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第四章 ライドガンナーレース2

「ふぇ……ふぇ……ぶぇっくしょんっ!」

 スタンド裏の場外車券売場で大きなクシャミをし、周りの宇宙人たちを驚かせる長二郎。中には恐ろしく臆病な宇宙人もいるらしく、咄嗟に銃のようなモノを長二郎に向けていた。

「悪りぃ悪りぃ。ただの生理現象だから、そんな物騒なモンを向けないでくれよ」

 ズズズっと鼻水を啜ってホールドアップする長二郎に、臆病な宇宙人が銃を収めた。

「あぶねぇあぶねぇ。迂闊にクシャミもできやしねぇ」

 そして車券売場で大声を張り上げている胴元宇宙人に目を向けた。

「さぁ! 現在のところ一番人気は飛び入り参加のホズリチームとクロウディアチーム! 賭け率がこの両者に集中してるから、大きく儲けるならオッズの高い前回の優勝者、準優勝者が狙い目だよ!」

 その誘い文句に、オッズ表が掲げられている大きな電光石板を見上げれば……上位二チームに賭けが集中しており、そのあおりを受けた前回の優勝者は陰りをみせていた。

「0-1のオッズは1・15倍で、前回の優勝チームが10・8倍かぁ……」

 長財布に詰まった10万円相当のケピロンプレートを数える長二郎。トオルに返したお金を回収した大事な軍資金。それを元手にトキンへの借金返済を目論んでいたのだが……

「えーと0-1だと……たったの一万五千円の儲けしかないじゃんよ!」

 人気チームに全額を賭けたところで到底、借金完済には及ばなかった。ちなみに借金一括返済に相当するオッズを探せば50倍以上もつけた該当チームがあるのだが……

「お釣りはくるけどよぉ……予選順位がビリじゃ、勝てる見込みなんかねぇしなぁ……」

 長二郎がスマホの電卓を叩いて頭を悩ませていると、背後でざわめく声がした。振り向けば、派手な民族衣装を纏い、周囲に対して手を振りまくトキンの姿があった。

「はいはーい。ゴメンなさいねぇ。って、あら? 誰かと思えばチョーちゃんじゃない」

 再会を喜ぶトキンに対し、長二郎は開き直って言う。

「また会ったな。でも、金ならまだできてないぜ」

 その負け惜しみのこもったアウトローなセリフに……

「あら、こんな美女相手に野暮ったい挨拶ねぇ。わーてるわよ。別に取り立てに来たわけじゃないんだから、そんな怖い顔をしないでよ」

 宥めるトキンに、長二郎が無愛想に訊く。

「俺の嫁たちは、ちゃんと保管されているんだろうな?」

「あのカードのこと? もちろん厳重に管理してあるわよ。何しろ大事な担保だもの、雑に扱ったりしないわよ」

「ホントだろうな? もしラクガキなんかしてみろ、ただじゃ済まさねぇかんな」

 中には入手不可能なレアカードもあるんだかんな。と脅す長二郎に、トキンが色っぽく囁いた。

「ねぇ、知ってる? あの手のモノってね、宇宙では結構レア物扱いなのよ」

 理由を訊けば、純人型をモチーフにした絵画は骨董品らしく、しかも紙媒体に描かれた未開惑星の産物となれば付加価値は相当高いらしい。

「そうでなければ、あなたに大金を融資するわけないでしょ」

 目を細めて微笑むトキンに、長二郎は自慢げに金髪をかき上げた。

「まぁ、俺の選んだ嫁たちだからな、当然だ」

「ホント。あなたの目利きには素晴らしい才能を感じるわ。でも、そんなチョーちゃんでも迷うこともあるのね」

 オッズ表を見上げるトキンに、長二郎が言う。

「親友から借りた金での大博打だからな。負けは絶対に許されねぇんだよ」

「それってもしかして、私から借りた借金返済のためなのかしら? だとしたら、責任感じちゃうなぁ……。そうだ! だったら私と賭けをしましょうよ」

 目を輝かせて話を持ち掛ける彼女に、長二郎は耳を傾けた。

「どんな賭けだよ?」

「簡単なことよ。誰が優勝するかを決めて、そのお金を私に預けてみない? もしそれでチョーちゃんが狙う出場者が優勝したら、借金をチャラにしてあげるし、カードも返却するわ。どう? 悪い話じゃないでしょ」

「確かに、それなら一発逆転できるな。それで、もし外したら?」

「お友達から借りたお金は私のもの。借金もカードもそのままよ」

 その破格な提案に、石板ボードを再確認する長二郎。倍率は小刻みに変動するものの、配当率に大きな変化は見られず、借金一括返済が見込めるような有力候補は現れてはいなかった。そうなると選択肢はひとつ。トキンとサシの勝負をして借金を帳消しにするしかないようだ。

「ちなみに複数選択はアリなのか?」

「だーめ。一台だけに決まってるじゃない」

「だろうなぁ……。オッケー! その条件で手を打とう!」

 すると彼女は嬉しそうに笑って、彼の首に抱きついた。

「チョーちゃん。やっぱ、あんたは思いっ切りのいい男ね。なんだか本気で惚れちゃいそうよ」

 頬にキスをされ、「本気大歓迎!」と高笑いする長二郎。

「それでチョーちゃんは、誰が優勝すると思ってるのかしら?」

「俺の予想では……」

 すでにどのチームに賭けるか決まっていた長二郎は迷うことなく優勝候補を告げ、トオルから借りた全財産を彼女に預けることにした。



 スタート直前。

 トオルはライダー保子莉の頭越しから、振り上げられたスタートフラッグに集中していた。

 負けが許されない真剣勝負。

 ライドマシンの耐久性はアロが保証し、その性能はハンドルを握る猫娘が実証したのだ。残るは狙撃手であるトオルの実力のみ。エアーガンさえ触ったことのない人間が、妹や保子莉のために初めて握った銃。レールガンの原理に近いリアクターバーストでの射出。しかも標的は生きている宇宙人。ゴム弾とは言え、当たれば大怪我を負わせることになるし、また当てられれば痛いどころの騒ぎではない。だが、そんなことに遠慮や迷いなどなかった。

 ――絶対に勝つんだ!

 勝敗次第で保子莉と智花の未来が左右されるだけに、負けや失敗は許されないのだ。同様にハンドルを握る保子莉も同じ心境のようで、着替えた耐ショックジャケットのパンツから伸びた尻尾が落ち着きなく動いていた。

 さっきまでは……

「しまったぁぁぁあっ! 自分に賭けておけば良かった!」

 場外アナウンスのチーム紹介とオッズを耳にして、悔しそうに地団駄を踏んでいたのが、まるで嘘のようだ。その後ろ姿を見て、先日、アロの手伝いをしていた時に教えられたスタートのタイミングや周回における作戦を思い出す。

 スタート直後から他車を一気に引き離し、敵からの攻撃をかわす作戦。そうすれば後は勝手に他車同士が潰し合いを始めるだろう。何しろ、後続に続く参加者たちの狙いは優勝はもちろんのこと、打倒クロウディアなのだ。この辺りの星系一帯を牛耳る海賊クロウディア。このレースにかこつけてディアたちを潰し、のし上がろうとしているらしいのだ。正にドサクサ紛れの下克上。そんな勢力争いに……

 ――巻き添えだけは喰らいたくない

 そんなことを考えていると、装着したヘッドギアの通信機から保子莉の声がした。

「良いか、トオル。昨日も言ったとおり、とにかくわらわの指示があるまでは、何もせずにマシンに掴まっておれ。何しろ先頭じゃからな、後ろの連中さえ振り切ってしまえば、おぬしの手を煩わせることはなくなるはずじゃ」

 ライバルと争うことなく独走を狙う保子莉の作戦に、トオルは前傾姿勢を保ったまま眼前に伸びるコースを睨み据えた。

 ――もう後戻りは出来ない……

 張り詰めた緊張感。サイドグリップのバーを掴む手は汗ばみ、踏ん張る両脚が武者震いしていた。その震えはマシンを通して前の保子莉に振動として伝わっているかもしれない。それを気合いでもって鎮めた瞬間、スタートフラッグが振り下ろされ、同時にライドマシンが急発進した。

「うぐぐぐぐぅ……」

 体ごと後ろに持っていかれそうな強い急進力に、トオルは必死になってライドマシンに食らいついた。するとマシンはわずかに減速の挙動をみせた。保子莉の肩越しから前方をかすめ見れば、直線コースから切り立つ崖の谷間に入り込み、ジェットコースターさながらに、うねるコースを右へ左へと突っ走っていく。練習走行中では広く感じたコース幅。しかし高速走行中の今は、視野が狭まり、恐ろしいほどに細く感じる。ブレーキと併用してアクセルのオンオフを繰り返し、巧みにコーナーを抜ける保子莉。確かに予選一位の腕前は伊達ではなかった。そして首を捻って後続へと目を向ければ、ほとんどのチームが遥か後方を走っていた。

 ――速いっ!

 保子莉の目論見通りのレース展開。幸先の良いスタートになったようだ。が、しかし……

「どうやら口先だけではなさそうじゃ」

 通信機から漏れてきた焦りの声。周囲を見渡せば、金色マシンがピッタリと張りつき追走していた。ハンドルを握るエテルカはほくそ笑み、ガンナーのディアが馬に乗るカウボーイの如く銃器を掲げていた。その厄介な二人組に、トオルは天敵に狙われたかのような恐怖を覚えた。

 ――逃げなきゃ、やられるっ!

 トオルはハンドルを握るライダーの背中に向かって声を張り上げた。

「保子莉さん! 僕のことは気にしないでスピードを上げて!」

「了解じゃ!」

 返事と共にグンッと速度が増した。だが金色マシンも一定の距離を保ったままトオルたちを追従し、ディアがトオルに狙いを定めていた。

「ほほほほほほほっ保子莉さん! ディ、ディアさんが狙ってきてるよ!」

「分かっておる!」

 後方を伺いながらマシンを左右に振る保子莉。だが、それに合わせるようにエテルカの肩越しでディアが銃身を振り、ゴム弾を発射した。

「頭を下げろ!」

 言われるまでもなく反射的に身を屈めた。同時に保子莉はライドマシンをバンクさせ、ギリギリのところでゴム弾を掠めよける。だが息つく暇なく、すぐに二射、三射とゴム弾が撃ち出される。直径0・5センチほどの球体。反重力リアクターの反動で押し出される弾だけに、当たれば大怪我を負わせる凶器となる。

「そう簡単に、わらわを落とせると思うでないわ!」

 それらの攻撃を紙一重の差でかわす保子莉と、サブマシンガンを握り絞めて反撃の機を伺うトオル。だが相手は巧みに動き回って追走してくるため、思うように狙いをつけることができずにいた。そんな一方的な攻防戦を繰り返している中で保子莉が言う。

「今更じゃが、エテルカがライダーでは分が悪過ぎるかもしれんのぉ」

 後方をチラ見して弱音を漏らす彼女とは対照的に、エテルカが不敵の笑みを浮かべていた。相手の心を読むクレハ星人。保子莉の考えを見抜き、なおかつガンナーであるディアの意図を汲み取ってのマシン操縦。その意思の疎通は、通信機でコミュニケーションを取っているトオルたちとは比較にならないほど正確だ。そんな二人の絶妙な連携プレイに、保子莉が大声で嘆いた。

「いたぶるならともかく、いたぶられるのは真っ平ゴメンじゃ!」

 猫の狩猟本能からのストレスなのか、本音がそのまま嘆き声となって通信機から漏れる。いつまでも追われ続け、疲れ果てた末にやられてしまうのは目に見えていた。

 ――こんなとき、僕にも何か特殊能力でもあれば

 などと中二病的な発想が脳裏を過るものの、所詮は非凡な地球人の憧れに過ぎなかった。

 ――このままでは負けてしまう

 するとトオルたちの通信機にエテルカの声が割り込んできた。

「その通りですよ、トオルにぃさん。猫の人も精神的に参っているようですし、さっさと負けを認めてはいかがかでしょう?」

 見下す台詞に前を見れば、無言で肩を震わせる猫娘の背中があった。

「……猫も大したことない」

 ディアの呟きがヘッドギアに伝わった瞬間、保子莉の黒い尻尾がトオルの目の前で蛇のように唸った。

「貴様らぁぁぁあ! 好き放題言いおってからにっ! 目にもの見せてくれるわい!」

 アクセルを戻し、フロントのエアーブレーキを跳ね上げて急減速をする猫娘。予告なしのブレーキングに、トオルは踏ん張ることもできず、前のめりに保子莉の背中にのしかかった。速度を落とし、目障りな金色マシンをやり過ごして背後に回り込もうという魂胆だったのだろう。だがクレハ星人には通用しなかった。なぜならエテルカも寸秒の差で減速し、保子莉たちを下がらせないように真後ろに回り込んだのだ。考えを読み取られてしまい、何もかもが見透かされ、思うように事が運ばない状況下に猫娘が歯噛みした。

「ぐぬぬ……」

 そして、これでもかとリアクターブレーキを掛けてさらなる減速を試みようとすれば、馬に鞭を振るうように銃を連射するディア。そのため保子莉は否応なしにマシンを再び加速せざる得なかった。

「……もう面倒」

 ディアは金色マシンの外装部を引っぺがし、多数の砲身を束ねた銃器を引っ張り出した。

「何じゃ、その物騒なモンはぁぁぁあっ!」

 眼を見開いて驚く猫娘に、エテルカがクスクス笑った。

「ゴム弾仕様のガトリング砲ですけど何か? 秒間八発という残念なスペックですけれど、貴女たち程度の相手なら、これで必要充分かと」

 ただでさえ一方的な銃撃戦なのに、その上、そんなモノまで持ち出されては、たとえ保子莉と言えども一溜まりもない。

「……派手に決める」

 そう言ってディアは立ち上がると、多砲身をトオルたちに向ける。その規格外の銃器にトオルが身震いしていると、保子莉が声を荒げて訴えた。

「レギュレーション違反じゃ! 規定外の銃を使った時点で、おぬしらの負けじゃ! 今すぐリタイアせい!」

 失格を言い渡す猫娘。これでもう争うことなく終わる。と思いきや……

「……私がルールブック。だからリタイアはない」

「そんな、ムチャクチャだ!」

 と嘆き訴えった途端、ガトリング砲が火を噴いた。

「させんわっ!」

 保子莉は加速と同時に斜面を駆け上り、マシンを壁面走行させた。急減速から急加速。そして今度は宙吊り同然の壁走り。天地がひっくり返るような非常識な高速走法に、振り落とされまいとライドマシンにしがみつけば、撃ち出された弾数と同じ数だけの砂柱が追いかけてきた。

「保子莉さぁぁん! あんなの出されちゃったら、もう勝てないよ!」

「弱音を吐くなっ! あれだけ大きな銃じゃ、容易に振り回せるものではないから心配するなっ!」

 迫りくる弾痕に対し、保子莉は即座に降下すると、コースを跨いで再び反対側の崖を駆け登る。

「今じゃ、トオル! 反撃しろ! これだけ車体を大きく振れば、少しは体も捻れて撃ち易くなるじゃろ!」

 壁の頂上付近から見下ろせば、コースに沿って走る金色マシンの全体を捉えることができた。上空から狙い撃ちするには絶好のポジションだ。……が、トオルは真横に傾く車体にしがみつくのが精一杯だった。

「僕には無理だよ!」

 手を離せば落下しそうな不安定な状態の中で、保子莉はコース上から飛んでくるゴム弾を避けながら苦渋する。

「もう良い! 次のホームストレートまでそのまま掴まっておれ!」

 見限る保子莉の指示に、トオルは自身の度胸の無さと身体能力の低さに自己嫌悪した。

「……ご、ごめん。保子莉さん」

「おぬしには別のことをしてもらうから気に病むな!」

「わ、分かったよ」

 この狂気じみたレースが一刻も早く終わることを、トオルは心から願った。

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