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第一章 敷常智花1

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 叫び声を上げて目を開ければ、見覚えのある天井が視界に映った。

 ――なんだ……夢か……

 汗ばんだTシャツと湿ったベッドのシーツ。枕元の置き時計を見れば、午前10時を回っていた。学校が土曜休みなのをいいことに、つい寝過ぎてしまったようだ。

 ――また、一里塚さんが出てきた

 未練の残る潜在意識にため息を吐きながら、脳裏に残る深月の半裸姿を思いだした。

 ――今日のは結構、過激な内容だったなぁ

 時刻は夕暮れ時。場所は学校の屋上だった。そこで何をすることもなくポツンと立っていると、憧れの一里塚深月いちりづかみづきが現れたのだ。しかも、あろうことか下着姿で。

「ねぇ、敷常しきじょうくん。エッチしようよ」

 大胆な申し出にビックリしていると、どこからともなく現れた親友の芝山田長二郎しばやまだちょうじろうに後押しされた。据え膳食わぬはなんとやら。トオルが意気込んで承諾した途端、なぜか体が消えて無くなったのだ。

「私、体が無い人には興味はないの」

 さようならと言い残して、トオルのもとを去っていく深月。そこへ入れ替わるように時雨保子莉しぐれほずりが登場し……

「わらわというカノジョがおりながら、深月の色香に惑わされおって!」

 頭部だけとなってしまったトオルを蔑む猫娘に、嫉妬する幼女クレハ・クリス・クレアも加わり「トオルさまのぉバカぁ!」と空高く放り出されたのだ。ニュートンの法則上、地へと落下するトオル。当然、重力に逆らうこともできず地上目掛けて落ちていく。眼前迫る学校のグラウンドに、トオルは叫ぶことしかできず、天国から一気に地獄へと突き落とされたのだった。

 ――嫌な夢だ……

 告白したのは5月のこと。

『今は恋人を作る気はないの』

 勇気をふりしぼって告白し、彼女から返ってきた言葉。

 そして今は6月の一週目。だいぶ時間が経っているにも関わらず、心のどこかで未練を引きずっている情けないメンタルに、涙が出そうだった。

 ――とりあえず、起きなきゃ

 冴えない脳みそでもって義体の上半身を起こせば……寝汗に負けず、ねっとりした妹の視線があった。

「と、智花! ぼ、僕の部屋で何してるのさ?」

 驚きの声を上げるトオルに対し、智花はベッドのマットに顎を乗せたまま言う。

「トオルにぃの寝顔見てた。最初はニヤニヤしてたんだけど、急に難しい顔して、最後は死にそうな顔してたよ」

 たぶんニヤニヤしてたのは、深月が半裸姿で登場し、死にそうと言うのは、きっと空からダイブしたときのことだろう。だが夢の中まで覗かれたわけではないのだから特に問題となることはない。すると智花がベッドの上へと這い上がってきた。

「ねぇねぇ、どんな夢だったの?」

 どうやら兄の夢にまで干渉したいらしい。この春、高校生と中学生になった兄妹。小学生ではないのだから、いい加減、兄離れしてくれても良さそうなのだが。

「智花に話すほどのことじゃないよ」

「えー! 教えてくれてもいいじゃん」

 マットを叩いて執拗に食いつく妹に、トオルは眉をしかめた。

「もう、しつこいな! どうだっていいだろ!」

「ふーん……」

 これで終わり。妹の残念そうな表情を見てそう確信した。これ以上、詮索はされることは無いだろう。……と同時に、智花が握りしめている携帯電話に注意が傾いた。

「智花。それって、僕のスマホだよね?」

「えっ?」

 トオルの指摘に、紺色カバーのスマートフォンを慌てて背中に隠す智花。

「いや、これは違うの! 違うの!」

 いったい何が違うのか。そもそも兄妹同士でも携帯を勝手に覗いていいはずがない。とりあえず「僕のスマホ、返せよ」と手を差し出して催促するものの……

「し、知らない! アタシ、トオルにぃのスマホなんか知らないもん!」

「じゃあ、今、後ろに隠したのはなんだよ?」

「ア、アタシの……そう! アタシのスマホ!」

 キッと向き合い、清々しいまでの嘘を平気でつく智花。いったい、どこでそんな妙技を覚えてきたのだろうか。

「嘘つくなよ! 智花のはスマホじゃなく、見守りケータイだろ!」

「お、お父さんにお願いして、今日からスマホになったんだもん!」

 見え透いた嘘をシラっと言い放つ妹に、トオルの忍耐も限界に達した。

「じゃあ、隠す必要ないだろ!」

 智花の背後に手を伸ばす兄と、その手を素早く躱す妹。暫しベッドの上で睨み合った末、智花は着ているTシャツの内側にスマホを隠し、ギュッと握りしめる。その幼子のような駄々に、トオルはホトホト呆れ果てた。

「智花。お願いだから僕のスマホ、返してよ」

 穏やかな説得。紳士的かつ大人の対応だった。……なのに智花はイヤイヤと激しく首を横に振るだけ。しかも鞭のようにしなるツインテールがトオルの顔を引っぱたいていた。

「もう、いい加減にしろよ!」

 智花をベッドに押し倒し、強引にTシャツを捲り上げて……固まった。

「えっ、……ぶら?」

 目に飛び込んできたグレーのスポーツブラ。幼き頃、一緒に入浴していた思い出とは違う目の前の胸囲。ペッタンコだったはずの妹の胸は女性特有の膨らみが実り、異性を主張していたのだ。見れば、智花が恥ずかしそうに頬を染めていた。勢い余ってやり過ぎた行為。その誤解を招きかねない険悪な状況に、トオルはめくり上げていたTシャツを素早く引き下げ、妹の胸から視線を反らした。

「……変なブラ」

 刹那、スマートフォンが眉間に直撃した。

「なに、すんだよ!」

 床に転がるスマホを見やりながら、眉間をさすっていると、智花が目に涙を溜め……

「トオルにぃのぉ……ぶぁかぁぁぁぁぁぁあ!!」

 智花はベッドから飛び降りると、スマホを踏みつけたことにも気づかず、泣きながら階下へ去っていった。

「泣くほどのことじゃないだろ」

 額を撫でながらスマホを拾いあげれば……液晶画面に虹色の縦線が入っていた。

「ウソでしょ?」

 震える指先で画面を触ってみる。だが無数に伸びる縦線が動くだけで、タッチ反応ができなくなっていた。

「智花のヤツ、ふざけんなよっ!」

 中学生になってから目に余る妹の行動。きっと長二郎ならば羨ましく思うのだろうが、実の兄妹の間柄では笑い事では済まされない。

「どうすんだよ、コレ……」

 ブツブツ文句を言いながら、スマートフォンを電源ボタンを使って、強制オフにして再起動を試みた。だが今度は縦筋どころか画面が白くなったままだった。

 ――ダメだ……余計、ひどくなった

 脳裏によぎる修理代。長二郎の話だと、結構な値段だった記憶が。

 ――母さんに言って、直すしかないか……

 と、そこでひとりの幼女の存在を思い出した。

 ――いや、待てよ。この程度なら、クレアに頼めば簡単に直せるじゃないか

 無機物ならば元通りにすることが出来る宇宙人の再生技術。過去に水没したスマホや木っ端微塵となった自転車を復元したのだ。きっと今回も簡単に直してくれることだろう。しかも運良く、今日は生身の体に戻す約束もある。

 ――約束の時間には、まだ早いけどちょっとお願いしてみるか

 早速、壊れたスマートフォンを持って隣家に出向こうとした途端、ドアが乱暴に開け放たれた。

「くぅらぁぁぁあ! トオルぅうっ!」

 ナマハゲのような顔で部屋に押し入ってきた父親に、トオルは腰を抜かした。

「ど、どうしたの父さん?」

「どうしたも、こうしたもない! お前というヤツは高校生にもなって、妹を泣かすとは何事だぁ!」

 普段は子供たちの教育に口を出さない父親。だが妹のこととなるとまるで別人のように豹変する男親だった。

「聞けば、お前のケータイを見せてくれなかったそうじゃないか?」

 目元を赤くした智花の抱き寄せ、頭をなでなでする父親。そのあからさまな兄妹贔屓びいきに、涙が出そうになった。それでもトオルは折れそうな心を持ち直して言い返す。

「み、見せるもなにも、なんで僕のスマホを智花に見せなきゃいけないのさ?」

「兄さんなんだから、妹に見せるのは当然だろ。それとも見られては困ることでもあるのか?」

 その父親の言い分に、開いた口がふさがらなかった。妹のわがままな性格は、間違いなくこの父親の甘やかしが原因だろう。

「わ、分かったよ」

 渋々、表示不能となったスマートフォンを差し出すと、父親の眉間に皺が寄った。

「トオル……。証拠隠滅までして、見られては困ることでもあるのか?」

「智花に壊されたんだよっ!」

 涙目で無実を訴えるトオルに、父親が妹に事実確認すれば、当の本人はあどけない顔をして首を横に振るだけ。

「知らんそうだ」

 そのツインテールは大人に媚を売るための目くらましなのだろうか。だとすれば、あざとく反則的な容姿にさえ見えてくる。

「嘘つくなよ! 智花!」

 もう頭にきた。と、妹に食ってかかった瞬間、父親にネックブリーカーを掛けられ、羽交締めされてしまった。長身の父親相手に、一七〇センチに満たないトオルでは分が悪かった。

「やましいことが無いのなら、なんで壊す必要があるんだ!」

「やましいことをしたのは智花のほうだろ!」

 言われのない自白強要に反抗の意を示すトオル。たとえ相手が父親であろうと、断固として譲るわけにはいかなかった。

 と、そこへ母親も部屋に現れ……

「あなた! トオルをそれ以上イジメると、私が許しませんよ!」

 その鶴の一声に、父親から解放された。流石の父親も、我が家の絶対権力者には逆らえないのだ。そして母親は妹智花にも釘を刺す。

「お父さんが許しても、お母さんは許しませんよ。大体、智ちゃんはなんでお兄ちゃんのケータイなんかを見たがるの?」

「だってぇ……トオルにぃのカノジョが誰なのか、確かめようとしただけだもん」

 どうやら兄が寝ているうちに写真やメールの痕跡を調べようとしていたらしい。

「それで顔認証しようとしたら、トオルにぃが起きちゃって……」

 口を尖らせてうつむく智花。その正直さに免じて、両親がほのぼのと笑う。

「そうかそうか。智花は可愛いなぁ」

「もう智ちゃんは、お兄ちゃん子なんだから」

「そういうことだから、トオル。可愛い智花にカノジョを紹介しなさい」

 と強要する父親に、トオルは壊れたスマートフォンを握りしめて

「たとえカノジョがいたとしても、絶対に智花だけはイヤだ!」と言い切った。

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