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プロローグ

 地球から遥か遠く離れた宇宙空間。

 とある海域を、一隻の中型貨物船が護衛もつけずに単独航行していた。

「うーん……。今回は思ったより振るわなかったのぉ……」

 貨物船の自室で、冴えない売り上げ数値に頭を抱える猫娘。HUDヘッドアップディスプレイに浮かび上がる数字を睨み、灰色の右耳の先っぽを撫でていた。

「何が原因なのじゃろうかのぉ? 味の問題とかではなさそうじゃしのぉ」

 普段と変わりなく露店を開き、オークション形式で売り捌いていた地球産の猫缶。いつもならば、うなぎ登りで跳ね上がっていく値段。それがどういうわけだか、今回はほとんど競り合うこともなく、最低額で落札されてしまったのだ。その振るわぬ売り上げに、猫娘がため息を吐いた。

「まぁ、赤字ではないから良いものの……これ以上、値崩れしてしまうと船の維持費が賄えなくなってしまう」

 と、猫娘は楕円の窓から漆黒の宇宙に視線を移し、青い星へと思いを馳せた。

「地球の猫たちには評判じゃったのにのぉ……。今度、メーカーの担当者にそれとなく売り上げ具合を訊いてみるとするかのぉ」

 浮遊する椅子に背中を預けて両脚を投げ出していると、突然、電子音が室内に鳴り響く。翠色の瞳を卓上立体モニターに向ければ、モダンタキシードを着た1/8サイズの老人が投影されていた。

「なんじゃ、爺。新しいメカニックマンでも見つかったのか?」

「おくつろぎのところ、大変申しわけございません。実のところ腕の良いメカニックマンはまだ見つかっておりません。それよりも海賊と名乗る者たちが現れまして」

 侍従の告げた悪い知らせに、猫娘は片眉をピクリと持ち上げた。

「この海域ルートを使えば、いずれは狙われるだろうとは思っておったが……。それで?」

「先ほどから一方的に停船要求と責任者を出せと言ってきておりますが、どういたしましょうか?」

 放っておけとばかりの猫娘であったが、大抵の判断はホログラムの老人と副責任者に任せてある。それだけに老人もすでにそのような対処をした上で報告をしてきたのだろう。それらを踏まえ、猫娘は思考を巡らし

「分かった。わらわも艦橋そちらに参るから、そのまま通信を維持しておけ。それと万が一に備え、腕の立つ者たちに声を掛けておけ」

「かしこまりました」

 通信が切れると、猫娘は行商マントを羽織って前ボタンを閉めた。

「わらわにちょっかいを出してきたことを後悔させてやるわ」

 そう呟いて猫娘は牙を舐めた。



『おいおいおーいっ! 聞こえてんのかぁん! こっちがご丁寧に回線をフルオープンにしているのをいいコトにぃん、いつまでもシカトこいってとぉん、レーザー砲で横っ腹に風穴空けるぞぉん!』

『ひゃははは! そりゃあハッチを開ける手間が省けていい!』

 艦橋内に足を踏み入れれば、通信スクリーンの向こう側から複数の笑い声が飛び交っていた。

「下品極まりない連中じゃな」と猫娘が不愉快な顔をしたまま艦長席に腰を降ろした。

「ジャゲナッテ星人か?」

 すると隣に立っていたハスキー犬獣人が答えた。

「そっす。連中ときたら、責任者代理の俺じゃあ話にならんと言って、まったく取り合おうともしないんでっさ」

 相手にされなかったことが悔しかったのか、スクリーン内の相手を睨みつけ、ムキムキの腕をわななかせるハスキー犬男。

「落ち着け、ダリアック。相手は海賊じゃ。下手に逆らえばろくな事にはならん」

 と猫娘は部下を宥めすかし

「もっともジャゲが相手なら、恐るるに足りんがのぉ」

 ヤツメウナギのような口から、触手をグチュグチュ動かして絡めている相手を見定めていると、老人が補足する。

「一応、運輸組合から配布されている海賊リストを調べましたところ、ジャゲナッテ星人が取り仕切る船が見当たりませんでした」

 その報告に猫娘は眉を潜めた。

「該当なしじゃと? それはいったいどう言うことじゃ? まさかリストに乗っていない新参者か?」

「さぁ、爺にも判りかねますが、どういたしますか?」

「どうやら話してみる必要がありそうじゃな。ダリアック、こちらの回線を開いてくれ」

「了解でっさ!」

 ハスキー犬獣人が交信オペレーターに指示を下すと、相互接続が開始された。

「お待たせしてすみません。責任者のチュッパ・チャップです」

 敬語でもって、地球産のお菓子の銘柄から一文字抜いた偽名を騙る猫娘。海賊に名乗る名前など持ち合わせていない表れだった。しかし相手はそんなことを疑いもせず、カメラに向かって睨みを効かせる。

『チャップちゃんよぉん。人をこんだけ待たせて妙な相談とかしてたんじゃねえよなぁん?』

「滅相もございません。あなた方相手に策を練って、どうにかなろうなどとつゆほどにも思ってもおりません」

 低姿勢で対応する猫娘に、ジャゲが巨大スクリーンの向こう側で触手をグニョグニョ動かし踏ん反り返った。

『そうだろぉん、そうだろぉん』

 そのご機嫌な様子を見やりながら、猫娘は脇に立つダリアックと老人に「予想通りの単純さ」と目配せした。交渉相手が利口だと面倒臭いが、図に乗りやすい単純な相手ほど操り易いことを猫娘は知っていた。当然、目の前の相手は騙しやすいと判断したのだが

『おやぁん。良く見れば、お前、猫族にしてはド偉い美人じゃねぇかん?』

「お褒め頂きありがとうございます。私もあなたさまのような素敵な殿方に、お目にかかれて光栄でございます」

 と猫娘は頬はヒクつかせながら、ご機嫌取りに精を出す。

『ほぉん。お前にも俺様の良さがぁ、分かるんかぁん?』

「も、もちろんですわ」

「社交辞令じゃろうが!」と表情に出ているにも関わらず、まるで空気が読めていないジャゲ。しかもその背後で『っよ! 色男!』と外野の荒くれた声と口笛も鳴り響くのだから、周囲の者たちも同じ穴の狢なのかもしれない。

『ますますぅん気に入ったぜぇん。よーし、チャップ。ちょっと、その場で服を脱げ』

「はぁっ?」

 予想だにしなかった相手の出方に、さすがの猫娘も驚きを隠せなかった。

『はぁじゃねえよ? ストリップしろんってぇ命令してんだよぉん!』

 ただのバカならまだしも、最低最悪なバカだった。

「な、なぜ、そのような辱めを受けなければならないのでしょうか? 私はまだ嫁入り前なのでその様な真似は出来ません」

『何を言ってんだぁん、お前はぁん? 決まってんだろぉう! お前がどの位の高値で売れるかぁ、品定めするんだよぉん! ちったぁ頭使って考えりゃぁ、そのくらいわかんだろぉん!』

「お、お断り申し上げます!」

 拒絶する猫娘に、ジャゲが「ウヨヨヨン」と気持ちの悪い笑い声を上げた。

『まぁ、別にかまわないぜぇん。どっちにしろ今からそっちに乗り込んでぇん、お前をスッポンポンの丸裸にするんだからなぁん』

「なぜ、そのような酷い仕打ちを受けなければならないのですか! そもそも、あなた方はいったい何者なんですか?」

『はぁぁん? おいおい、チャップぅ。俺様を知らないで、この海域を航行してたのかぁん? ならば教えてやる。海賊クロウディア一派のジャゲ様とは俺様のことだぁん。良く覚えておくがいいぜぇん』

「クロウディア一派?」

 老人が照会オペレーターに目配せすると、すぐにミーアキャット風の娘が長い爪でもってコンソールパネルのキーを叩き始めた。

『おんやぁん? その様子ではなぁんも知らんようだなぁん。言っとくがなぁ、俺様は女子供にも容赦しねぇ超悪党なんだぜぇん』

 スクリーンに向かってドスを利かせるジャゲの顔の上に文字が重なった。

「なぜそのようなひどいことをなさるのですか?」

 猫娘は怯える演技をしながら、重なる文字に目を走らせた。

【ここ近年、勢力的に動きを見せている海賊集団。頭首はラ・クロウ・ディア。所有船は武装中型艦二隻との情報あり】

 同時に老人がオペレーターたちにアイコンタクトを送ると、オペレーターたちは手際良く検索を開始し、必要な情報をスクリーンに上げていく。

『なぜぇだとぉん? 海賊だからに決まってんだろうよぉん』

 愉快に笑うジャゲの顔の上に、また別の文字が重なった。

【詮索海域に、もう一隻と思われる該当船影なし。単独行動と推測出来る】

 すると口火を切るかのように、次々と別の新情報が表示されていった。組織形態を始めとする年間被害統計の数字や出没海域と被害報告。そして人員数や相手艦隊の分析や火力装備などの詳細が画面に上がる。

「これは驚いたのぉ。どこにも理念や思想の欠片もない組織ではないか……」

 目の前で好き勝手なことを言う相手が何よりの証拠だった。

『おぉい、チャップ! 人の話を聞いてんのかぁん! 目の焦点がキョドってんじゃねえかぁん! あぁん?』

 スクリーンに埋め尽くされた文字の向こう側で叫ぶジャゲに、猫娘はそれとなく画面に目を合わせた。

「す、すいません。あまりにも突然のことで、言葉が見つからなくって…」

 大袈裟に狼狽える振りをしてみせると、相手はご満悦の声を発した。

『まぁ、俺様が怖いんだからぁん、ムリはねぇはなぁん。今からそっちに行くから船を停めろよぉん。それと妙なこと考えるなよぉん』

 きっとカメラの向こうで猫娘を指差し、睨みを効かせているのだろう。そして通信が切れると、ダリアックが緊張の表情を見せながら猫娘に耳打ちする。

「停船しやすが、よろしいでしょうか?」

「うむ、そうしてくれ。あの手のバカじゃ。一秒でも停まるのが遅ければ牽引ビームで拿捕する発想もないまま、いきなり撃ってこんとも限らんからのぉ。まったく、あんなジャゲ如きにこの大事なキャッツベル号や従業員たちを傷付けさせてなるものか」

 猫娘はオペレーターに船内放送の指示を促すと、咳払いをして声を流した。

「各員に告ぐ。本船はこれより海賊クロウディアと名乗る不法船と接触する。獣人化出来る者は速やかに接舷ハッチ前に集合。それ以外の者は……」

 と、そこで猫娘は言葉を詰まらせた。二十人弱の従業員を抱える若き社長。軍隊ならいざ知らず、民間の会社組織として運営している以上、優先するのは人命であると、猫娘は常日頃から考えていた。船を捨てる。その決断に至るまで、さほど時間を要することはなかった。

「……脱出の準備をするように。以上」

 業務連絡を伝え終えた猫娘は無言のまま傍に立つ老人に目を向けた。

「お嬢様の判断は間違っていないと、爺は信じております」

 柔和な笑顔で語る老人に猫娘は頷き、そしてダリアックに指示を告げる。

「わらわたちが海賊たちを引きつけている間に、お主が指揮を取って船内にいる者たちを逃してくれ」

「何言ってんですか! 俺もお嬢と一緒に戦いますぜ!」

 鼻息荒くして名乗り出るダリアックに、猫娘が笑う。

「ダメじゃ」

「しかし、お嬢!」

「くどいのぉ。では訊くが、お主の身に何かあったらどうする? 子供たちが悲しむのではないのか?」

「子供たちのことでしたら、女房がいるから大丈夫です」

「これじゃから、男は身勝手で困る。とにかくダメなものはダメじゃ」

「しかし、もしお嬢の身に何かあったら……」

 白い眉を寄せるダリアックに猫娘が笑ってみせた。

「心配には及ばん。あんなアホな連中如きに負けるようなわらわではないわい」

 それに策はある。と言って、ダリアックを説き伏せた。

「分かりやした。お嬢がそこまで言うのでしたら、俺も黙って従いやす」

 戦いという場の活躍を諦め、裏方に徹することを約束するダリアック。

「うむ、頼んだぞ。それでは悪漢どもを蹴散らしてこようかのぉ」と猫娘は行商マントを翻し、老人とともに艦橋を後にした。

帰星きせいを急いで最短航路を選択した途端、あんな海賊バカどもと付き合う羽目になるとは……まったくツイておらん」

 自身の判断ミスを罵りながら廊下を闊歩する猫娘に、老人が問う。

「それでどうされますか」

「決まっておろう。こちらから奇襲を仕掛けるまでのことよ」

「なるほど。それでしたら、この爺も微力ながら助太刀させて頂きます」

「期待しておるぞ」と不敵な笑みを見せる猫娘だった。

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