第二章 智花サプライズ3
かくして一行は今夜の宿となるコロセウム・キャニオンのホテルへと到着……することはなく、まだ町を徘徊していた。
老執事がタルタル星を離れ、すでに一時間。
「保子莉お姉さまのその猫耳、素敵ですね」
みんなと同じように保子莉の秘密が共有でにたことが嬉しいのか、智花は保子莉の腕にしがみついたまま離れようとはしないでいる。
「おぬしの兄にも褒められた耳じゃからな、当然じゃ」
そう言って背後を歩くトオルたちに目を向ける保子莉。……が、そこで男二人がいないことに気付き、慌てて周囲を見渡す。ごった返す街中、それも外惑星で迷子にでもなった日には、それこそ取り返しのつかないことになってしまう。と保子莉が気をもんでいると一軒の露天商の前で、商品を物色しているトオルと長二郎が視界に入った。
「まったく。あやつらときたら子供のように落ち着きのない連中じゃのぉ」
保子莉はベッタリと腕にしがみついている智花を引き連れ、浮遊するスーツケースを反転させた。
陳列台にズラリと並べられた様々な商品。その中でオーパーツとおぼしき物と一緒に陳列されている端末機。長二郎はそれを指さして、手足の生えた人間大のカタツムリもどきに訊ねた。
「お姉さんよぉ。コレって本物なのかよ?」
受け取り方ひとつ間違えればケンカ沙汰になりかねない態度に、カタツムリもどきが穏やかな口調で応える。
「うふ。失礼なお兄さんね。本物に決まってるでしょ」
しかも妙に色っぽかったりするだけに、人は見かけに……いや宇宙人は見かけによらないものだとトオルが思っているところへ、背後から不機嫌な声がした。
「おぬしら。こんなところで、いったい何をしておるのじゃ?」
「いや、実はこの端末って、クレアたんと同じモノじゃねぇかなぁと思ってさぁ」
長二郎が指さす端末に、保子莉も視線を落とした。
「ふむ。おぬしの言うとおり、クレアの持っておる同一モデルのようじゃな。と言うよりも一目見てコレが分かるとは、おぬしの目利きも大したものじゃのぉ」
宇宙人からのお墨付きに、トオルも長二郎の見極めの凄さに感嘆した。
「フッ、当たり前だ。どんなに完成度の高い贋作だろうと、俺の持つ鑑定眼の前ではゴミ同然の丸裸状態だぜ」
特殊能力者のように無意味なポーズを決める長二郎に、トオルは苦笑するだけだった。
「ちなみに言うておくが、クレアの端末はスペシャル限定モデルであって、ここに売られておるのは廉価版じゃぞ。それでいったい、コレがどうしたというのじゃ?」
「いや、欲しいなぁと思ってさ。コレがあれば俺もクレアたんのように、いろんなことができんだろ?」
「おぬしがどこまでの機能を追い求めておるかは知らぬが、大抵の機能は使えるじゃろう。しかも幸いなことに、この店はメーカー直営店じゃから保証においても信用がおけるぞ」
「信用ねぇ……」といぶかしげに唸る長二郎。何しろ肝心の値段が「交渉価格」となっているのだから、悩まないはずがない。しかも両脇には怪しげな肉を焼くケバブ屋もどきと、バニラエッセンスのような香りを漂わせるクレープ屋もどきの屋台が。その甘い匂いに誘われたのか、クレープ屋もどきの前では智花が指を咥え、立て看板のメニューを眺めていたりする。
「ハイテク機器を売る直営店が、こんな小汚い店なわけがないだろ?」
「きちんとした店舗を構える地球人からすれば、そう感じるやもしれんが、我ら宇宙人からすれば当たり前の店構えじゃぞ。しかもいつも同じ場所に店があるとは限らんしのぉ。そう言った意味においては、この場に居合わせた、おぬしは運が良いと言えるかもしれん」
「ふーん、なるほどな。なら、買って損はないな。んで、ツムリン。コレいくら?」
と長二郎がカタツムリもどきな宇宙人を勝手に愛称付けて訊ねる。するとツムリンは嫌な顔ひとつせず
「二割引で50万ケピロンよ」
渡航中、宇宙船内でレクチャーしてもらった為替相場を考えると、約5万円相当に値する額面。地球人の高校生にとっては、ちょっとした高額商品だ。当然、長二郎は訝し気な表情をしてトオルと保子莉に囁いた。
「50万円って……もしかしてボッタくられてるのかな?」
どうやら為替説明をきちんと聞いていなかったらしい。
――そう言えば船で両替してもらう時、長二郎だけしてなかったような?
トオルが正しい金額を長二郎に教えていると、保子莉が助言する。
「ボッタクリということはないようだぞ。元々、クレアの廉価版とは言え、レア物商品じゃから、むしろお買い得と言えるじゃろ」
すると長二郎は渋い顔をして
「トオル。お前、いくら持ってる?」
「まさか宇宙でお金を使うとは思ってもいなかったから、そんなに持ってきてないよ」
ショルダーバッグから財布を取り出し、両替したお金を見せると
「うーん、20万ケピロンかぁ。金持ちだな」と人の財布の中を覗き込んでしみじみと頷く親友。
「そういう長二郎はいくら持ってきたのさ?」
「俺は……」とズボンの後ろポケットに差してあった長財布を引っ張り出す長二郎。見れば、厚ぼったい割にはお札の類は一枚もなく、代わりにジャンクフードのサービス券とアニメ絵のトレーディングカードがみっちり詰まっていた。
「長二郎。それで良く今日まで生きてこれたね」
見事な無一文ぶりに呆れていると……
「男はなぁロマンさえあれば何とか生きていけるんだよ。あっ、ちなみにこの中に入っている152枚のカードは全部、俺の嫁さんな」
いや、誰もそんなことは聞いていないのだけど。
「ロマンで腹は膨れんし、紙相手の嫁では飯も作ってもらえんじゃろう」
トオルと一緒になって保子莉も呆れ果てているところへ、智花も混ざってきた。
「ねぇねぇ、みんなでなんの相談してんの?」
「いや、何、男のロマンをだなぁ……って、智ちんどうしたの、それ?」
智花の手に、こぶし大ほどの食べ物が握られていた。ブルーベリーのような大きな果実にパンケーキのようなものが挟まれ、齧ったところからターコイズ色の果汁が溢れている。
「ここでしか食べれない名産品のお菓子。ってお店の人が言ってから、買ったんだよ」
何食わぬ顔でパクつく智花に、トオルは驚いた。
「ちょっと、智花! そんなわけの分からないモノ食べちゃダメだろ!」
地球人にとっては毒の可能性もあるのだ。ところが……
「おじいちゃんがくれたコレで調べたから大丈夫だよ」
ちょっと甘じょっぱいけどね。と、首から下げたシルバーアクセサリーを見せつける智花。
サバイバル・テスター。
渡航中、免疫抗体の注射を打った後に渡された簡易メディカルキット。飲食物に対し、毒物を検出するアイテムだと説明を受けている。その細い金属棒を食材に刺し、丸い凹みに浮かぶ色で無毒かどうかが判断できるのだ。赤ならその者にとって毒。青くなれば無害。万が一、毒を口に含んでしまった場合、サバイバル・テスターを折って中の液体を飲めば解毒作用が働くらしいのだが、大きな効果は期待はなく、せいぜい正露丸程度の効力しかないらしい。
「抜かりがないのぉ」
早速、アイテムを使いこなしている智花に、保子莉も感心の声を漏らしていた。
「美味しそうでしょ。でもあげないよ。食べたかったら、自分のお金で買ってよね」
兄や長二郎に取られまいと名産品を背中に隠す智花。どうやら隣の店で購入したらしいのだが、いったいどうやって買うことができたのか。
「自分のお小遣いを、おじいちゃんに替えてもらったんだよ」
それを聞いて、保子莉が頭を抱えたのは言うまでもない。
「本当に、やることなすこと抜かりのない爺ぃよのぉ」
憎々しげに空を睨み上げる保子莉。きっと地球へ飛び立った老執事に怒りの念を飛ばしているに違いない。
すると突然、長二郎が土下座を決め込んだ。
「智ち……いや、智花さま! どうかあなたさまの貴重なお小遣い、いえ、ご資産をこの哀れな貧乏人にお恵みください!」
年下相手にへりくだる親友。おそらくトオルの財布の中身だけは足りないと判断し、智花のお小遣いを当てにしているのだろう。目的遂行のためならばプライドをもかなぐり捨てる、その根性は見上げたものだった。だが……
「あげれるわけないじゃん」
あっけらかんとして無慈悲に断る智花に、長二郎が涙目で懇願する。
「いや、別にくれって言ってるわけじゃないんだ。ちょっと貸して欲しいだけなんだ」
「あ、そういうこと。でもアタシ、そんなにお金持ってないよ」
口の端についた果汁を舌で舐め取り、うーんと唸る智花。
「お願いしやす。30万ケピロンだけでいいから、貸してください」
「そんなに持ってるわけないじゃん。でも長二郎が困ってるなら、全財産の5万ケピロン全部貸してあげるよ」
そう言って、ピンク色の財布から五千円分のケピロンプレートを取り出して長二郎に渡す智花。そのダメ男に貢ぐような光景に、トオルは妹の将来を心配した。
「サンキュー、智ちん! 来月、バイト代入ったら、必ず絶対間違いなく返すから!」
晴れやかな顔で約束する長二郎に、保子莉も呆れていた。
「情けないのぉ。バイトをしていない中学生よりもお金を持ってないとは、どんだけ貧乏なのじゃ? 大方、想像はつくが、稼いだバイト代は何に使っておるのじゃ?」
「いや、一昨日、アニメの録りこぼしがないように、24時間一カ月録画が出来るデッキを買っちまって、もうスッカラカンよ」
値段は知らないが、きっと10万円以上の散財をしたのだろう。
「聞いたわらわがバカだったようじゃな。で、それでも足りんがどうするのじゃ?」
トオルと智花から借りたお金を合わせても端末代の半分。残りの半分をどう工面するつもりなのだろうか。
「金、貸してくれ」
手を突き出して要求する長二郎に、保子莉の頬がヒクついた。
「智花と違って、なぜわらわにはそんな横柄な態度なのじゃ?」
「友達だからに決まってんだろ? だからに25万ケピロン貸してくれ」
「態度が気に入らんが、まぁ良かろう。当然、利息は頂くぞ。日毎、元利に対して倍の利息がつくが、それでも良いか?」
「保子莉さん、その元利ってなんなの?」
「簡単に言えば、元金に利息分を合わせたものじゃ」
その説明に、長二郎は指を折って利息を計算し
「一週間で3200万ケピロンだとぉぉお! ヤミ金融のウッシーもビックリな利息じゃねぇか! そんなもん誰が借りるか!」
そこへ智花がトオルのシャツの裾を引っ張った。
「ねぇ、トオルにぃ。ウッシーって誰?」
「僕らには縁もゆかりもない職業と架空の人物だよ」
細かく説明するのも面倒なので、端的に説明した。
「まぁ無理にとは言わん。そもそも普段から無計画に浪費を重ねておるからいかんのじゃ」
「どうすんだよ。端末が売られてても、これじゃあ買えねぇじゃんかよぉ!」
かき集めたお金を握りしめたまま長二郎が嘆いていると
「お兄さん、お兄さん。いいこと教えてあげましょうか?」
振り向けば、ツムリンが楽しそうに4人を眺めていた。
「もしかして、25万ケピロンにまけてくれるのか?」
なし崩しに値切る長二郎に、ツムリンは目玉を揺らしてクスクスと笑った。
「こっちも商売だから値下げは出来ないわ。それよりも、その現金プレートを元手に増やしてはどうかしら?」
「つまり金を育てて養殖しろと?」
「どんな錬金術よ。そんなこと出来たら、アタシがとっくにやってるわよ。そうじゃなくて、カジノで増やしてみてはどう? もしくは明々後日に開催されるライドガンナーレースに賭けるとか?」
ギャンブルを勧めるツムリンの提案に、長二郎の眼がギラリと輝いた。
「それはいい考えだな。自慢じゃないが、こう見えても俺は勝負事で負けたことがないんだぜ」
「わらわとのバスケ勝負で、ストレート負けした輩がそれを言うか」
長二郎は保子莉のツッコミをスルーし、腕組みをしてうーんと唸った。
「とは言え、ライドガンナーレースが行われる日までは待つ気はないし……ここはカジノ一択だな。それでそのカジノとかは、どこにあんだよ?」
「大抵はホテル周辺に店を構えてるわよ」
「そうなのか?」と、保子莉に訊くと
「まぁ、わらわたちが泊まる宿の周りにも、そういった賭博場はいくつかあるにはあるがのぉ」
「よぉし! 俺はこの全財産を賭けて勝負するぜ! そんでもって儲けた金で、そこの端末をゲットしてやるぜ!」
充ち満ちた気迫を放出させて高笑いをする長二郎に、名産品を食べ終えた智花が、指先についた果汁を舐め取りながら言う。
「全財産って……ちょーじろーは1ケピロンも出してないじゃん」
12歳のツッコミに、トオルと保子莉が大きく頷いたのは言うまでもない。
「それはさておき……と、とにかくだ。ツムリン! 明日、このリュックに大金をいっぱい詰め込んで来るから、端末の取り置きをよろしく!」
「もちろんよ。期待して待ってるわ」
ウフッとウインクをするツムリンに、長二郎も親指を立てて応えた。
「そう言うことだから、保子莉ちゃん。こんなところで油なんか売ってないで、さっさとホテルに行くぞ」
「おぬしの道草で足止めを食ったのじゃろうが。まぁ良いわ、これでようやく宿で一休みできるわい」と4人はツムリンに別れを告げ、その場を後にした。





