反転させると、トオルたちの追うように逃げ始めた。同時に耳障りな不協和音が鳴り響く。

 ダララララララッ!

 雨あられのように降り注ぐゴム弾の集中砲火を避けながら、保子莉がなおもバカ笑う。

「側近の不祥事のお陰で、ご頭首さまはご立腹じゃのぉ!」

 エテルカの巻き添いを喰っているにもかかわらず、楽しげに笑う猫娘。対してエテルカは言い返せないまま、乱心するディアの攻撃から逃げ惑っていた。だが金色マシンとディアはワイヤーで繋がっており、どんなに速度を上げたところで振り切れることができないでいた。それを知って、保子莉は火に油を注ぐようなことを口にする。

「どうでも良いが、おぬしんとこの、ご頭首さまの腕前は大したことないのぉ! 良くあれでガンナーが務まるのぉ!」

「大きなお世話です! ディアさまがやりたいと譲らないので任せたまでです!」

「まぁ、トドメ直前に銃を放り出すおぬしよりはマシじゃがのぉ」

 そして

「トオル。次の周回で運転交代じゃ! これを機に決着をつけるぞっ!」

「もちろんだよ、保子莉さん!」

 見えてきた勝機にトオルも気合いを入れた。

 長い直線が終わり、第1コーナーに突入する二台のライドマシン。うねるようなコースを巧みに走り抜けながら、保子莉が並走するエテルカに問いかけた。

「ところで、愛しの長二郎さんはどうじゃった? あんなことやこんなことなどしてもらって、夕べはさぞやラブラブな一夜じゃったのじゃろうな?」

「まったくいやらしい人ですね! 何をしようと貴女には関係の無いことです!」

「大アリじゃわい! その部屋の宿泊代を払っておるのはわらわじゃぞ! 存分におぬしらのイチャイチャ話を聞く権利があるわ!」

「そうやって人のプライバシーを侵害しないで頂きたいものですね! 分かりました。だったらその宿泊代、私が払います!」

「いらんわい! むしろ拝聴料として聞かせてもらえれば、そんなモンはした金に過ぎんわ!」

 二人は背後から襲ってくるディアの攻撃を巧みにかわし、カーブに沿って右へ左へとマシンを傾けて突っ走る。その度に保子莉の饒舌もエスカレートし、その内容に連なってディアの攻撃も激しさを増していく。

「……エテルカ……私に隠れてコソコソ逢い引きしてた」

 通信機越しで織りなす乙女たちの会話。

 その際どい内容に海賊頭首が怒るのも無理はなく、しかも口数少ない割りには倫理的に危ない発言とゴム弾を乱射してくるのだからたまったものではない。それでも保子莉はお構いなしで喋り続ける。

「どうせ甘い言葉を囁かれて×××とか×××されたんじゃろ?」

「どうしてそれを! あ、あああ貴女、まま、まさか覗き見をしていたのではないでしょうね?」

「ぶっ! 図星とは恐れいったわい! おぬしら、隣の部屋でそんなことまでしておったのか!」

「……×××とはヘンタイのすること」

 美少女たちの口々から漏れる赤裸々な淫語が、未経験であるトオルの妄想を駆り立てていた。

 ――なんて大胆なことを

 鼻血が出そうな禁断の営みに、トオルは密かに親友を尊敬してしまった。

 そして周回を終え、最終コーナーを抜けたときだった。ディアがウインチロープを辿ってスルスルと金色マシンの後部シートへと降りていく。

「今度は何をするつもりじゃ?」

 警戒する猫娘に、トオルも疑問を抱かずにはいられなかった。絶対に何か仕掛けてくるに違いない。するとディアは足下の外装カバーを剥がし、真鍮色した数珠つなぎの束を取り出すと、ゴム弾のカートリッジと入れ替えるように、ガトリング砲に差し込んだ。

「ま、まさかとは思うが」

「……猫も驚く実弾仕様」

 ディアが装填した弾にトオルは驚いた。火薬で打ち出される弾丸とは異なる形をしているものの、連なる真鍮色のそれは明らかに殺傷能力を持った形をしていた。

 ――冗談じゃない! あんなんで撃たれたら、確実に死ぬじゃないか!

 度が過ぎるルール改変。智花や保子莉の安否よりも、まずは自分たちの命を守るほうが先決だった。命あっての物種。死んでしまっては、智花を救い出すこともできないのだから。

「保子莉さん、逃げよう! こんなムチャクチャなレースを続ける意味がない!」

 迷わず試合放棄を口にするトオルに、流石の保子莉も頷いた。が……

「ディアさまぁぁぁ、やめてください!」

 顔面蒼白で叫ぶエテルカを無視し、ディアが観客席に向かって引き金を引いた。

 ズガガガガガガガガガガガガガガッ!

「逃げてぇぇぇっ! チョージロー!」

 ディアの意に反し、マシンをコース端に寄せ、観客スタンドから距離をとるエテルカだったが、それでもディアの放つ弾丸を遠ざけることはできず、飛び交う実弾に観客たちが悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。

「……エテルカを手篭めにしたヘンタイはどこ?」

 引き金を戻すことなく砲身を振り回すディアに、エテルカは半泣きで訴えた。

「当たったら死んじゃいますからぁ、やめてくださぁぁあい!」

「……海賊だから大丈夫」

 蛮族ゆえ、人を殺めても構わないといったところなのだろうか。金髪美少女が無作為に撃っているところをみると、どうやら本気なのだろう。

 ――こうなるとルール以前の問題だ

 生きるか死ぬか。それが宇宙の大原則なのだと、身をもって悟るトオルだった。

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