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第三章 交渉2

 翌朝、空が七色に白み始めた時のこと。

 突然、保子莉の携帯電話が鳴り響き、浅い眠りに包まれた三人の意識が呼び起こされた。同時に保子莉は携帯電話に飛びついた。

「もしもし……」

 疲労のにじむ声で応答すると

『シグレホズリか?』

 受話器から放たれた聞き覚えのない男の声が、保子莉の顔に困惑の色を浮かばせた。

「そうじゃが、おぬしは?」

 怪訝な表情をして音声出力をスピーカーに切り替える保子莉に、トオルたちもそばに寄って耳をそばだてる。

『フッ、その喋り口調、どうやら間違いないようだな』

 明らかに保子莉を知っているような口ぶり。しかし彼女は、心当たりがないとばかりに手を振っている。だとすれば相手はいったい誰なのだろうか。

『実は、お前の友人の妹を預かっている者なのだが』

 その告知に、そこにいた誰もが驚いた。

 フザけんなっ! と、トオルが電話相手に食って掛かろうとした瞬間、保子莉が口元に人差し指を立てて口を封じた。確かに、詳しいことも聞かずに相手を逆上させてしまえば、それこそ智花の身が危ぶまれるだろう。しかも相手は昨日のジャゲよりも正確な情報を把握している。それだけに保子莉も慎重に事を運ぼうと言葉を選ぶ。

「そうか。それで智花は無事なのであろうな?」

 こちら側の情報を極力相手に与えないようにして安否を尋ねれば

『お前さんが想像しているよりも待遇はいいと思うぞ。ほら、ホズリお姉さまだ。一言だけ元気な声を聞かせてやれ』

 一拍の間をおいて、スピーカーから智花の声が伝わってきた。

『保子莉お姉さま、心配かけてゴメンなさい』

「智花!」と叫ぶトオルに、保子莉が電話のマイクを手で塞いで声を遮断した。

「焦るでない! 気持ちは分かるが、焦ってこちらの足下を見られては交渉が不利になるぞ。事を優位に運ぶためにも、ここはひとつ我慢してくれ」

 厳しい表情で制する保子莉に、トオルは苦虫を噛み砕くように押し黙った。

『でも、智花は元気なので問題はありません。ここの人たちも良くしてくれてます。だから安心してください』

 言わされているのか、それとも本音なのか。いずれにしても人攫いの海賊に良い人なんかいるわけがない。と妹を叱りたかった。だが、智花のすぐそばには誘拐犯がいるのだ。それだけに迂闊に声を出すわけにはいかなかった。

『もうそのくらいで、いいだろう。……と言うわけだ。これで信用してもらえるかな?』

「うむ、智花本人に間違いはないようじゃな。それで、そちらの要求は?」

『こちらで交渉テーブルを用意する。場所は中央駐機場ゲート通りに面したところに、トゥーリハという店がある。そこで昼に落ち合おう。では、後ほど』

 相手はこちら側の回答を待つことなく、要件だけ述べて電話を切ってしまった。

「保子莉さん。どうするつもり?」

「取りあえず、指定した場所に出向くしかあるまい。何しろ相手の出方を見んことには、対策の立てようがないからのぉ」

 すると長二郎がソファーに腰を下ろして言う。

「まさか、ひとりで行こうなんて思ってねぇだろうな?」

「人数に関しては何の指示もされておらんしな。それに指定場所が賑わう通りの店であることから、さして危険なところでもなさそうじゃ。ゆえに全員で行っても問題はなかろう」

 そう言って保子莉は軽いため息をひとつ吐いた。

「それにおぬしらは、わらわひとりでは行かせる気はないのじゃろ?」

「当然だろ。なぁトオルぅ」

 もちろん彼女がダメじゃと言ったとしても、ついて行くつもりだ。

「これは全員で押し掛けるしかないようじゃな。それで、問題は素姓の分からぬ相手なのじゃが」

「昨日のジャゲっていう宇宙人とは違ったよね? どういうことなんだろう?」

「ジャゲが智花を何者かに譲渡したか、あるいは放棄したのか。正直、情報が少な過ぎて、同じ組織の者かどうかすら判断できん。しかも今度の相手はジャゲよりも利口だと判断出来る」

 そう言って、彼女はその理由を簡単に説明し始めた。

 ジャゲの場合、ロビーを通して内線通信を利用し、チャップと言う偽名で名指しをしてきていた。ところが今の相手は、どこでどう調べたのか、直接、保子莉の携帯電話に掛けてきたのだ。しかも実名の名指しでだ。彼女の推測としては『時雨保子莉』と言う名前を智花から聞き出し、ホテル側の予約リストから連絡先を洗い出した可能性が高いと言う。

「つまり、ジャゲと違って、今度の相手は万全を期する者と踏んだ方が良さそうじゃな。もっとも普通に考えれば、このくらいは誰でも思い付きそうなもんじゃがのぉ」

「そうだよなぁ。俺は昨日のことは知らんけど、きっとジャゲってヤツは、何の考えも無しに行動を起こす無秩序タイプなんだろうな」

 その長二郎のプロファイリングに、保子莉が目を丸くする。

「たまに発揮するおぬしの鋭い洞察力には感心するわい」

「天才だからな」とソファーの背もたれに仰け反る長二郎。

「でも、相手の要求っていったい何だろう?」

 素朴な疑問を口にするトオルに、保子莉も首を傾げた。

「それは会ってみないことには、さっぱり分からんのぉ。取りあえず話の続きは朝食を摂りながらするとしようぞ。何しろ腹が減っては戦は出来んと言うしのぉ」

 彼女は二人にそう促すと、洗面所に入って身支度を調え始めた。



 約束の昼。

 三人は誘拐犯が指定したトゥーリハに出向いていた。

「なんだよ。どんな店かと思えば、ただのオープンテラスかよ」

 大通りに面した店の前で面白くなさそうに感想を漏らす長二郎。トオルとしても薄暗い地下に構える怪しい店かと想像してただけに、その健全な店先に拍子抜けしていた。

 連なる他の露店商とは違い、固定の建物を持ち、なおかつ雰囲気の良い店構えだった。テラスには天然岩を削り出したテーブルと丸イスが並び、観光客が思い思いに昼時を過ごしていた。

「こんな人の多いところに呼び出すなんて、どういうつもりなんだろう? 何か意図でもあるのかなぁ?」

 夜の賑わいとは異なる店通り。とてもではないが、暗躍な人質交渉をする場所とは思えなかった。

「何しろ、ここは相手のホームグラウンドじゃからな。何かしらの魂胆があるとみて良かろう」

 そう言ってネコ耳を立てる保子莉だったが、すぐに相手が見つかった。

 テラスの奥の一際大きい岩テーブルを占拠して食事をしているグループ。相手は三人。金髪の美少女と栗色の髪をした幼女に加え、イノシシ獣人がいた。すると獣人がトオルたちの存在に気づき、大きく手を振った。

「保子莉さん。あそこのイノシシさんが、僕らに向かって呼んでいるみたいだけど?」

「あの連中かぁ? 智ちんをさらったってのぉはぁ?」と遠目で相手を睨みつける長二郎。

「面識がないので分からぬが、十中八九そうであろう」

 先陣を切る保子莉に連なり、トオルたちもテーブルに歩み寄ると、モヒカン頭のイノシシ男が口の周りについたソースを手の甲で拭った。

「お前がシグレホズリか?」

「いかにも。おぬしが今朝のモーニングコールの男か?」

 彼女の皮肉に、イノシシ男は大口を開けて豪快に笑った。

「渋い声でのお目覚めも、たまにはいいもんだろ。まぁ、立ち話もなんだから座ってくれ」

 イノシシ男に促され、トオルたちは周囲に注意を払いながら、空いている席に腰掛けた。初合わせとなる誘拐犯。想像通り極悪な雰囲気を醸し出している。がしかし……

 ――イノシシの人はともかく、この女の子たちが海賊ってことはないよね?

 表情無く陶磁器のティーカップを口につける金髪美少女と、左手でフォークを逆手持ちする幼女。トオルたちと同じ姿形をしているだけに、どう見ても誘拐犯の一味とは想像出来なかった。

 ――もしかして、この子たちも海賊に攫われて、無理矢理連れてこられたんじゃないだろうか?

 それにしては妙だった。落ち着いている上に、のんびりと食事までしているのだ。それだけに、誘拐された被害者とは考えにくかった。

 トオルが女の子二人とテーブルに並ぶてんこ盛りの料理を交互に見比べていると、イノシシ男が石板に書かれたメニューを差し出してきた。

「お前さんがた、何か注文はあるか? 食べたい物や飲みたい物があれば遠慮なく言ってくれ」

 どうやらお腹を空かしているのだと勘違いされたらしい。イノシシ男の親切な対応に、トオルと長二郎が返答にこまねいていると、保子莉が臆することなくオーダーする。

「純人間に害の無い生成ミネラルウォーターを三つ頼む」

「それだけでいいのか? ここは我々が所有している店だから、遠慮することはないぞ」

 縄張り主張を含むその言葉に、三人は交渉場所を指定した意味をすぐに理解した。飛んで火に入る夏の虫。その逃げ場のない状況に、冷や汗が背中を伝っていく。だが保子莉にとって百も承知のようで、表情を崩すこともなく言う。

「すまんな。わらわたちも楽しいランチをしに来たわけでないのでな」

 戒心の面持ちをする猫娘に、イノシシ男はウェイターに水を注文して三人に向き直った。

「自己紹介が、まだだったな。俺は海賊クロウディア統括責任者のギンツォ。そしてこちらにいるお方は我らが頭首ディアさま。そして側近のエテルカさまだ」

 ギンツォの紹介に合わせて会釈をするエテルカと、微動だにしない鉄面皮のディア。その恐々たる顔触れにトオルは言葉を失った。何しろ正体不明の女の子二人が妹を人質としている親玉であり、しかも自らのご登場なのだから無理もない。

 将棋ならば王と金と銀。ゲームで例えるなら大中小のボスキャラ。発想力貧困なトオルでさえ、このくらいの比喩が思いつくほど、目の前に居並ぶ面子は危険な存在だった。それを踏まえた上で、保子莉は臆することなく相手を睨みつけ、長二郎に至っては腕組みをし、口元に不敵な笑みを浮かべてハッタリをかましていた。

 代わって保子莉も自己紹介をし、トオルと長二郎も手短に挨拶を済ました。

 そしていよいよ交渉開始だ。とトオルが構えた途端

「キミ、可愛いね。俺、芝山田長二郎ってんだ。で、キミの名前をお兄ちゃんに教えて欲しいんだけどさ?」

 いつの間に自分の席を離れ、幼女を口説き始める長二郎。その突発的な存在に、幼女も面食らっていた。

「い、いい、今しがたギンツォの方から紹介があったと思いますけど? って、もしかして貴方、聞いてなかったんですか?」

 しかし相手は幼女大好きな長二郎である。当然、遠慮などするはずもなく

「キミの愛らしい声で、俺の心に刻んで欲しいんだ」

 金髪を払い上げ、キラリと歯を光らす長二郎に、戸惑いながらも、あらためて自己紹介をする幼女。

「クレハ・ガゼ・エテルカです」

 ――クレハ? それって、まさか!

 聞き覚えのある幼女の名字に、トオルは保子莉に耳打ちする。

「保子莉さん。あの子、クレハって言っていたけど……もしかしてクレハ星人?」

「初めて見たときから、まさかとは思っておったが、どうやら間違いないようじゃな」

 これはやっかいな交渉になるかもしれない。何しろ相手はクレア同様、読心能力を備え持つ宇宙人なのだから。そうなれば、トオルの不安や焦りなどガラス張り同然であり、席に着いた時から三人の心を読んでいたことになる。だが、そんな幼女が気に入ったのか、それでも口説き続ける長二郎。

「歳はいくつ? 彼氏とかいるの? クレアたんとは親戚なのかな?」

 ヘラヘラする長二郎に、保子莉が苛立ちあらわに釘を刺した。

「長二郎。ナンパなら、交渉が終わってからにしてもらえんかのぉ?」

 少しは状況をわきまえてほしいと思っていたトオルも、無言で保子莉に賛同した。正直なところ、智花の身柄が保証されていない今、苦笑いさえできない心境なのだ。

 そんな二人の気持ちを察してか、長二郎が肩を竦めて自分の席に戻る。その緊張のかけらも無い彼に、エテルカがクスッと子供らしい笑顔を漏らした。保子莉はその相手を不愉快な面持ちで見やりながら、運ばれてきたミネラルウォータをグイッと飲み干し、岩グラスをテーブルに置いた。。

「さて交渉に入る前に、智花の安否を確認したいのじゃが?」

 するとギンツォがディアを、ディアはエテルカを、そしてエテルカがギンツォに目配せして小さく頷いた。金髪の美少女が全権を掌握し、それをクレハ星人が読み取り、イノシシ男の判断に委ねる。その一連の伝達動作により、幼女がクレハ星人であることは、もはや疑う余地もないだろう。

「ディアさまからのお許しを頂けた。だが面会するのは、そこの男二人だけだ」

 ギンツォの指示に、保子莉が不満の声を漏らしたのは言うまでもない。

「なんでじゃ? なんで、わらわは智花に会わせてもらえんのじゃ?」

「お前さんは親族ではないだろう」

「それはそうじゃが……」

「だったら面会の間、ディアさまと交渉をしていればいい」

「俺も親族じゃねぇんだけど?」

 自ら無関係を主張する長二郎。どうやらこの場に留まって、幼女とコミュニケーションを取りたいのが丸見えだった。

「お前を放っておくと、エテルカさまにちょっかいを出して交渉がまとまらなくなりそうなのでな、一緒に連れて行くことにする」

 ギンツォはそう言って立ち上がると、長二郎の襟首を掴み上げる。身長二メートル以上の獣人に、長二郎は口答えもできないまま従うしかなく、トオルも不安を抱えたまま席を立った。

「それではディアさま、面会させてきます」

「ちょっと待て。ひとつ聞いておきたいのじゃが、二人をどこへ連れて行くつもりじゃ?」

 もっともな質問だった。相手を信用できない以上、新たな人質が増える可能性さえあるのだから、当然の質問だ。

「この店の地下酒場だ」

 そう言って、ギンツォはトオルたちを手招いた。

「二人とも俺についてこい」

 もし、これが自分たちと保子莉を引き離すための罠だとしたら……。

 そんな不安を胸に抱きながら、トオルと長二郎はテラスを後にした。

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